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Ⅱ‐回青の園
幕*
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今日はなんだか調子が悪い。少しぼうっとするし、手伝いは遅いと怒られたし、水汲みの最中はあろうことか一度水をぶちまけてしまったし、食欲だってあまり湧かなかった。寝ていないのが響いただろうか。不甲斐ない。
早めの夕食の後、天幕に引き上げた主人の胸に引き寄せられると妙に離れ難かった。体温に寄り添って数秒、呆けてしまう。
「どうした、昨夜のことを気にしているのか?」
顎を擽られながら、落ちてくる声にはっとした。そうだ、朝はばたばたしていて謝り損ねていた。見上げると金の目とかち合って、慌てて姿勢を正す。
「あ……昨日は申し訳ありませんでした。邪魔をしてしまって……」
「ほう、あれは邪魔だったか」
「……いえ、その、」
結果的にそうなってしまっただけで邪魔をしようとしたのではないけれど、口にした以上否定もしきれずに口籠る。
主人は言葉を待っている風だったが、俺が何も言えないと見ると半開きで固まった唇を指先で辿って話し始めた。
「奴隷を用意されたら使うのが礼儀だ。気乗りしないときはああして帰すこともあるが、体面には使ったことにする」
そうなんだろう。結果的にでも俺は主人に礼を欠かせてしまったことになる。なんてことをしたのだろう。あの火精は、主人の奴隷商に言っただろうか。奴隷商は不快に思っただろうか。
ましてやそれが俺の所為だと知ったら。考えると震えが来た。どうしてか、鞭で打たれる前のように身が竦む。主人の手が頬を揉んで、強張った顔を解す。
「……此処での足止めが長引くとまた差し出してくるかも知れん、あれを私に売りたいようだから。それか、お前と遊ばせる提案でもしてくるか……」
次はちゃんと、本当に黙って見守らなければならない。主人の言葉に前の夜会で見た光景も思い出す。体を重ねる奴隷たち。もし、ああいうことをしろと命じられたら――しなければならないだろう。あの火精とか、他の白奴隷とか。
「――できるのか?」
俺の表情を見て心を読むように問いかける声。こうしてこの人に訊かれてしまえば、答えは一つしかないと分かるのに。
「ご命令とあれば……」
嫌だけど、やるだろう。やってみせる。
主人はしばらく俺をじっと見つめて、首輪を指に引っ掛けた。そのまま引っ張られる。
「では、その気になったら命じよう。今日は私の相手をしろ」
目を細めて告げた口が、口を覆う。
深く口づけて舌を舐り口の中を荒らしていく。頭の奥がじんと痺れる、舐め溶かすような動きだった。
主人の指が胸を撫で下ろし、帯にかかったところで思い至る。手を重ねて留めて、息を吸った。
「洗ってきます、ので」
移動の最中はいつもと生活の流れが違う。今日は湯を使っていない。当然そういう支度もしていなかった。だから、誰も何も言わないから、移動中はしないものかと思っていたんだけど。
構わず帯を解いて、立ち上がる主人に抱え上げられた。優しい動きだったが逆に嫌な予感がする。
外に出るとすぐそこに昼間は無かったと思う囲いが立っていて――灯りもついて照らされていたから、その中が簡易の浴室で、便所でもあるということはすぐに分かった。
大きな盥に水が用意されていた。体を洗う為のもの。体の、中を。水を吸い上げる道具があるから間違いない。それに便器の壷もある。タオルと石鹸も。
俺を下ろした主人がそれらに手を伸ばした。久しぶりに洗われるのだと気がついて一気に居た堪れなくなる。嫌だと言いたかったが、さっきのやりとりを思うと拒否の言葉は紡げなかった。全部受け入れないとならない。
大人しく裾を捲って下肢を晒し、羞恥を堪えて後ろ向きに尻を差し出す。褒めるように撫でて揉んで、一切の遠慮なく管が差しこまれた。水が入ってくる、慣れた感覚。背筋に走る震えを往なして息を吐く。
少し我慢して出せばいい、それだけ、と胸に呟くが、主人はそれだけにはしてくれなかった。道具を置く静かな音の後、指先が腿を撫でて、体の前へと滑ってくる。裾を掴む手に力が入った。
「っ」
掌が陰茎を握って擦りはじめる。数日、こうした行為をしていない体は簡単に快感を覚えて反応していく。洗っている最中なのに。
「な、んで、」
「ついでに洗ってやろう。……まだ漏らすな。お前ももう慣れただろう」
背後から、耳に口づけ囁く声。吐息が熱い。慣れたけど、けど! こんなのは。
後ろから重ねるように身を寄せられては出したくても出せない。洗うの言葉どおり、濡らして石鹸をつけた手がぬるぬると滑り、陰嚢を弄び皮を剥いて先端を淡く撫でる。
主人は容赦がなく、指は弱いところばかりに触れた。首を振ろうとするのさえ、再びの口づけに止められた。
段々、余裕がなくなってくる。ぞわぞわと快感が巡るが、腹が気持ち悪い。もう出る、漏れる。
「ごしゅじ、さま、もう……っ」
「まだだ。我慢しろ」
訴えて許しを請うのに返事はつれなかった。淡々として、腹を洗うのと同時、俺の体を行為に向けて準備する。排泄欲と快感に腹の中がうねって妙な音を立てた。もう本当に限界、首輪の力が働いていなかったらきっと漏らしている。
「も、無理……出させて、ぅ、お願いです、からっ」
声はほとんど悲鳴のようになったが、まだ、と囁かれて涙が滲む。息が荒れて体が震えてくる。――何度も請うてようやく体が離れた。
「ん、出していい。射精はするなよ」
壷が差し出されて、命令で制された体に許可が出る。言葉を理解するより早く体が緩んで水が滴った。
「ぁ、は……」
恥ずかしさや派手な音に構う余裕も今は無かった。ただ金の目がじっとこっちを見ているのは分かって、こんなことまですべて支配されているという事実に眩む。
後から追ってくる酷い羞恥の中、勃起したままの股座も流されて、もう一度腹を濯ぐ。今度は我慢しろとは言われなかったが、主人は変わらずすべてを眺めていた。こんなの酷い、趣味が悪い、とは買われて幾度も思ったことで、きっとこの先も思い続ける。
水気を丁寧に拭き取られ、布団の上へと連れ帰られてクッションの山に体が沈む。見上げると離れとは違う天幕の天井が見えた。けれどすぐに視界に入るのは主人だけになる。
既にくたびれかけている体を叱咤して足を開くと、手が膝を持ち上げさらに開けっぴろげな姿勢に持っていく。白く軟弱な足が主人の横で揺れた。
「っあ、ん、あ!」
焦らすことなく熱い物が触れて、貫かれる。性器の裏を押し上げて、洗ったばかりで潤った中を埋めて奥まで。じわと先走りが押し出され腹を濡らした。
同時に掌が膝の裏を擦り、腿を撫でて体をまさぐる。服を捲り上げられ、つんと硬くなっている胸の先を掻かれて腰が揺れた。合わせて押し込まれて、堪えきれない息がくふと漏れる。
布団かクッションか、そのへんにあった物を握りしめて、強い快感をやりすごす。乳首が抓られると腹の中が捩れて主人を尚更に感じ、堪らなかった。
触られて、挿れられて、見られて。体のすべてを差し出して、この人のものにされている。
「うぁ……っん、く――う」
中で達して身を縮めても、腰はまだ動いていて、またイかされる。無意識に逃げそうになるが押さえつけられて叶わない。
張り詰めた前が苦しくもどかしい。終わらないとおかしくなる、イってもらわないとと思って締めつける努力をすると自分も感じて翻弄されてどうしようもない。
「や、だ、もう……っ」
気持ちよくてもうやだ。これ以上は。情けなく喘ぐと宥めるような口づけ。
「っは……」
やがて主人が眉を寄せるのがぼんやりと見えた。ぐっと押しつけて、奥に注ぎこまれている。熱くて、その熱が滲んで、甘く広がる。腹の奥が疼いてまた陰茎が跳ねた。
「……仕方ないな、こっちも許してやるか」
「あ――っんう……!」
優しく擦りたてられて、声と共に精液が溢れた。見せつけるように絞る指先。腹に撒いて身震いしてようやく、縮こまった体を緩めることができる。
抜かれた後も体が痺れたようで落ち着かなかったが、そのまま休むわけにはいかないだろうと少し休んだだけで身を起こし、水差しと手拭いを使って主人の手や性器を拭い着衣を整える。俺もちょっとは性奴隷として仕事ができるようになってきてしまったなあと、悲しいような嬉しいような、微妙な気分だ。
ふらふらと外に出て手拭いと汚れた下肢を洗い直して戻ってくると、主人は寝床の上に横たわったままだったが、まだ起きていた。伸ばされる腕に呼ばれて布団の上に座ると腰を抱えられる。
「宴だ野営だで疲れるだろう。今日はさっさと寝るか」
……全然さっさとじゃない。と思ったのは口には出さなかったが、笑われたからやっぱり分かりやすい顔をしてしまったんだろう。
でもまあ、宴みたいな緊張はしない分いい。考えて、そういえばまだ誰にも訊いていなかったなと思い出す。昨日の夜の宴の話。ビリムにも詳しく説明してもらう暇はなかった。知らない言葉はなるべくすぐに意味を確かめておいたほうがいいのは、子守役の一件で学んでいた。
「ご主人様。昨日、ターウス様が仰っていたのですが……回青の園って、庭のことをそう呼ぶんですか?」
問うと、主人は緩慢に瞬いた。
「ああ――見せてやったことがなかったか。回青は、香にも使っているだろう、橙の異名だ。うちの庭には大木があるので名指してそう呼ぶ」
橙、橙花なら知っている。実際に植物を見たことは多分ないけど、柑橘の種類ならやっぱり丸い実がなる果樹だろう。食べさせてもらったこともあるが、あの手はなにより匂いに馴染みがあった。主人に買われてからよく嗅ぐ、いい匂いのひとつ。
「実った果実が何度も熟し、また若返り青に回ることから、回青。成熟と繁栄、繰り返し栄える家の象徴だ。鸞の止まり木でもある」
「へえ……」
一度色づいて終わりじゃない、そんな果物もあるんだ。
説明する主人の声は何かの物語のようだ。以前鸞の出てきた夢も大きな木のある場所だった。あそこもまた、回青の園――屋敷の庭があそこを模したのかもしれないし、似ているから鸞が下りたのかもしれない。
黄や青の実がなる香りのよい木に青く美しい霊鳥が降りたつ姿を想像していると、主人が肩を掴んで引き寄せた。体をそっと横にして、また主人の胸に寄り添う。覗きこむ顔がふと笑った。
「お前の瞳も青い実のようだな」
それならご主人様の瞳は熟した橙のよう、だろうか。考えて、なんだか照れる。思考を読まれないようにと表情を取り繕う努力をして、頭を撫でる手を受け止めた。
「……早く帰りたいものだ。着く前から言っても詮ないがな」
呟く声はたしかに懐かしそうで。主人はいつでも平然として馬車の中でも天幕の中でも屋敷や離れに居たときと何も変わらないように見えるけれど、やはり家が落ち着くものらしい。
しばらく留まると聞いていたけれど、南方のお屋敷がそんなにいいところじゃないのかも。
「ハツカ」
「はい」
見つめて名前を呼ばれる。返事をすると指が髪を梳く。
「昨日といえばあの男が言っていた、お前の名の話のほうは覚えているか」
奴隷商の男。思い出すと驚いたように一瞬体が強張って――此処には居ないのに、何をそんなに。とんだ臆病者だと自分に呆れてしまう。
「はい」
言っていたのは、少ない、とかそんな意味だったか。奴隷に適当な名前をつけるのはよくあることだ。見た目とか、そのへんにあった物とか、一つの名前を使いまわすとか。
よくない言葉だとして、愚図だの鈍間だのじゃないだけ全然いい。主人も不満はないようだし、ハツカのままで、全然。
「少ないと言うことは、稀だということだ。稀少、貴重……」
そんな思いにきらと、光が差しこまれたようだった。
あまりいい意味ではない言葉が反転して、特別な響きを帯びる。奴隷には不遜な、宝石のような。翡翠かも。雪雲が天にあるときのように、体が高揚に冷えた。
「私は、お前の名はそれだと思う。ハツカ」
なんと答えたらいいのか分からなかった。でも呼んで微笑む主人があまりにも綺麗で、見惚れていたら額に接吻される。
「冷たい。……やはりお前のほうが心地がいい。肉づきはあちらのほうがよかったのにな」
「すみません――ありがとう、ございます」
慌てて冷気を引っ込めて――でも火精と比べていいと言ってもらえたのだと気づいて、嬉しくなってしまう。本当に、寒期の今は冷えるし、こんな痩せぎすより向こうのほうがいいに決まってるのに、やっぱり主人は変わり者だ。
でも、変わり者でよかった。使われて、仕えて、嬉しい主人がいるということを教えてもらえて本当によかった。逆に少し不安になってしまうくらい、幸せだ。
早めの夕食の後、天幕に引き上げた主人の胸に引き寄せられると妙に離れ難かった。体温に寄り添って数秒、呆けてしまう。
「どうした、昨夜のことを気にしているのか?」
顎を擽られながら、落ちてくる声にはっとした。そうだ、朝はばたばたしていて謝り損ねていた。見上げると金の目とかち合って、慌てて姿勢を正す。
「あ……昨日は申し訳ありませんでした。邪魔をしてしまって……」
「ほう、あれは邪魔だったか」
「……いえ、その、」
結果的にそうなってしまっただけで邪魔をしようとしたのではないけれど、口にした以上否定もしきれずに口籠る。
主人は言葉を待っている風だったが、俺が何も言えないと見ると半開きで固まった唇を指先で辿って話し始めた。
「奴隷を用意されたら使うのが礼儀だ。気乗りしないときはああして帰すこともあるが、体面には使ったことにする」
そうなんだろう。結果的にでも俺は主人に礼を欠かせてしまったことになる。なんてことをしたのだろう。あの火精は、主人の奴隷商に言っただろうか。奴隷商は不快に思っただろうか。
ましてやそれが俺の所為だと知ったら。考えると震えが来た。どうしてか、鞭で打たれる前のように身が竦む。主人の手が頬を揉んで、強張った顔を解す。
「……此処での足止めが長引くとまた差し出してくるかも知れん、あれを私に売りたいようだから。それか、お前と遊ばせる提案でもしてくるか……」
次はちゃんと、本当に黙って見守らなければならない。主人の言葉に前の夜会で見た光景も思い出す。体を重ねる奴隷たち。もし、ああいうことをしろと命じられたら――しなければならないだろう。あの火精とか、他の白奴隷とか。
「――できるのか?」
俺の表情を見て心を読むように問いかける声。こうしてこの人に訊かれてしまえば、答えは一つしかないと分かるのに。
「ご命令とあれば……」
嫌だけど、やるだろう。やってみせる。
主人はしばらく俺をじっと見つめて、首輪を指に引っ掛けた。そのまま引っ張られる。
「では、その気になったら命じよう。今日は私の相手をしろ」
目を細めて告げた口が、口を覆う。
深く口づけて舌を舐り口の中を荒らしていく。頭の奥がじんと痺れる、舐め溶かすような動きだった。
主人の指が胸を撫で下ろし、帯にかかったところで思い至る。手を重ねて留めて、息を吸った。
「洗ってきます、ので」
移動の最中はいつもと生活の流れが違う。今日は湯を使っていない。当然そういう支度もしていなかった。だから、誰も何も言わないから、移動中はしないものかと思っていたんだけど。
構わず帯を解いて、立ち上がる主人に抱え上げられた。優しい動きだったが逆に嫌な予感がする。
外に出るとすぐそこに昼間は無かったと思う囲いが立っていて――灯りもついて照らされていたから、その中が簡易の浴室で、便所でもあるということはすぐに分かった。
大きな盥に水が用意されていた。体を洗う為のもの。体の、中を。水を吸い上げる道具があるから間違いない。それに便器の壷もある。タオルと石鹸も。
俺を下ろした主人がそれらに手を伸ばした。久しぶりに洗われるのだと気がついて一気に居た堪れなくなる。嫌だと言いたかったが、さっきのやりとりを思うと拒否の言葉は紡げなかった。全部受け入れないとならない。
大人しく裾を捲って下肢を晒し、羞恥を堪えて後ろ向きに尻を差し出す。褒めるように撫でて揉んで、一切の遠慮なく管が差しこまれた。水が入ってくる、慣れた感覚。背筋に走る震えを往なして息を吐く。
少し我慢して出せばいい、それだけ、と胸に呟くが、主人はそれだけにはしてくれなかった。道具を置く静かな音の後、指先が腿を撫でて、体の前へと滑ってくる。裾を掴む手に力が入った。
「っ」
掌が陰茎を握って擦りはじめる。数日、こうした行為をしていない体は簡単に快感を覚えて反応していく。洗っている最中なのに。
「な、んで、」
「ついでに洗ってやろう。……まだ漏らすな。お前ももう慣れただろう」
背後から、耳に口づけ囁く声。吐息が熱い。慣れたけど、けど! こんなのは。
後ろから重ねるように身を寄せられては出したくても出せない。洗うの言葉どおり、濡らして石鹸をつけた手がぬるぬると滑り、陰嚢を弄び皮を剥いて先端を淡く撫でる。
主人は容赦がなく、指は弱いところばかりに触れた。首を振ろうとするのさえ、再びの口づけに止められた。
段々、余裕がなくなってくる。ぞわぞわと快感が巡るが、腹が気持ち悪い。もう出る、漏れる。
「ごしゅじ、さま、もう……っ」
「まだだ。我慢しろ」
訴えて許しを請うのに返事はつれなかった。淡々として、腹を洗うのと同時、俺の体を行為に向けて準備する。排泄欲と快感に腹の中がうねって妙な音を立てた。もう本当に限界、首輪の力が働いていなかったらきっと漏らしている。
「も、無理……出させて、ぅ、お願いです、からっ」
声はほとんど悲鳴のようになったが、まだ、と囁かれて涙が滲む。息が荒れて体が震えてくる。――何度も請うてようやく体が離れた。
「ん、出していい。射精はするなよ」
壷が差し出されて、命令で制された体に許可が出る。言葉を理解するより早く体が緩んで水が滴った。
「ぁ、は……」
恥ずかしさや派手な音に構う余裕も今は無かった。ただ金の目がじっとこっちを見ているのは分かって、こんなことまですべて支配されているという事実に眩む。
後から追ってくる酷い羞恥の中、勃起したままの股座も流されて、もう一度腹を濯ぐ。今度は我慢しろとは言われなかったが、主人は変わらずすべてを眺めていた。こんなの酷い、趣味が悪い、とは買われて幾度も思ったことで、きっとこの先も思い続ける。
水気を丁寧に拭き取られ、布団の上へと連れ帰られてクッションの山に体が沈む。見上げると離れとは違う天幕の天井が見えた。けれどすぐに視界に入るのは主人だけになる。
既にくたびれかけている体を叱咤して足を開くと、手が膝を持ち上げさらに開けっぴろげな姿勢に持っていく。白く軟弱な足が主人の横で揺れた。
「っあ、ん、あ!」
焦らすことなく熱い物が触れて、貫かれる。性器の裏を押し上げて、洗ったばかりで潤った中を埋めて奥まで。じわと先走りが押し出され腹を濡らした。
同時に掌が膝の裏を擦り、腿を撫でて体をまさぐる。服を捲り上げられ、つんと硬くなっている胸の先を掻かれて腰が揺れた。合わせて押し込まれて、堪えきれない息がくふと漏れる。
布団かクッションか、そのへんにあった物を握りしめて、強い快感をやりすごす。乳首が抓られると腹の中が捩れて主人を尚更に感じ、堪らなかった。
触られて、挿れられて、見られて。体のすべてを差し出して、この人のものにされている。
「うぁ……っん、く――う」
中で達して身を縮めても、腰はまだ動いていて、またイかされる。無意識に逃げそうになるが押さえつけられて叶わない。
張り詰めた前が苦しくもどかしい。終わらないとおかしくなる、イってもらわないとと思って締めつける努力をすると自分も感じて翻弄されてどうしようもない。
「や、だ、もう……っ」
気持ちよくてもうやだ。これ以上は。情けなく喘ぐと宥めるような口づけ。
「っは……」
やがて主人が眉を寄せるのがぼんやりと見えた。ぐっと押しつけて、奥に注ぎこまれている。熱くて、その熱が滲んで、甘く広がる。腹の奥が疼いてまた陰茎が跳ねた。
「……仕方ないな、こっちも許してやるか」
「あ――っんう……!」
優しく擦りたてられて、声と共に精液が溢れた。見せつけるように絞る指先。腹に撒いて身震いしてようやく、縮こまった体を緩めることができる。
抜かれた後も体が痺れたようで落ち着かなかったが、そのまま休むわけにはいかないだろうと少し休んだだけで身を起こし、水差しと手拭いを使って主人の手や性器を拭い着衣を整える。俺もちょっとは性奴隷として仕事ができるようになってきてしまったなあと、悲しいような嬉しいような、微妙な気分だ。
ふらふらと外に出て手拭いと汚れた下肢を洗い直して戻ってくると、主人は寝床の上に横たわったままだったが、まだ起きていた。伸ばされる腕に呼ばれて布団の上に座ると腰を抱えられる。
「宴だ野営だで疲れるだろう。今日はさっさと寝るか」
……全然さっさとじゃない。と思ったのは口には出さなかったが、笑われたからやっぱり分かりやすい顔をしてしまったんだろう。
でもまあ、宴みたいな緊張はしない分いい。考えて、そういえばまだ誰にも訊いていなかったなと思い出す。昨日の夜の宴の話。ビリムにも詳しく説明してもらう暇はなかった。知らない言葉はなるべくすぐに意味を確かめておいたほうがいいのは、子守役の一件で学んでいた。
「ご主人様。昨日、ターウス様が仰っていたのですが……回青の園って、庭のことをそう呼ぶんですか?」
問うと、主人は緩慢に瞬いた。
「ああ――見せてやったことがなかったか。回青は、香にも使っているだろう、橙の異名だ。うちの庭には大木があるので名指してそう呼ぶ」
橙、橙花なら知っている。実際に植物を見たことは多分ないけど、柑橘の種類ならやっぱり丸い実がなる果樹だろう。食べさせてもらったこともあるが、あの手はなにより匂いに馴染みがあった。主人に買われてからよく嗅ぐ、いい匂いのひとつ。
「実った果実が何度も熟し、また若返り青に回ることから、回青。成熟と繁栄、繰り返し栄える家の象徴だ。鸞の止まり木でもある」
「へえ……」
一度色づいて終わりじゃない、そんな果物もあるんだ。
説明する主人の声は何かの物語のようだ。以前鸞の出てきた夢も大きな木のある場所だった。あそこもまた、回青の園――屋敷の庭があそこを模したのかもしれないし、似ているから鸞が下りたのかもしれない。
黄や青の実がなる香りのよい木に青く美しい霊鳥が降りたつ姿を想像していると、主人が肩を掴んで引き寄せた。体をそっと横にして、また主人の胸に寄り添う。覗きこむ顔がふと笑った。
「お前の瞳も青い実のようだな」
それならご主人様の瞳は熟した橙のよう、だろうか。考えて、なんだか照れる。思考を読まれないようにと表情を取り繕う努力をして、頭を撫でる手を受け止めた。
「……早く帰りたいものだ。着く前から言っても詮ないがな」
呟く声はたしかに懐かしそうで。主人はいつでも平然として馬車の中でも天幕の中でも屋敷や離れに居たときと何も変わらないように見えるけれど、やはり家が落ち着くものらしい。
しばらく留まると聞いていたけれど、南方のお屋敷がそんなにいいところじゃないのかも。
「ハツカ」
「はい」
見つめて名前を呼ばれる。返事をすると指が髪を梳く。
「昨日といえばあの男が言っていた、お前の名の話のほうは覚えているか」
奴隷商の男。思い出すと驚いたように一瞬体が強張って――此処には居ないのに、何をそんなに。とんだ臆病者だと自分に呆れてしまう。
「はい」
言っていたのは、少ない、とかそんな意味だったか。奴隷に適当な名前をつけるのはよくあることだ。見た目とか、そのへんにあった物とか、一つの名前を使いまわすとか。
よくない言葉だとして、愚図だの鈍間だのじゃないだけ全然いい。主人も不満はないようだし、ハツカのままで、全然。
「少ないと言うことは、稀だということだ。稀少、貴重……」
そんな思いにきらと、光が差しこまれたようだった。
あまりいい意味ではない言葉が反転して、特別な響きを帯びる。奴隷には不遜な、宝石のような。翡翠かも。雪雲が天にあるときのように、体が高揚に冷えた。
「私は、お前の名はそれだと思う。ハツカ」
なんと答えたらいいのか分からなかった。でも呼んで微笑む主人があまりにも綺麗で、見惚れていたら額に接吻される。
「冷たい。……やはりお前のほうが心地がいい。肉づきはあちらのほうがよかったのにな」
「すみません――ありがとう、ございます」
慌てて冷気を引っ込めて――でも火精と比べていいと言ってもらえたのだと気づいて、嬉しくなってしまう。本当に、寒期の今は冷えるし、こんな痩せぎすより向こうのほうがいいに決まってるのに、やっぱり主人は変わり者だ。
でも、変わり者でよかった。使われて、仕えて、嬉しい主人がいるということを教えてもらえて本当によかった。逆に少し不安になってしまうくらい、幸せだ。
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