こがねこう

綿入しずる

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二十四歩 会う

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 なかなか、先日と変わらぬだけ緊張をした。
 ススキと手紙のやりとりを続けつつ、あちこちの部署にも確認をとり様子を窺いながらようやく訪問の約束を取りつけた。前回とは違いかなり前もって日取りを決め、城のほうにも事前の申し入れをした。庭を見せてもらう約束だったから晴れるかは少し案じてたが、起きてみれば翔けたくなるような見事な秋晴れだった。
 慣れるまでは決まった顔がよかろうと今日もマユミとイタドリに供を頼んだ。いつものように簡単に門を通され、噂を聞いてか窺う人の目を感じながらも進めば改めての気構えより早く、よそゆきの風で着飾った出迎えが見えて立ち止まりそうになる。
 すらと立つ、月色の衣。金の髪も相まってさながら名のとおり、佇むすすきの花のように見えた。彼もこちらに気づいて向き直ると内に着た服や飾り紐の青がまた映えた。
「ようこそ、お待ちしておりました、将軍」
「出迎えありがとう。会うのを楽しみにしていた。――今日はまた……美しいな」
「ん。見直しましたか」
 しずしずと礼の姿勢をとり上げた顔も薄く化粧を施していた。正装で――以前言っていたように恰好をつけた、万全の姿で待ち構えていた金の尾コノオにはまた別に落ち着かぬ心地にさせられる。一辺倒でつまらぬ褒め言葉でもススキは満足したようだ。
 門番に一応の検めを受け、手土産を渡して中へと進む。今日は見張りというよりは立ち合いの雰囲気で三人、近くにいると説明を受けた。選ばれて此処に寄越されたのだろう、見るからに優秀そうな隙の無い者たちだった。そうして垂穂宮たりほのみやの奥、先日とは違う部屋――あちらのほうが形式的な部屋で、こちらのほうが親しい者と使うことにしているものだと言う――に通される。
 大勢、人の気配がする。と、思ってから進んだが、その心構えも吹き飛ばされるようだった。
 一堂に会する金の髪の人々と――金の頭の子を抱えた赤い髪の母。誰も彼も聞いていたより若々しく見え、老いているにしてもこうも美しく老いていく者がいるのかと愕然とするほど見目がよい。コンヨに繁栄を齎した金の尾たち。そしてその分岩偶ガグもずらりと控えていたので広い客間も手狭に見えた。
「驚いた、勢揃いとは」
 さすがにサハリ姫は居られないようだったが。振り向き俺の顔を窺ったススキが企みを成功させた顔で笑う。中からも笑い声が上がった。
「何、顔を見せてもらいにきただけゆえ。一度に済めば楽でしょう」
「どうせなら驚かせたかったしね」
「はじめまして、アオギリ将軍。お噂はかねがね。我らの垂穂宮へようこそ」
 続けて、声が。金の尾はやはりそういうものか、皆耳に心地よく響く音をしていた。和やかな歓迎の空気に息が抜けた。
 ススキによって順に、以前話したときのように名を並べて紹介された。一言ずつ、舞踊を嗜んでいるとか、園芸が趣味だとか、鳥を飼っているとか、そういう自己紹介もあった。最後にヒサギが付け足される。と、彼女自身も返事のように声を発したものだからまた笑いが起きた。
 促され進み出る、束ねた赤い髪を隠さず垂らしているイナはすっかり身形がよくなって顔色もよい。何より表情がいい。穏やかに暮らしているのが分かった。
「アオギリ様。……あのときは、大変お世話になりました。ずっとお礼をしたかったのですが、私、字は書けなくて。この子は元気です」
 少し上擦る声も連れてきたときとは違う。心底ほっとした。
「何よりだ。ススキからも聞いていたが、落ち着いたならよかった」
「本当にありがとうございます」
「ああ、少し大きくなったな。やはり早いものだ」
 覗き込んだ乳飲み子は無論まだまだ小さいが成長は如実だった。生まれてもう半年過ぎたか。青い目はまたじっと俺のことを見ている。まさか覚えているのだろうかと思わせる目つきだ。抱かせてもらったが、俺もそこそこ慣れているほうだと思ったのに尾がある分勝手が違って困る。むずがって泣かせそうなのですぐ返して、ふわふわと柔く金色の揺れる額を撫でた。
「健やかに育てよ」
 今度はさすがに返事はなかったが。金の尾は体も丈夫だと聞いているからススキも言ったとおり、皆や母を幸せにするような元気な子に育つことだろう。他の金の尾たちが彼女を眺める眼差しの温かいことを見れば、その祝福もあるのではとも思う。
「――さ。お構いもしませんで恐縮ですが、貴方はススキの客人だ。あまり大勢で囲んでも困るでしょう」
 そこで仕切って言ったのはエニシダ殿――鳥を可愛がっているという、背の高い……女性だと思うが。
「そうね早く静かにしてやらないと。年寄りはすぐ引っ込みますよ。ほらほら」
「居るとつい口が開くものな。喧しいこと違いない」
「いや、そんな、」
 応じて続けたのは誰だ。まだ男女も判別つかない――服装などで察しはつくのだが裳も巻いているし今一つ自信がない。何せ皆顔の作りが整いすぎている。声も区別がつききらず、立ち上がり動かれながら話すと何処を見ればよいのか分からなかった。
 そんな俺の言葉を留めるように指を揃えた手を挙げ、目を合わせたのは……ヤマブキ殿。男だろうが、腰まで届く長い髪の人だった。俺とも年が近く、というよりいっそ若くも見えるが、確か十は上のはずだ。
「また何度も来るんだろう。今日は顔と名だけ覚えてもらって、そのうち、気が合ったら酒盛りでもしようじゃないか」
「……それは是非とも」
 答えれば彼も笑って頷いた。そうしてさっさと立って歩いていく。
「頑張って、スス」
 擦れ違い様にススキの肩を揉んでいったのは姉弟のようにも見えるシュユ殿。手を振ったのがウイキョウ殿、イナを気遣って手を貸したのがフヨウ殿。どうにか顔と名前は一致した。後は言われたとおり、これからだ。
 最後に立ち上がったイチョウ殿――高齢の翁は特に小柄な人だったが、背も曲がらずしゃんとして、とても御年九十九には見えない。神仙の類ではと思わされた。声もはっきりと届いた。
「ではまたいずれ。どうか末をよろしく」
「はい。お時間を頂き、ありがとうございました」
 一礼し踵を返す仕草もなめらかで優美だ。感心というか、このように年を取りたいものだと思う。
「もう末じゃありませんよう」
 ススキが照れ臭そうに呟く。多分、やはり、彼も可愛がられていたのだろうとは想像に難くない。血縁はなくとも親戚一同の雰囲気で、ただの挨拶に出てきたのではなく相手を見定めてやろうという意識も感じられた。……俺は彼らの目に適ったろうか。
 皆、静かに裾を揺らし岩偶を連れて去っていく。動かず残った一人がシチだとようやく分かった。視界の端で気圧されていたマユミが息を吐いた。
「天人天女の群かと思った……」
 まったく、同じ感想だ。夢幻だったと言われても逆に驚かない。
「んはははは、行脚明けにはよく言われますが、三日もあれば慣れます。……――すみません、マユミさんたちは一度、外していただいても?」
 その一員たるススキが肩を揺らし――身内を押し出していった廊下を見て、部屋の中へと向き直った。目配せもあるのに襟を整える。
「勿論。手前どもは荷物持ちですので、お気遣いなく。何処でも下がって待ちます」
「別の部屋にもお茶を用意してもらっておりますので、寛いでいてくださいな」
「有難く。では、失礼致します」
 頷いて促す。彼らの足音も離れていって、束の間。入れ替わりに二人入ってくる。金の髪ではなくしかし勤め人でもない、多少着飾る正装をした男女。
 視線が通ったところで深々と頭を下げる。常より長くそうして、それから背筋を伸ばして息を吸った。
「お初にお目にかかります。シマ家のアオギリ、将軍の位を賜った武官です。春の行脚では御子息の随伴として任ぜられました。先日は、急なことをして驚かせたかと思いますが、改めて……お二方にも御子息と添い遂げる許しを得たく、こうして参上した次第です」
 黒髪の女が――彼の母が、許しなど、と呟いて泣くように笑う。白い髪と髭の父もまた。二人ともススキを見て、頷き合って歩み寄った。
「どうぞよろしく、倅をお願いします、アオギリ殿」
 祈るように手を握られた。握り返す。
「ありがとうございます。どうか、宜しくお願い致します」
 ――父母にも会わせたい、勿論婚姻に賛成してくれているとは手紙で伝えられていたが、実際臨むと戦より余程緊張するものだ。
 茶も用意されて、二人とは先の金の尾たちより長く話をさせてもらった。彼らは金の尾のような特別な見目ではなく至って普通の黒髪白髪をした人で、穏やかなよい夫婦だった。しかしどことなく笑った顔が似て、声のまろやかさや話の間合いが似て、ああこの二人の子だなと思った。
 金の尾の子が誰かと結ばれることがあるとは、自分たちの元に生まれてきてくれて夢のように豊かな暮らしを与えてくれて、この上ない孝行をしてもらったと思っていたのにその先があったとは涙ぐむのに、改めて誓う。すんなりとは行かぬだろうが……たとえ婚姻が認められずとも、俺は彼と共に生きていく。この先、孝行の続きの手伝いをする。彼の幸せの為に在る。
 いつもより言葉少ななススキの代わりに二人が話した。春に帰ってきてからはよく俺のことを話していたとか、例の割れてしまった土産の茶碗は接いで今でも使っていることだとか。岩偶のシチという名前は二人がつけた、黒の美しい炭の等級をシチと言い、彼女の肌がそのようだと呼び始めたとも教えてもらった。俺は行脚の先でのススキの様子や、普段の仕事について話した。やはりお互いに畏まってしまって話が弾んだというよりは辿々しくなってしんみりしたが、時折笑みも零れた。
 再び茶や酒を酌み交わす約束をして、息子を頼むと何度も繰り返して言うのに頷き見送った。横に立つススキが手を握る。彼も少しほっとしたような、そんな顔をしていた。
「少し、歩きましょうか。初対面ばかりで大変だったでしょう。息抜きに自慢の庭を案内します」
 微笑んで誘い出され外に出た。廊下に立っていた監視の者たちにも構わぬ軽やかな足取りは相変わらずで、床板の軋む音さえ鳥の囀るように鳴る。少し進めば山茶花の垣の向こう、色の褪せた瓦よりずっと鮮やかに染まったもみじの枝が見えた。視界が開けて息を呑む。
「――これは確かに……春の花にも引けを取らない」
 秋空に広がる見事な枝振り。黄金に朱、紅に染まって錦の如く。あずまやを置くだけ広い庭がそうして豪奢に色づいていた。満開の花や城内の他の庭とも競えるだろう。
「でしょう。結構広いので、向こうで敷物を広げて眺めたりもしますよ。とっておきのお酒やお茶で宴会もして。春と違ってちょっと寒いですが」
 木々だけでも見栄えがして立派なものだったが、垣や他の草木もそれを引き立てるように整えられ配されている、秋に向けて景色を作られたものだろうと素人目にも感じられる。
 その自慢の庭を、今日は眺めながらゆっくりと歩いた。日差しや風が丁度よく心地よい。下に立って見上げるのはまた格別だった。
「鉢もあるんだな」
「あれは庭師の方ではなくて、さっき言ってた趣味で育ててるやつです」
「ああ」
「お客さんが来ると見えるところに並ばせたがる」
 ススキが揶揄して笑うのに俺も笑った。鉢植えの花は実に見事な菊が目立っていた。見せびらかしたくもなるだろう。言いながらも歩み寄って説明してくれる。
「あのへんはフヨウ姉さん、あっちがウイキョウ兄さんの鉢ですね。前は花を育てるのも、薬とか毒にもなるからとあれこれ言われたそうですが……最近はあまり言われませんね。育てるのが上手くて、とても丈夫で綺麗なのが咲くから苗や種を欲しがる方が多くいて、その所為かな。野菜なんか育てたら穫れすぎて困るんです」
 仄暗く、影は差すが。口調は明るい。口を縫われた歴史などなかったように金の尾はなめらかに語る。花を育てて毒をと疑われても上手くやってきた――そんな中で彼は育ったのだろう。
 花と共、横顔を眺めていると目が合った。
「……今日はありがとうございます。一日空けていただいて」
「うん。――俺のほうこそ、感謝している。まさか今日だけで他の金の尾にも全員に会えるとは」
「最初はまずヒサギと爺様だけって話だったんですが、結局集まってきました。まあ確かに一度で済んだほうが後が楽かと」
「皆お前が可愛くて心配なんだろうな。俺も上手く懐に入れてもらわねば」
「これでも先日までは末っ子でしたので。今はヒサギにとられました」
 照れた様子で冗談めかして笑う。皆、そして彼もまたあの子をかなり可愛がっているのは、毎度の手紙にあれこれと書いているので伝わってくる。
 此処はそういう場所なのだ。客を持て成して、草木を慈しみ子供を可愛がる。皆溌溂として、思ったよりものびのびと暮らしているのではないか。
「垂穂宮も悪くないでしょう」
 ……正直もっと、暗く塞ぐ場所なのではと考えていたのを言い当てられた。行脚の道中とも変わらず岩偶はついてくるし俺が来たこともあって見張る目はあったが、それにしても穏やかな場所だった。ちゃんと人の暮らす場所だ。今日は両親だけでなく、自慢の家族皆に会わせてもらったのだ。
「お前が育った家だと思えば、道理だったな」
 そう返せば実に嬉しそうに笑って身が寄せられる。寄り添い、赤い葉が揺れるのに誘われるようにしてまた歩き、彼の生家の美しい景色を眺めた。
「……アオギリ、渡したい物が」
 離れてしまう前に袖を引かれ――もみじの一葉のように取り出され掌に乗る朱色を見た。彼の指で解かれて広がる、細く織られた布の帯。長さは然程ないが、目の詰まったしっかりとした布のようだ。
 あの服はあれ以来見ていないが、鮮烈に印象づいていた。彼が身に着けていたのと同じ色だ。
「儀礼を行った農地では目印にしていた幣を裂いて農具に巻いておくそうです。武人の方だと、剣なども飾るんでしょう。……やっぱりこれが一番、貴方が私のものになったと知れるかなと」
「なら、こうかな」
 佩いた剣を持ち上げ柄を示す。そういう物ならばここに、と教えて促せば、幣を真似た一筋が巻きつけ結わえられる。
 秋の木々のように俺も染められる。そう思うとなんとも照れ臭くて、触れられたのでもないのに擽ったい。しかし大層嬉しい。きつく結び終えた彼も甚く満足そうだ。
「派手で目立ちますが、……こういうのはそれくらい主張しておいたほうがいいですよね」
「心強い。……汚しそうで心配だ」
「では毎年新しい物にしましょう」
 笑い合い、少し離れてその見目を確かめてまた頷く。あまり色の無い装いの中ではさぞ目立っていることだろう。俺は少し落ち着かない。他の者にもすぐ気づかれるに違いなく、どんな態度でいればよいか今から考えさせられる。
「風も穏やかですし、食事はこちらに用意してもらいます。そろそろマユミさんたちも呼びましょうか」
 ……もうそんな頃か。楽しい時間は過ぎるのが早い。
 提案に異論はないが。ただもう少し二人で居られるよう、今日の希望を一つ切り出した。
「では……その間にお前の部屋も見せてもらえると嬉しいんだが」
 ススキは一層に笑みを深めて頷いた。今は彼の裾だけが揺れている。
「片づけてありますので、どうぞ」
 宮の奥へ上の階へと導かれ、自室に通されれば期待したとおり彼の趣味や日々の過ごし方が窺えた。淡く香の匂いがする、どことなく深く落ち着いた色調が好みなのが分かる部屋で、華美なところはないし片付いてはいるが机の上に物が多い。曰く、絵や文を書く用意に紙が溜まり、文はともかく描いた絵も溜まり。筆も墨も硯などの道具も増える。俺はこれまで中身のほうばかり気にしていたが――思い返せば、彼の手紙は確かに紙も毎度違ってよい物が使われていたように思える。
 黒くて八つ足の黒脚コキの形をした香炉が置かれた棚にも、水注みずさしや文鎮らしき物が幾つか並んでいた。華やかな絵付きの陶器、細かく花の枝を模した鋳物、渋く控えめな色形――彫りが無く磨かれただけの石もある。
「普段使うのは大体同じになりますから、そっちのほうはほとんど飾りです。今は今年の土産で貰った物です」
 眺めているとススキが言う。納得した。
「ああ、それで雰囲気が違うのか。渡す人の趣味か、国風かな」
「仕舞っているのを出せば本当に国中の品々がありますよ。見せたいけど、箱一杯あるし時間のあるとき……ああ、応接間に並んでる茶碗や皿は見ました? あれは州ごとに並べてあるんです」
 そっちのほうは確かに立派な棚にずらと並んでいた覚えはあるが。凄い数があったことくらいしか思い出せない。自分に出された茶の器だって何色をしていたか。多分青磁だった。
「……さすがにそこまで見る余裕がなかったな」
「では後でもう一回覗いていきますか。別のところに置き物の棚なども作ってあるんですが、そっちは何が何だか……」
 あれこれ教えて案内してくれるススキは楽しそうだ。彼の部屋のより深く、仕舞われた土産物や描き溜めた絵など、もっと色々と見せてもらうのは本当に切りがないのでまたの機会にということになったが、そういえばと思い聞いてみればやはり毎年の行脚の通行手形も残されており、それはすぐ出ると見せてくれた。十四もある。束ねてあると大きさの割に重く感じられた。
 鳴杖が鳴らされ、朱色の裾が靡く様を思い出す。
 毎年、こんなにも歩いたのだなあと思うと労い褒めたくなって、そろそろ離れねばならないのについ、肩を抱いた。

 数度そうした逢瀬を重ねて年明けに呼ばれた。御前に参じて宰相を通じ、戦事に関する諸々の問いに答えて意見を述べ、ススキとの婚姻を願う意思が変わらぬのを申し上げた。
「将軍、あと十の功を積めるか」
 やがて帝の声が直接問うたのには、即座に答えた。
「百でも。この身ある限り、御身が為に働く所存にございます」
 それはこの地位と剣を賜ったときとも変わらない。機会が与えられるならばやろう。それが武官の務めだ。
 玉座、純白の御帳の向こうで帝が笑ったのが分かった。
「金の尾のススキも同じことを申した。何処までも歩きコンヨの為に尽くすと……」
 元より穏やかな声音の方が幾分柔く呟く。彼なら言うだろうなと思った。へつらうでもなく、あれもそういう男だ。
 一呼吸、置いて。声は少し大きく、張って響いた。
「許そう。忠臣の祝いごとなら余も祝おう。祝言を挙げるによい日取りを占わせよう」
 煌々、元より灯の多く鏡も置いて明るい部屋が一層明るく照ったような心地がした。宰相たちも重々しく頷いた。
「――陛下、――有難う存じます。必ずや我ら、御身とコンヨの為に」
 湧き上がる歓喜を一度抑え、震える息を整えて叩頭する。――下がったときには剣を飾る朱色を握りしめていたし、そのまま浮き立つ足で垂穂宮に向かってススキを呼び出し、快哉の声を上げ抱き合って喜んだ。何年でも通うつもりではあった、許されなくともとは思っていたが、許されるならば当然嬉しい。それもこんなにも早く。帰り際、姫宮からもこの機をけっして逃さぬよう万全に努めよとのお達しがあった。
 エンジュとは年賀より多く酒を飲んだ。気を抜くなと小言をくれた母も父への報告として献杯し甕を乾した。
 このことは後日改めて文書でも達され、公表もされた。ススキも、俺も、これまで真面目に務めてきたことがよかった。掻き集めて示すまでもなく今までの成果があった。特に行脚で巡った地、イン州の田畑が昨年大豊作だったことも後押ししたらしい。
 今後俺が垂穂宮に通うのに制約はなく、ススキは婚儀の後には月ごと、三日間をシマの家で過ごすことが許可された。まずその体裁をとる為に三月限りとは言うが――上手くやればその後も続いて、もっと日を増やすこともできるかも知れない。別にこのまま宮に通ってもいいのだが、ただススキが喜ぶと思えばできる限りのことをやっていきたかった。
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