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子供の頃ⅲ
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祭司補さまの言ったとおり、三日後の夜に父さんは戻ってきた。もちろん、聖堂に。
おかえりなさい、って言ったら頭をガシガシ撫でられた。ここはどうだ、と訊かれて少し困ったけど、前よりいいよって答えたら笑ってた。父さんは機嫌がいいみたいだった。仕事の稼ぎがよかったのかもしれない。
祭司補さまとは仲良くしたかって訊かれたから、頷いておいた。父さんを待っている間、俺は祭司補さまの言うとおりに働いて、祭司補さまの部屋で寝ていた。寝台が足りないから、って言われたけど、何か仕事をする祭司補さまの横で寝るのは不思議な感じだった。夜中に目が覚めてもぞもぞしていたら、眠れないのかと話しかけてくれたのも。
俺はそれからもずっと聖堂に居た。大部屋で寝起きして――これも初めてのことだった――仕者の服を着せられて、朝と夜にお祈りをする。掃除をしたり料理の手伝いをしたりもした。縫物の仕事はなかった。他の人がやってるんだっていう。
何カ月か経てばすっかり慣れて、建物の中も迷わず動けるようになった。入ってはいけない場所も覚えた。一人で行かされることはほとんどないけど、外にお使いに出されても戻ってこれるようになった。
聖堂での生活は、前より楽しいことが多い。色んな人と話せるし、優しい人がいっぱいいる。
でも、たまにディゼって呼ばれるのだけは気に食わない。十番目って意味で、祭司補さまが連れてきた子供の中で十番目だからって、同じように連れてこられたらしいクロードにつけられた仇名だった。クロードは一番目。それを、順番じゃなくて順位のように言うのがむかついた。あいつはなんでもかんでも、腹が立つように言う。
聖堂では前よりいっぱい勉強した。読み書きも、算術も、土地のことや薬のことを知るのも勉強。字は読めたから、読み書きの勉強は他の子供と違って読書からでよかった。
最初は読めるならと渡された聖典を、大人の人が説明してくれるのを聞きながら読んだ。祭司長さまに教えてもらったこともあるけど、そのときは緊張しすぎて胸が痛くなったほどだった。他の本もたくさん読ませてもらった。俺は出来がいいって皆褒めてくれたからうれしかった。父さんさえ褒めてくれた。
歌の本の中に、「つつましい菫の花のように」という言葉があった。つつましいって、控えめってこと? ってエーミールに訊いたら、まあそんなところだっていう。だから祭司補さまは、俺もそうだって言ったんだろうか。
柔らかい布で擦った丸い鏡の中には“俺”が居る。確かに父さんには似ていない。紫色の目をしてて、――でもくすんでて、これがすみれ色かは分からない。じっと見ているとぼやけて涙が出てくる。目を擦った。
「擦ったら腫れるからやめなさい。手も汚れているんだから」
エーミールの声が聞こえて、俺は飛び上がった。慌てて握っていた布で鏡を拭こうとしたけど、もう汚れらしい汚れは見つからなかった。
支度部屋の掃除が今日の仕事だった。ほこりは叩いて、床はもうきれいに拭いてあった。最後の仕上げが鏡拭きだった。
「鏡はもういいよ、十分きれいだ。他も大体終ったから手と顔を洗っておいで」
「うん……」
扉を開けて入ってきたエーミールが鏡の中にも映り込む。エーミールは多分、俺の目にほこりでも入ったんだと思ったんだろう。
俺は全然痛くもかゆくもない目にはもう触らないで、台から降りた。俺より低いところにエーミールの顔があるのが落ち着かなかった。降りてから見上げると落ち着く。
「皆揃ったらお茶にしよう。今日はお菓子もある」
「何?」
「さあ、僕もまだ見てないんだ。でも“運び衆”のお土産だって」
甘い物は好きだから楽しみだった。蜂蜜も飴も干しブドウも好き。そんなにいっぱいは貰えないけど。それに運び衆のお土産なら、珍しいものだと思う。この前は隣町の、牛の形をしたケーキだった。
早く手を洗ってこようと扉に手をかけたところで、お土産ってことは帰ってきたんだと気づいた。振り向くと、エーミールは肩を竦めて笑った。
「祭司補さまも帰ってきた?」
「よく気づくなぁ。……後で部屋においでって言っていたよ」
「わかった」
エーミールの言葉に、俺はすっかり気分がよくなった。ちょっとあった疲れも吹き飛んでいた。お帰りだよ、って言われるだけでもうれしかったに違いないけど――今日は俺が部屋に行ってもいいんだ。
外に出ると――イーディア聖堂は元からきれいな建物だけど、光の入ってくる白い回廊がいつもよりきれいに見えた。今日はいい日だなぁ、なんて思う。
仕事は上手くいったのかな。あの人のことだから、失敗なんてしないだろうけど。機嫌がいいといいな。今日は何の話をしてくれるだろう。
俺は広いほうへと行く前に、にやけた顔を擦ってどうにかしようとした。他の奴らに、今日が俺の番だと今、気づかれないように。気づかれたらずるいって言われて、菓子の取り分が減らされてしまう。それだけで済めば、まあいいけど。
祭司補さまと一緒にいるのは好きだ。優しいし、楽しいし、だから嬉しい。皆そうなんだと思う。それを言うとエーミールはなんか微妙な顔をする。祭司補さまが嫌い? って聞けば、そんなことはないって言うけど。
イーディア聖堂は、他の聖堂とはちょっと違うらしい。祭司長さまは党首さまでもあって、祭司さまたちは党員でもあるんだっていう。祭司さまや仕者以外にも、党員の人がたくさん住んでる。父さんもその一人。それで、聖堂以外の仕事もしてるらしい。詳しいことはまだ、全然知らないけど。
その中でも運び衆というのは、荷物を運んだりする党の要で、特にイーディアの運びは優秀なんだって、祭司補さまは自慢げだった。祭司補さまも運びで、その中でも偉い人なんだとも言っていた。
仕事で出て行ったのは十四日前だから、祭司補さまの部屋に行くのも、会うのも久しぶりだった。祭司補さまは俺とか他の子供とかを時々部屋に入れて遊んでくれる。十人も居るけど、必ず一人ずつ。だから月に二回か三回もあればいいぐらいだけど。
あの後すぐに皆のところに来た祭司補さまはとっても機嫌がよかった。全員に勉強や手伝いの成果を聞いて、それぞれを褒めて、ときどき叱る。皆を平等に構って笑った。
その人が今は、俺だけを構っている。指が前髪を解かしておでこに触れた。祭服を着ていない祭司補さまは見慣れなくて不思議な感じがする。町の中に居る、他の人みたい。――でも、ああ、匂いがする。
「お前もなんとなく、大きくなったな。……子供はそのほうがいいな」
寝台の上に寝転がった俺を見下ろして、祭司補さまは言う。俺はここに来てから食事をちゃんとするようになって、ちょっと太った。それに背も伸びた。まだ伸びると思う。でもこの前会ったときとはあんまり、変わらないんじゃないかな。
「ふふふっ――やめっ、て、さい、っふ、んんー」
「……笑ってるんだから楽しいんだろうが?」
「楽しくて笑ってるんじゃない!」
おでこから離れて腹に触る手がくすぐったくて身を捩った。キスまでするから上手く息ができない。
洗ってきれいに張ってあった敷布からする匂いは石鹸のほうが強いけど、これだけ近くにいればいつもの匂いも少しした。俺たちのいないところで吸ってる煙草の匂いだ。
祭司補さまはおでこに、頬に、口に、何回もキスしたけど、いつもより顔は見えづらかった。部屋はいつもより灯りが少なくて暗くて。どうしたのって聞いたら、行った先があまりにも明るくて疲れたのだと言う。どこに行ったのかは聞いてもよく分からなかった。
この人は元々暗い所が好きだ。日向より日陰が好きで、風の通る気持ちのいい所で本を読んでいたりする。だから明るいと慣れなくて疲れるのかもしれない。
くすぐったいような気持ちいいような手が、腹から色んなとこに移動して肌を撫でる。痛いことはほとんどしないけど、足の付け根に指が触ったときは体が固くなる。これからのことが恥ずかしいのと怖いのとが半々で、じっと動けなくなる。
可愛がってやっているんだと祭司補さまは言う。他にも色々聞いたけど、それならいいかと納得するにはまだ足りなかった。だって父さんはこんなことしないし。そう言ったら、祭司補さまは笑って、親父さんは女としかしないなと俺に教えるように言った。祭司補さまは、好きなら誰とでもできる、とか。
この人は触りながら話すから、俺は全部を頭に入れられない。今も体がざわついて、目もどこに落ち着けたらいいのか分からない。俺が物覚えが悪いんじゃない。だって、薬草の見分け方はちゃんとやっただけ覚えてる。除法のやり方だって分かってる。
「なんだ、怖いか」
怖くなんかないと首を振る。のに、祭司補さまは全部わかってるから意味がない。笑って、全部分かっているという顔をして、俺の目の横にキスをする。
「まあ、俺は悪い大人だからやめてやらんがな。アリースティート、お前とこうすると俺は安心するんだ。少し我侭に付き合ってくれ」
手が足を擦って、声は耳元で聞こえた。
俺は落ち着かない、と思ったけど一度手が離れて抱き締められると分かる気がした。この前はなんて言っていたっけ。人と人が肌を合わせるのは……もう思い出せない。でも、こういうことを言っていたんだろうと思う。結論はきっといつも同じなんだ。
大人のわがままってどういうことなんだろう。大人はわがままなんて言わないって、昔父さんに怒られたことがあるけど。祭司補さまの言葉はやっぱり難しい。勉強は、あんなに分かりやすく教えてくれるのに。
でもその言葉に、胸がぐっと詰まった感じになる。なんだろう。
「怖がることもない。もうしばらくは俺が守ってやれる」
「もうしばらくが終わったら?」
小さな声で聞き返しても、祭司補さまはちゃんと聞き取る。暗い部屋の中で、灰色の目がこっちを見た。俺はそれを見返した。祭司補さまには、すみれ色が見えているんだろうか。
「その時はもう、お前も自分で自分を守れるようになっているはずだ。美徳も悪徳も知り、神様の光の下を歩むことができる」
ビトクとアクトクっていうのは、聞いたことがあるなと思った。全部知って大人になるっていうのが神さまの教えだ。
「お前はなかなか賢いから、望むなら祭司にもしてやれる」
なんとなく浮ついた頭で考えていたらそんなことを言われた。すごいことを聞いた。本当? って聞きたかったのに、油断していたら手が股のところに戻ってきてざわっとする。
「やっ」
「口開けろ」
逃げようとしても、祭司補さまは押さえるのが上手いから無理だ。むっとして見上げてみたけれど笑われただけだった。大人が子供に睨まれて怖いわけがない。
笑いながらまたキスしてくるのに、俺は観念して口を開けて、足を開くようにした。この人のわがままなら付き合える、付き合おうと思った。それぐらい、しかたないなって思えるぐらい好きだから。
おかえりなさい、って言ったら頭をガシガシ撫でられた。ここはどうだ、と訊かれて少し困ったけど、前よりいいよって答えたら笑ってた。父さんは機嫌がいいみたいだった。仕事の稼ぎがよかったのかもしれない。
祭司補さまとは仲良くしたかって訊かれたから、頷いておいた。父さんを待っている間、俺は祭司補さまの言うとおりに働いて、祭司補さまの部屋で寝ていた。寝台が足りないから、って言われたけど、何か仕事をする祭司補さまの横で寝るのは不思議な感じだった。夜中に目が覚めてもぞもぞしていたら、眠れないのかと話しかけてくれたのも。
俺はそれからもずっと聖堂に居た。大部屋で寝起きして――これも初めてのことだった――仕者の服を着せられて、朝と夜にお祈りをする。掃除をしたり料理の手伝いをしたりもした。縫物の仕事はなかった。他の人がやってるんだっていう。
何カ月か経てばすっかり慣れて、建物の中も迷わず動けるようになった。入ってはいけない場所も覚えた。一人で行かされることはほとんどないけど、外にお使いに出されても戻ってこれるようになった。
聖堂での生活は、前より楽しいことが多い。色んな人と話せるし、優しい人がいっぱいいる。
でも、たまにディゼって呼ばれるのだけは気に食わない。十番目って意味で、祭司補さまが連れてきた子供の中で十番目だからって、同じように連れてこられたらしいクロードにつけられた仇名だった。クロードは一番目。それを、順番じゃなくて順位のように言うのがむかついた。あいつはなんでもかんでも、腹が立つように言う。
聖堂では前よりいっぱい勉強した。読み書きも、算術も、土地のことや薬のことを知るのも勉強。字は読めたから、読み書きの勉強は他の子供と違って読書からでよかった。
最初は読めるならと渡された聖典を、大人の人が説明してくれるのを聞きながら読んだ。祭司長さまに教えてもらったこともあるけど、そのときは緊張しすぎて胸が痛くなったほどだった。他の本もたくさん読ませてもらった。俺は出来がいいって皆褒めてくれたからうれしかった。父さんさえ褒めてくれた。
歌の本の中に、「つつましい菫の花のように」という言葉があった。つつましいって、控えめってこと? ってエーミールに訊いたら、まあそんなところだっていう。だから祭司補さまは、俺もそうだって言ったんだろうか。
柔らかい布で擦った丸い鏡の中には“俺”が居る。確かに父さんには似ていない。紫色の目をしてて、――でもくすんでて、これがすみれ色かは分からない。じっと見ているとぼやけて涙が出てくる。目を擦った。
「擦ったら腫れるからやめなさい。手も汚れているんだから」
エーミールの声が聞こえて、俺は飛び上がった。慌てて握っていた布で鏡を拭こうとしたけど、もう汚れらしい汚れは見つからなかった。
支度部屋の掃除が今日の仕事だった。ほこりは叩いて、床はもうきれいに拭いてあった。最後の仕上げが鏡拭きだった。
「鏡はもういいよ、十分きれいだ。他も大体終ったから手と顔を洗っておいで」
「うん……」
扉を開けて入ってきたエーミールが鏡の中にも映り込む。エーミールは多分、俺の目にほこりでも入ったんだと思ったんだろう。
俺は全然痛くもかゆくもない目にはもう触らないで、台から降りた。俺より低いところにエーミールの顔があるのが落ち着かなかった。降りてから見上げると落ち着く。
「皆揃ったらお茶にしよう。今日はお菓子もある」
「何?」
「さあ、僕もまだ見てないんだ。でも“運び衆”のお土産だって」
甘い物は好きだから楽しみだった。蜂蜜も飴も干しブドウも好き。そんなにいっぱいは貰えないけど。それに運び衆のお土産なら、珍しいものだと思う。この前は隣町の、牛の形をしたケーキだった。
早く手を洗ってこようと扉に手をかけたところで、お土産ってことは帰ってきたんだと気づいた。振り向くと、エーミールは肩を竦めて笑った。
「祭司補さまも帰ってきた?」
「よく気づくなぁ。……後で部屋においでって言っていたよ」
「わかった」
エーミールの言葉に、俺はすっかり気分がよくなった。ちょっとあった疲れも吹き飛んでいた。お帰りだよ、って言われるだけでもうれしかったに違いないけど――今日は俺が部屋に行ってもいいんだ。
外に出ると――イーディア聖堂は元からきれいな建物だけど、光の入ってくる白い回廊がいつもよりきれいに見えた。今日はいい日だなぁ、なんて思う。
仕事は上手くいったのかな。あの人のことだから、失敗なんてしないだろうけど。機嫌がいいといいな。今日は何の話をしてくれるだろう。
俺は広いほうへと行く前に、にやけた顔を擦ってどうにかしようとした。他の奴らに、今日が俺の番だと今、気づかれないように。気づかれたらずるいって言われて、菓子の取り分が減らされてしまう。それだけで済めば、まあいいけど。
祭司補さまと一緒にいるのは好きだ。優しいし、楽しいし、だから嬉しい。皆そうなんだと思う。それを言うとエーミールはなんか微妙な顔をする。祭司補さまが嫌い? って聞けば、そんなことはないって言うけど。
イーディア聖堂は、他の聖堂とはちょっと違うらしい。祭司長さまは党首さまでもあって、祭司さまたちは党員でもあるんだっていう。祭司さまや仕者以外にも、党員の人がたくさん住んでる。父さんもその一人。それで、聖堂以外の仕事もしてるらしい。詳しいことはまだ、全然知らないけど。
その中でも運び衆というのは、荷物を運んだりする党の要で、特にイーディアの運びは優秀なんだって、祭司補さまは自慢げだった。祭司補さまも運びで、その中でも偉い人なんだとも言っていた。
仕事で出て行ったのは十四日前だから、祭司補さまの部屋に行くのも、会うのも久しぶりだった。祭司補さまは俺とか他の子供とかを時々部屋に入れて遊んでくれる。十人も居るけど、必ず一人ずつ。だから月に二回か三回もあればいいぐらいだけど。
あの後すぐに皆のところに来た祭司補さまはとっても機嫌がよかった。全員に勉強や手伝いの成果を聞いて、それぞれを褒めて、ときどき叱る。皆を平等に構って笑った。
その人が今は、俺だけを構っている。指が前髪を解かしておでこに触れた。祭服を着ていない祭司補さまは見慣れなくて不思議な感じがする。町の中に居る、他の人みたい。――でも、ああ、匂いがする。
「お前もなんとなく、大きくなったな。……子供はそのほうがいいな」
寝台の上に寝転がった俺を見下ろして、祭司補さまは言う。俺はここに来てから食事をちゃんとするようになって、ちょっと太った。それに背も伸びた。まだ伸びると思う。でもこの前会ったときとはあんまり、変わらないんじゃないかな。
「ふふふっ――やめっ、て、さい、っふ、んんー」
「……笑ってるんだから楽しいんだろうが?」
「楽しくて笑ってるんじゃない!」
おでこから離れて腹に触る手がくすぐったくて身を捩った。キスまでするから上手く息ができない。
洗ってきれいに張ってあった敷布からする匂いは石鹸のほうが強いけど、これだけ近くにいればいつもの匂いも少しした。俺たちのいないところで吸ってる煙草の匂いだ。
祭司補さまはおでこに、頬に、口に、何回もキスしたけど、いつもより顔は見えづらかった。部屋はいつもより灯りが少なくて暗くて。どうしたのって聞いたら、行った先があまりにも明るくて疲れたのだと言う。どこに行ったのかは聞いてもよく分からなかった。
この人は元々暗い所が好きだ。日向より日陰が好きで、風の通る気持ちのいい所で本を読んでいたりする。だから明るいと慣れなくて疲れるのかもしれない。
くすぐったいような気持ちいいような手が、腹から色んなとこに移動して肌を撫でる。痛いことはほとんどしないけど、足の付け根に指が触ったときは体が固くなる。これからのことが恥ずかしいのと怖いのとが半々で、じっと動けなくなる。
可愛がってやっているんだと祭司補さまは言う。他にも色々聞いたけど、それならいいかと納得するにはまだ足りなかった。だって父さんはこんなことしないし。そう言ったら、祭司補さまは笑って、親父さんは女としかしないなと俺に教えるように言った。祭司補さまは、好きなら誰とでもできる、とか。
この人は触りながら話すから、俺は全部を頭に入れられない。今も体がざわついて、目もどこに落ち着けたらいいのか分からない。俺が物覚えが悪いんじゃない。だって、薬草の見分け方はちゃんとやっただけ覚えてる。除法のやり方だって分かってる。
「なんだ、怖いか」
怖くなんかないと首を振る。のに、祭司補さまは全部わかってるから意味がない。笑って、全部分かっているという顔をして、俺の目の横にキスをする。
「まあ、俺は悪い大人だからやめてやらんがな。アリースティート、お前とこうすると俺は安心するんだ。少し我侭に付き合ってくれ」
手が足を擦って、声は耳元で聞こえた。
俺は落ち着かない、と思ったけど一度手が離れて抱き締められると分かる気がした。この前はなんて言っていたっけ。人と人が肌を合わせるのは……もう思い出せない。でも、こういうことを言っていたんだろうと思う。結論はきっといつも同じなんだ。
大人のわがままってどういうことなんだろう。大人はわがままなんて言わないって、昔父さんに怒られたことがあるけど。祭司補さまの言葉はやっぱり難しい。勉強は、あんなに分かりやすく教えてくれるのに。
でもその言葉に、胸がぐっと詰まった感じになる。なんだろう。
「怖がることもない。もうしばらくは俺が守ってやれる」
「もうしばらくが終わったら?」
小さな声で聞き返しても、祭司補さまはちゃんと聞き取る。暗い部屋の中で、灰色の目がこっちを見た。俺はそれを見返した。祭司補さまには、すみれ色が見えているんだろうか。
「その時はもう、お前も自分で自分を守れるようになっているはずだ。美徳も悪徳も知り、神様の光の下を歩むことができる」
ビトクとアクトクっていうのは、聞いたことがあるなと思った。全部知って大人になるっていうのが神さまの教えだ。
「お前はなかなか賢いから、望むなら祭司にもしてやれる」
なんとなく浮ついた頭で考えていたらそんなことを言われた。すごいことを聞いた。本当? って聞きたかったのに、油断していたら手が股のところに戻ってきてざわっとする。
「やっ」
「口開けろ」
逃げようとしても、祭司補さまは押さえるのが上手いから無理だ。むっとして見上げてみたけれど笑われただけだった。大人が子供に睨まれて怖いわけがない。
笑いながらまたキスしてくるのに、俺は観念して口を開けて、足を開くようにした。この人のわがままなら付き合える、付き合おうと思った。それぐらい、しかたないなって思えるぐらい好きだから。
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