人間の恋人なんていらない。

みらいつりびと

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第32話 境界立会

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 月曜日は多くのサラリーマンにとって憂鬱な日だ。
 僕も例外ではない。
 楽しい週末が終わり、激務の日々が始まる。
 しかし、ガーネットとともに生きていくためには、働かなければならない。
 僕は彼女がつくってくれた朝ごはんを食べ、出勤した。

 4月12日は午前10時に銀杏町公園と隣地の境界立会の予定が入っている。
 市有地の境界確認申請があったら、現地へ行って境界を確定するのは、管財係の重要な業務だ。河城市の所有地をきちんと管理しなければならない。
「本田さん、9時30分に出発するからね」
「はい、波野先輩、今日もご指導よろしくお願いします」

 9時25分に僕は関係書類を鞄に入れ、デジタルカメラと公用車の鍵を持った。
 そのとき電話が鳴り、本田さんが受話器を取った。
 市営月極駐車場の申し込みの電話で、彼女は予約簿に記入していた。
 そのため、出発時間が35分になってしまったが、やむを得ない。
「先輩、すみません」
「仕方ないよ。さあ、急いで行こう」
 僕たちは公用車で銀杏町公園へ向かった。
 急いではいるが、もちろん道路交通法を遵守し、安全運転をする。『河城市』とペイントされた車で、交通違反をするわけにはいかない。

「境界立会って、なにをするんですか」
「市有地と私有地の境界を確定させるんだよ。あ、どちらも音が一緒だね。河城市と民間の土地の境界を定める仕事だよ」
「具体的には、どうするんです?」
「たいてい境界石が設置されているから、それを僕らと申請者とで確認し、ここで決定ですねと双方納得して終わり、というのがパターンだよ。写真を撮り、帰庁後、結果報告の起案をする。僕がやり方を教えるから、本田さんが起案してね」
「了解しました。この仕事もしっかりと憶えます」
「本田さんの姿勢は前向きでいいね」
「仕事も恋も遊びも全力でやるのが、私のモットーです」
 僕の目をのぞき込んで、彼女は力強く言った。

 10時ちょうどに現地に到着した。5分前に着きたかったのだが、仕方がない。遅刻しなかったのだから、よしとしよう。
 測量業者と公園課の佐久間主任はすでに待っていた。
 今回の申請は、銀杏町公園の東側の境界確認だ。境界はシンプルな直線なので、境界石がふたつ見つかれば、それで現地立会は完了。
 北側の境界石はすぐに見つかった。写真を撮影する。
 南側には一見したところ、なかった。
 僕は公用車からスコップを持って来て、地面を掘った。すると、土の中に隠れていた境界石が現れた。
「これらふたつの境界石を結んだ線を境界として確定するということでよろしいですか?」
「公園課としては、それで問題ありません」
「もちろん異論はありません。立会、どうもありがとうございました」
 境界確認はたまに揉めることがある。
 本田さんと行った初の立会が無事に終わり、僕はほっとした。

 公用車で本庁舎へと向かう。
「さすがです、波野先輩。速やかに境界石を発見しましたね」
「今日の立会は楽だったね。もっとむずかしい場合もある」
「困難なほど、やりがいがあると思います」
「たいした心構えだよ」
 僕は心から感心した。
「ところで、仕事以外の話をしてもよろしいですか?」
「車で移動中くらいはかまわないよ」
「先輩、アンドロイドと人間の決定的なちがいはなんだと思いますか?」
 その話か。
「アンドロイドはごはんを食べられないことかな」
「私は意思と感情の有無だと思っていました。しかし、ガーネットちゃんはそのふたつを持っている可能性が高いです。すると、ちがいはなにか? 私は出産できるかどうかだと考えました」
 出産かよ。この子の言葉はときどき過激だなあ。
「先輩は子どもがほしくないんですか?」
「考えたこともないな。僕に結婚は無理だと思っているから」
「どうしてです? 先輩はきちんと仕事をする公務員で収入も安定しているし、人柄もいいのに」
「僕は仕事の話以外は趣味の話しかできないつまらない男だよ。モテないって言っただろう?」
「趣味の話、いいじゃないですか」
「アニメ鑑賞だけど、それでもいいの?」
「先輩、アニメおたくだったんですか?」
「そうだよ」
 本田さんが沈黙した。
 雑談が苦手でアニメおたく。僕にモテる要素はない。
 人間の恋人はできなくてもいい。ガーネットが懐いてくれるだけで、充分に満足だ。

「おすすめのアニメを教えてください」
「えっ? 男性向けのアニメを見ることが多いから、本田さんは楽しめないと思うよ」
「先輩は、わたしにモテているんです!」
 本田さんが車内で大きな声を出した。
 僕はびっくりして、ハンドル操作を誤りそうになった。
「それ、マジな発言?」
「マジのマジです。恥ずかしいから、確認しないでください」
 彼女の顔は真っ赤になっていた。
 えええ? 本気なの?
 しかし、僕のアニメの好みを知ったら、引くはずだ。本当の僕を知ってもらって、冷静になってもらおう。
「『魔法少女まどか☆マギカ』が最高だと思っているよ」
「魔法少女……?」
「略称まどマギ」
「そのアニメ、いまでも見られますか?」
「サブスクで見られるよ。鬱展開が多いアニメだし、女の子が楽しめるかどうか、僕にはわからないけれど」
「わたし、見ます!」
 これで、彼女の僕を見る目が変わるだろう。
 キモいと思われてもかまわない。それが僕の真実なのだから。
 本田さんとはビジネスライクに付き合っていこう。それでいいはずだ。

 帰庁し、僕たちはいつものように猛烈に仕事をした。
 市有地境界確認の起案の仕方を教えたら、本田さんはすぐに飲み込んで、てきぱきと完了させた。
 もう文書管理システムを使いこなしている。
 優秀な職員だ。
 その後、僕は自分の仕事に没頭した。
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