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鉄越しに愛する
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四日の仕事を終え帰還した館の主ファレルが寝所に至って見つけたのは、香と共に焚いた灯りに照らされ、色香を漂わせる恋人キーランの姿だった。主の帰宅に合わせ衣装ばかりは寝間着ではなく平素と変わらぬ厚い地のチュニックなどを身に着けてはいたが、気怠げに顔は赤く潤んでいる。
現れたファレルを認めるとすぐ、些か縺れる足で駆け寄って跪いた。手を取り接吻を施す、その唇から熱い息が零れた。
「おかえりなさいませ――無事のお戻り、何よりでございます……」
かろうじて紡ぐ挨拶の声も熱っぽい。次の言葉は継げないうちに、ファレルの指が動いて頬にかかる黒髪を掬い上げた。するりと癖のない毛先までを弄んで放す。
キーランは唇を引き結んだ。髪など触れなくてよいから早くしてほしかった。堪らず、己の裾を掴んで捲り上げる。
白く引き締まった足が露わになる。そして、その付け根――股間から臀部を覆う鎧のような鉄の拘束具も。晒して懇願する。濡れた紫の瞳がじっと主を見上げた。
「外してください、早く、お願いですから」
「勝手に外していないだろうな?」
「外せないからこんなになってるんでしょうが!」
波打つ赤毛の雄々しい主に向かっての言葉は、此処で悪態めいた。服を握りしめ臍のあたりまで晒して、ふーっと荒く息を吐く。忌々しい下着は指の入る隙間もない。
これを作ったのは優れた細工師である彼自身だった。主以外は外すことが叶わぬようにと求められ、素材も技術も一級のもので拵えた結果、制作者でさえ破れない逸品になった。そも、破れば、そのときはよくとも後でバレる。その結果を思えば彼は耐え忍ぶ他なかった。こんな物を着けさせる男の機嫌を損ねるのが恐ろしくないわけはなかった。絶対に酷いことになる。
だからキーランは耐えたのだ。我慢して我慢して、限界だった。
「お願い、早く。もう無理です、眠れもしない」
四日の禁欲は、キーランには長い。こうして意識させられていれば殊に。その前から、常日頃は毎晩触れる主が多忙で半端なお預けを食らっていたのだ。帰ってきたと知ってしまえば、燻っていた体は盛大に疼いて止まなかった。
「出掛けて疲れた主に控えていたお前が言うのか。もう一晩くらい、休むまで待てないか」
「そんな……」
「……冗談だ。――爪が欠けている」
ファレルは笑った。きつく握り締められた手を解き――我慢ならず引っ掻いたのを見咎めてやって、瞳が揺れるのも楽しんだ。先とは逆に彼がキーランの手へと唇を寄せる。その瑕疵を舐める。指の付け根まで舌が這うと、キーランの腰がかくと揺らいだ。限界はとうに超えた。もう指への愛撫だけでも達しそうだ。しかし足りない、触れてほしい場所は髪でも指でもない。戒められた身の奥だ。
ぁ、と擦れた声が漏れた。
「ファレル様……」
弱弱しく呼ぶ声にファレルの目が細くなる。キーランの服を取り去って抱え上げると、鉄の温い肌が腕に触れた。小突くと身震いが返ってくる。
キーランは、元は西の国で飼われていた細工師であり、王族の愛人の一人だった。それをファレルが戦で負かした際に戦利品として己の館へと連れ帰ったのだ。
艶やかな黒髪と映える紫の瞳、白く滑らかな象牙の肌。その美貌にそそられ抱いて、一夜で気に入り、恋人として傍らに置き愛を囁いた。男ばかり構わず御世継ぎをと周囲に請われても、自分が死ななければよいのだろうと言ってなお力を増すほどに執着していた。キーランも美しく力に溢れた、昔仕えていた老人よりも断然魅力的で素晴らしい男にはすぐ絆された。そんな男が、自分の腕を見込んで身に着ける細工を任せてくれるのも嬉しかった。
二人は相思相愛の仲であった。関係自体は良好なものである。
ただ、ファレルは独占欲の強い男だった。
元々、他人のものだった。その上、館の者たちもその美しさに惑わされることがあった。一度酒に酔って怪しい動きをしたことがあるキーランを、ファレルは許さなかった。結果が貞操帯である。特に家を空ける際にはこれを身につけさせて、不貞は当然、自ら触れることさえも禁じた。どうしようもなくなったときに使う鍵は一応館に控える家令に預けているが、それも一度使えば形が変わるようになっている。秘密裡に暴かれるようなことはあり得なかった。
そうして戒めるのはまた、趣味にも合ったらしい。キーランの自由を奪いすべてを掌中に収めるのを、ファレルは好むようになった。キーランもまた――つらく恥ずかしくて嫌だと口で訴えはするが、体は束縛に悦ぶようになっていった。
「っあ、や……!」
触れられぬ下腹部の代わりに弄られていた胸の先端は赤く腫れ、じんと熱を持っていた。ファレルの舌が戯れ程度に触れて吸うだけで、キーランの体は仰け反った。暴れるその体を容易く運んで、たっぷりと水を湛えた浴室の床に下ろしたファレルは低く囁く。
「嫌ではなく好きだろう。今度は此処も触れられないようにしなければならんかな。胸当てか、お前の指のほうに魔法でもかけようか――どうしたらいいと思う?」
キーランがどうあっても外せなかった貞操帯は、ファレルの手ではあっさりと布の服でも取り去るように外された。痛みさえ生む窮屈さから解放されて、外気に肌が触れるのにキーランは息を吐く。
鉄の内側は、蟠った熱の証拠のようにどろどろに汚れていた。糸を引き、陰茎が擡げて上を向く。すぐそこに触れようとする手をファレルが窘めた。ぐずって泣く目元に口づけをして告げる。
「先に洗わねばなるまい。腹の中も出さないと、挿れてやれないぞ」
言いながら、後ろも外してやる。小水を出す穴がある前とは違い、そこはむしろ蓋されていた。穴など開ければ何を挿れるか分からないなどとファレルが言った為に、小さな栓が取りつけられている。それが抜け出る感覚にもわななき、キーランははらと涙を流した。
彼の貞操帯は既に何種類か用意されていて、これは二番目に堅牢なものだった。一番は、前の穴さえ塞ぐ棒がついている。ファレルが傍に居るときにも仕置きのように使われる酷い品だった。それをされると何をするにも許しを請わねばならない。大変な苦痛と羞恥を伴った。そういうこともファレルの好みだ。
今回も、性欲のみならず我慢をさせられていたので言われなくとも限界だった。触れられたことで排泄欲が一気に差し込んでくるのに喘いで、キーランは顔を横へと向けた。
広い浴室の端には、こういうときに使う為に便器の壺が置かれている。ファレルはキーランを抱えなおし尻をそこへと向けさせて促す。栓を咥えていた後孔が広がる。
何度しても慣れぬ、身を焼くような羞恥。上回る、苦痛から逃れたい気持ちと、何よりこの後の行為への切望。すべてが膨れ上がった。
「っん、ふ――あ、ああっ、あ、」
息めばすぐ降りてきた。自分でひり出す汚物にさえ、数日触れられていなかった体は性的な快楽を拾う。人前で、抱えられながらの排泄という倒錯に増幅して、目の前がちらつく。肩まで朱に染め、キーランはファレルの腕にしがみついて喘いだ。白濁がぴゅると迸って便器にひっかかる。
「ぅうぁ、ん――……」
四日、食事を控えながらも腹に溜めた物が折り重なる。悪臭に眉を寄せたのはキーランのほうで、ファレルはただ褒めて労うようにキーランの額を撫でた。一度放して、震える足を叱咤し壺に跨らせる。汗ばんだ白い背を眺めて撫で下ろす。
水を汲んで吸い上げる、玩具の水鉄砲のような道具の扱いも手慣れている。一度は空になった腹をたっぷりの水で濯ぐのは鼻歌交じりだ。
「くる、し……も、出ますから、いれないで」
「また栓をするか?」
「もう嫌だ……」
「ここにも。今回は無いから寂しかっただろうな」
「ぃ、やだ……っ」
最中戯れ、ファレルは汚れた陰茎も洗った。勃ちっぱなしのそこを撫でさするように酷く優しく扱ったかと思えば、先端の穴をくじって苛める。身は竦んだが口はむしろ緩むように濡れてきて、指が滑る。
キーランはひいひいと泣き喚きながらも逃げなかった。貪欲に快感を拾おうと動いて、自らの手よりも大きな掌を味わった。自らに触れることは許されない代わりに、その手を握って押しつけ、腰を揺らす。
まだ、前を弄られるだけでは足りなかった。以前の主にも相手をさせられていたが、ファレルのものになってからはより入念に開発されている。後ろに突っ込まれて果てないと満足できない体になっている。それも並のものでは不足だ。ファレルの逞しい体と激しい愛し方でなければ。
早く、と焦れ、想像して呻いた。腸が水を揉み音を立てる。
此度の仕事では何処に行ったか、誰に会って何をしたか、土産を持ってきたと聞かせる状況とちぐはぐに穏やかなファレルの声には、ろくに相槌も打てなかった。言われるままに我慢をし、排泄を繰り返してその度に溜息を吐く。ちゃんと出来ていると褒められ頭を撫でられるとじんと意識が痺れる。こんなことにも快楽を覚えるようになって久しい。
早く、早く。やっと解放された場所を埋めてほしくて仕方がなかった。覗き込む顔に口づけて、見つめて懇願する。
「ファレル様、もう……どうか」
愛しい男の名を媚びた声で呼んで、尻を広げてねだる。――返事は接吻で返された。
便器には蓋がされて、香油も漏れるほどに注がれる。贅沢に使って濡らしてやってから、ファレルは濡れた服を脱ぎ捨てた。露わになる体躯、とっくに怒張した逸物にごくんとキーランの喉が鳴る。座りこむのにいざり寄った。抱えられて跨り、擦りつける、その脈打つ熱さに恍惚とする。今からこれに貫かれると思うだけで、またたらりと先走りが溢れた。口元も緩んで唾液が垂れそうな有様であるが、それでも彼は美しかった。
「あ……」
「欲しいか」
「ください、早く……っ」
間を置かぬ齧りつくかの返事にファレルは歯を見せ笑った。キーランのような拘束こそなかったが、仕事の間、彼も我慢していたのだ。ただキーランを甚振ったほうがより楽しいというだけで、ここまで遊んだに過ぎない。
もう堪える気がなくなった。愛し慣れた体を、下から割り開く。喜悦の悲鳴が上がった。
「ぁあ……っ! ――っあ、ああぅ……っん、あ!」
襞を広げ、貞操帯の栓では掠めもしなかった場所を突き上げて、奥まで埋める。押し出されるようにしてとろとろと精液が滴った。合わせて、締めつけ震える肉にファレルも息を吐く。
眼前、眉を寄せた悩ましい顔を眺めて口づける。口を塞ぎ上顎を擽ってやるとまた締めつける熱さを堪能する。
「ふ……くぅ、っあ、ん……! ああ、あっ……」
どつと突き上げると跳ねる身を御して、鉄に護られていた柔肌を揉むのも心地よい。鷲掴みにして押しつけるとまた極まって震えた。キーランはずっと、絶頂の上に乗っている。
元より淫らな質の男だったが、これほど乱れるのは貞操帯を使うようになってからだ。欲は押し込めておくことで何倍にも膨れ上がるのだ。
戒め、禁じるほどに昂る。ほんの四日でも長らく会えなかったように求めてくるのだから、ファレルも滾って仕方がない。
「っあ、っ……――!」
奥へと子種を注いで、抜きもせず、今度は覆いかぶさる。冷えた床に構わずすべて任せるように身を横たえる恋人に、彼は数度目の口づけを贈った。
翌朝、キーランは起き抜けに性器を搾られ精液と小水で主の手を濡らした。丁寧に清められた上でまた鉄の下着を宛がわれた。せめてもの温情か栓の類はない簡素な物だったが、自分では外せないのは変わらないし、作ったときとは違い前も後ろも塞がれてしまっている。触れる、物を挿れるどころか出すこともできない鉄壁だった。一晩中行為に耽り溜まりに溜まった熱を発散して正気に返っているキーランは酷い羞恥に襲われて、昨日とは違う体の火照りに身を縮めた。薄衣の前を掻き合わせ、満足気な主を睨む。
「帰ってきたのに何故こんな」
「今度は私が傍にいるのだから、望みがあれば言えばいいさ」
不在だった分濃厚に恋人を愛してやらねばなるまいと意気込んだ主の――要はただの趣味である。まだ暫らくキーランは、この惨めな拘束から解放されることはなさそうである。言うとおりこうしてファレルが居る以上は、キーランが望めば、またファレルの気分次第で都度安易に脱がされるものではあるだろうけれど。
「折角身に着けるのだ。今度作るときは何か装飾でもつけたらどうだ。お前に似合う意匠で」
見て辱めるのも好む主がそのように、まったく冗談でもなさそうに言うのにキーランは震えあがった。もう幾つも作らされたのだ。また増やしては本当に、毎日身に着けることにもなりかねない。
そんな暇があるならば、彼はもっと別の物を作っていたい。今回も主が身に着ける品々を磨き上げてしまいたかったのに、手につかなかったのが気がかりだった。今日こそはと思ったがこれではどうなるか分からなかった。
「もう作りませんよ! これで十分でしょう。というか今日は、外してくださいませ、仕事になりません」
「さて、どうするかな、もう着けてしまったからな」
愉快がるファレルの手が股座を撫でる。やはりちっとも身に触れる感じはしないのに柔くまさぐる手つきに、キーランは慌てて目を背けた。
現れたファレルを認めるとすぐ、些か縺れる足で駆け寄って跪いた。手を取り接吻を施す、その唇から熱い息が零れた。
「おかえりなさいませ――無事のお戻り、何よりでございます……」
かろうじて紡ぐ挨拶の声も熱っぽい。次の言葉は継げないうちに、ファレルの指が動いて頬にかかる黒髪を掬い上げた。するりと癖のない毛先までを弄んで放す。
キーランは唇を引き結んだ。髪など触れなくてよいから早くしてほしかった。堪らず、己の裾を掴んで捲り上げる。
白く引き締まった足が露わになる。そして、その付け根――股間から臀部を覆う鎧のような鉄の拘束具も。晒して懇願する。濡れた紫の瞳がじっと主を見上げた。
「外してください、早く、お願いですから」
「勝手に外していないだろうな?」
「外せないからこんなになってるんでしょうが!」
波打つ赤毛の雄々しい主に向かっての言葉は、此処で悪態めいた。服を握りしめ臍のあたりまで晒して、ふーっと荒く息を吐く。忌々しい下着は指の入る隙間もない。
これを作ったのは優れた細工師である彼自身だった。主以外は外すことが叶わぬようにと求められ、素材も技術も一級のもので拵えた結果、制作者でさえ破れない逸品になった。そも、破れば、そのときはよくとも後でバレる。その結果を思えば彼は耐え忍ぶ他なかった。こんな物を着けさせる男の機嫌を損ねるのが恐ろしくないわけはなかった。絶対に酷いことになる。
だからキーランは耐えたのだ。我慢して我慢して、限界だった。
「お願い、早く。もう無理です、眠れもしない」
四日の禁欲は、キーランには長い。こうして意識させられていれば殊に。その前から、常日頃は毎晩触れる主が多忙で半端なお預けを食らっていたのだ。帰ってきたと知ってしまえば、燻っていた体は盛大に疼いて止まなかった。
「出掛けて疲れた主に控えていたお前が言うのか。もう一晩くらい、休むまで待てないか」
「そんな……」
「……冗談だ。――爪が欠けている」
ファレルは笑った。きつく握り締められた手を解き――我慢ならず引っ掻いたのを見咎めてやって、瞳が揺れるのも楽しんだ。先とは逆に彼がキーランの手へと唇を寄せる。その瑕疵を舐める。指の付け根まで舌が這うと、キーランの腰がかくと揺らいだ。限界はとうに超えた。もう指への愛撫だけでも達しそうだ。しかし足りない、触れてほしい場所は髪でも指でもない。戒められた身の奥だ。
ぁ、と擦れた声が漏れた。
「ファレル様……」
弱弱しく呼ぶ声にファレルの目が細くなる。キーランの服を取り去って抱え上げると、鉄の温い肌が腕に触れた。小突くと身震いが返ってくる。
キーランは、元は西の国で飼われていた細工師であり、王族の愛人の一人だった。それをファレルが戦で負かした際に戦利品として己の館へと連れ帰ったのだ。
艶やかな黒髪と映える紫の瞳、白く滑らかな象牙の肌。その美貌にそそられ抱いて、一夜で気に入り、恋人として傍らに置き愛を囁いた。男ばかり構わず御世継ぎをと周囲に請われても、自分が死ななければよいのだろうと言ってなお力を増すほどに執着していた。キーランも美しく力に溢れた、昔仕えていた老人よりも断然魅力的で素晴らしい男にはすぐ絆された。そんな男が、自分の腕を見込んで身に着ける細工を任せてくれるのも嬉しかった。
二人は相思相愛の仲であった。関係自体は良好なものである。
ただ、ファレルは独占欲の強い男だった。
元々、他人のものだった。その上、館の者たちもその美しさに惑わされることがあった。一度酒に酔って怪しい動きをしたことがあるキーランを、ファレルは許さなかった。結果が貞操帯である。特に家を空ける際にはこれを身につけさせて、不貞は当然、自ら触れることさえも禁じた。どうしようもなくなったときに使う鍵は一応館に控える家令に預けているが、それも一度使えば形が変わるようになっている。秘密裡に暴かれるようなことはあり得なかった。
そうして戒めるのはまた、趣味にも合ったらしい。キーランの自由を奪いすべてを掌中に収めるのを、ファレルは好むようになった。キーランもまた――つらく恥ずかしくて嫌だと口で訴えはするが、体は束縛に悦ぶようになっていった。
「っあ、や……!」
触れられぬ下腹部の代わりに弄られていた胸の先端は赤く腫れ、じんと熱を持っていた。ファレルの舌が戯れ程度に触れて吸うだけで、キーランの体は仰け反った。暴れるその体を容易く運んで、たっぷりと水を湛えた浴室の床に下ろしたファレルは低く囁く。
「嫌ではなく好きだろう。今度は此処も触れられないようにしなければならんかな。胸当てか、お前の指のほうに魔法でもかけようか――どうしたらいいと思う?」
キーランがどうあっても外せなかった貞操帯は、ファレルの手ではあっさりと布の服でも取り去るように外された。痛みさえ生む窮屈さから解放されて、外気に肌が触れるのにキーランは息を吐く。
鉄の内側は、蟠った熱の証拠のようにどろどろに汚れていた。糸を引き、陰茎が擡げて上を向く。すぐそこに触れようとする手をファレルが窘めた。ぐずって泣く目元に口づけをして告げる。
「先に洗わねばなるまい。腹の中も出さないと、挿れてやれないぞ」
言いながら、後ろも外してやる。小水を出す穴がある前とは違い、そこはむしろ蓋されていた。穴など開ければ何を挿れるか分からないなどとファレルが言った為に、小さな栓が取りつけられている。それが抜け出る感覚にもわななき、キーランははらと涙を流した。
彼の貞操帯は既に何種類か用意されていて、これは二番目に堅牢なものだった。一番は、前の穴さえ塞ぐ棒がついている。ファレルが傍に居るときにも仕置きのように使われる酷い品だった。それをされると何をするにも許しを請わねばならない。大変な苦痛と羞恥を伴った。そういうこともファレルの好みだ。
今回も、性欲のみならず我慢をさせられていたので言われなくとも限界だった。触れられたことで排泄欲が一気に差し込んでくるのに喘いで、キーランは顔を横へと向けた。
広い浴室の端には、こういうときに使う為に便器の壺が置かれている。ファレルはキーランを抱えなおし尻をそこへと向けさせて促す。栓を咥えていた後孔が広がる。
何度しても慣れぬ、身を焼くような羞恥。上回る、苦痛から逃れたい気持ちと、何よりこの後の行為への切望。すべてが膨れ上がった。
「っん、ふ――あ、ああっ、あ、」
息めばすぐ降りてきた。自分でひり出す汚物にさえ、数日触れられていなかった体は性的な快楽を拾う。人前で、抱えられながらの排泄という倒錯に増幅して、目の前がちらつく。肩まで朱に染め、キーランはファレルの腕にしがみついて喘いだ。白濁がぴゅると迸って便器にひっかかる。
「ぅうぁ、ん――……」
四日、食事を控えながらも腹に溜めた物が折り重なる。悪臭に眉を寄せたのはキーランのほうで、ファレルはただ褒めて労うようにキーランの額を撫でた。一度放して、震える足を叱咤し壺に跨らせる。汗ばんだ白い背を眺めて撫で下ろす。
水を汲んで吸い上げる、玩具の水鉄砲のような道具の扱いも手慣れている。一度は空になった腹をたっぷりの水で濯ぐのは鼻歌交じりだ。
「くる、し……も、出ますから、いれないで」
「また栓をするか?」
「もう嫌だ……」
「ここにも。今回は無いから寂しかっただろうな」
「ぃ、やだ……っ」
最中戯れ、ファレルは汚れた陰茎も洗った。勃ちっぱなしのそこを撫でさするように酷く優しく扱ったかと思えば、先端の穴をくじって苛める。身は竦んだが口はむしろ緩むように濡れてきて、指が滑る。
キーランはひいひいと泣き喚きながらも逃げなかった。貪欲に快感を拾おうと動いて、自らの手よりも大きな掌を味わった。自らに触れることは許されない代わりに、その手を握って押しつけ、腰を揺らす。
まだ、前を弄られるだけでは足りなかった。以前の主にも相手をさせられていたが、ファレルのものになってからはより入念に開発されている。後ろに突っ込まれて果てないと満足できない体になっている。それも並のものでは不足だ。ファレルの逞しい体と激しい愛し方でなければ。
早く、と焦れ、想像して呻いた。腸が水を揉み音を立てる。
此度の仕事では何処に行ったか、誰に会って何をしたか、土産を持ってきたと聞かせる状況とちぐはぐに穏やかなファレルの声には、ろくに相槌も打てなかった。言われるままに我慢をし、排泄を繰り返してその度に溜息を吐く。ちゃんと出来ていると褒められ頭を撫でられるとじんと意識が痺れる。こんなことにも快楽を覚えるようになって久しい。
早く、早く。やっと解放された場所を埋めてほしくて仕方がなかった。覗き込む顔に口づけて、見つめて懇願する。
「ファレル様、もう……どうか」
愛しい男の名を媚びた声で呼んで、尻を広げてねだる。――返事は接吻で返された。
便器には蓋がされて、香油も漏れるほどに注がれる。贅沢に使って濡らしてやってから、ファレルは濡れた服を脱ぎ捨てた。露わになる体躯、とっくに怒張した逸物にごくんとキーランの喉が鳴る。座りこむのにいざり寄った。抱えられて跨り、擦りつける、その脈打つ熱さに恍惚とする。今からこれに貫かれると思うだけで、またたらりと先走りが溢れた。口元も緩んで唾液が垂れそうな有様であるが、それでも彼は美しかった。
「あ……」
「欲しいか」
「ください、早く……っ」
間を置かぬ齧りつくかの返事にファレルは歯を見せ笑った。キーランのような拘束こそなかったが、仕事の間、彼も我慢していたのだ。ただキーランを甚振ったほうがより楽しいというだけで、ここまで遊んだに過ぎない。
もう堪える気がなくなった。愛し慣れた体を、下から割り開く。喜悦の悲鳴が上がった。
「ぁあ……っ! ――っあ、ああぅ……っん、あ!」
襞を広げ、貞操帯の栓では掠めもしなかった場所を突き上げて、奥まで埋める。押し出されるようにしてとろとろと精液が滴った。合わせて、締めつけ震える肉にファレルも息を吐く。
眼前、眉を寄せた悩ましい顔を眺めて口づける。口を塞ぎ上顎を擽ってやるとまた締めつける熱さを堪能する。
「ふ……くぅ、っあ、ん……! ああ、あっ……」
どつと突き上げると跳ねる身を御して、鉄に護られていた柔肌を揉むのも心地よい。鷲掴みにして押しつけるとまた極まって震えた。キーランはずっと、絶頂の上に乗っている。
元より淫らな質の男だったが、これほど乱れるのは貞操帯を使うようになってからだ。欲は押し込めておくことで何倍にも膨れ上がるのだ。
戒め、禁じるほどに昂る。ほんの四日でも長らく会えなかったように求めてくるのだから、ファレルも滾って仕方がない。
「っあ、っ……――!」
奥へと子種を注いで、抜きもせず、今度は覆いかぶさる。冷えた床に構わずすべて任せるように身を横たえる恋人に、彼は数度目の口づけを贈った。
翌朝、キーランは起き抜けに性器を搾られ精液と小水で主の手を濡らした。丁寧に清められた上でまた鉄の下着を宛がわれた。せめてもの温情か栓の類はない簡素な物だったが、自分では外せないのは変わらないし、作ったときとは違い前も後ろも塞がれてしまっている。触れる、物を挿れるどころか出すこともできない鉄壁だった。一晩中行為に耽り溜まりに溜まった熱を発散して正気に返っているキーランは酷い羞恥に襲われて、昨日とは違う体の火照りに身を縮めた。薄衣の前を掻き合わせ、満足気な主を睨む。
「帰ってきたのに何故こんな」
「今度は私が傍にいるのだから、望みがあれば言えばいいさ」
不在だった分濃厚に恋人を愛してやらねばなるまいと意気込んだ主の――要はただの趣味である。まだ暫らくキーランは、この惨めな拘束から解放されることはなさそうである。言うとおりこうしてファレルが居る以上は、キーランが望めば、またファレルの気分次第で都度安易に脱がされるものではあるだろうけれど。
「折角身に着けるのだ。今度作るときは何か装飾でもつけたらどうだ。お前に似合う意匠で」
見て辱めるのも好む主がそのように、まったく冗談でもなさそうに言うのにキーランは震えあがった。もう幾つも作らされたのだ。また増やしては本当に、毎日身に着けることにもなりかねない。
そんな暇があるならば、彼はもっと別の物を作っていたい。今回も主が身に着ける品々を磨き上げてしまいたかったのに、手につかなかったのが気がかりだった。今日こそはと思ったがこれではどうなるか分からなかった。
「もう作りませんよ! これで十分でしょう。というか今日は、外してくださいませ、仕事になりません」
「さて、どうするかな、もう着けてしまったからな」
愉快がるファレルの手が股座を撫でる。やはりちっとも身に触れる感じはしないのに柔くまさぐる手つきに、キーランは慌てて目を背けた。
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