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第29話 本田姉妹の訪問
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4月10日土曜日の朝が来た。
今日は本田姉妹が僕とガーネットが暮らしているアパートにやってくる。
世界屈指のアンドロイドメーカープリンセスプライドの社長、本田浅葱。
いまは河城市役所の主事補にすぎないが、市長になると豪語している、本田茜。
ガーネットとのささやかなしあわせがつづくことを望んでいるだけの小市民の僕には、いささか手に余るお客さんだ。
「ガーネット、昼食はどうする? なにを食べてもらおうか?」
「あたしに任せておけ、数多。昨日、作戦を考えた。お金がなくても、それなりにもてなせる方法を」
「その作戦とやらを教えてくれ」
「秘密だ。サプライズだ。あたしは浅葱と茜だけじゃなく、数多にも楽しんでもらおうと思ってる。キッチンには来るなよ。アニメでも見て待っていてくれ」
どうやら、ガーネットはお客さんをもてなす方法を考えてくれたらしい。
僕は彼女を信頼して、アニメを見ることにした。
録画している深夜アニメがたまっている。
春の新番組の選定をしなければならない。
すべての番組を視聴している時間はない。第1回を見て、自分好みのアニメを選んで録画をつづけ、あまり惹かれない番組は切る。
この作業はアニメおたくにとって非常に重要なのだ。
ガーネットと同棲するようになって、のんびりとアニメを見ていられる時間はかなり減った。彼女とデートしたり、おしゃべりしている時間の方が大切だからだ。
ぶっちゃけ、恋愛していると、アニメは必要ないとすら感じている。
しかし、たまにとてつもない傑作アニメが出現することがある。それは見逃したくない。
なので、僕は念のため、春アニメの第1回を録画したのである。
見ていると、けっこう面白いものが多かった。
どれを残し、どれを切るが迷う。
そんなことをしているうちに、午前11時45分になった。
「ガーネット、もうすぐ本田姉妹が来るぞ。料理はできているか?」
「ああ、準備オーケーだ」
「そうか。ありがとう」
僕は玄関から出て、アパートの前の道路を見張っていることにした。
11時55分に黒い車体の高級そうな電気自動車が停車した。
後部座席から本田浅葱、茜姉妹が降りた。
浅葱さんは深紅のベレー帽をかぶり、黒いコートをまとっていた。
茜は派手な濃いピンクのシュシュでポニーテールを飾り、淡いピンクのワンピースを着ていた。
ふたりとも高価そうな装いだ。
あの人たちに白根アパートは似合わない、と思った。
僕はところどころが錆びている外階段を下りて、ふたりを出迎えた。
浅葱さんが運転手に「いったん帰っていいわよ。連絡したら迎えに来て」と指示し、僕を見てにっこりと微笑んだ。
年齢不詳の微笑みだ。妖艶にも可憐にも見える不思議な魅力を湛えている。
「いらっしゃい、浅葱さん」
「お出迎えありがとうございます、波野さん」
茜は口角を上げて、にぱっと笑った。
「こんにちは、波野先輩。私服姿、素敵です」
僕の私服が素敵? あり得ない。安いトレーナーとジーンズだ。お世辞として流しておこう。
「本田さんもよく来てくれたね」
「今日は茜と呼んでくださいとお願いしたはずですが」
「そうだったね。ようこそ、茜さん」
「お招きありがとうございます、先輩」
僕はふたりを201号室に招き入れた。
「いらっしゃいませ」とガーネットが玄関で言った。その視線は最初に浅葱をとらえ、次に品定めするように茜に向けられた。
「やあ、ガーネット、久しぶりだね」
「もう会いたくなかったよ、浅葱」
「相変わらず口が悪いな」
「あんたがあたしをそういうふうに設計したんだろうが」
「そうだったね。私が悪ノリしてできたのが、きみだった」
「ガーネットの口調、僕は好きですよ」
「それはよかった」
「数多ぁ、大好きだぜ」
「あなたがガーネットちゃん? 話すのは初めてね」
「あんたが浅葱の妹か。姉に似ているな。お気の毒さま」
「どういう意味かしら?」
「チビでへちゃむくれってことさ」
「なかなか面白いアンドロイドね、あなた」
「おい、ガーネット、お客さんに失礼なことを言うな」
「わかったよ、数多。今日はきちんともてなすつもりだ。茜、あたしの料理を食べてくれ。うちは貧乏だが、それでも愛情で美味しい料理がつくれるってところを見せてやるぜ」
「楽しみだわ。もし美味しくなかったら、わたしが先輩の押しかけ女房になって、食事をつくろうかしら」
ガーネットと茜の間にバチバチと火花が散っているようだった。
僕はハラハラし、浅葱さんは興味深そうにふたりを眺めていた。
僕は浅葱さんと茜に椅子に座ってもらった。
うちにはふたつしか椅子がない。
僕とガーネットは立っていた。
「あら? ふたりしか座れないのですね」
「僕とガーネットは立っていて平気です」
「先輩を立たせておいて、わたしが座っているなんてできません。わたし、立ちます」
「いいから、茜さんは座ってよ。お客さんを立たせるわけにはいかないよ」
「でも……」
「本当に落ち着いて座っていて。僕もガーネットも、浅葱さんと茜さんをもてなしたいんだ」
「茜、座りなさい。今日のところは波野さんのご好意に甘えましょう」
「姉さん、これはお返しが必須よ」
「ええ、わかっているわ」
「お返しなんていりません。僕はガーネットを造ってくれた浅葱さんに感謝しているんです」
「あなたはガーネットを購入してくださった我が社の顧客です。その上、プライベートでもよくしてくださっている。近いうちに、我が家へ招待させてください」
「僕は雑談が苦手なんです。よそ様のお宅へ行くなんて、緊張してしまうからいいですよ」
「無理に雑談などしていただく必要はありません。リラックスしていただけるよう配慮しますから」
「配慮など不要ですよ。本当にお返しなんていりませんから」
「先輩、わたしに借りを返させてください」
「貸しだなんて思ってないから」
「むーん。どうあってもこのお返しはさせてもらいますからね」
「わかったよ。そのうちにね」
茜は不服そうに僕を見ていたが、ふっと力を抜いて笑顔になった。
「今日は先輩と口論したくないです。楽しくおしゃべりしましょう」
「だから雑談は苦手なんだって。楽しんでもらえるかなあ?」
「先輩を見ているだけで、わたしは楽しいです」
「おーい、食事にしようぜ。あたしは食べられないから、3人で食べてくれ」
ガーネットがテーブルに小鉢を3つ運んできた。
「つくしの煮びたしだ。昨日、山城川の河原で摘んできた新鮮なつくしだ。材料費は無料。あたしの無償奉仕だ。食べてみてくれ」
これがガーネットの作戦か。
無料とはすごいな。
僕は感心して、彼女を見た。
ガーネットは親指を立てていた。
今日は本田姉妹が僕とガーネットが暮らしているアパートにやってくる。
世界屈指のアンドロイドメーカープリンセスプライドの社長、本田浅葱。
いまは河城市役所の主事補にすぎないが、市長になると豪語している、本田茜。
ガーネットとのささやかなしあわせがつづくことを望んでいるだけの小市民の僕には、いささか手に余るお客さんだ。
「ガーネット、昼食はどうする? なにを食べてもらおうか?」
「あたしに任せておけ、数多。昨日、作戦を考えた。お金がなくても、それなりにもてなせる方法を」
「その作戦とやらを教えてくれ」
「秘密だ。サプライズだ。あたしは浅葱と茜だけじゃなく、数多にも楽しんでもらおうと思ってる。キッチンには来るなよ。アニメでも見て待っていてくれ」
どうやら、ガーネットはお客さんをもてなす方法を考えてくれたらしい。
僕は彼女を信頼して、アニメを見ることにした。
録画している深夜アニメがたまっている。
春の新番組の選定をしなければならない。
すべての番組を視聴している時間はない。第1回を見て、自分好みのアニメを選んで録画をつづけ、あまり惹かれない番組は切る。
この作業はアニメおたくにとって非常に重要なのだ。
ガーネットと同棲するようになって、のんびりとアニメを見ていられる時間はかなり減った。彼女とデートしたり、おしゃべりしている時間の方が大切だからだ。
ぶっちゃけ、恋愛していると、アニメは必要ないとすら感じている。
しかし、たまにとてつもない傑作アニメが出現することがある。それは見逃したくない。
なので、僕は念のため、春アニメの第1回を録画したのである。
見ていると、けっこう面白いものが多かった。
どれを残し、どれを切るが迷う。
そんなことをしているうちに、午前11時45分になった。
「ガーネット、もうすぐ本田姉妹が来るぞ。料理はできているか?」
「ああ、準備オーケーだ」
「そうか。ありがとう」
僕は玄関から出て、アパートの前の道路を見張っていることにした。
11時55分に黒い車体の高級そうな電気自動車が停車した。
後部座席から本田浅葱、茜姉妹が降りた。
浅葱さんは深紅のベレー帽をかぶり、黒いコートをまとっていた。
茜は派手な濃いピンクのシュシュでポニーテールを飾り、淡いピンクのワンピースを着ていた。
ふたりとも高価そうな装いだ。
あの人たちに白根アパートは似合わない、と思った。
僕はところどころが錆びている外階段を下りて、ふたりを出迎えた。
浅葱さんが運転手に「いったん帰っていいわよ。連絡したら迎えに来て」と指示し、僕を見てにっこりと微笑んだ。
年齢不詳の微笑みだ。妖艶にも可憐にも見える不思議な魅力を湛えている。
「いらっしゃい、浅葱さん」
「お出迎えありがとうございます、波野さん」
茜は口角を上げて、にぱっと笑った。
「こんにちは、波野先輩。私服姿、素敵です」
僕の私服が素敵? あり得ない。安いトレーナーとジーンズだ。お世辞として流しておこう。
「本田さんもよく来てくれたね」
「今日は茜と呼んでくださいとお願いしたはずですが」
「そうだったね。ようこそ、茜さん」
「お招きありがとうございます、先輩」
僕はふたりを201号室に招き入れた。
「いらっしゃいませ」とガーネットが玄関で言った。その視線は最初に浅葱をとらえ、次に品定めするように茜に向けられた。
「やあ、ガーネット、久しぶりだね」
「もう会いたくなかったよ、浅葱」
「相変わらず口が悪いな」
「あんたがあたしをそういうふうに設計したんだろうが」
「そうだったね。私が悪ノリしてできたのが、きみだった」
「ガーネットの口調、僕は好きですよ」
「それはよかった」
「数多ぁ、大好きだぜ」
「あなたがガーネットちゃん? 話すのは初めてね」
「あんたが浅葱の妹か。姉に似ているな。お気の毒さま」
「どういう意味かしら?」
「チビでへちゃむくれってことさ」
「なかなか面白いアンドロイドね、あなた」
「おい、ガーネット、お客さんに失礼なことを言うな」
「わかったよ、数多。今日はきちんともてなすつもりだ。茜、あたしの料理を食べてくれ。うちは貧乏だが、それでも愛情で美味しい料理がつくれるってところを見せてやるぜ」
「楽しみだわ。もし美味しくなかったら、わたしが先輩の押しかけ女房になって、食事をつくろうかしら」
ガーネットと茜の間にバチバチと火花が散っているようだった。
僕はハラハラし、浅葱さんは興味深そうにふたりを眺めていた。
僕は浅葱さんと茜に椅子に座ってもらった。
うちにはふたつしか椅子がない。
僕とガーネットは立っていた。
「あら? ふたりしか座れないのですね」
「僕とガーネットは立っていて平気です」
「先輩を立たせておいて、わたしが座っているなんてできません。わたし、立ちます」
「いいから、茜さんは座ってよ。お客さんを立たせるわけにはいかないよ」
「でも……」
「本当に落ち着いて座っていて。僕もガーネットも、浅葱さんと茜さんをもてなしたいんだ」
「茜、座りなさい。今日のところは波野さんのご好意に甘えましょう」
「姉さん、これはお返しが必須よ」
「ええ、わかっているわ」
「お返しなんていりません。僕はガーネットを造ってくれた浅葱さんに感謝しているんです」
「あなたはガーネットを購入してくださった我が社の顧客です。その上、プライベートでもよくしてくださっている。近いうちに、我が家へ招待させてください」
「僕は雑談が苦手なんです。よそ様のお宅へ行くなんて、緊張してしまうからいいですよ」
「無理に雑談などしていただく必要はありません。リラックスしていただけるよう配慮しますから」
「配慮など不要ですよ。本当にお返しなんていりませんから」
「先輩、わたしに借りを返させてください」
「貸しだなんて思ってないから」
「むーん。どうあってもこのお返しはさせてもらいますからね」
「わかったよ。そのうちにね」
茜は不服そうに僕を見ていたが、ふっと力を抜いて笑顔になった。
「今日は先輩と口論したくないです。楽しくおしゃべりしましょう」
「だから雑談は苦手なんだって。楽しんでもらえるかなあ?」
「先輩を見ているだけで、わたしは楽しいです」
「おーい、食事にしようぜ。あたしは食べられないから、3人で食べてくれ」
ガーネットがテーブルに小鉢を3つ運んできた。
「つくしの煮びたしだ。昨日、山城川の河原で摘んできた新鮮なつくしだ。材料費は無料。あたしの無償奉仕だ。食べてみてくれ」
これがガーネットの作戦か。
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ガーネットは親指を立てていた。
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