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自己紹介1
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1年2組の教室は4階建ての校舎の3階にあった。
クラスには36人の生徒が所属していて、出席番号順に席が割り振られていた。
「最初のホームルームだ。お決まりだが、まずは自己紹介をしてもらう」と小川が言った。
「持ち時間はひとり1分以内だ。友だちがほしければ、魅力的な自己アピールをしてみろ。特にアピールをしたくないやつは名前だけ言えばいい」
黒板の前に立つ担任の教師は、自分の顎髭をもてあそんでいた。髭の似合う先生だ、とみらいは思った。
「簡単におれの自己紹介をしておこう。フルネームは小川竜之介だ。数学教師だが、文芸部の顧問をしている。なぜ数学の教師が畑ちがいの文芸部の顧問を、とよく訊かれるから、いま言っておく。楽だからだ。運動部の顧問なんて大変でやってられない。文芸部は放置しておいても、とりたてて問題はない。ちなみに文学には、まったく興味はない。漫画は大好きだがな。愛読書は手塚治虫の『ブラックジャック』だ。以上」
みらいは文芸部と聞いて、灰になった小説ノートを思い出した。ものすごく入りたかったが、あのときの絶望が身体をかけ巡って、震えた。
「では出席番号1番から始めてくれ」
ガタン、と音を立てて、背の高い強面の男子生徒が椅子を下げ、立ち上がった。入学式のとき、みらいの後ろにいた生徒だった。
「阿川悟だ。おれはてめえらみてえに勉強するためにこの高校に入ったんじゃない。野球をするために入った。ピッチャーの腕を買われて、推薦で入学した。いわゆるスポーツ入学ってやつだ。入学試験は、野球部の監督の前でピッチングをすることだった。おれは140キロの速球を投げることができる。もちろん甲子園をめざす。大学へ行くつもりはないから、絶対に勉強なんかしねえ。ドラフトで指名されて、どこでもいいからプロ野球の球団に入るつもりだ。尊敬する人物は王貞治。長嶋茂雄は特に好きじゃない」
みらいはその自己紹介を聞いて、凄い、と思った。特技があり、人生の目標がある。自分とは大ちがいだ。
つづいて、出席番号2番の生徒が立った。
「井上慈善です」
彼がそう言うと、内進生たちがいっせいに、「ジーゼン! ジーゼン! ジーゼン!」と騒ぎ出した。
「ジーゼンって、言うな!」と慈善は叫んだ。すると、「ジーゼン! ジーゼン! ジーゼン!」という声はますます大きくなった。
「あまりやかましく言うな。おれのクラスでいじめは許さん」と小川が言った。内進生たちが静まった。
「父親が慈善事業が好きで、ぼくはこんな名前になりました。可能なら名前を変えたいです。中学生のときはジーゼンというのがあだ名でした。高校では……」
「高校でもジーゼンだ! 愛を込めて呼ぶから、いじめじゃない!」とヨイチが叫んだ。
「愛を込めて呼ぶならいいよ、ヨイチ。でもからかわないでほしい。趣味はカラオケです」
「でも音痴だ! そこがいいんだけどな。また調子はずれの『ガンダーラ』を歌ってくれ!」
「ヨイチ、きみとはもう絶対に一緒に行かない」
「1分経った。ジーゼン、そこまでだ」
「先生までぼくをジーゼンと呼ぶのですか?」
「ああ、愛を込めてな」
慈善は座った。ジーゼンくん、とみらいは心に刻んだ。
クラスには36人の生徒が所属していて、出席番号順に席が割り振られていた。
「最初のホームルームだ。お決まりだが、まずは自己紹介をしてもらう」と小川が言った。
「持ち時間はひとり1分以内だ。友だちがほしければ、魅力的な自己アピールをしてみろ。特にアピールをしたくないやつは名前だけ言えばいい」
黒板の前に立つ担任の教師は、自分の顎髭をもてあそんでいた。髭の似合う先生だ、とみらいは思った。
「簡単におれの自己紹介をしておこう。フルネームは小川竜之介だ。数学教師だが、文芸部の顧問をしている。なぜ数学の教師が畑ちがいの文芸部の顧問を、とよく訊かれるから、いま言っておく。楽だからだ。運動部の顧問なんて大変でやってられない。文芸部は放置しておいても、とりたてて問題はない。ちなみに文学には、まったく興味はない。漫画は大好きだがな。愛読書は手塚治虫の『ブラックジャック』だ。以上」
みらいは文芸部と聞いて、灰になった小説ノートを思い出した。ものすごく入りたかったが、あのときの絶望が身体をかけ巡って、震えた。
「では出席番号1番から始めてくれ」
ガタン、と音を立てて、背の高い強面の男子生徒が椅子を下げ、立ち上がった。入学式のとき、みらいの後ろにいた生徒だった。
「阿川悟だ。おれはてめえらみてえに勉強するためにこの高校に入ったんじゃない。野球をするために入った。ピッチャーの腕を買われて、推薦で入学した。いわゆるスポーツ入学ってやつだ。入学試験は、野球部の監督の前でピッチングをすることだった。おれは140キロの速球を投げることができる。もちろん甲子園をめざす。大学へ行くつもりはないから、絶対に勉強なんかしねえ。ドラフトで指名されて、どこでもいいからプロ野球の球団に入るつもりだ。尊敬する人物は王貞治。長嶋茂雄は特に好きじゃない」
みらいはその自己紹介を聞いて、凄い、と思った。特技があり、人生の目標がある。自分とは大ちがいだ。
つづいて、出席番号2番の生徒が立った。
「井上慈善です」
彼がそう言うと、内進生たちがいっせいに、「ジーゼン! ジーゼン! ジーゼン!」と騒ぎ出した。
「ジーゼンって、言うな!」と慈善は叫んだ。すると、「ジーゼン! ジーゼン! ジーゼン!」という声はますます大きくなった。
「あまりやかましく言うな。おれのクラスでいじめは許さん」と小川が言った。内進生たちが静まった。
「父親が慈善事業が好きで、ぼくはこんな名前になりました。可能なら名前を変えたいです。中学生のときはジーゼンというのがあだ名でした。高校では……」
「高校でもジーゼンだ! 愛を込めて呼ぶから、いじめじゃない!」とヨイチが叫んだ。
「愛を込めて呼ぶならいいよ、ヨイチ。でもからかわないでほしい。趣味はカラオケです」
「でも音痴だ! そこがいいんだけどな。また調子はずれの『ガンダーラ』を歌ってくれ!」
「ヨイチ、きみとはもう絶対に一緒に行かない」
「1分経った。ジーゼン、そこまでだ」
「先生までぼくをジーゼンと呼ぶのですか?」
「ああ、愛を込めてな」
慈善は座った。ジーゼンくん、とみらいは心に刻んだ。
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