翡翠の環−ご主人様の枕ちゃん

綿入しずる

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Ⅱ‐回青の園

帰宅*

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 寝不足で怠い中、主人の帰宅の準備の為に離れに使用人たちがやってきて掃除や風呂の用意をした。俺もいつものように身を清めて、奴隷の服ではない亜麻の上下に着替えて帯を締めた。
 ビリムとファロは一晩で許してもらえただろうか。確かめたかったが訊いて分かりそうな人もいなかったから、俺は黙って靴を履いた足を眺めながら主人の帰宅を待つ。今更眠くなってきたがもう寝てはいけない。
 待って、ようやくやってきた人の気配と話し声にベッドを降りて扉へと近づく。間を空けずに扉は開いて、荷物持ちを連れた主人が見えた。金色と目が合う。
 俺を買ったときと同じような襟元に刺繍飾りのついたシャツに、綺麗な黒い織物を重ねて青い帯の服。ところどころに着けられている装飾品がきらきらと太陽の光を弾いた。
「おかえりなさいませ」
 告げると手が伸びて頬を捉えられ、口づけが降ってくる。今日はすぐに離れた。
「私が居ない間はどうだった。上手くやれそうか」
 問うのは、奴隷部屋での生活についてだろう。
 きっと報告は受けている。仕事ができるか判断するのも、俺じゃない。監督役と主人が決める。俺が訊かれているのはただの感想だ。考えて、言葉を探した。
「……雰囲気は前の仕事に似ています。でも部屋も綺麗で、馬を見るのとかも楽しくて……皆とも上手くやれると……」
 俺が居ると、皆の仲が悪くなる、のでは。
 元々どうだったのかは知らないが、あの喧嘩の原因は俺だろう。俺がいるとああいうことになるんじゃないかと思うと言いきれなかった。
 口ごもった俺にふと笑って、主人は歩き出した。慌ててついていく。
「喧嘩騒ぎがあったとは聞いている。お前ではなく、ビリムとファロが諍いをしたと」
 主人が口にする二人の名前にどきりとする。ちゃんと奴隷の名前を憶えているんだ。出てきたのがビリムの名前だけじゃなくてちょっとほっとした。
 昨日はビリムなら納得だと思ったくせに、俺は気にしている。
「喧嘩の発端はお前の存在のようだとも聞いた。……まあ揉め事の一つや二つは起きるだろうと思っていた。お前も覚悟していなかったわけではあるまい」
「はい……あの、二人はもう?」
 いつもの明瞭な声が続けて、使用人が荷物を運びこむのを横目に主人はテーブルに寄って水差しを取り上げた。横に立つ俺へと手渡される。冷やして、差し出されたグラスへとそっと水を注ぐ。
 俺も、今の俺みたいな特別扱いをされている奴が奴隷部屋に行って、何も無いとは思っていなかった。ただ自分がいじめられたりするほうの覚悟ばかりしていて、今回のようなことは予想外だったけど。
「いつもの仕事に戻したそうだ。怪我も支障ない程度だと」
 水を飲んで応じる主人に、ひとまずは安心した。
「風呂に」
「はい、かしこまりました」
 使用人が立ち去ったところで水を飲み干して言う。少しは慣れてきた仕事だ。返事をして水差しを置いて、あらかじめ湯の溜められた風呂場へと向かった。
 急いで浴槽の湯を冷ましてハーブの束を放り込み香りを移し、主人が脱ぐ服を受け取って、なるべく皺にならぬように畳んで籠に入れていく。着替えがあるのはちゃんと確かめてある。その上に、鎖が絡まぬよう気をつけて首輪の鍵を置く。
「失礼致します」
 浸かる主人の横に跪いて、まずは結い紐を解いた髪を櫛で梳く。湯をかけて、石鹸液を掌で泡立て頭を揉み、櫛で梳いたのと同じように手を使い絡まないように気をつけて洗う。主人の長い黒髪は汚れていなくても洗うのに時間がかかる。
 たっぷり時間をかけて手入れする方もいらっしゃるが、宮廷から帰ってきたばかりの主人は特に手早いほうを好むのでてきぱきやるように、と教わっていた。丁寧にしてほしかったらちゃんと専用の使用人を呼んでやるから、俺に任せるときは汗を流すだけのものだ。
 急いで、でも丁寧に泡を流して軽く纏め、次は体だ。また石鹸液を泡立て、今度はスポンジに乗せて――と作業をしていたら、主人の濡れた手が右肘の内にある青痣を辿った。どきりとする。
「どこかにぶつけたんだと思います」
 これは多分、あのときにビリムかファロの手が当たったところだと思うが。でも確かなことではないし、仕事中にぶつけたんだとしても変わらないだろう。
「こうして囲ってやっても、お前は随分懸命に働くらしいな。真面目なことだ」
 聞かれる前に答えてしまったのは怪しかったかと更にどきどきしてきたが、主人は追及などせず、目を細めて呟いただけだった。
 こうして大切にしてもらっているから少しでも返したくて真面目に働くのに。そう思う間に、伸びてきた主人の手が濡れているのも構わず俺の帯に触れた。器用な主人は俺が泡だらけの手を流すのも待たず、帯を解いていく。
「他にも無いか見せてみろ」
 声に、残る服は自分で脱ぎ、素っ裸になって主人の前へと戻る。水気の多い浴室の空気の中で肌をすべて晒して、本当ならこのまま主人の体を洗う予定だったのに、俺は逆に主人に全身を撫で回されくまなく点検されることになった。
 足を確かめて、やっぱり脛のところにある、本当に仕事中にぶつけた痣に触れ――接吻し、俺を再びタイルの上に跪かせて、腰の左側。腕も伸ばして、掌も見る。さっきのところ、右手の甲、人差し指の付け根の小さな擦り傷も見つけられて唇が触れる。むずむずしてくる。
「お前が勤勉なのは喜ばしいが、やはり知らぬ間に痕が残るのはつまらんな……」
 やがて唇は元からある虫食い痕を胸から辿り上がってくる。顔に近づいてくる中、心臓が早くなるのが伝わってしまいそうで体が硬くなるが、主人は構わず肩や首に幾度も触れて俺の顔を下から覗いて笑った。
「ん」
 笑んだ顔が近づくのに目を閉じて、重なる唇、舐めてくる舌を受け入れる。
 長く、深い口づけ。舌を絡める間も脇腹や臍をくすぐってくるから下腹が疼いて、まずい。
 まずい、駄目だ。主人が求めるから抱かれるのであって俺の体のほうが求めるのは違う。はずなのに。
「――っ」
 まだ気づかれていない、静めなければ、と思ったのは遅かった。急にそこに触れられて驚き目を開けると、毛が剃られていてよく見える股間に主人の手があり――膨らんできた陰茎を指先で摘み上げて、これはどうしたと訊ねるかの視線が痛い。恥ずかしくて湯に浸かっていないのに体が熱くなる。
「お前も若いからな。今日の私は疲れているんだが」
「もうしっ……わけ、ありませ……」
 今日の主人にそのつもりがなかったのは本当かも知れない。俺を浴槽の中に呼ぶことなく、順番通り髪を洗わせたから。でも脱がせて撫でまわしたのは主人なのに。
 謝る最中も指で弄られては治まるわけがない。むしろ血が集まっていよいよはっきりと硬くなってしまった。もっとしてほしくなって浅ましく腰が揺れる。
 ほんの三日ぶりなのにこうなるのは俺が若いからなのか。それとも――ビリムには好きではないと答えたくせに、主人の手はどうしようもなく気持ちがいいからか。
 こういうところに触れられるのも、撫でられるのも、湯で温まった主人の上に引き上げられるのも、体の奥が疼いて堪らない。
 浴槽の縁に腰掛けた主人の陰茎も擡げていた。擦って、潤滑剤が塗されて用意されるのに尻の穴がきゅうと窄まるのを感じる。跨ると熱い物が押しつけられる。期待と不安が高まった。
「っく、――うあ」
 開かれる。主人の陰茎がゆっくりと中を満たしていく。ただ洗っただけの穴は姿勢もあいまってきつくて苦しいが、もう何度も入れられたせいか太い物でも呑みこんでしまった。褒めるように背を擦られると締めつけてしまう。
 体を揺すられるだけで響いて息が弾んでくる。支える腕に縋って、また幾度も顎や首筋に降る接吻に身を震わせる。
 べろりと舐められて、胸を吸われて仰け反った。それ、いや。いやだ。
「あっ……あ!」
「逃げるな」
 囁く声。それだけでもう動けない。与えられる快感から逃れられない。
 硬くなった乳首が刺激されると胸だけじゃなく腹の奥まで気持ちよくなって、入れられた物をより意識して、だらだらと先走りが溢れてくる。もう――
「っや、ん……っんん」
 腰を捉えていた主人の手が再び股へと触れた。掌で包んで扱かれる。我慢なんてできない。締めつけて、主人が中にあるのを感じながら、容易くイってしまった。主人の腹を自分の精液で汚す羞恥にじんと頭が痺れる。
 それからしばらく上下に揺すぶられ突き上げられて、主人も俺の中に出すのを感じた。そこでもう終わりの気配がするのに、本当にお疲れだったらしいと知って心底申し訳なくなる。主人の顔を窺うと怒るでもなく、いつものように満足そうにこちらを見返して撫で回してはきたが、安心してそのままではいられない。
 快感にぼうとして、疲れて、ろくに寝ていない瞼が重いがまだ仕事が残っている。早く入浴を終わらせて乾かして休めるようにしないといけない。
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