EAT ME DRINK ME

綿入しずる

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 貨物船が来ると俺の部署は忙しい。いつものことだから、それ自体はどうってことない。やあ忙しいな、と思うだけだ。でもそれで昼食の時間が遅れて、急いで、半分走って店に来たのにランチメニューの看板を片づけている彼が見えたときは本当にがっかりした。自分がしおれていくのが分かる。
 は、と上がった息がそのまま溜息になる。彼がこちらを見て動きを止める。チキンのローストという文字が見えた。呻き声が出そうだった。ぱりっと焼かれたあれもすごく好きなのに。残念だ。残念で仕方がない。泣きそうだ。
「……昼、もう終わり?」
 未練がましく聞くとふと頬を緩めて笑われた。俺はそんなに情けない顔をしているだろうか。しているかも。だって本当にショックなのだ。
 此処の飯が食えないのも、客として堂々と座って彼の姿を眺めていられないのも。毎日この為に頑張って働いて、楽しみにしているのに。
「――甘い物でもいいかな? ブレッド・プディングなら出せるけど。まかないっていうか」
 しょげていたら、天から降ってきたかの声がした。プディング、と彼がもう一度繰り返した。
「ああ、大好物だ。欲しい」
「紅茶もいる?」
「ぜひとも」
 彼がまた笑った。ローストチキンじゃなくても、ランチメニューじゃなくても、まかないでも――っていうかそんな特別むしろ嬉しすぎる。ブレッド・プディングが好物なのも本当だ。頑固なおっさんたちは甘い物が飯になるかと言ったりもするが、俺はなる。
 よしよし任せなと肩を抱いた彼が、俺をカウンターの真ん中に座らせて、帽子を被り直す。その姿に見惚れた。
 それからは静かな店で二人きり、紅茶の香りと甘い香りが漂う素晴らしい時間だった。俺は特等席で一切隠さず彼を眺めていた。
「忙しいの?」
「貨物が来たから」
「ああそっか、九日だもんな今日。……急いで戻らなくても平気?」
「休憩はちゃんととれる。――まだ全然、平気だ」
 プディングをオーブンに入れたところで彼が淹れてくれた熱い紅茶を飲みながら、ぽつぽつ話す。彼も一緒にカップを傾けているのがまた特別でそわつく。店の中なのにこんなのいいんだろうか。ただ紅茶を飲んでいるだけなのにそういう空気になってしまっている気がする。食後にもたまに貰う落ち着ける味の一杯は、今日は特別うまい。
 そして、時計ではなくオーブンが時を知らせる。黄金色のまかないが取り分けられる。いつもの青い縁取りの皿に乗って出てくる、出来立て熱々のプディング。干し葡萄が入っていて、カラメルソースまでかかっている。
 そして、ちゃんと旗が刺さっている。急ごしらえしたような、真っ白な、何も描いていない無地。
 確かめるように彼を見上げると黙って畏まった雰囲気で頷かれた。ああ神様。ありがとうございます。今日この為に頑張りました。――午後もあるが。午後も頑張れる。
 まず白い旗のピックをよけて、一口頬張る。ほかほかのふわっふわで、でもじゅわりとしてよく染みていて、絶品だ。卵とカラメルソースのコクが堪らない。まかないとは思えない美味さ。甘さが疲れに効く。パンの耳のところが一番美味い。さっきとは違う意味で涙が出そうなほどだった。
「うまい……」
「どうも」
 言いながら、今日は彼も食べる。うんおいしいと自信を持って頷く。彼は料理に関して謙遜はしない。胸を張って、最高のやつだと言って出してくるから信頼できる。
 食べて、紅茶を一口飲むともっとうまい。こんなのティータイムにちょこっとだけじゃ勿体ない。そうしてがっついていれば、空腹が満ちてきて余裕ができる。
「――ごめん、貴方の昼食減らしたよな」
「俺はこの後また食べれるから平気さ」
 旗が相変わらず真っ白で、実はグレーやアイボリーだったとかいう罠ではないことも確かめつつ。一口、また一口、噛み締める。
「こういうのも店で出せばいいのに。前に作ってもらったパンケーキも美味かった」
「……メニュー増やすと置いておく材料も増やさなきゃならないし、昼時に甘い物って人は少ないし」
「だよなあ」
 食べ終わりもう一杯紅茶を貰うとさすがに職場に戻らなければいけない頃合いで、名残惜しく感じながらも立ち上がった。いつものランチの金額を押しつけ、カランと鳴るベルの下、振り返る。目配せして言う。
「じゃあ、今晩」
「待ってる」
 確かにそう聞こえた。白い旗は手帳に挟んで、意気込んだ。
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