パルフェタムール

綿入しずる

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大人の今ⅲ*

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 後々になって聞いたことだけど。父さんはイーディアの幹部に俺を献上して地位を得た、ということになるらしい。その幹部こそがあの人で、俺は――俺たちは、要は愛人とでも言うべき立場だった。あの人のための子供たち。
 とはいえ、あの人の愛人というのは単なる愛人ではなくて、党員の養成も兼ねる部分がある。そこのところは他の聖堂の孤児院と変わりなく、大人になるまで面倒を見て、仕事に就かせるというわけ。
 そう、大人になるまで、だ。あの人があれほど目をかけ手をかけ愛して可愛がってくれるのは、大人になるまで。十六歳、八つの美徳と八つの悪徳を数えて知り、成熟した魂の持ち主になるまで。それまでは庇護してくれるけど、それからは、自分でしっかりと立たなければならない。
 まあ、考えれば当たり前のことだと思う。無償のものなんて世の中そう多くはないんだから、自然の摂理とさえ言える。愛情を受けた分、俺たちは応えなければならないんだ。俺たちは人形なんかじゃないのだから。
 捨てられるわけじゃない。あの人はそんなに非情じゃない。ほとんど、捨てられたような奴もいるけど――それはあの人のせいじゃなくて、そいつがいつまでも子供で居ようとしたからだ。そんな愚かな大人を、あの人は愛してやらない。
 その、大人になるための予行練習――ということではないはずだ。ただ、世間には綺麗な子供とそういうことをしたい大人というのが一定居て、そういう意味で俺たちには価値があった。イーディアにとって使わない手はない。
 ある日、あの人に抱かれた後。これを、とあの人の精液で濡れた尻を撫でて尋ねられた。
「他の奴ともできるか?」
「……どうして?」
 俺を見つめる灰色の目が、聖堂ではない仕事の時のようだった。いつものように優しいだけの顔じゃなくて、難しいことを考えたりしてるときの顔だ。遠くで見ていた顔つきが近くにあった。
 俺はそれに見惚れていた。好きな顔、っていうのがしっくりときた。俺はあの人の、そんな表情がとても好きだ。
「お前に仕事を与えたい。聖堂じゃなく、党の仕事だ。お前とやりたがる奴が居る。お前なら十分相手にできる。それだけの価値がお前にはある。でも。やるかやらないかはお前が決めることだ、アリースティート。俺はお前に無理強いしない。どうにでもできる」
 あの人はそんな風に言ったのだと思う。たしか、そんなところだった。
 その頃にはもう俺だって、性交渉の意味も意図もちゃんと理解していた。説明上手なあの人はその辺り、手抜かりする人ではなかったから。愛の為にも快楽の為にも、そして金の為にも、人はこういうことをできるし、する。我ながら、子供ながらによく理解していた。だから色々と考えさせられた。
「俺、できるよ。多分大丈夫」
 色々考えた末に、俺はそう答えたはず。
 そんな流れで他の人と寝始めたのは十三の冬で、そのときはイーディア聖堂での接待だった。相手が誰だったかは覚えていない。多分、必要なかったから聞かなかったんだろう。別段変なことをされた覚えもない。今にして思えばそれほど嫌な相手じゃなかったんじゃないだろうか。下手でもなかったし。意外とあっさり終わって拍子抜けして、でも何か落ち着かなくて涙が出た。泣く、というほどではなかった気がする。
 その後も、半年に一度ほどの頻度でその仕事はやってきた。他の子供も大体、同じ頃に、同じように話を持ちかけられたらしい。十人も居たので、嫌だって言ってやらなかった奴も居れば――あの人は嫌がった子供に強要などしなかった――、いやいやでもあの人に気に入られたいからやるって言った奴も居た。慣れれば気持ちいいし楽しいくらいだって言った奴も。……子供によっては、接待でもなんでもなく、あの人以外と寝ることさえあった。多分俺より抱かれるのが好きで――もしかしたら、あの人の愛情というやつを上手く受け取れずに飢えていたのかもしれない。あれだけ、浴びるように注がれていた愛でも。
 俺はあの人のためならなんでもいいなって思っていた。あの人が喜んでくれるならそれでいい。気に入られたいって言った奴と同じだと思ったけど、なんか違うなと思った。
 誰かが、あの人は選別してるんだって言いだした。誰が一番優秀かを決めようとしてるんだと。だから嫌がった奴はじきに捨てられてしまうんだって。それに対して誰か、他の男に抱かれてなかった奴が、捨てられるのは節操のない尻軽のほうだと反論したりもした。それで酷い喧嘩になったことが何度かある。
 騒ぎを聞きつけてやってきたあの人は皆を叱って、一人一人に説いた。この中の誰かを愛していないことなどないのだと。皆それぞれに愛していると。
 それを聞いて、俺は思いついた。このことについてどう考えるべきか。
 あの人は十人皆を気に入って愛してる。金髪も黒髪も、茶色の髪もそれぞれに好きだと言うように。だからこれはあの人じゃなく、俺たちの側の問題なんだ。どうされたいかじゃない。どうしたいか。俺はあの人にどうしたいのか。
 それなら本当に簡単なこと。俺はあの人を愛したいんだ。その為にできないことなど何もない。
 ――接待の前に、やれるか、と訊くのは必ずあの人で、他の大人は話を持ってきても、直接俺や他の子供に訊ねたりはしなかった。そういう決まり事だったんだろう。俺たちは皆、あの人に抱えられていたんだから。
 加えて、あの人は相変わらず優しかった。特にそうした仕事をしたあとはよく労ってくれて、嫌ならもうやらなくていい、他にも仕事はある、と必ず言う。俺たちには常に選択権が与えらえていた。俺はそのたびに首を横に振った。
 いいよ。抱かれるの自体は嫌じゃないし、それで貴方が得するなら、俺は嬉しい。
 昔から、今まで、ずっとそう思っている。それ以外の何でもない。俺は、
「おい、遅いぞ」
「――すみません。急ぎます」
 部屋の前で待っていた祭司補様が言う。俺は謝りながら彼の顔を見上げた。言い訳があるのかとでも言いたげにこっちを見てくる目が冷たい。ああ、今日は機嫌が悪そうだ。
 俺は目を伏せて頭振る。
「頼んだぞ。くれぐれも失礼のないように」
 肩を掴まれて、揺らすように前へと押し出された。言葉は冷え冷えとしている。俺は身震いした。空気は暑いほうだというのに、濡れたせいか体が冷えていた。すぐ脱げる一枚着のせいもあるかもしれない。
「はい、祭司補様。お任せください」
 でも笑って、俺は通路を進む。気が重くて足取りも重くなる。麻薬の臭いもした。麻薬売買の城であるこの聖堂は、大体どこもこんなものだ。
 ――子供の頃のあれは、選別ではなかったけど。自分が何をできるのか知るいい機会ではあったんじゃないかな。なんだかんだ、これは見た目が駄目になるまでは使える手だ。
 今日も接待だった。近頃、聖堂での仕事よりこっちの仕事が多い気がする。大体激しくやられるから、この暑さでは参ってしまって、仕事の後に休まなければいけないからか。
「あ……」
 部屋に入るのに重い扉を開けると鞭を打つ音が聞こえて、身が竦んだ。久しぶりに怖い目見ることになるなと思った。もう一人はほとんど出来上がってると言ってよさそうで、麻薬を吸わされたんだろう、とろんとした顔をして高い声で鳴いている。また鞭が空を切った。悲鳴。
 立ち止まってしまった俺の腕を引く手がある。抱かれる時とは別物の鳥肌が立った。
「さあ、おいで」
 此処に居るのは女より男が好きな奴ばかり。……と聞いていた。五人に対して二人宛がわれてるから楽な方だと思っていたけど。思い違いだった。駄目だ。これは怖い。端に見える箱には一体何が入ってるのか。
 怖いからやめようとは到底言えない。そうしたらどうなる。考えなくても結論なんて出きっている。あの人の期待に応えられないことのほうがよほど怖い。それに、祭司補様は折檻も好きだし。縛って放っておかれるのはかなりつらい。
 俺は唾を飲み、奉仕のために客の足の間に体を入れた。それで手を添えようとしたのに、後ろ手に縄をかけられる。
「縛るん、ですか」
 それだけで不安と恐怖は増すものだ。見上げると年寄りの祭司だった。
「君は逃げたそうにしているからね。怖いかい?」
 俺は作り笑いをして頭振った。作り笑いは失敗したんだろう。ろくに笑えてる気がしない。でもそれが喜ばれる。縄を縛るのが手馴れているのが腹が立つ。俺よりも若い――小さな子供にこんなことしてるんじゃないだろうな。
「やあ、綺麗な顔だ。そそる顔だ」
 頬に湿った手が触れた。あの人以外に、こんな親父に言われても嬉しくない。
 でもあの人の為なら喜んだフリもできるだろう。彼らを喜ばせて、党に利益を上げることができるだろう。俺は黙って、相手のチンポに顔を寄せて舌を出す。息を吐いて、甘える猫のように舐め上げた。
「っ」
 舐めはじめたばかりだというのに、さすがゆっくりさせてはもらえない。裾が捲られて指がつっこまれる、その振舞いに眉が寄る。洗って解してきたとはいえ、酷い手つきだった。
「大人しいからどうかと思ったが、かなり慣れてるじゃないか」
 二人同時でもいけるんじゃないか、と笑い声と一緒に聞こえて、さすがに血の気が引いた。そんな無理はしないはずだけど、冗談じゃない。
 麻薬の煙がこっちにまで漂ってくる。胸がむかついてくる。精一杯口で愛撫する。すぐに尻に油が塗り込まれて、後ろから突き上げられた。そんな雑な動きでも、俺の体はそのうち反応し始めるだろう。
 案の定。何の罰でもなく鞭も振るわれた。ごめんなさい、許してください、って、俺が悪いわけでもないのに泣いて喚かされる。向こうはそれを楽しんで。ずっと笑っている。途中で目まで隠された。
 助けて、と言った後にあの人を呼びそうになったのを、必死になって押し留める。もう一人の声が途中で聞こえなくなったのが本当に怖かった。
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