上 下
1 / 4

死を覚悟したが、光に向かって歩いた。

しおりを挟む
 人生は終わりのある旅だ。
 いつかはわからないが、必ず終わる。
 死が訪れる。
 すぐ目の前にその終点があったのに、気づかなかった。

 僕は遭難した。
 まだ二十六歳だ。
 終わりがあるとわかっていたけれど、それはまだまだ先のことだと思っていた。

 ローカル線の廃線路を歩いていた。
 進行方向の右には、光り輝くエメラルドグリーンの海。左には、新緑が眩しい山。
 死とはかけ離れた生命にあふれた風景が広がっていた。
 しかし廃線は隠しようもないほど朽ちていた。
 鉄のレールは錆び、枕木は苔むし、雑草がバラストを押しのけて生えていた。
 その線路は死んでいた。
 僕はそういうものに、なぜか惹きつけられる。

 廃線のトンネルに入った。もちろん照明なんてない。ところどころに割れた隧道灯があるだけだ。少し進むと、線路は左方向に大きく曲がっていた。僕はリュックサックから懐中電灯を取り出した。
 太陽の光が完全に遮られて、真っ暗になった。親指でボタンを押して、ライトを点けた。

 そのとき地震が起こった。
 立っていられないほどの大地震だった。うずくまり、縦揺れと横揺れに耐えた。上からコンクリートや岩石が降ってきて、この世の終わりのような落下音を立てた。

 かなり長い揺れだった。体感時間では無限のよう。だが、せいぜい数分だったはずだ。揺れが止んだ。
 老朽化していたトンネルは崩落した。
 幸い押しつぶされることはなく、即死はまぬがれたが、前後をがれきでふさがれた。

 ひとり旅なので、誰も僕がここにいることを知らない。
 水分はペットボトルに残りわずか。食料はチョコレート一枚だけ。
 これは助からない、と覚悟した。

 生き残るために多少の努力はした。
 進路をふさぐコンクリートや岩石をどかそうとしたが、巨大なものが積み重なっていて、無理だった。
 こんなところで、人知れず僕の人生は終わるのだ。

 廃線路を長距離歩いていたので、地震が来る前から疲れて、のどが渇いていた。
 最後の水を飲み、チョコレートを食べた。

 寒い。
 僕はポケットに手を入れた。
 スマホに触れた。
 もしやと思って見てみたが、圏外だった。
 通信もできない。

 長い時間、僕は膝をかかえて座っていた。
 数時間か、半日か、一日か。腕時計は割れ、壊れてしまった。太陽も月も星も見えず、経過した時間がよくわからなかった。
 電池が切れて、懐中電灯の明かりが消えると、僕は世界中から切り離されてしまったような気分になった。
 だが、僕を絶望から救ったかすかな光があった。

 とても暗いが、ほのかに明滅する明かりがある。
 蛍か夜光虫みたいな生き物が十匹くらいいて、ちらちらと光りながら飛んでいる。
 これが僕が今生で見る最後の光景なのだ。
 ちょっと幻想的で、悪くない。

 トンネルの向こうへ行きたかった。
 美しい棚田があると聞いていた。
 トンネルは埋まり、もうそこへ行くことはできない。

 僕は廃墟マニアだった。
 滅びているものに心惹かれる。
 だが、完全に枯れて遺跡になってしまったものに興味はなかった。
 壊れて朽ちる過程にあるが、まだ乾涸びてはいない生の残存が感じられるような廃墟が好きだった。
 たとえば、荒んだ廃屋の中の埃のたまった本棚に漫画本が並んでいたりすると、かつて人が住んでいたことが感じられて、心が震える。漫画を読んでいた少年が確かにここにいたが、いまはどこかへ消え去っている。
 なぜそんなものが好きなのか、説明できない。
 無理に説明しようとして、おまえの趣味は理解できないと言われたことがある。

 高校時代から数え切れないほど廃村や廃工場、廃鉱山、廃病院、廃ホテルをめざして旅した。
 就職後は給料をつぎ込んで遠征し、廃墟を巡った。
 廃墟は基本的に危険なところだ。
 命を落とした人も少なくない。
 僕はそれを百も承知で旅していた。
 軍艦島? そんなところは初心者が行くところだよ、と思っていたときもある。高慢だったな。

 廃線路のトンネルで死ぬ。
 僕にふさわしい死に場所かな。
 山男が冬山で死ぬように、僕は廃トンネルで死ぬ。

 目をつむって、眠った。
 もう起きなくていいと思っていたけれど、目が覚めた。

 僕は遺書を書こうと思い立った。
 あなたが読んでいるこれだ。
 スマホのメモ機能を利用して書いている。

 僕には身寄りがない。
 児童養護施設で育った。
 高校卒業と共にそこを出て、食品工場で働いた。干物をつくるのが仕事だった。
 干物なんて大嫌いだ。臭いも見た目も嫌いだ。
 僕はこのトンネルで干物になる。
 笑える。いや、笑えないのかな。
 どっちでもいい。
 友だちも恋人もいない。
 僕の死を悲しんでくれるような人はいない。
 だから、この遺書に宛て先はない。

 余震があった。本震並みに大きな揺れで、今度こそ押しつぶされるかと思って怖かった。
 でもこの余震は奇跡で、福音だったのだ。岩石がずれて、棚田のある方向から光が漏れてきた。
 それはしっかりとした明かりで、ちらちらと見えていた虫かなにかの明滅を吹き飛ばした。
 僕はその光に向かっていくことにした。
 もしかしたら干物にならずにすむかもしれない。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

楽しいままで終わりたい。

蓮見 七月
青春
夏の晴れた日。 たまに吹く風を肌に感じながら、少女が手紙を読んでいく。

★【完結】柊坂のマリア(作品230428)

菊池昭仁
現代文学
守銭奴と呼ばれた老人と 貧民窟で生きる人々の挑戦

懐妊を告げずに家を出ます。最愛のあなた、どうかお幸せに。

梅雨の人
恋愛
最愛の夫、ブラッド。 あなたと共に、人生が終わるその時まで互いに慈しみ、愛情に溢れる時を過ごしていけると信じていた。 その時までは。 どうか、幸せになってね。 愛しい人。 さようなら。

愛することをやめたら、怒る必要もなくなりました。今さら私を愛する振りなんて、していただかなくても大丈夫です。

石河 翠
恋愛
貴族令嬢でありながら、家族に虐げられて育ったアイビー。彼女は社交界でも人気者の恋多き侯爵エリックに望まれて、彼の妻となった。 ひとなみに愛される生活を夢見たものの、彼が欲していたのは、夫に従順で、家の中を取り仕切る女主人のみ。先妻の子どもと仲良くできない彼女をエリックは疎み、なじる。 それでもエリックを愛し、結婚生活にしがみついていたアイビーだが、彼の子どもに言われたたった一言で心が折れてしまう。ところが、愛することを止めてしまえばその生活は以前よりも穏やかで心地いいものになっていて……。 愛することをやめた途端に愛を囁くようになったヒーローと、その愛をやんわりと拒むヒロインのお話。 この作品は他サイトにも投稿しております。 扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID 179331)をお借りしております。

続/穂高市役所ストリートビュー年史

十二滝わたる
現代文学
続/穂高市役所ストリートビュー年史

届かない手紙

白藤結
恋愛
子爵令嬢のレイチェルはある日、ユリウスという少年と出会う。彼は伯爵令息で、その後二人は婚約をして親しくなるものの――。 ※小説家になろう、カクヨムでも公開中。

残夏

ハシバ柾
現代文学
【夏は過ぎ、人は去ぬ。】 ひとりの男と、巡り来る夏とをモチーフとした短編集。※不定期更新のため完結状態にしてありますが、エピソードは随時追加いたします。 『星を待つひと』―男と、彼が海岸で出会ったイルカの話。(17/3/1修正版投稿) 『清夏』―男と、小説を書くのが好きだった少年の話。(17/9/30完結) 『星を辿るひと』―イルカと、彼が空の果てで出会った鯨と、彼を迎える男の話。 『残夏』―男と、彼が墓地で出会った青年の話。(17/2/15第一回Kino-Kuni文学賞佳作) ※『星を待つひと』『星を辿るひと』英語版はこちら:http://selftaughtjapanese.com/japanese-fiction-translation-final-days-of-summer-by-masaki-hashiba-table-of-contents/(Locksleyu様)

女子高校生を疑視聴

すずりはさくらの本棚
現代文学
いまは愛媛があつい。女子高校生の制服が硬くならない内に見届けようと思いやってきた。最近は、セックスして動画を担保に女子高校生から金を巻き上げている。春から夏に移動して暑さ全盛期でも生きていけるのはセックスという儀式があるからだろう。川原や土手では多くのパンチラを世に送り出してきた。盗撮だ。盗撮だけでは性癖は留まらずに性交渉へと肉体を求めて彷徨う。頭の中はセックスのことばかりだ。そういう人間もいるという証拠になるだろう。女子高校生と擦れ違うたびにスカートの裾へと手が伸びる。疑視聴までは「タダ」だが、襲うとなると別だ。ただ刑務所へと戻ってもよいという安易な思考では強姦には至らない。不同意わいせつ罪とは女性が男子を襲ったときに年下の男子が被害を出せないからできた法案だと聞いた。長くても10年の刑だ。それと少々の罰金がついてくるらしい。わたしはこれまでに民事は一度も支払ったことがないし義務もないと思っている。支払う義務がなければ支払う必要はない。職場もないし起訴されても現在は無職であり住所が不定なので怖くもない。最近はまっているのは女子高校生のスカートの裾触れだ。注射器も用立てたので(絶対に足がつかない方法で盗んだ)睡眠導入剤を粉々にしておいたものを使用する。静脈注射は駄目と書かれてあるが駄目なのはなぜなのか知りたくなった。薬物ドラッグをなぜやったら駄目なのかを知りたいと思うのと同じだ。好奇心が旺盛なのと飽きるのは大体同じくらいに等しい。セックスとはそれについてくる「おまけ」のような存在だ。行動を起こした人には「ご褒美」が必要だとTVでもいってた。

処理中です...