こがねこう

綿入しずる

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十一歩 遊ぶ(後)

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「――イタドリ君、将軍やマユミさんは何が好きか知ってます?」
 話しかけるので、イタドリが横に並んで俺たちは案内と共に後ろについた。買い食いは任せるとして、留守番への土産の目星をつけながら歩く。
 あれこれと見聞きする先に気をとられながらも迷わず、少し行けばススキは辺りに漂っていた匂いの源らしい、餅を焼いて売っているのを見つけて指差した。
「ん、美味しそうですね、やっぱりまずあれにしましょう。――皆さんはそのへんで待っててくださいな、シチをお願いします」
 その指先は次には俺の袖を摘まんで引いた。呆気にとられるほどの自然な所作。軽い声音で紡ぎ――マユミやイタドリが何か言い出して話が拗れる前に頼みきり、そのまま俺を連れていく。少々混んだ店先に寄って離れた三人と岩偶に手を振り笑い、向こうを見たままに呟いた。
「見てる見てる。何も見逃してはもらえませんね」
 俺も目を向けて――溜息が出る。見ていると言うのは岩偶のことなどではない。あっちも何か話しているが、寄越されるマユミの視線はあからさまだ。分かりやすくやっているのだろう。
「……すまんな。あれもお前のことを……なんだ、悪く思っているわけではないんだ」
「分かっております。きっと困らせるなあと……分かってはいるんですこれでも。でも折角なので少し気分を味わってみたくて、見える範囲で」
 はっきり深く頷き、ぽつぽつと零すのにはなんと返してやったらよいのか分からなくなる。部下や役人の目もあって、そうでなくとも俺が目立つ。こんなところではさすがに言葉の代わりにと触れることもできない。それでも彼は微笑んで言葉を繋げた。
「……正直、人が多いのを見たときは、乗じて貴方と二人だけになる算段をしないでもなかったんですが――怒らないでくださいな、ちらっと考えただけですよう」
 少し進んで俺の陰に入り、より潜め囁くほどの声量で呟く。急に怪しい言い方をするのに眉を寄せると視線は上がってきた。
「でも貴方ときたら本当に見失うことがなさそうで、すぐ諦めがつきました。貴方はそうでした、大きくってどこからでも見える。待ち合わせの目印にもなるくらい。そういうところがなんだかいいんですよね」
 ――市場の喧騒に忍ばせ打ち明けてくる、残念がるより喜ぶ口振りにまた惑う。大きいのがいいのだろうか。変わった趣味……ということもなかろうが、そう言う者にはしかし俺ほど大きくなくてもいいなどと付け足し冗談めかされたものだ。
 考えながら見下ろしていると今日の恰好ではあの珍しい金の髪に気を取られない分、顔の作りのみが際立って見えた。騒々しいほどに人の動きや声が絶えず、少し煙たく物を焼く匂いが漂う場には不釣り合いでもある端正な顔立ち。淡い褐色の瞳は俺を見据えているのがよく分かる。伏せられた。上向いていた鼻先も、顔ごと、すいと餅を焼くほうへと向けながら笑う。
「……あまり見つめられると照れます」
「お前がそういうことを言った」
「いくつ食べますか? イタドリ君も一本じゃ足りないかな」
「イタドリも俺も一本でいい」
 はぐらかすといつものように声がはっきりして勢いがつく。ここは自分が出すとススキが主張したのでさっき言ったようにその気持ちに甘えることにして、幾分不慣れな支払いを見守った。
 炙った串餅に塗ってあるのはやはり味噌らしい。湯に浸して味噌を溶いて食う者も居たが、食べやすさをとってそのまま貰う。串を五人分、二人で両手に持って連れが待つほうへと戻るのは逆に据わりが悪いほどに平和な気分だ。将軍と金の尾のする振る舞いではない。俺の体格がもっと普通なら場に馴染んだだろうか。
「お待たせしましたー、はいどうぞ。マユミさんも、そちらの方も」
「すみません、ありがとうございます、頂きます」
 そう呼びかけて真っ先にイタドリへと押しつける姿も、多くが思う金の尾の雰囲気とは異なるだろう。もっと静かで神秘的な存在だと、初対面のときには俺も思っていたのだが。串を一つ手渡した役人はまだ慣れないような顔で頭を下げた。
「彼の奢りなので心して食え」
「ご利益ありそうですね――ご馳走様です」
 目を合わせてくるマユミに一言添えると彼は微妙な顔で笑った。ちゃんと、何も怪しいことは無かったのを見ていただろうし、この場では小言も出ない。
「さて、いたのも焼いたのも売ってる方ですが」
「ん。美味いな」
 齧った餅は香ばしくて甘じょっぱい。まだ熱く、思ったより柔かった。
 ――食い終えればまた少し見物して、あれこれと話を聞いたり買って食ったりして遊ぶ。先に戻ってきたミツマタに追加で餅を買い、茶売りも回ってきたのでその分は俺が出して飲んだ。目ぼしいところは見て回り、土産に買った干柿を提げて歩くうち、賓館で給仕してくれた者が買い出しに来ているのも見かけて頭を下げられる。今日の食事も豪勢にしてもらえそうな買い込みだったので、土産はそれに留めた。
 柱のほうへと戻る道、見覚えのある服の後ろ姿を見つけて目を凝らす。女たちはまだ買い物の最中だった。皆で向かっていけばまずミズヒキが気づいた。
「――すみません、お待たせしてますか? さっき見たときはまだ居られなかったものですから……」
「いや、見えたから来ただけだ。化粧か」
 身を寄せ合っていたのは小間物屋の前だ。そういう売り物は他にも見たが、人通りの多いこの場所にしっかりした店を広げているので売れている商人のものだろう。普段に使うような雰囲気の物も含めて品数は多く、他にも客が居た。女たちの目当ては白粉やら紅やら、そのへんのようだ。
「セキボクから持ってきてるそうで」
「質がいいとか、何とか、かんとか」
 付き添っていた護衛の男二人が肩を竦める。彼らは顔に何も塗らないようなのでついていけないという様子だった。大きい荷物は特に見えないが、方々連れまわされたことは察しがつく。疲れが隠せていない。彼らにも茶か何か奢るべきだろう。
「セキボクの店ならあっちでも寄る暇あるんじゃないか?」
「無いかも知れないし、……やっぱり今要るわね」
「買っちゃいましょう。私も買います」
 マユミが一つ手に取って呟き――ナラとアズサ殿がすっかり仲のよい様子で色など選び始めるのを眺めて、これはまだかかりそうだと彼も頷いた。まだ昼だ。急いでもいないから好きにすればいい。
「代わろう。先に茶か湯でも飲んでいればいい」
 小銭を握らせて交代を告げるとセンリョウは顔を明るくした。彼らに代わって商人の売り文句に相槌を打って、都の品と見比べる。旅の最中には荷物も増やせぬと皆買うのを控えているが、セキボクに至れば進路は都に向く。家への土産物も考える頃ではあるなと、それなりに聞いた。
 まずミズヒキとイチイが買ったところで、ふと横目にするとススキも何か紙の包みを荷袋へと押し込んでいるのが見えた。そういえば会話に入ってこなかった。何か買うやりとりをしたのはちらと聞こえた気もする。
 並ぶ売り物を見渡し確かめれば、多分これだろうという品はすぐに見つかる。
 ススキの立つ前の箱には房薬ぼうやくが幾つか並んでいる。交合で用いる、精をつける薬や香の類、避妊薬。一番質素に花の絵を描いた灰色っぽい紙に包まれているのは水に溶いたり口でふやかしたりして使う糊だ。賓館の部屋にも備えてあるのを何度か見たありふれた品。
 それ自体はありふれた物だ。俺も使うし、彼も大人なのだからどうこう言うものではない、だろうが――この不意打ちを意識するなと言うのは無理がある。
 奥歯を噛みしめて、なるべく静かに息を吸った。俺が気づいたことに彼は気づいたかどうか、紅の色を決めかねる巫に寄っていって、そちらの色が似合うなどと最後の一押しをし始めた。また算盤を弾く音がする。
「……一休みして帰るか。そっちは何か食べたか」
「餅が美味しかったですよ。まだ売ってるかな」
 とりあえずは見なかったふりで、買い物が終わる雰囲気に声をかけるとススキも何事もなかったかのように乗ってくる。柱の袂で芸人が客を寄せ始めて、皆そちらに気を取られたのは幸いだった。
 外出の仕上げのように獣の傀儡くぐつを操るのを観て、楽しんで帰るまではよかった。賓館に戻ってからのほうが気になった。聞いてしまうのはさすがに行儀が悪い、色気も無い。まずそんな話をする隙が無い。あれは隠れて買っていたと思うし……それとももしや見せて誘われたのか。どちらともとれる気がする。考えるほどに分からなくなって迷った。
 夜にはセキボクや隣村から出向いてきた役人との打ち合わせもして、その間だけは多少思考が流れたが――それでススキと向き合う都合はつけられず終わったので、寝る頃には再び悶々としはじめた。
 今日はすぐ部屋に入っていった彼はまだ起きているか、何をして過ごしているかと考えるのに実に具体的な欲求がついてくる。いっそ俺も何か買っておけばよかったかと思いながら下穿きを緩めた。寝つくには一度擦って出し、熱を鎮める必要があった。
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