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Ⅱ‐回青の園
旅程ⅲ
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「ハツカ!」
「――はいっ! あっ、と、失礼致します、ターウス様」
「うん」
他の奴隷と一緒に氷作りをして遊んでいる最中だった。ハリュールの声に慌てて返事をして慌てて立ち上がりかけ、はっとして頭を下げる。ああ、タラブ様が居たら怒られた。もっと品よく振る舞わなければならなかった。
ハリュールも呆れたような眼差しだし、主人にも睨まれていた。示されたところになるべくそっと座り込み手を揃えて頭を下げる。
主人の横ではなく、前に、酒肴や菓子の乗った盆を挟んで。いつもと違うその位置に不安になる。一番近くに居るのは奴隷商の男だ。その陰で小柄な白奴隷が甕に寄り添っている。火精憑きは主人の横に居た。煙草――玻璃瓶に煙管を繋げた大がかりな仕掛けを、準備か始末かしているようだった。
主人もハリュールも、奴隷商も奴隷も、皆が俺のことを見ていた。此処にも、冷やす酒は無さそうだった。
「では失礼」
「――っ」
そうして、別に冷やす物は言いつけられない代わり、奴隷商が膝を進めてこっちを覗きこむのに心臓が跳ねた。硬い手が顎を掴んで正面を向かせる。乱暴な手つきではなかったが、俺の体を動かすには十分だった。
単純に力強い主人の目とは違う怖さだ。きっとよくないことが起こる、そういう予感。見返すことはできなくて、目を伏せて逸らした先、今度は蛇と目が合って悲鳴を上げそうになった。
それは鈍く光る金属でできた、鞭の柄だった。体が芯から震えて嫌な汗が滲み出る。
――ご主人様。
喉の奥で喘いで、視線をずらせばさっき着替えた服の青い色や腕に描かれた文字が見えて少しは安心する。
そう、大丈夫だ、俺は別の主人の持ち物だから酷いことはされないはずだ。
分かっているがどうにも身が竦んだ。裾を握りしめて皺を作ってしまっていることに気がついて、恐る恐る手を解く。奴隷商の鋭い目が俺の顔を眺めて、何度も瞬くだけ時間が過ぎた。
「みどり――翡翠の双眸、薄い顔立ち。口鼻や耳も小さい。癖の少ない髪ですし……ああ、小指も割に長い。北のほうの血でしょうね。ラザの辺りでしょうか」
やがて低い声が言う。虫食いだとか、醜いとか、つまらない顔だとは言われなかった。そういうことではなく、どうやら俺の産地について話している。
奴隷は時に生まれた場所で値段が変わるのだとは、市場でも聞いていたから知っているけれど。出自の分からない安い奴隷だった俺には縁のない話だった。俺みたいなやつは使えるか使えないかだけが価値で、だからこんな話は多分、初めて聞く。
北の、ラザ。それは何処にあるのだろう。近いのだろうか遠いのだろうか。――考えるが、本当はどうだっていい。気を紛らわしているだけだった。
「ハツカという響きも覚えがありますな。それですと、あまり名前向きではございませんが」
奴隷商が主人のほうを見て続けた。奴隷商はやっぱり奴隷に詳しい。手は少し緩んだが許しがない以上俺はまだ動けなかった。早く手を離して、離れてほしい。そればかり思った。主人の傍に行きたい。
名前の、意味。それは主人の興味を惹いたようだった。
「ほう?」
「少ない、短い、小さい、そういう意味の言葉です」
「……成程。まあ、もし北の客人と見えても無礼には当たらなそうだ、安心した」
いつもよりゆったりとした口振りの主人が応じると、ようやく手が離れた。はあっと大きく息を吐いてしまって慌てて口を閉じるが、息や心臓はなかなか落ち着かなかった。真っ先に主人を窺う。
「不調法ですまないな」
詫びの声。俺も、慌てて頭を下げる。
「いいえ、外に連れていないのでしたらこんなものでしょう。今日は特別に見せていただいているのだと弁えておりますよ」
ああ、ちゃんと、こういうときこそ翡翠の環に見合うような振舞いをしなければいけなかったのに。奴隷商は俺にいくらの値をつけただろう。きっとそれほどにはいい値じゃない。氷が作れるだけの一等級だと思われたんじゃないか。
後悔したってもうどうにもならなくて、主人が呼ぶ手に動く所作だけは気遣った。座りなおすと労うように頭を撫でられて心底ほっとしたが、申し訳ない感じもした。
「どうぞ」
火精がそっと、主人に煙管を差し出した。自分がこんなだったからなおさら、動きが柔らかく落ち着いていて綺麗に見える。受け取った主人が吹かし始めると嗅ぎ慣れない匂いが微かに漂ってきた。
「お手を」
そうして火精は、寛いで投げ出されていた手も握ってゆっくりと揉み始めた。俺は冷やす物もなくただ座っているだけだが、彼はやることが多くて忙しそうだ。でもやっぱり忙しなさはなくて、多分珍しい妖精憑きだという以上に上等な奴隷なんだろうと感じられた。
あの掌はきっと温かく、心地良いのだろう。
「普段はもっとよい奴隷なのでしょうね。調教師の前だと怯える物は多い」
「どうにも臆病でな。こっちは怖じないな」
奴隷商の世辞が俺を向いたが、主人は火精を褒めた。奴隷商が満足気に笑む。
「調教の成果、と申し上げておきましょう。無論元々の気質もありますので、よい物を仕入れられた運もありますが」
その後はずっと主人の横に居て、俺も少しだけ酌をした。出来が悪いからとこの男に預けられてしまわないかと不安に思っているうちに、宴は終わった。
奴隷商は試用に火精憑きを貸し出すと言って、主人もそれを断らずに天幕に連れ帰った。
着替えた俺たちとは違いそのままの格好で、知らぬところに来ても彼はどこか慣れた雰囲気で、中に入るとすぐに灯りに火を点けた。何の用意も要らない。指で指し示すようにするだけで、吊るされたランプに火が入って音さえなく明るくなっていく。王宮に居た火精と遜色ないだろう。
「火鉢はどういたしましょう」
「いい、もう寝る」
「では消しておきます」
誰かが前もって部屋を暖めるのに点けておいたその始末さえ、いとも容易くやったらしい。何をどうしたのか俺には分からなかった。ただ妖精の気配はするというだけで、氷精の仕事ほど掴めるものが無い。火鉢を消してもこの部屋が適度に暖かいままだろうことは、さっきの天幕で十分に知れていたが。
彼が居れば屋敷でもとても楽だろう。俺がそんな風に思うくらいだから、主人もきっとそう思っている。なにせ火を使う場所は屋敷でもいっぱいあるんだから、主人なら使い道を沢山思いついているはずだ。
白奴隷と違って、灯りとかなら暑期も寒期も関係ないし……
「ハツカ。今日は床で寝ていろ」
考えながら奥に用意された寝床に向かいかけていた足を、主人の声が止めた。
「……はい……」
なにかしてしまっただろうか。別に床で寝るのなんて罰でもなんでもないのにそう考えて、呆れて、胸が痛んだ。
違う、火精憑きがいるから、俺は今日要らないんだ。二人もいたら布団が狭くなるから俺は床。大体、氷精なんてこの時期は冷えるだけだし。
場所を探して、天幕の隅、大きい何かの荷物が置かれた横に座り込む。別に、敷物もある。座り心地は悪くなかった。寝るのだってこれなら簡単だろう。
「失礼致します」
火精が主人に呼ばれて寝床に上がるのを目が追った。今日は湯たんぽも要らない。もしかしたら、広げている毛布もなくたって大丈夫なくらいかもしれない。
ぼうとそんなことを考えていた俺の視界で、横たわった主人の腿を火精の掌が撫でた。さっきの天幕で手を揉んだように、――いや。
「あの、俺、外にいましょうか」
声は上擦ってしまった。邪魔をしてはならなかったのに、と考えたのはそれからだった。失態に身が竦む。
掌はそういう意図だった。内に入り、柔く股座を撫で上げようとしていた。
前に、別の主人のところで行為を見せつけられたのを思い出していた。それは嫌だ。外で寝たっていい、ビリムと同じところに行ったっていい。そんなことをするなら、此処には居たくない。
さっきは傍にと思ったのに、今は真逆のことを考えている。都合のいい、我儘だ。こんなの昔は考えなかった。嫌でも仕方ないと思って耐えたのに。耐えるべきなのに。
「申し訳ございません」
主人の金色の瞳に見据えられて、謝罪が口を突いた。もうわけがわからない。また落ち着きのないことをしている。鼻の奥までつんと痛んで、泣きそうだ。
「外には出るな。そこに居ろ」
「……はい、申し訳ございません」
主人の声が命じるのには逆らえなくて、揺れそうな声を抑えて繰り返した。溜息が聞こえて肩が震える。そうだ、我慢しないと。そう自分に言い聞かせて膝を抱え直す。
「今日はもう疲れた。お前はよくやっていたと主人には伝えておく。暖房だけやっていろ」
その後の声は小さく、火精憑きのほうに向けたものだった。
「……はい、かしこまりました」
「暗くしてくれ。寝る」
主人の隣に火精も横になる。それきりだった。灯りが消され真っ暗になって、静かになる。
ああ、しないんだ。――俺の所為だ。
よかったという思いと、どうしようという思いが混ざり合う。離れたところの主人の気配を窺って、寝たかどうかもよく分からないその距離に不安になる。やっぱり外じゃなくて、傍がよかったんだと思った。俺はもう、そうなっている。
明日、主人が起きたらもう一度謝ろう。邪魔をしてごめんなさい。不出来ですみません。次はもっとしっかりして、勿論言われたとおりにします。だから、できれば明日はまた、傍に置いてもらえるといい。
そう決めて祈ったところで寝られるわけもなく、朝が来て主人が目を覚ますまで、俺は長く待つことになった。
「――はいっ! あっ、と、失礼致します、ターウス様」
「うん」
他の奴隷と一緒に氷作りをして遊んでいる最中だった。ハリュールの声に慌てて返事をして慌てて立ち上がりかけ、はっとして頭を下げる。ああ、タラブ様が居たら怒られた。もっと品よく振る舞わなければならなかった。
ハリュールも呆れたような眼差しだし、主人にも睨まれていた。示されたところになるべくそっと座り込み手を揃えて頭を下げる。
主人の横ではなく、前に、酒肴や菓子の乗った盆を挟んで。いつもと違うその位置に不安になる。一番近くに居るのは奴隷商の男だ。その陰で小柄な白奴隷が甕に寄り添っている。火精憑きは主人の横に居た。煙草――玻璃瓶に煙管を繋げた大がかりな仕掛けを、準備か始末かしているようだった。
主人もハリュールも、奴隷商も奴隷も、皆が俺のことを見ていた。此処にも、冷やす酒は無さそうだった。
「では失礼」
「――っ」
そうして、別に冷やす物は言いつけられない代わり、奴隷商が膝を進めてこっちを覗きこむのに心臓が跳ねた。硬い手が顎を掴んで正面を向かせる。乱暴な手つきではなかったが、俺の体を動かすには十分だった。
単純に力強い主人の目とは違う怖さだ。きっとよくないことが起こる、そういう予感。見返すことはできなくて、目を伏せて逸らした先、今度は蛇と目が合って悲鳴を上げそうになった。
それは鈍く光る金属でできた、鞭の柄だった。体が芯から震えて嫌な汗が滲み出る。
――ご主人様。
喉の奥で喘いで、視線をずらせばさっき着替えた服の青い色や腕に描かれた文字が見えて少しは安心する。
そう、大丈夫だ、俺は別の主人の持ち物だから酷いことはされないはずだ。
分かっているがどうにも身が竦んだ。裾を握りしめて皺を作ってしまっていることに気がついて、恐る恐る手を解く。奴隷商の鋭い目が俺の顔を眺めて、何度も瞬くだけ時間が過ぎた。
「みどり――翡翠の双眸、薄い顔立ち。口鼻や耳も小さい。癖の少ない髪ですし……ああ、小指も割に長い。北のほうの血でしょうね。ラザの辺りでしょうか」
やがて低い声が言う。虫食いだとか、醜いとか、つまらない顔だとは言われなかった。そういうことではなく、どうやら俺の産地について話している。
奴隷は時に生まれた場所で値段が変わるのだとは、市場でも聞いていたから知っているけれど。出自の分からない安い奴隷だった俺には縁のない話だった。俺みたいなやつは使えるか使えないかだけが価値で、だからこんな話は多分、初めて聞く。
北の、ラザ。それは何処にあるのだろう。近いのだろうか遠いのだろうか。――考えるが、本当はどうだっていい。気を紛らわしているだけだった。
「ハツカという響きも覚えがありますな。それですと、あまり名前向きではございませんが」
奴隷商が主人のほうを見て続けた。奴隷商はやっぱり奴隷に詳しい。手は少し緩んだが許しがない以上俺はまだ動けなかった。早く手を離して、離れてほしい。そればかり思った。主人の傍に行きたい。
名前の、意味。それは主人の興味を惹いたようだった。
「ほう?」
「少ない、短い、小さい、そういう意味の言葉です」
「……成程。まあ、もし北の客人と見えても無礼には当たらなそうだ、安心した」
いつもよりゆったりとした口振りの主人が応じると、ようやく手が離れた。はあっと大きく息を吐いてしまって慌てて口を閉じるが、息や心臓はなかなか落ち着かなかった。真っ先に主人を窺う。
「不調法ですまないな」
詫びの声。俺も、慌てて頭を下げる。
「いいえ、外に連れていないのでしたらこんなものでしょう。今日は特別に見せていただいているのだと弁えておりますよ」
ああ、ちゃんと、こういうときこそ翡翠の環に見合うような振舞いをしなければいけなかったのに。奴隷商は俺にいくらの値をつけただろう。きっとそれほどにはいい値じゃない。氷が作れるだけの一等級だと思われたんじゃないか。
後悔したってもうどうにもならなくて、主人が呼ぶ手に動く所作だけは気遣った。座りなおすと労うように頭を撫でられて心底ほっとしたが、申し訳ない感じもした。
「どうぞ」
火精がそっと、主人に煙管を差し出した。自分がこんなだったからなおさら、動きが柔らかく落ち着いていて綺麗に見える。受け取った主人が吹かし始めると嗅ぎ慣れない匂いが微かに漂ってきた。
「お手を」
そうして火精は、寛いで投げ出されていた手も握ってゆっくりと揉み始めた。俺は冷やす物もなくただ座っているだけだが、彼はやることが多くて忙しそうだ。でもやっぱり忙しなさはなくて、多分珍しい妖精憑きだという以上に上等な奴隷なんだろうと感じられた。
あの掌はきっと温かく、心地良いのだろう。
「普段はもっとよい奴隷なのでしょうね。調教師の前だと怯える物は多い」
「どうにも臆病でな。こっちは怖じないな」
奴隷商の世辞が俺を向いたが、主人は火精を褒めた。奴隷商が満足気に笑む。
「調教の成果、と申し上げておきましょう。無論元々の気質もありますので、よい物を仕入れられた運もありますが」
その後はずっと主人の横に居て、俺も少しだけ酌をした。出来が悪いからとこの男に預けられてしまわないかと不安に思っているうちに、宴は終わった。
奴隷商は試用に火精憑きを貸し出すと言って、主人もそれを断らずに天幕に連れ帰った。
着替えた俺たちとは違いそのままの格好で、知らぬところに来ても彼はどこか慣れた雰囲気で、中に入るとすぐに灯りに火を点けた。何の用意も要らない。指で指し示すようにするだけで、吊るされたランプに火が入って音さえなく明るくなっていく。王宮に居た火精と遜色ないだろう。
「火鉢はどういたしましょう」
「いい、もう寝る」
「では消しておきます」
誰かが前もって部屋を暖めるのに点けておいたその始末さえ、いとも容易くやったらしい。何をどうしたのか俺には分からなかった。ただ妖精の気配はするというだけで、氷精の仕事ほど掴めるものが無い。火鉢を消してもこの部屋が適度に暖かいままだろうことは、さっきの天幕で十分に知れていたが。
彼が居れば屋敷でもとても楽だろう。俺がそんな風に思うくらいだから、主人もきっとそう思っている。なにせ火を使う場所は屋敷でもいっぱいあるんだから、主人なら使い道を沢山思いついているはずだ。
白奴隷と違って、灯りとかなら暑期も寒期も関係ないし……
「ハツカ。今日は床で寝ていろ」
考えながら奥に用意された寝床に向かいかけていた足を、主人の声が止めた。
「……はい……」
なにかしてしまっただろうか。別に床で寝るのなんて罰でもなんでもないのにそう考えて、呆れて、胸が痛んだ。
違う、火精憑きがいるから、俺は今日要らないんだ。二人もいたら布団が狭くなるから俺は床。大体、氷精なんてこの時期は冷えるだけだし。
場所を探して、天幕の隅、大きい何かの荷物が置かれた横に座り込む。別に、敷物もある。座り心地は悪くなかった。寝るのだってこれなら簡単だろう。
「失礼致します」
火精が主人に呼ばれて寝床に上がるのを目が追った。今日は湯たんぽも要らない。もしかしたら、広げている毛布もなくたって大丈夫なくらいかもしれない。
ぼうとそんなことを考えていた俺の視界で、横たわった主人の腿を火精の掌が撫でた。さっきの天幕で手を揉んだように、――いや。
「あの、俺、外にいましょうか」
声は上擦ってしまった。邪魔をしてはならなかったのに、と考えたのはそれからだった。失態に身が竦む。
掌はそういう意図だった。内に入り、柔く股座を撫で上げようとしていた。
前に、別の主人のところで行為を見せつけられたのを思い出していた。それは嫌だ。外で寝たっていい、ビリムと同じところに行ったっていい。そんなことをするなら、此処には居たくない。
さっきは傍にと思ったのに、今は真逆のことを考えている。都合のいい、我儘だ。こんなの昔は考えなかった。嫌でも仕方ないと思って耐えたのに。耐えるべきなのに。
「申し訳ございません」
主人の金色の瞳に見据えられて、謝罪が口を突いた。もうわけがわからない。また落ち着きのないことをしている。鼻の奥までつんと痛んで、泣きそうだ。
「外には出るな。そこに居ろ」
「……はい、申し訳ございません」
主人の声が命じるのには逆らえなくて、揺れそうな声を抑えて繰り返した。溜息が聞こえて肩が震える。そうだ、我慢しないと。そう自分に言い聞かせて膝を抱え直す。
「今日はもう疲れた。お前はよくやっていたと主人には伝えておく。暖房だけやっていろ」
その後の声は小さく、火精憑きのほうに向けたものだった。
「……はい、かしこまりました」
「暗くしてくれ。寝る」
主人の隣に火精も横になる。それきりだった。灯りが消され真っ暗になって、静かになる。
ああ、しないんだ。――俺の所為だ。
よかったという思いと、どうしようという思いが混ざり合う。離れたところの主人の気配を窺って、寝たかどうかもよく分からないその距離に不安になる。やっぱり外じゃなくて、傍がよかったんだと思った。俺はもう、そうなっている。
明日、主人が起きたらもう一度謝ろう。邪魔をしてごめんなさい。不出来ですみません。次はもっとしっかりして、勿論言われたとおりにします。だから、できれば明日はまた、傍に置いてもらえるといい。
そう決めて祈ったところで寝られるわけもなく、朝が来て主人が目を覚ますまで、俺は長く待つことになった。
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