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大人の今ⅱ
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今朝は、爪を切ってもらう夢を見た。それだけの夢だった。ぱつん、という音と感触が変に現実的に、手足に残っているような、生々しい。
起床を知らせる鐘の音は聞こえていたけど、夢をもう少しはっきり思い出したくて、起き上がらないまま目を閉じた。洗ったばかりの敷布がすべすべして気持ちよかったっていうのもある。変な臭いもしない寝床は居心地がいい。
あの人は切っている間退屈しないように、時折、あやすように指を遊ばせてその日の出来事を教えてくれる。飴玉を口に放り込まれたこともあった。今でも薄荷を咥えると、一緒に舐めていたようだったあの部屋の匂いを思い出す。
口ずさまれる讃美歌も踝と踵を撫でる指も、心地良いというよりくすぐったいものだった。
子供の頃のことだ。それも、いつもだったわけじゃない。それぐらいのことができない歳じゃなかったから。でもあの時間は大好きだった。髪を切ってもらうのなんかも、嫌いじゃなかった。俺は誰かに何かしてもらうのが好きだった。まあ、今も。
髪を切ってくれたのはあの人じゃなくてエーミールだった。彼はとても上手い。意外と固い毛だよねって言われて、比べるのに彼のを触らせて貰ったら手触りが全然違って羨ましかった覚えがある。……それにあの人がしきりに他の奴の金の髪を褒めるから、色も羨ましかった。茶色じゃないほうがよかったなあ、ってぼやいたら、黒髪も茶髪もそれぞれに違って好きだなんて言ってあの顔で笑った。
あの人の愛というやつは苦しい。おいしい餌だと思って口に詰めたら、窒息する。噛み砕いて飲みこまなければ殺されてしまうだろう。
「おい、起きているか。今日は接待があるんだから、急いで支度をしろ」
「はい」
扉を開けた祭司補様の言葉に、俺は跳ね上がるようにして起きあがった。素直に返事をする。微笑んで、物分かりよく。そうすれば彼も機嫌がいい。
爪を見たが、勿論長さは寝た時と変わらなかった。伸ばしっぱなしだったわけじゃないけど、接待だと思えば不安な長さではあった。自分で切らないといけないだろう。跡が付かない程度に甘噛みしてみながら、ひんやりする床に足をつけた。あ、足も切らないと。
窓を開けたら陽の光が眩しかった。これからまた暑くなるだろう。接待だなんて、きっと三日前みたいに疲れる。でも、しょうがない。他より見た目がいい俺だからできる仕事なんだから。男を抱くのが嫌な人じゃなければ、結構気に入ってくれる。そうすると助かる。俺も、イーディアの人たちも。
しょうがないと思いつつ、駄々を捏ねたい気分だった。ちょっと飽きて来てるんだろう。
やった後にキスがほしいなぁと思った。額にするやつが好きだった。聖堂の偉い人っぽくて、子供扱いして甘やかしたのが。でも今、あの匂いはどこにも感じられないのだ。
起床を知らせる鐘の音は聞こえていたけど、夢をもう少しはっきり思い出したくて、起き上がらないまま目を閉じた。洗ったばかりの敷布がすべすべして気持ちよかったっていうのもある。変な臭いもしない寝床は居心地がいい。
あの人は切っている間退屈しないように、時折、あやすように指を遊ばせてその日の出来事を教えてくれる。飴玉を口に放り込まれたこともあった。今でも薄荷を咥えると、一緒に舐めていたようだったあの部屋の匂いを思い出す。
口ずさまれる讃美歌も踝と踵を撫でる指も、心地良いというよりくすぐったいものだった。
子供の頃のことだ。それも、いつもだったわけじゃない。それぐらいのことができない歳じゃなかったから。でもあの時間は大好きだった。髪を切ってもらうのなんかも、嫌いじゃなかった。俺は誰かに何かしてもらうのが好きだった。まあ、今も。
髪を切ってくれたのはあの人じゃなくてエーミールだった。彼はとても上手い。意外と固い毛だよねって言われて、比べるのに彼のを触らせて貰ったら手触りが全然違って羨ましかった覚えがある。……それにあの人がしきりに他の奴の金の髪を褒めるから、色も羨ましかった。茶色じゃないほうがよかったなあ、ってぼやいたら、黒髪も茶髪もそれぞれに違って好きだなんて言ってあの顔で笑った。
あの人の愛というやつは苦しい。おいしい餌だと思って口に詰めたら、窒息する。噛み砕いて飲みこまなければ殺されてしまうだろう。
「おい、起きているか。今日は接待があるんだから、急いで支度をしろ」
「はい」
扉を開けた祭司補様の言葉に、俺は跳ね上がるようにして起きあがった。素直に返事をする。微笑んで、物分かりよく。そうすれば彼も機嫌がいい。
爪を見たが、勿論長さは寝た時と変わらなかった。伸ばしっぱなしだったわけじゃないけど、接待だと思えば不安な長さではあった。自分で切らないといけないだろう。跡が付かない程度に甘噛みしてみながら、ひんやりする床に足をつけた。あ、足も切らないと。
窓を開けたら陽の光が眩しかった。これからまた暑くなるだろう。接待だなんて、きっと三日前みたいに疲れる。でも、しょうがない。他より見た目がいい俺だからできる仕事なんだから。男を抱くのが嫌な人じゃなければ、結構気に入ってくれる。そうすると助かる。俺も、イーディアの人たちも。
しょうがないと思いつつ、駄々を捏ねたい気分だった。ちょっと飽きて来てるんだろう。
やった後にキスがほしいなぁと思った。額にするやつが好きだった。聖堂の偉い人っぽくて、子供扱いして甘やかしたのが。でも今、あの匂いはどこにも感じられないのだ。
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