家政婦、男娼、お嫁さん

綿入しずる

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 結果、家は片付いてすっきりした。溜まっていた洗濯物は石鹸の香りで箪笥に収まり、シーツも干されて綺麗になった。物はおよそあるべき場所に落ち着き、失くしていた爪切りが出てきた。
 買い足した卵は固焼きになった。ゆで卵もスクランブルエッグも出る。
 一週間で、フィルマンはバジルに買い出しも頼むようになった。小遣い程度の額を持たせて二人分の食品を調達してもらう。それを朝晩に食べる。質素な食事だが、温かく、片付いた食卓でするならなんら不満はなかった。
 ある晩。雨の中嫌になりながら帰ってくると、スープの匂いがする。
 卵を焼く以外にももう少し作れるとバジルが主張するので、鍋と器を買ったのを思い出した。吸い寄せられるようにキッチンに行けば丁度出来上がりを混ぜていた。
「おかえりー。トマトスープにしてみたんだけど、嫌いじゃなかった?」
「別に嫌いなもんはない」
 疲れたフィルマンはぶっきらぼうに応じながらも感動していた。
 帰ってきたら家が綺麗で、灯りがついていてスープの匂いがする。
 そんな程度はなんて豊かなことか。これならもっと早く人を雇うんだったと思った。全然違う。
 そのまま席について食べた熱いスープは、やはり素人の素朴な味つけだったが美味だった。鍋一つぺろりと平らげた。バジルは少し得意気だった。
 フィルマンはまっすぐ家に帰るようになった。すると時間が余り、ゆとりができる。食後に読書などして、それから一杯ゆったりと飲む酒は別段高いものではなくとも味わいが違った。久しぶりにまともに使ったソファは居心地がよい。
 食後の片付けをしたバジルも横にやってきて、本を読む。家事の合間に勝手に覚えた時間潰しは雇い主が咎めないので順調だった。そろそろ一冊読み終えそうだ。
 しかし今日は途中で視線に気づいた。顔を上げるとフィルマンと目が合う。
「する?」
 バジルは男娼の仕事もした。家事ができて、ついでに気持ちよいこともできるのだ。顔も可愛い。
 大体、フィルマンが見つめてバジルが確認する流れができていた。すぐに声をかければそれで済むのだが、言わば癖だった。けっして恥じらいや気後れからではなく、フィルマンはバジルの顔を気に入っていたので事に及ぶ前にも鑑賞して楽しんでいた。
 バジルは傅いて手や口を使う。最初の夜と同じように、柔く熱心に奉仕してフィルマンを食む。
 しゃぶって十分に勃たせたところで一度離れて、ぺろりと唇を舐め上げる。
「口だけでいいの? 俺、こっちも使えるよ」
 上目遣いに問うて自分の股を撫でた。雇い主が数日おきにこうして求めるので、四回目の今日はとうとう風呂掃除ついでにシャワーを浴びて準備していた。
 フィルマンは素直に誘惑に従った。服を脱いで露わになったのが男の体でも、思っていたとおり構わなかった。小さい尻を掴むと肌がなめらかで興奮する。
「あ」
 バジルはそういう商売らしい色気はあまり出さないが、体はちゃんと慣れていた。指をすんなり受け入れ、騎乗位でフィルマンの物を飲み込んで、苦痛ではなく喘ぐ。
「っあ、ん、……っは、あ……」
 体の上で、愛撫とよく似た雰囲気で懸命に腰を振る様が可愛くて、フィルマンの欲は湧いた。細い体を抱き寄せソファの上に倒す。さすがに納まりきらず落ちた足はややあって腰に回される。全身でフィルマンにしがみついた。
 彼の体は柔らかい。狭いソファの上で折り畳まれても苦もなく、深く繋がる。
「は、ぁん、あ――きも、ちい……っ」
 声は絶えず。快感を素直に口に出して、バジルの手は広い背中を擦った。フィルマンは気分がよくなる。愉快だった。
「太いの、奥までっ……ぁ、奥っ……!」
 ぱん、と打ちつけた腰に悶えて震えるのが艶めかしい。言葉につられて奥を責める。口淫よりきつい締めつけが心地よく、フィルマンを絶頂へと導いた。
 たっぷりと精液を注いで身を起こす。ぎっとソファが軋んだ。壊れると困ると労わるように背凭れを撫でる。最近居心地のよいソファはバジルの寝床でもあるのだ。
 見上げ、乱れた息を宥めてバジルは笑った。
「まんぞく?」
「――ああ」
 フィルマンもちらと笑った。
 ――これは家政婦というよりもう、嫁さんだな。
 そういう感想を持った。
 無論、表現である。一回寝たくらいで本気で嫁にしたと思ったわけではない。だが家事をしてくれてセックスもする可愛い相手というのは大体そうなのではと思った。逆に、違いも分からない。

「あ、おはよ」
 翌日は休日だったので昼近くに起きだした。腹が減ったがバジルが見当たらないので庭を見に行くと思ったとおり洗濯を干している。それはともかく、彼は体躯に余るぶかぶかのシャツを着て腕まくりしていた。フィルマンのものだ。ズボンも同様、裾を捲られている。
「ごめん自分のも洗ったら着るものないから。ちゃんと洗って戻すよ」
 視線の示すことに気づいて、明るく詫びる。着た切りの彼は今までも洗濯の度に借りていたのだと悪びれもしない。
 見慣れたはずのシャツが不思議に眩しいのに目を細めつつ、フィルマンは頷く。
「ああ……」
「干したら飯つくるよ。卵何する?」
「……オムレツ」
「了解、今日は成功すると思う」
 オムレツが食べたい、というよりも上手く作れないのを揶揄うのに言ってやるのはいつものことだ。フンと笑い返された。
 慣れて手早く洗濯籠を空にしたバジルは、家の中に戻ってくるとシャツの裾を捲り上げ脱ごうとする。それを見たフィルマンは声をかけた。
「脱いだら着るもんないだろ」
 男だから、部屋の中なら裸も気にならない。それでバジルなりに他人の服に遠慮をしたのだが。
「着てていい」
 服の持ち主は言う。着ていてほしいかも知れなかった。裸で歩き回られるのが嫌だとか、そういう話ではなく――
 眺めるフィルマンの眼差しを、バジルは見つめ返した。
「……する?」
 フィルマンの目はそういう欲を帯びていた。まだ早い時間だし昨日もしたばっかりだと、いつもと違って少し迷った。しかしやっぱりそうだと感じたので、バジルは同じ調子で訊ねた。フィルマンも僅かに逡巡したが結局頷いた。
 キッチンではなく寝室に行ってベッドに上がる。ヤると決めたならとさっさとズボンを脱ぎさったバジルは先と同じようにシャツに手をかけたが、それをフィルマンが留めた。そのまま押し倒す。
「上は脱がないでいい」
「――あ、気に入ったんだ? そっかそっか」
 二回目の制止にバジルもピンと来た。言ってしまうあたり情緒がないが、肌を隠すように裾を引っ張り、性癖には理解を示した。
「そしたら服買わなくてもいいかな。また貸してよ」
「一枚二枚買ったほうがいいとは思うが……」
 フィルマンはさすがに呆れたが、自分のシャツを着たバジルは細い体が際立って魅力的だったので、もう着てはならないとは言わなかった。
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