釣り糸銀髪美少女と辺境伯の海辺暮らし

みらいつりびと

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カワハギ埠頭

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 数日後、わたしは打ち捨てられたような埠頭に立っていた。
 ここも父に教えてもらった釣りの穴場だ。
 数軒しか家がない廃村寸前の寂れた漁村から、海に突き出した一本堤。
 海底まで適度に深く、砂底と岩礁が混じる絶好の釣り場であることを知る人は少ない。
 だが、知る人ぞ知ると言うべきか、突端で釣り好き伯爵のルカ・フェデリコさんがウキ釣りをしていた。

「やあ、また会ったね」
「おはようございます」
「一緒に釣ろうじゃないか。この埠頭の先端では、クロダイがよく釣れる」
「遠慮します」

 今日の本命はクロダイではない。
 ここではもっと美味しい魚が釣れるのを、わたしは知っている。
 伯爵は不服そうにちょっと唇を尖らせて、わたしを見つめていた。
 それを無視して、淡々と自分の釣りの準備をした。
 この埠頭ではカワハギがよく釣れるのだ。
 わたしは秘かに、ここをカワハギ埠頭と呼んでいる。
 
 竿は先日使ったのと同じ5.4メートルの竹竿。
 毛髪の釣り糸に針を結び、その下にオモリをセットした。
 日本ではこれを胴付き仕掛けと呼ぶが、父は単に途中針と言っていた。
 餌はアサリ。
 昨日砂浜でたくさん採取し、今朝早く起きて、貝殻をむいた。
 アサリのむき身は、カワハギ釣りの定番の餌。
 ウキは使わない。オモリを海底につけて、底釣りを開始した。 

 埠頭の1か所にとどまらず、探り釣りをするわたしを、ルカさんがちらちらと見ている。
 わたしの釣りが気になるようだ。
 
 カワハギの別名は餌取り名人。
 小さな口でアサリだけを上手に吸い込み、針を避ける。
 なかなか針掛かりしない釣り人の好敵手。
 うまく掛けると、グン、グン、グンと小気味好い引きを楽しませてくれる。
 
 最初の1尾を針掛かりさせ、引きを十分に味わって、釣りあげた。楽しい。
 菱形で平たい小魚。皮には鱗がなく、ざらざらしている。
 ナイフで活き締めをして、海水を入れたバケツに放り込んだ。

 伯爵が自分の釣りを中断して、わたしのところへ来た。
「こんな魚が狙いなのか?」
「はい」
「気味の悪い雑魚じゃないか」
 ルカさんはカワハギの美味しさを知らないようだ。
 もっともそれは彼の無知ではなく、この世界では、カワハギは釣りの対象魚として認知されていないだけのことだ。
 ここは釣り大国日本ではない。
 わたしはにやりと笑って、底釣りを再開した。
 ルカさんは釈然としない顔で埠頭の先端に戻り、ウキ釣りをつづけた。
 
 正午頃には、カワハギを7尾手に入れていた。
 昼食はもちろんアウトドアで! 

 カワハギは皮をはぎやすい魚で、べりべりと簡単にむける。
 それから内臓を慎重に抜いて、薄いピンク色をした肝を取り分けた。肝臓以外は海に捨て、魚に食わせる。
 まな板の上に載せ、ナイフで三枚におろした。
 カワハギの身と肝を海水で洗う。
 魚の下処理をしていると、伯爵がまた近づいてきた。

「料理だな」
「はい……」
「なにをつくるんだ?」
 興味津々でたずねてくる。
「カワハギの水炊きです」
「そんなものが旨いのか?」
「まあまあ……」
 わたしは曖昧に答えた。
 ルカさんはわたしを睨んでいる。
「旨いんだな?」
 美味しい。特に肝は絶品だ。わたしが元いた世界では、海のフォアグラと呼ばれていた。
「手伝ってくれたら、食べさせてあげますよ」
「手伝う」
「その辺で枯れ枝を集めて、火を起こしてください」
 この地方で一番えらい辺境伯は、いそいそと漁村へ行き、枯れ枝や朽ちた木材を集めてきて、着火した。どことなくウキウキとして、楽しそうだ。

 カワハギと白菜の鍋をつくった。
 残念ながらこの世界にはポン酢がないので、塩とレモン汁だけのシンプルなつけだれで味わう。
 爽やかな風が吹く埠頭で、新鮮な熱々の白身を食べた。癖のないきれいな味。
「旨いな。しかし、鯛めしと比べると平凡だ」
 さすがは伯爵だ。贅沢なことを言う。
 ふふん、と鼻で笑って、わたしは肝を口に入れた。
 とろりとした食感と濃厚なコク。これがあれば、フォアグラなんていらない。
 
「それは?」
「カワハギの肝臓です」
 この世界には魚の内臓を食べる習慣はない。漁師の父ですら食べない。伯爵は引いていた。
 わたしはかまわずに食べつづけた。
 この味を知らないのは不幸だ。

「旨いのか?」
「まあまあ……」
「旨いんだな?」
「食べてみますか?」
 こくんとうなずいたので、肝を茹でてあげた。
 ルカさんの器によそう。
 おそるおそる食べた後、彼は感嘆した。
「うめー」

「カワハギは肝が美味しいんですよ」
「テティス、きみは不思議な人だ。わたしは最高の料理人を雇っているが、これほど旨いものはめったに出てこない」
「海にはもっと美味しいものがありますよ」
 たとえばウニとかカニとかイカとか……。
 醤油がほしいなあ。 
 
 ふたりでカワハギ鍋を食べ、たっぷりとあった魚と白菜は全部お腹の中に消えてしまった。
 ルカさんは釣り好きで、食いしん坊。
 もしかすると、この人とは長いつきあいになるかもしれない。

「午後は私もカワハギを釣る。釣り方を教えてほしい」
 一緒に釣ると、釣り糸の秘密がバレてしまいそう。
 まあいいか、とわたしは思った。
 眼前に広がのは豊饒の海。いくら釣っても魚が尽きることはない。 
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