橘言

綿入しずる

文字の大きさ
上 下
4 / 6

しおりを挟む
 情交の最中はよく噛まれました。見極めたように牙は柔く肉を食むだけで退き血で汚すことこそありませんでしたが、ときにそのことを惜しむように舌や息が歯型を撫でるので、初めの頃は今日こそ食い破られるのではと思っていました。その繰り返しに体は冷えて、熱く。はしたなく昂ってゆく。
 陛下がそのように獅子である下で、タチバナは毎回精霊のことを思い出すのでした。自分のした作り話の中、鬣の毛繕いをするか弱い虫を。
 あるときタチバナはやっと手を持ち上げて、指先で御髪の一筋に触れてみました。陛下はお許しになりました。肌を舐りながら頭を寄せて、続きを催促します。思えばこういうとき、ただ寝そべっているだけというのはなかなかにつまらぬことのように思えますが、何せ帝の御前でしたので、それに気づくには時間が要ったのでした。
 初めは畏れ多くやんわりと。そのうちにも身が暴かれるので堪えきれず抱くようになり、乱しては撫でつけ。握り締めていた袖とは違うその手触りに漏れる吐息が声へと変えられる。
 己の指先が白い御髪の中ではまさに薄紅に見え、そのことに心が震えました。
 ――この方は冷徹な帝であられる。
 また一人、斬られた。今度は流された。そう聞こえてくる度にタチバナは思いなおしました。
 ……思いなおすほどには、もう怖くはなかったのでしょう。
 斬りたくて斬ったわけはない。それは帝としてのご決断なのだと考えました。治世する為に必要なことなのだ、他には誰もできぬことを果たしてらっしゃるのだ。恐ろしいこともやりとげる立派な方なのだ。そのように、政など端しか知らぬ身で思いました。事実世は良くなっていき、巫覡たちも国に吹く風向きをよしとしておりました。帝は暴君ではなく、恐れられても、正しく在りました。
 タチバナのお召しは帝が后を迎えられて暫らくは途絶えることがありましたが、もう会わないものかと思ううちにまた呼ばれるようになり、抱かれ、話を請われました。やがて后の御懐妊が伝わってきて、無事に御子がお生まれになります。
 そうして細々、三人の御子を儲けられる間に、間を縫うように呼ばれ続けました。
 寵愛は寝所のみに留まらず、タチバナは宝物を幾つも賜りました。新しく倉を建てたほどです。曰く、帝にとっては日用の品だというものもありましたが、何よりそのように下された事実がそれを立派な宝としました。
 使え、売れと申されましてもおいそれとは致しません。ただ不思議と、そうして家に置いていると財が潤うようになりました。
 ひとつ、白いぎょくの簪だけは身につけました。そのようにと仰せになられたので。御前に侍るときは勿論、普段も欠かさず髪に挿してから巾を被せました。
「お前の名は……」
 あるとき簪を弄んで帝が呟くのに、タチバナは居直って答えました。
「タチバナと申します」
 すると怒られた。
「知っておるわ」
 と。もう忘れておられて、それで尋ねられたのかと思ったがそうではないようだった。帝は重ねて尋ねられた。
「それは、木の名か」
 頷き、タチバナは述べました。
「はい。生まれたのが丁度実りの時期だったので庭木が父の目に留まり、名づけたものだと聞いております」
 それはその頃には変わった名づけだったが、その分、似たような名前ばかりの中で目立っていて、誰にもすぐ覚えられるので気に入っていた。名に音だけでなく、わけがあるのもよいと思っていた。
「それはよいな。そういうのは、よい」
 帝もそう思われたようでした。
 以来、名を呼ばれるようになった。そうすると己の名が一層誇らしいもののように感じられて、タチバナはそれだけで大変な褒美を貰った気になったのでした。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

支配された捜査員達はステージの上で恥辱ショーの開始を告げる

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

山本さんのお兄さん〜同級生女子の兄にレ×プされ気に入られてしまうDCの話〜

ルシーアンナ
BL
同級生女子の兄にレイプされ、気に入られてしまう男子中学生の話。 高校生×中学生。 1年ほど前に別名義で書いたのを手直ししたものです。

ダンス練習中トイレを言い出せなかったアイドル

こじらせた処女
BL
 とある2人組アイドルグループの鮎(アユ)(16)には悩みがあった。それは、グループの中のリーダーである玖宮(クミヤ)(19)と2人きりになるとうまく話せないこと。 若干の尿意を抱えてレッスン室に入ってしまったアユは、開始20分で我慢が苦しくなってしまい…?

イケメンリーマン洗脳ハッピーメス堕ち話

ずー子
BL
モテる金髪イケメンがひょんな事から洗脳メス堕ちしちゃう話です。最初から最後までずっとヤってます。完結済の冒頭です。 Pixivで連載しようとしたのですが反応が微妙だったのでまとめてしまいました。 完全版は以下で配信してます。よろしければ! https://www.dlsite.com/bl-touch/work/=/product_id/RJ01041614.html

嫌がる繊細くんを連続絶頂させる話

てけてとん
BL
同じクラスの人気者な繊細くんの弱みにつけこんで何度も絶頂させる話です。結構鬼畜です。長すぎたので2話に分割しています。

昭和から平成の性的イジメ

ポコたん
BL
バブル期に出てきたチーマーを舞台にしたイジメをテーマにした創作小説です。 内容は実際にあったとされる内容を小説にする為に色付けしています。私自身がチーマーだったり被害者だったわけではないので目撃者などに聞いた事を取り上げています。 実際に被害に遭われた方や目撃者の方がいましたら感想をお願いします。 全2話 チーマーとは 茶髪にしたりピアスをしたりしてゲームセンターやコンビニにグループ(チーム)でたむろしている不良少年。 [補説] 昭和末期から平成初期にかけて目立ち、通行人に因縁をつけて金銭を脅し取ることなどもあった。 東京渋谷センター街が発祥の地という。

王太子に公開お漏らしショーをさせる国王

ミクリ21
BL
国王の思いつきであれこれされる王太子。

保育士だっておしっこするもん!

こじらせた処女
BL
 男性保育士さんが漏らしている話。ただただ頭悪い小説です。 保育士の道に進み、とある保育園に勤めている尾北和樹は、新人で戸惑いながらも、やりがいを感じながら仕事をこなしていた。  しかし、男性保育士というものはまだまだ珍しく浸透していない。それでも和樹が通う園にはもう一人、男性保育士がいた。名前は多田木遼、2つ年上。  園児と一緒に用を足すな。ある日の朝礼で受けた注意は、尾北和樹に向けられたものだった。他の女性職員の前で言われて顔を真っ赤にする和樹に、気にしないように、と多田木はいうが、保護者からのクレームだ。信用問題に関わり、同性職員の多田木にも迷惑をかけてしまう、そう思い、その日から3階の隅にある職員トイレを使うようになった。  しかし、尾北は一日中トイレに行かなくても平気な多田木とは違い、3時間に一回行かないと限界を迎えてしまう体質。加えて激務だ。園児と一緒に済ませるから、今までなんとかやってこれたのだ。それからというものの、限界ギリギリで間に合う、なんて危ない状況が何度か見受けられた。    ある日の紅葉が色づく頃、事件は起こる。その日は何かとタイミングが掴めなくて、いつもよりさらに忙しかった。やっとトイレにいける、そう思ったところで、前を押さえた幼児に捕まってしまい…?

処理中です...