こがねこう

綿入しずる

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小話 暑気払い

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 匙を含む、唇を眺める。
 白磁の器に盛ってあるのは町で評判になっている暑気払いの菓子だ。麦色の蜜に沈んだ小さな団子だった。本当は店で食うものを、無理言って持ち帰ってもらってきた。こういう物はいつだって共に食いに行きたいものだが、そんなことを許される身ではないので致し方ない。
 綺麗な菓子だと喜んで、一口、食べてまた綻んだ口元はその後は熱心に食み続けている。
 餅は好きで喜ぶ。色々と入れて煮詰めてあるという秘伝の蜜は香りよくとろりと甘いと聞いた。きっと口に合うだろう、流行りの品を食べさせよう、と思って持ってこさせたのだが。こうして共に席に着くのに一切下心など無かったのだが。
「やっぱり、貴方ももっと食べます?」
 よほど物欲しそうに見つめたらしい。ススキは器から視線を上げて言う。彼に多くよそったので、俺のほうはもう空だった。
「いや、……美味いか?」
「ええとても」
 残りを分けようとするのを断ると少し訝しんだ。それでもまた一つ、掬い上げて頬張る。本当に嬉しそうに目を細めたので、気に入ったと見えた。俺も頬が緩む。
 しかしまあ――なんとも愛らしい口だ。同じものを食うにもこうも差がある。
 何か齧りついた痕など小さくて遠慮をしたのかと思えるし、俺たちに合わせた一口大の家の料理は食うのが大変そうだったので厨に言って切り方を小さくしてもらったこともある。だからもうよく知っているつもりだったが。今日など、こうして見ていると何だか、食い終えた団子の感触が蘇るように思えた。小さくて柔そうで、よく似ていると思う。
 あまりじっと眺めているともう一度何かと言われそうなので茶を啜って誤魔化した。視線を庭に外す。夏の濃い緑がそよいだ。
「――ごちそうさま。本当においしかった。なんだかすっとするし、流行るわけですねえこれは」
「ん、気に入ったならまた買ってこよう。夏の間はやるらしいからな、もう一度くらい」
 ススキが食べ終えるには、結局俺の倍ほど時間が要った。上機嫌の彼は、指を添えながらも蜜に濡れた唇をちらと舐める無作法を見せて笑う――と思えば、俺の視線からすり抜けるように立ち上がり、顔を寄せた。
 微かなべたつき、儚く、蜜の香りがする。
 また吹いた風に揺れる髪を押さえつつ、ススキはもう一度舌先を見せて微笑んだ。悪戯を成功させた子供めいた笑みだった。
「貴方が欲しかったのはこちらでしょう。違いました?」
 ああ、見透かされていた。……団子より柔く甘いやも知れぬ。
 つい、己までも唇を舐めて確かめてしまう。次に食うときはこれを思い出すだろう。暑気払いの菓子だったはずが逆に暑くなったようだ。
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