緑を分けて

綿入しずる

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後日談 どんぐりと二人

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 コン、と靴先で蹴飛ばした感触を淡緑色の瞳が追いかける。石畳の上にはひとつ、つややかなどんぐりが転がっていた。
「どんぐりだ」
「アカガシワだな」
 身を折って拾いあげ、歩きながら眺めてセヴランは呟く。と、すぐに横のカイが言う。同じく手元の一粒を見ているその顔を窺い、セヴランは確認した。
「……どんぐりじゃない?」
 どこからどう見ても立派に丸々としたどんぐりなのだが。問いに瞬きカイは笑った。緩く首を振る。
「アカガシワのどんぐりだ。――どんぐりは似たような、色んな木の実の総称だ。でもそれぞれ特徴があるから見れば分かる」
「ほお……」
 歩き続けながら解説をする。休日の真昼、二人で食事をしに出てきたので今日は私服の彼は、しかしそういう話をすると楽しそうだ。
 さすが園丁官。セヴランは感心して今度は注意深くどんぐりを観察した。言われてみればこれではない見た目のものも拾ったことがあるような気がした。もう少し小さいのやら、細い枝がくっついたのやら。アカガシワ、と記憶するように名前を繰り返して――でもきっとすぐに忘れるだろうなと思いつつ、顔を上げる。
「でもこのへんに木ぃなくない?」
 見回しても、木の実は辺りにはそれきりだ。元となる木もまた、セヴランの素人目で見分けるよりまず、近くに植わってもいなかった。建物ばかりの人通りのある道の只中である。
「アカガシワならエナ公園にある」
 カイは少し悩んでから答えた。行く先で右折して暫らく進めば女神の銅像を据えそのまま名を冠した公園がある。そこが恐らく最寄りだった。明確な回答にセヴランの声が出る。
「さすが園丁官。……まさか街路樹全部覚えてんの?」
「まさか。大きい木だし、葉も特徴的だし、そうやって実がなる木は目立つだろ。足元に落ちてるし」
 笑って肩が竦められる。時期になると話題の木の実が降ってきて子供たちや養豚業者が集めているのを見かけるので、どんぐりの木は目立つ木だと言えた。近くを通ったことがあれば意識をする。
 そう、カイは言い訳をしたが――無論園丁官とはいえ、街中のすべての草花を知っているわけはないが。やはり一般人とは目線が違うのでかなり把握してはいた。仕事で道順を辿るときなど建造物より先に庭木で覚えることがあるくらいだ。セヴランの自宅だって、エニシダの家、だった。
 目を養っているともいえるが。セヴランから見れば随分な職業病である。今は頷いておいたが、どうだかなとも思っている。小さな木も目立たない葉も、それはそれで気になって確認しているのではと思えた。そのとおりである。通り道全部覚える日も近い。
「でもやっぱ遠いな。鳥が運んできた?」
 さておき拾い物の話だ。その位置には存在することが分かったがそれにしても距離がある。木の実がひとりでに歩いてくるわけはないので此処に落ちているまでには何かがあったはずだ。
 ちらと空を見上げたセヴランに対し、カイは横を向く。探したような影は今なかったが。
「子供かも」
「ああ。――じゃあお宝だなこれは」
 セヴランもすぐ納得した。それは有り得る。言ってみるとどんぐりはなおさらぴかぴかに光って見える。誰かのポケットから零れてしまったのかもしれない。
「持って帰って埋めてみる?」
 掲げて提案する。そういうの好きだろうと軽い調子だった。カイなら乗ると思っていた。
「……いや、駄目だ」
 しかし思いの外はっきりとした否定が返ってきて、彼はきょとんとすることになった。
「なんで?」
「芽吹いたら、最初はいいけど後々大きい木になる。あの庭じゃ狭すぎる。それこそ公園くらいないと。薔薇の木も他も育てる場所がなくなる」
 一拍置いて考えを整理したカイの返答は理路整然としている。
 セヴランの家の庭はなかなかの広さではあるが、それでも樹木が相手となると広々とは言いきれない。家々が離れている田舎ならばともかく、住宅街では家に巨木が寄り添うのは窮屈だ。
 カイは植物はなんでも手広く育ててみたいくらいには好きだったが、知識も相応に備えている。詳しいとそこまでを考えるものだった。
 さすが、園丁官。もう一度思って、セヴランは指先で摘まむ一粒が大きく育つことにも思いを馳せた。途方もないように思えるが、確実な話でもある。吹けば飛ぶほどの小さな種が芽吹く様はもう何度か見せてもらった。土の一面が緑に覆われていくのを日毎眺めた。
 改めて、しみじみと思った。
「君は先のことよく考えてるよね。計画的、しっかりしてる」
「それは考えるだろ。大事なことだ」
 受け答えもしっかり生真面目だ。大事なことという響きがまた、なんとも。
 セヴランのほうは目先のことを考えてばかりだが。やがて木になることを考える人が隣にいるのは、それはそれは満ち足りた。
 庭師が、大木になるほど先の庭を考えているのはくすぐったいほど嬉しかった。
 八十歩ほど連れ添ったどんぐりは投げ捨てるには忍びなく、適当な店の窓枠にこっそり置いて、笑う。
「木を育てたいなら環境に合ったものにしないと」
 見届けたカイは独り言めいて呟く。
 木陰を作るのに心惹かれはするらしい。秋の庭仕事にも精を出して満足はしているのに、理想とは色々あるものだった。セヴランはその神妙な顔を眺めて、やや置いて口を開いた。
黄金果樹ゴルトルント?」
「……上手く育てられるかな」
 明らかな冗談に笑いあって歩く二人の背を秋風が押す。置いていかれた窓辺で、どんぐりは宝物のように光っていた。
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