パルフェタムール

綿入しずる

文字の大きさ
上 下
4 / 8

大人の今ⅱ

しおりを挟む
 今朝は、爪を切ってもらう夢を見た。それだけの夢だった。ぱつん、という音と感触が変に現実的に、手足に残っているような、生々しい。
 起床を知らせる鐘の音は聞こえていたけど、夢をもう少しはっきり思い出したくて、起き上がらないまま目を閉じた。洗ったばかりの敷布がすべすべして気持ちよかったっていうのもある。変な臭いもしない寝床は居心地がいい。
 あの人は切っている間退屈しないように、時折、あやすように指を遊ばせてその日の出来事を教えてくれる。飴玉を口に放り込まれたこともあった。今でも薄荷を咥えると、一緒に舐めていたようだったあの部屋の匂いを思い出す。
 口ずさまれる讃美歌も踝と踵を撫でる指も、心地良いというよりくすぐったいものだった。
 子供の頃のことだ。それも、いつもだったわけじゃない。それぐらいのことができない歳じゃなかったから。でもあの時間は大好きだった。髪を切ってもらうのなんかも、嫌いじゃなかった。俺は誰かに何かしてもらうのが好きだった。まあ、今も。
 髪を切ってくれたのはあの人じゃなくてエーミールだった。彼はとても上手い。意外と固い毛だよねって言われて、比べるのに彼のを触らせて貰ったら手触りが全然違って羨ましかった覚えがある。……それにあの人がしきりに他の奴の金の髪を褒めるから、色も羨ましかった。茶色じゃないほうがよかったなあ、ってぼやいたら、黒髪も茶髪もそれぞれに違って好きだなんて言ってあの顔で笑った。
 あの人の愛というやつは苦しい。おいしい餌だと思って口に詰めたら、窒息する。噛み砕いて飲みこまなければ殺されてしまうだろう。
「おい、起きているか。今日は接待があるんだから、急いで支度をしろ」
「はい」
 扉を開けた祭司補様の言葉に、俺は跳ね上がるようにして起きあがった。素直に返事をする。微笑んで、物分かりよく。そうすれば彼も機嫌がいい。
 爪を見たが、勿論長さは寝た時と変わらなかった。伸ばしっぱなしだったわけじゃないけど、接待だと思えば不安な長さではあった。自分で切らないといけないだろう。跡が付かない程度に甘噛みしてみながら、ひんやりする床に足をつけた。あ、足も切らないと。
 窓を開けたら陽の光が眩しかった。これからまた暑くなるだろう。接待だなんて、きっと三日前みたいに疲れる。でも、しょうがない。他より見た目がいい俺だからできる仕事なんだから。男を抱くのが嫌な人じゃなければ、結構気に入ってくれる。そうすると助かる。俺も、イーディアの人たちも。
 しょうがないと思いつつ、駄々を捏ねたい気分だった。ちょっと飽きて来てるんだろう。
 やった後にキスがほしいなぁと思った。額にするやつが好きだった。聖堂の偉い人っぽくて、子供扱いして甘やかしたのが。でも今、あの匂いはどこにも感じられないのだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

キサラギムツキ
BL
長い間アプローチし続け恋人同士になれたのはよかったが…………… 攻め視点から最後受け視点。 残酷な描写があります。気になる方はお気をつけください。

アルバイトで実験台

夏向りん
BL
給料いいバイトあるよ、と教えてもらったバイト先は大人用玩具実験台だった! ローター、オナホ、フェラ、玩具責め、放置、等々の要素有り

邪悪な魔術師の成れの果て

きりか
BL
邪悪な魔術師を倒し、歓喜に打ち震える人々のなか、サシャの足元には戦地に似つかわしくない赤子が…。その赤子は、倒したハズの魔術師と同じ瞳。邪悪な魔術師(攻)と、育ての親となったサシャ(受)のお話。 すみません!エチシーンが苦手で逃げてしまいました。 それでもよかったら、お暇つぶしに読んでくださいませ。

BL団地妻on vacation

夕凪
BL
BL団地妻第二弾。 団地妻の芦屋夫夫が団地を飛び出し、南の島でチョメチョメしてるお話です。 頭を空っぽにして薄目で読むぐらいがちょうどいいお話だと思います。 なんでも許せる人向けです。

黄色い水仙を君に贈る

えんがわ
BL
────────── 「ねぇ、別れよっか……俺たち……。」 「ああ、そうだな」 「っ……ばいばい……」 俺は……ただっ…… 「うわああああああああ!」 君に愛して欲しかっただけなのに……

【完結】悪役令息の従者に転職しました

  *  
BL
暗殺者なのに無様な失敗で死にそうになった俺をたすけてくれたのは、BLゲームで、どのルートでも殺されて悲惨な最期を迎える悪役令息でした。 依頼人には死んだことにして、悪役令息の従者に転職しました。 皆でしあわせになるために、あるじと一緒にがんばるよ! 本編完結しました! 『もふもふ獣人転生』に遊びにゆく、舞踏会編、はじめましたー!

お客様と商品

あかまロケ
BL
馬鹿で、不細工で、性格最悪…なオレが、衣食住提供と引き換えに体を売る相手は高校時代一度も面識の無かったエリートモテモテイケメン御曹司で。オレは商品で、相手はお客様。そう思って毎日せっせとお客様に尽くす涙ぐましい努力のオレの物語。(*ムーンライトノベルズ・pixivにも投稿してます。)

十七歳の心模様

須藤慎弥
BL
好きだからこそ、恋人の邪魔はしたくない… ほんわか読者モデル×影の薄い平凡くん 柊一とは不釣り合いだと自覚しながらも、 葵は初めての恋に溺れていた。 付き合って一年が経ったある日、柊一が告白されている現場を目撃してしまう。 告白を断られてしまった女の子は泣き崩れ、 その瞬間…葵の胸に卑屈な思いが広がった。 ※fujossy様にて行われた「梅雨のBLコンテスト」出品作です。

処理中です...