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名づけ重ねどただ一人 三*
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「ところでお前、いつから尻使ってるんだ」
その後、帰りの道すがら次の約束をできたのも勿論僥倖だった。今度はいつものように二人きりであれば、こんな話もできる。
「いや前から気になってて。いいだろそろそろ、実際やってもいるんだし」
五日後の夜、例の如く寝台に腰掛け酒杯を口に添えたまま睥睨するスイに、クノギはしれっと言葉を重ねる。
猥談。男同士の普通の猥談っぽくすればきっといける。
というのは過去にも思ったことで、実際そんな話になったときは一つ一つを熱心に心に留めて後々妄想のネタにしたものだったが。今は状況が違う。もっと具体的な話だってできるはずだと、クノギは考えた。
それに、先日の買い物についてもある推測があった。
「……一年くらい」
長く沈黙した後、観念したようにスイは小さく答えた。
瞬間、クノギの思考が巡る。思ったより長い。あの頃か? きっかけは?
それこそ一年以内に僅かな猥談をした記憶もあったが、そのときはそんなことをしているとはクノギには思いもよらなかった。恋人もいないし、別段変わったことはしていない――などとしらを切っていたスイの様は今にして思えば狼狽えて怪しかったが、猥談に不慣れで照れているだけだと思っていた。
始めたきっかけもかなり気になったが、成程、とクノギは納得した。
「それで道具を新調ってわけか」
一年もやっていれば次の展開もあるだろう。自分との関係は偶然だとして、他にも踏みたくなる段階があることを、クノギは知っていた。
どきりとしたスイの動きが止まるのは肯定に他ならない。
「……なあ、なんで分かった?」
「お前普段隠し事しないだろ。下手すぎるわ」
おずおずと問うのに、今度はクノギの瞼が睨むように落ちた。さすがに呆れてしまう。
その言葉にも、些かショックを受けた顔が分かりやすい。これで社交界を渡る貴族のお坊ちゃんだったらさぞかし苦労したことだろう。顔を合せるのがほとんど本ばかりな環境は幸いだ。
そんなこともちらと考えながら、クノギはごくりと音を立てて唾を呑みこんだ。話を振るときも些か身構えたが、本題に切り込むのはもっと緊張した。だが確かめておきたかった。
まあ、そんな真剣な話ではなく性的な好奇心も大いにあったのだが。
「……なあ、出してみていい?」
スイは観念したように――なんだかんだこうして話をして共有してみたかったかもしれない、という思いばかりはひた隠しにして、以前クノギが張り形を見つけてしまったひきだしを開けて、奥のほうからより大きな布袋を取り出し寝台へと戻った。
自分で開けるのはなんとなく憚られ、椅子から寝台へと移動して胡坐をかいていたクノギに袋ごと押しつける。クノギがためらいなく紐を解くのを横目に、彼も靴を脱ぎ捨て布団の上に胡坐をかいた。
巾着状の袋を開いて、幾らか厳重にはなったのか、その中で布に包まれていた棒状の物を開いて確かめ、クノギはまず安堵した。
男根を模した張り形は以前見つけた物と比べると大分大きいが、規格外の大物ということはない。まあ自分の物と同じくらいかと一番確かめたかったことを確認すれば残りは多分楽しいだけだと、袋の中を探って物を出す手つきも軽くなる。布団の上へと張り形を置いておくのは静かなスイを辱めるようで正直楽しくなってきた。
「これも?」
共に仕舞われていた鞣した革のベルトを手に、クノギは首を傾げた。広げてみると単純に一本ではなく、輪があり、留め具もあるのは衛士には剣を帯びる為の物や馬具にも見えたが。
「それを留めて使う……」
「なに、挿れっぱなしにしたりすんの」
口籠りつつも張り形を指差すスイの説明に一瞬で想像が巡り、興奮を抑えて問う声は食い気味になった。
「……なんでそんな」
「違うのか? 入れて腰に留めるんじゃなく?」
恥じらうよりも心底訝しげな様子に、クノギはベルトを締める手振りを添えて首を傾げたが。スイは未だ納得の出来ない風に眉を寄せて、言葉を探していた。
「……クッション、とか椅子とかに固定してって言われたけど……いれっぱなしって……止めたままじゃあんまり気持ちよくないんじゃないか?」
「ああ――なんだ、なるほど?」
そちらに留めるのはさも普通のように言うのもおかしいのだが。ややあっての声につっこむ暇もないほどクノギの頭は忙しい。期待が外れたというよりもスイにそんな発想がなかったことでまたクるものがあったし、正解といおうか、店の売り文句を辿ったものだろう道具の使用例の説明は、そのものも示唆される風景も刺激が強い。
こんなことくらいで興奮するほどもう若くも経験が少なくもないと彼は思っていたが、実際見たり聞いたりすると予想以上の威力があった。
生返事で時間稼ぎをして、新たに生まれ続ける興奮と妄想を努力して意識の隅に押しやり。分からないが気になる、といった好奇心が言葉の端に覗くスイに、一種の意地の悪さも目覚める。
「そういう状況自体が興奮して気持ちいいってやつもいるんだよ、倒錯ってやつかね。……それに締めれば気持ちいいだろ」
そういうのもあると無駄に入れ知恵すると、もしかしたらもしかするかもしれないなどという思いもあった。経験があるから分かるはずだとニヤと笑う口元で言ってやると、途中までは考える面持ちだったスイの顔が微妙に強張った。
「あのさあ、あのさあ……」
今更、些か怒って眉が寄る。文句を言いたげに繰り返すのに笑いながら、クノギはまだ何か入っている重みのある袋を探った。
こんな話になっている時点でいやらしいと詰るのも違う気がするし、恥ずかしさもあいまって常は聡明な思考も上手く働かない。口を落ち着かず動かしながらも黙るしかないスイの前で、取りだされたもう一つの包みが開かれる。
艶のある暗灰色の釉薬の表面、球状の物が連なるのはそれこそ装飾品めいてもいたが。環にはならず並んだだけで片方の端に金属の輪がついたそれの用途を、クノギは知っていた。なんてことはない、一緒に袋に入っていた張り形と同じ尻に入れる玩具だ。
ただし少しばかり長さがある。直径は張り形より無いが、その分奥まで入って、数珠繋ぎの形がまた違う刺激を齎すのだ。
「お前こんなのも使うのか」
性器の形を模した物とはまた違う存在感に目を落とし、目視で長さを測りどのあたりまで届くものかと考えて呟いたクノギに、返事は無かった。
しばらくは気にせず、こうして見たことなど数えるほどしかない物をしげしげと眺めて作りなど確かめていたクノギだったが。あまりに沈黙が長いことに気がついてスイを窺った。
機嫌を損ねたかと上げた双眸は、じっと、同じく手の中の物を見つめる青い目を見つけた。
「まだ使ってない……」
やがてぽつりと声が言う。
「長いほうが気持ちいいのかなと……考えたんだけどちょっと、試しづらくて」
「試してやろうか」
口振りは仕事についての悩みを明かすようでさえあったが、胡坐をかいた足の上に置かれた手は落ち着きなく組んだ指を動かしているし、居住まいを正すように尻を動かすのも同じ布団の上に居れば微かに伝わってくる。クノギには、スイが期待しているのが手に取るように分かっていた。
答えられずに見返してくるその顔にキスをしたいなあと浮かんだ欲求を諦めて笑い、クノギは布団の上に玩具を置いてスイの腰へと手をかけた。そこでようやく、スイが張り形を入れていた袋と共に油の瓶を持ってきていて、背後に隠していたのに気がついた。
本当に端から期待していたのだと知って体が熱くなる一方、その万端さには笑いそうにもなる。まったく呆れるほどに、悪い気もさせずにこちらに何かさせるのが得意な男だ。そこも好いたのだが。
身を横たえる瞬間は相変わらずに緊張するが、スイは抵抗せずに服の前を広げて薄い胸と腹を晒した。すぐに寝転がってしまうのは自慰の延長の癖で単なる準備の姿勢、他意はなく――体を無防備に明け渡しているかのようで相手の興奮を高めることを彼は知らない。
一つにまとめて結わえたままの黒髪がシーツの上に広がる。掬い上げてみたいのも堪えたクノギの手は代わりに下着の紐を解き、同じ色をした毛の流れをそっと撫でて緩く陰茎も撫でる。分かりやすく腹部が波打った。
「油くれ」
興奮を高めるべくそうして触れながら、クノギは短く請うて手を出した。スイが瓶の蓋を取り彼の掌の上へと傾けると間を持って、とろりと流れ出る。
あまり前への刺激を続けるとスイから文句が飛ぶので、油を載せたクノギの指先はすぐに、膝を抱えるようにして身を折ったスイの尻へと向かった。未だ開いていないそこにぬるりと塗りつけ揉んで、肌や肉の感触を楽しんで指先を含ませる。
浅いところから丁寧に広げて欲を引き出すクノギの手つきは、実のところねちっこい。張り形を使うことを覚えてからはほとんどただの下準備になっていたこの行為が手淫――愛撫であるとスイに教えるものだ。勿論クノギにとっても己の股座がどうにかなりそうな欲を理性で抑えつけてのことなのでなかなかに苦労はするが、そうして触れられるのが楽しくて仕方がない。
縁を掻いて、意識するように油を塗り広げ、徐々に指を含ませ。そろそろと前立腺に指先を宛がう頃にはスイの息も乱れている。は、ふ、と喘ぐ声が混ざって聞こえてくるのに、ようやく一本入っただけの指先で数度擦ってやるとびくりと体が揺れた。
クノギの灰の目が細くなる。こちらを見ず、寝転がった布団の延長線に視線を投げているスイを眺めながら、彼は熱くきつい人の体内を慎重に開いた。
異なる体温と皮膚同士が馴染むまでじっくりと慣らして指を増やすうちにスイの頬や首元が赤みを帯びてくる。十分に体が温まり孔が広がったと見てクノギが手を引くと、そこは物欲しげにひくついた。
「……じゃあ入れてみるか。駄目だったら言えよ」
「ん……」
快楽に浸っていたスイはクノギの宣言に小さく応じて、直前まで己の中を撫でていた彼の指が硬い陶器に這って油を移す様を見る。事務的なようで妙にいやらしく映る光景につい目を伏せたところで、張り形とも大差ない先端が穴に触れる。
半ば反射的に息を呑んで開いた粘膜に押し当てられ、襞を広げてまずは一つ。つるりとした球体は一番太いところを越えれば難なく、押し込むより先に収縮する襞が勝手に呑みこんだ。まだ長く残る五つの玉は尾のようだ。
これまで体を繋げたときよりも大人しく息を繰り返すだけのスイの様子を窺いながら、クノギはさらに手を動かした。もう一つ。一つ。長い物が徐々に呑みこまれていく様子にガチガチに硬くなった自身の陰茎を服の上から擦りながら、同じ動作を繰り返して――五つ目、となると張り形や並の一物より奥になる。
それを悟って体が抵抗するのか、中がうねって圧迫感に押し返される。中ほどまで入っていた玉が一つ、指先へと戻ってきた。
ここで止めるかと窺いかけたクノギは、スイと目が合ってどきりとした。すぐにふいと逸らされてしまう目には苦痛の色などなくただ熱に融けている。静かに喉を鳴らし、再び玩具の続きを押しつけると、布団に顔を押しつけられた唇からくふと微かな喘ぎが漏れる。今度はむしろ歓迎するように内臓が開いて、一つ、最後の一つも結局すべて入りきってしまった。
「……全部入ったの分かるか? どうだ」
は、と息を整えてクノギが問う。どうと言われてもと惑うぼんやりした顔に、彼は言葉を重ねた。
「気持ちいい?」
スイは間を持って赤い顔でこくと頷き、玩具の消えた下腹を緩慢に手で擦った。
「なんか、腹が重いかな……」
だがその存在感が好い。異物を腹に抱えているのをまざまざと意識する。興奮も快感になるとはまさにこれだろう。それこそ入れっぱなしにするだけでも、結構な快感を得ていた。
だが真価は抜くときだろう。クノギは内心舌なめずりした。
玩具の端、小さな輪に指を引っ掛け手応えを確かめるよう軽く引いてみると、それだけでスイの体が強張った。張り形とは違い完全に体の中に入れた物をそこに留めている、敏感な口が己の意思とは無関係に内から抉じ開けられる感覚。
「っあ」
膨れて捲れて、独特の刺激でスイの穴を嬲る。
細くなったところを咥えて窄んでいる秘所が膨れて、埋めたばかりの陶器の玉が覗く。白い肌と赤い粘膜の合間から見慣れぬ暗い色が卑猥だった。
「だめ、だっ、あ、あ!」
一つ、二つ。吐き出して閉じかけたところを次の玉がまた開き始める、繰り返しに思わず声を上げ体が逃げる。半分入ったまま足の間に引きずられた玩具を、クノギの指は離さなかった。
「入れとくほうがイイのか? ま、どっちも大概だな」
などと呟いて抜いた物をもう一度埋め直してみるのが先程よりも大変なのは、感じた体が中を締めつけているからだ。狭くなったところを硬い物に開かれる感触にスイが足を震わせる、直後、再び引かれる。今度は逃がさず一息に。
「あ、っや――!」
ずるりと長い物が性感帯を嬲って抜け出す鮮烈な快感に、スイは抵抗の余地もなく気をやった。折り曲げた体が跳ねて、玩具の抜け出た孔がはくはくと収縮するのがクノギからはよく見えた。油が垂れて滴る代わり、張り詰めた陰茎から精は出ずただ震えている。
射精を伴わない長い絶頂に息を乱し、小さな身震いをして体に残る快楽を味わうのは一人のときとも大差ないが。感じる視線を辿ってスイは緩慢に顔を上げた。乱れた黒髪越しに、興奮した友人が見えた。
「……しないのか」
その股座を一瞥して問う。意外なことだと、クノギは瞬いて玩具を布団の上へと放りながら聞き返した。
「……まだ満足してない?」
確かにそこは痛いほどに張り詰めている。催促があっては我慢できない。堪える理由が見当たらない。
が、達したスイは違うと思っていたのだが、と距離を詰めながら。しかし返る言葉はこうだ。
「それは貴方と、会えないときに使おうと思って買ってきたのに、会えるときに使って機会を無駄にするなんて本末転倒では……」
などと、案外明瞭にやけに説明的な言葉を、クノギは最後まで聞けなかった。殴られたように強い衝動に突き動かされてスイの上に覆いかぶされば言葉の先は細り――期待する目で見上げてくるのには本当に辛抱ならない。不慣れな少年のように急いで服を剥ぎ、すぐにでも達しそうに硬くなった物を先程まで玩具に開かれていた場所に突きつけた。
「熱、ん――んあッ、あ!」
俯せに転がされ腰が合わさる。性急だが痛みは無かった。熱と、激しく突く動き。中を擦りたてて既に敏感に仕上がっている性感帯を圧していく。玩具とは性質が違う。自慰の最中、何度も想起した他人のもの。
一度達した体が再びそこに近づくのは早く、スイはまるで声を堪えることもできず、あられもなく乱れて絶頂に体を仰け反らせた。爪先が布団を掻いて震える。硬く緊張する体にも、姿勢が崩れているのも構わずクノギが腰を打ちつける。
「いっ――」
体の下、だらだらと押し出された精液に濡れる鈴口が乱れた服や布団と触れるとびりりと強い快感が走って悲鳴を上げる。逃げようとしても、先程とは違って体格のよい相手に上に乗られては無力だった。体も快感に痺れていうことを聞かない。
「……のぎ、ク、ノギっ……」
待ってくれと制止に名前を呼んでも逆効果。むしろ求めるように響き、一回吐き出された物がぐちゅぐちゅと音を立てて泡立つのにクノギは止まる気配がない。
張り形ならとっくに手を止めている強すぎで長い刺激。前立腺も精嚢も絞られ、きつく締めつけてしまうほどに挿れられた物の形を意識する。何度目かの絶頂にスイの視界はちらついた。
スイからは何ひとつ見えないが、上に乗って貪る男のほうも必死だった。性欲に判断が鈍る中でもけっして気持ちを悟られる妙な手出しはしないようにと己を制し、下腹に湧く快感だけに集中して玩具以上にやってやろうと腰を振る。
スイ。と吐息の中で名前を呼び返しながら、嬌声を上げて善がる様を見下ろして、クノギは熱く絞ってくる粘膜へと精液を吐きかけた。
股のあたりがどろどろに濡れている。尻も、前もだ。だがスイは動けない。微塵も。僅かでも動くと快感が走るからだ。汚れるのを諦めてせめてもと尻を覆ったがそれ以外はそのままに、スイは俯せにじっとして、時折寄ってくる快楽の波を往なしながら熱が散るのを待っていた。
「……洗いに行かなくていいのか」
「今無理」
その背に、クノギがおずおずと話しかける。またやりすぎて怒らせたかと心配しているのだが、短く答えるスイの機嫌は悪くない。頭はぼうっとしているが同時に幸福感に満ちていた。
最高記録だ。善がりまくって達しまくった。体の至ることころが鋭敏で、暫くは体を洗うのも躊躇われる。
キツくもあったが、とても気持ちよかったし、なんだか満足した。大層疲れたし今日はすっきり眠れそうだ。というよりも、疲れて今にも寝そうだ。
そんなスイの横で正座し、体を拭くことさえ拒否されて布を持つ手を持て余しているクノギは密やかに溜息を吐いた。
スイは書物などに臭いがつくのを嫌って部屋に煙草を持ちこむのを禁止しているが、こうなっては間が持たない。横に寝て後戯というわけにもいかないし、一服したい。
などと考えて沈黙している間に、隣の呼吸がやけに規則的になっていることに気がついて、クノギは慌てた。
「スイ待て、寝るな寝るな、まだ寝るな」
今日のこれはとても拭くだけでは片付かない。水を浴びて体を流して洗濯物を誤魔化すのは、クノギだけでは無理だ。かといってこのまま朝を迎えることはあってはならない。朝食が運ばれてくる時間までになんとかしなければ。
布団の上は酷い有り様だ。油まみれの玩具だってそのまま転がっていて、二人が何をしていたかは一目瞭然だ。
「酒と同じで過ぎて始末も出来ないのは子供の振る舞いだぞ、おい!」
俯せたまま寝始めた友人を自分にも刺さる言葉で揺り起こしながら、クノギは思った。本当にこれでは覚えたての子供のようだ、まず自分たちの関係に必要なのは節度かも知れない。
それと、こういうときの効率的な後処理についてこそ、慣れた男娼の友人に聞いておくべきだったかもしれない、と。
その後、帰りの道すがら次の約束をできたのも勿論僥倖だった。今度はいつものように二人きりであれば、こんな話もできる。
「いや前から気になってて。いいだろそろそろ、実際やってもいるんだし」
五日後の夜、例の如く寝台に腰掛け酒杯を口に添えたまま睥睨するスイに、クノギはしれっと言葉を重ねる。
猥談。男同士の普通の猥談っぽくすればきっといける。
というのは過去にも思ったことで、実際そんな話になったときは一つ一つを熱心に心に留めて後々妄想のネタにしたものだったが。今は状況が違う。もっと具体的な話だってできるはずだと、クノギは考えた。
それに、先日の買い物についてもある推測があった。
「……一年くらい」
長く沈黙した後、観念したようにスイは小さく答えた。
瞬間、クノギの思考が巡る。思ったより長い。あの頃か? きっかけは?
それこそ一年以内に僅かな猥談をした記憶もあったが、そのときはそんなことをしているとはクノギには思いもよらなかった。恋人もいないし、別段変わったことはしていない――などとしらを切っていたスイの様は今にして思えば狼狽えて怪しかったが、猥談に不慣れで照れているだけだと思っていた。
始めたきっかけもかなり気になったが、成程、とクノギは納得した。
「それで道具を新調ってわけか」
一年もやっていれば次の展開もあるだろう。自分との関係は偶然だとして、他にも踏みたくなる段階があることを、クノギは知っていた。
どきりとしたスイの動きが止まるのは肯定に他ならない。
「……なあ、なんで分かった?」
「お前普段隠し事しないだろ。下手すぎるわ」
おずおずと問うのに、今度はクノギの瞼が睨むように落ちた。さすがに呆れてしまう。
その言葉にも、些かショックを受けた顔が分かりやすい。これで社交界を渡る貴族のお坊ちゃんだったらさぞかし苦労したことだろう。顔を合せるのがほとんど本ばかりな環境は幸いだ。
そんなこともちらと考えながら、クノギはごくりと音を立てて唾を呑みこんだ。話を振るときも些か身構えたが、本題に切り込むのはもっと緊張した。だが確かめておきたかった。
まあ、そんな真剣な話ではなく性的な好奇心も大いにあったのだが。
「……なあ、出してみていい?」
スイは観念したように――なんだかんだこうして話をして共有してみたかったかもしれない、という思いばかりはひた隠しにして、以前クノギが張り形を見つけてしまったひきだしを開けて、奥のほうからより大きな布袋を取り出し寝台へと戻った。
自分で開けるのはなんとなく憚られ、椅子から寝台へと移動して胡坐をかいていたクノギに袋ごと押しつける。クノギがためらいなく紐を解くのを横目に、彼も靴を脱ぎ捨て布団の上に胡坐をかいた。
巾着状の袋を開いて、幾らか厳重にはなったのか、その中で布に包まれていた棒状の物を開いて確かめ、クノギはまず安堵した。
男根を模した張り形は以前見つけた物と比べると大分大きいが、規格外の大物ということはない。まあ自分の物と同じくらいかと一番確かめたかったことを確認すれば残りは多分楽しいだけだと、袋の中を探って物を出す手つきも軽くなる。布団の上へと張り形を置いておくのは静かなスイを辱めるようで正直楽しくなってきた。
「これも?」
共に仕舞われていた鞣した革のベルトを手に、クノギは首を傾げた。広げてみると単純に一本ではなく、輪があり、留め具もあるのは衛士には剣を帯びる為の物や馬具にも見えたが。
「それを留めて使う……」
「なに、挿れっぱなしにしたりすんの」
口籠りつつも張り形を指差すスイの説明に一瞬で想像が巡り、興奮を抑えて問う声は食い気味になった。
「……なんでそんな」
「違うのか? 入れて腰に留めるんじゃなく?」
恥じらうよりも心底訝しげな様子に、クノギはベルトを締める手振りを添えて首を傾げたが。スイは未だ納得の出来ない風に眉を寄せて、言葉を探していた。
「……クッション、とか椅子とかに固定してって言われたけど……いれっぱなしって……止めたままじゃあんまり気持ちよくないんじゃないか?」
「ああ――なんだ、なるほど?」
そちらに留めるのはさも普通のように言うのもおかしいのだが。ややあっての声につっこむ暇もないほどクノギの頭は忙しい。期待が外れたというよりもスイにそんな発想がなかったことでまたクるものがあったし、正解といおうか、店の売り文句を辿ったものだろう道具の使用例の説明は、そのものも示唆される風景も刺激が強い。
こんなことくらいで興奮するほどもう若くも経験が少なくもないと彼は思っていたが、実際見たり聞いたりすると予想以上の威力があった。
生返事で時間稼ぎをして、新たに生まれ続ける興奮と妄想を努力して意識の隅に押しやり。分からないが気になる、といった好奇心が言葉の端に覗くスイに、一種の意地の悪さも目覚める。
「そういう状況自体が興奮して気持ちいいってやつもいるんだよ、倒錯ってやつかね。……それに締めれば気持ちいいだろ」
そういうのもあると無駄に入れ知恵すると、もしかしたらもしかするかもしれないなどという思いもあった。経験があるから分かるはずだとニヤと笑う口元で言ってやると、途中までは考える面持ちだったスイの顔が微妙に強張った。
「あのさあ、あのさあ……」
今更、些か怒って眉が寄る。文句を言いたげに繰り返すのに笑いながら、クノギはまだ何か入っている重みのある袋を探った。
こんな話になっている時点でいやらしいと詰るのも違う気がするし、恥ずかしさもあいまって常は聡明な思考も上手く働かない。口を落ち着かず動かしながらも黙るしかないスイの前で、取りだされたもう一つの包みが開かれる。
艶のある暗灰色の釉薬の表面、球状の物が連なるのはそれこそ装飾品めいてもいたが。環にはならず並んだだけで片方の端に金属の輪がついたそれの用途を、クノギは知っていた。なんてことはない、一緒に袋に入っていた張り形と同じ尻に入れる玩具だ。
ただし少しばかり長さがある。直径は張り形より無いが、その分奥まで入って、数珠繋ぎの形がまた違う刺激を齎すのだ。
「お前こんなのも使うのか」
性器の形を模した物とはまた違う存在感に目を落とし、目視で長さを測りどのあたりまで届くものかと考えて呟いたクノギに、返事は無かった。
しばらくは気にせず、こうして見たことなど数えるほどしかない物をしげしげと眺めて作りなど確かめていたクノギだったが。あまりに沈黙が長いことに気がついてスイを窺った。
機嫌を損ねたかと上げた双眸は、じっと、同じく手の中の物を見つめる青い目を見つけた。
「まだ使ってない……」
やがてぽつりと声が言う。
「長いほうが気持ちいいのかなと……考えたんだけどちょっと、試しづらくて」
「試してやろうか」
口振りは仕事についての悩みを明かすようでさえあったが、胡坐をかいた足の上に置かれた手は落ち着きなく組んだ指を動かしているし、居住まいを正すように尻を動かすのも同じ布団の上に居れば微かに伝わってくる。クノギには、スイが期待しているのが手に取るように分かっていた。
答えられずに見返してくるその顔にキスをしたいなあと浮かんだ欲求を諦めて笑い、クノギは布団の上に玩具を置いてスイの腰へと手をかけた。そこでようやく、スイが張り形を入れていた袋と共に油の瓶を持ってきていて、背後に隠していたのに気がついた。
本当に端から期待していたのだと知って体が熱くなる一方、その万端さには笑いそうにもなる。まったく呆れるほどに、悪い気もさせずにこちらに何かさせるのが得意な男だ。そこも好いたのだが。
身を横たえる瞬間は相変わらずに緊張するが、スイは抵抗せずに服の前を広げて薄い胸と腹を晒した。すぐに寝転がってしまうのは自慰の延長の癖で単なる準備の姿勢、他意はなく――体を無防備に明け渡しているかのようで相手の興奮を高めることを彼は知らない。
一つにまとめて結わえたままの黒髪がシーツの上に広がる。掬い上げてみたいのも堪えたクノギの手は代わりに下着の紐を解き、同じ色をした毛の流れをそっと撫でて緩く陰茎も撫でる。分かりやすく腹部が波打った。
「油くれ」
興奮を高めるべくそうして触れながら、クノギは短く請うて手を出した。スイが瓶の蓋を取り彼の掌の上へと傾けると間を持って、とろりと流れ出る。
あまり前への刺激を続けるとスイから文句が飛ぶので、油を載せたクノギの指先はすぐに、膝を抱えるようにして身を折ったスイの尻へと向かった。未だ開いていないそこにぬるりと塗りつけ揉んで、肌や肉の感触を楽しんで指先を含ませる。
浅いところから丁寧に広げて欲を引き出すクノギの手つきは、実のところねちっこい。張り形を使うことを覚えてからはほとんどただの下準備になっていたこの行為が手淫――愛撫であるとスイに教えるものだ。勿論クノギにとっても己の股座がどうにかなりそうな欲を理性で抑えつけてのことなのでなかなかに苦労はするが、そうして触れられるのが楽しくて仕方がない。
縁を掻いて、意識するように油を塗り広げ、徐々に指を含ませ。そろそろと前立腺に指先を宛がう頃にはスイの息も乱れている。は、ふ、と喘ぐ声が混ざって聞こえてくるのに、ようやく一本入っただけの指先で数度擦ってやるとびくりと体が揺れた。
クノギの灰の目が細くなる。こちらを見ず、寝転がった布団の延長線に視線を投げているスイを眺めながら、彼は熱くきつい人の体内を慎重に開いた。
異なる体温と皮膚同士が馴染むまでじっくりと慣らして指を増やすうちにスイの頬や首元が赤みを帯びてくる。十分に体が温まり孔が広がったと見てクノギが手を引くと、そこは物欲しげにひくついた。
「……じゃあ入れてみるか。駄目だったら言えよ」
「ん……」
快楽に浸っていたスイはクノギの宣言に小さく応じて、直前まで己の中を撫でていた彼の指が硬い陶器に這って油を移す様を見る。事務的なようで妙にいやらしく映る光景につい目を伏せたところで、張り形とも大差ない先端が穴に触れる。
半ば反射的に息を呑んで開いた粘膜に押し当てられ、襞を広げてまずは一つ。つるりとした球体は一番太いところを越えれば難なく、押し込むより先に収縮する襞が勝手に呑みこんだ。まだ長く残る五つの玉は尾のようだ。
これまで体を繋げたときよりも大人しく息を繰り返すだけのスイの様子を窺いながら、クノギはさらに手を動かした。もう一つ。一つ。長い物が徐々に呑みこまれていく様子にガチガチに硬くなった自身の陰茎を服の上から擦りながら、同じ動作を繰り返して――五つ目、となると張り形や並の一物より奥になる。
それを悟って体が抵抗するのか、中がうねって圧迫感に押し返される。中ほどまで入っていた玉が一つ、指先へと戻ってきた。
ここで止めるかと窺いかけたクノギは、スイと目が合ってどきりとした。すぐにふいと逸らされてしまう目には苦痛の色などなくただ熱に融けている。静かに喉を鳴らし、再び玩具の続きを押しつけると、布団に顔を押しつけられた唇からくふと微かな喘ぎが漏れる。今度はむしろ歓迎するように内臓が開いて、一つ、最後の一つも結局すべて入りきってしまった。
「……全部入ったの分かるか? どうだ」
は、と息を整えてクノギが問う。どうと言われてもと惑うぼんやりした顔に、彼は言葉を重ねた。
「気持ちいい?」
スイは間を持って赤い顔でこくと頷き、玩具の消えた下腹を緩慢に手で擦った。
「なんか、腹が重いかな……」
だがその存在感が好い。異物を腹に抱えているのをまざまざと意識する。興奮も快感になるとはまさにこれだろう。それこそ入れっぱなしにするだけでも、結構な快感を得ていた。
だが真価は抜くときだろう。クノギは内心舌なめずりした。
玩具の端、小さな輪に指を引っ掛け手応えを確かめるよう軽く引いてみると、それだけでスイの体が強張った。張り形とは違い完全に体の中に入れた物をそこに留めている、敏感な口が己の意思とは無関係に内から抉じ開けられる感覚。
「っあ」
膨れて捲れて、独特の刺激でスイの穴を嬲る。
細くなったところを咥えて窄んでいる秘所が膨れて、埋めたばかりの陶器の玉が覗く。白い肌と赤い粘膜の合間から見慣れぬ暗い色が卑猥だった。
「だめ、だっ、あ、あ!」
一つ、二つ。吐き出して閉じかけたところを次の玉がまた開き始める、繰り返しに思わず声を上げ体が逃げる。半分入ったまま足の間に引きずられた玩具を、クノギの指は離さなかった。
「入れとくほうがイイのか? ま、どっちも大概だな」
などと呟いて抜いた物をもう一度埋め直してみるのが先程よりも大変なのは、感じた体が中を締めつけているからだ。狭くなったところを硬い物に開かれる感触にスイが足を震わせる、直後、再び引かれる。今度は逃がさず一息に。
「あ、っや――!」
ずるりと長い物が性感帯を嬲って抜け出す鮮烈な快感に、スイは抵抗の余地もなく気をやった。折り曲げた体が跳ねて、玩具の抜け出た孔がはくはくと収縮するのがクノギからはよく見えた。油が垂れて滴る代わり、張り詰めた陰茎から精は出ずただ震えている。
射精を伴わない長い絶頂に息を乱し、小さな身震いをして体に残る快楽を味わうのは一人のときとも大差ないが。感じる視線を辿ってスイは緩慢に顔を上げた。乱れた黒髪越しに、興奮した友人が見えた。
「……しないのか」
その股座を一瞥して問う。意外なことだと、クノギは瞬いて玩具を布団の上へと放りながら聞き返した。
「……まだ満足してない?」
確かにそこは痛いほどに張り詰めている。催促があっては我慢できない。堪える理由が見当たらない。
が、達したスイは違うと思っていたのだが、と距離を詰めながら。しかし返る言葉はこうだ。
「それは貴方と、会えないときに使おうと思って買ってきたのに、会えるときに使って機会を無駄にするなんて本末転倒では……」
などと、案外明瞭にやけに説明的な言葉を、クノギは最後まで聞けなかった。殴られたように強い衝動に突き動かされてスイの上に覆いかぶされば言葉の先は細り――期待する目で見上げてくるのには本当に辛抱ならない。不慣れな少年のように急いで服を剥ぎ、すぐにでも達しそうに硬くなった物を先程まで玩具に開かれていた場所に突きつけた。
「熱、ん――んあッ、あ!」
俯せに転がされ腰が合わさる。性急だが痛みは無かった。熱と、激しく突く動き。中を擦りたてて既に敏感に仕上がっている性感帯を圧していく。玩具とは性質が違う。自慰の最中、何度も想起した他人のもの。
一度達した体が再びそこに近づくのは早く、スイはまるで声を堪えることもできず、あられもなく乱れて絶頂に体を仰け反らせた。爪先が布団を掻いて震える。硬く緊張する体にも、姿勢が崩れているのも構わずクノギが腰を打ちつける。
「いっ――」
体の下、だらだらと押し出された精液に濡れる鈴口が乱れた服や布団と触れるとびりりと強い快感が走って悲鳴を上げる。逃げようとしても、先程とは違って体格のよい相手に上に乗られては無力だった。体も快感に痺れていうことを聞かない。
「……のぎ、ク、ノギっ……」
待ってくれと制止に名前を呼んでも逆効果。むしろ求めるように響き、一回吐き出された物がぐちゅぐちゅと音を立てて泡立つのにクノギは止まる気配がない。
張り形ならとっくに手を止めている強すぎで長い刺激。前立腺も精嚢も絞られ、きつく締めつけてしまうほどに挿れられた物の形を意識する。何度目かの絶頂にスイの視界はちらついた。
スイからは何ひとつ見えないが、上に乗って貪る男のほうも必死だった。性欲に判断が鈍る中でもけっして気持ちを悟られる妙な手出しはしないようにと己を制し、下腹に湧く快感だけに集中して玩具以上にやってやろうと腰を振る。
スイ。と吐息の中で名前を呼び返しながら、嬌声を上げて善がる様を見下ろして、クノギは熱く絞ってくる粘膜へと精液を吐きかけた。
股のあたりがどろどろに濡れている。尻も、前もだ。だがスイは動けない。微塵も。僅かでも動くと快感が走るからだ。汚れるのを諦めてせめてもと尻を覆ったがそれ以外はそのままに、スイは俯せにじっとして、時折寄ってくる快楽の波を往なしながら熱が散るのを待っていた。
「……洗いに行かなくていいのか」
「今無理」
その背に、クノギがおずおずと話しかける。またやりすぎて怒らせたかと心配しているのだが、短く答えるスイの機嫌は悪くない。頭はぼうっとしているが同時に幸福感に満ちていた。
最高記録だ。善がりまくって達しまくった。体の至ることころが鋭敏で、暫くは体を洗うのも躊躇われる。
キツくもあったが、とても気持ちよかったし、なんだか満足した。大層疲れたし今日はすっきり眠れそうだ。というよりも、疲れて今にも寝そうだ。
そんなスイの横で正座し、体を拭くことさえ拒否されて布を持つ手を持て余しているクノギは密やかに溜息を吐いた。
スイは書物などに臭いがつくのを嫌って部屋に煙草を持ちこむのを禁止しているが、こうなっては間が持たない。横に寝て後戯というわけにもいかないし、一服したい。
などと考えて沈黙している間に、隣の呼吸がやけに規則的になっていることに気がついて、クノギは慌てた。
「スイ待て、寝るな寝るな、まだ寝るな」
今日のこれはとても拭くだけでは片付かない。水を浴びて体を流して洗濯物を誤魔化すのは、クノギだけでは無理だ。かといってこのまま朝を迎えることはあってはならない。朝食が運ばれてくる時間までになんとかしなければ。
布団の上は酷い有り様だ。油まみれの玩具だってそのまま転がっていて、二人が何をしていたかは一目瞭然だ。
「酒と同じで過ぎて始末も出来ないのは子供の振る舞いだぞ、おい!」
俯せたまま寝始めた友人を自分にも刺さる言葉で揺り起こしながら、クノギは思った。本当にこれでは覚えたての子供のようだ、まず自分たちの関係に必要なのは節度かも知れない。
それと、こういうときの効率的な後処理についてこそ、慣れた男娼の友人に聞いておくべきだったかもしれない、と。
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