緑を分けて

綿入しずる

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番外 ジェラートがあった日

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「あ、ジェラートある」
 夏の日差しの照って暑い中、道端に人だかりを作っているワゴンを見つけてセヴランは明るい声を上げた。夜の酒盛りに向けての買い出しの帰り道、重い荷物に鈍っていた足取りが軽やかになる。数歩遅れてついていくカイに振り向く顔は明るい。
「レモンと苺だって。一個ずつ買って食おうよ。俺苺がいい」
「全部決めるなよ」
「両方食えたほうがイイだろ。ほら財布出して」
「自分で買うんじゃないのか……」
「俺はほら、手も塞がってるし」
 抱えた紙袋に手を添えて調子よく言う。
 カイには料理をしてもらうから荷物持ちくらいしよう、なんて恰好つけて重いほうを持ったのはセヴランだ。カイが遠慮したので結局持ったのは二つの袋のうち一方だけで、塞がったのは片腕だけだった。軽いパンの包みとはいえ、カイだって手は塞がっている。
 大体、セヴランが酒を買い過ぎなければこんなに増えなかったものだ。酒を買い過ぎたので、多分セヴランの財布にはそんなに金が入ってないな、というのにも思い至ってカイは呆れた。こうなると帰り道のジェラートまで見越して荷物持ちを言い出したのではとさえ思えてきた。
 奢られる気満々の顔をして待っている男に、カイは仕方なく、これ見よがしに溜息を吐いてやってから財布を取り出した。自分も食べたくなってしまったし、そうすると一人で食べるのは居心地が悪すぎるし――こんなとき平然と甘えてくる男のことを憎めないのだった。カイが動くより早く、調子よく注文だけしに行ってしまうようなところも含めて。
 ジェラートが差し出されれば塞がっていたはずの手はすぐ空いた。黄色と赤それぞれ、鮮やかに夏を感じさせる色がこんもりとして太陽の下で魅力的だった。その頂きに食いつき、二人して至福の息を漏らす。
「ああ、美味いな」
「んー冷たい。苺美味いよ、ほら」
 至って気負いなく、唇を舐めて差し出される赤いジェラートに、カイは数秒固まった。
「そっちも食わせて、一口」
 催促もある。――初めから、当たり前のようにお互い食べさせる手筈になっていたが。それはいざやるとなるとなかなかどうして恥ずかしいことのように思えた。
 気づいてしまったが、ここでぐずぐずすると茶化される気しかしなかった。ジェラートも溶けてしまう。
 ――他意はない。
 自分に言い聞かせて、カイは控えめに一口を貰った。差し出したレモン味にはセヴランが遠慮なく食いつく。
 およそ一瞬の出来事である。冷たく、甘くて酸っぱい一口はすぐに溶けて飲み込めてしまう。そんなものだった。だったが、やっぱりカイはドキドキしていた。
 相手には一切触れてはいないのに何やら、往来でキスでもしたような、そんな心地だった。一口目より甘い苺の風味が抜けていく。
 レモンもうまい、などと言うセヴランの声は相変わらず軽い調子であったので、合わせるように頷いて視線を手元に逸らす。何も気にしていないように取り繕ってまた普通に食べ進めることにする。
「なんか今デートっぽいことしたね」
 はずが、ただの買い物という雰囲気だったこの外出がデートと呼ばれたのでそうもいかなくなった。一気に、今の出来事だけでなく、今日の全部を意識する。
 急に嬉しくなってしまう。同時に、照れる。大袈裟に受け止めてと笑われるんじゃないかと思うと恥ずかしい。――が、こうして今日を特別な一日にできたから、カイはジェラートがあってよかったと思った。緩みそうな口元を押しつけて、よく味わう。
 彼の視界で、セヴランは能天気に笑っていた。ジェラートに似合いの笑顔だった。
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