EAT ME DRINK ME

綿入しずる

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 雨の日はやはり客が少ない。やってきたフラッグの中もいつもより静かで、緩い空気が流れていた。相変わらずいい匂いがする。今日はブラウン、デミグラスソースの香りだ。
 この前と同じ席に座って注文を告げて待つ。彼が動く靴音や包丁の音もはっきりと聞こえる。心地いい音だ。
 ニンジン色をしたバターライス、ごろごろと大きめのミートボールと森キノコの煮込み、タット菜のビネガーサラダの添えられた一皿に、今日のスープは塩味のエビ。メインは作り置きなので、野菜を切ってサラダをあえるだけですぐに出てきた。彼の手さばきをあまり見られないのは残念だ。丸く盛られたライスに刺さっていた旗も、三角形に星印の可愛らしいものだった。雨だからなんとなく、期待したんだが。
「いただきます」
 でもそんな残念さや思考も食事が始まれば吹き飛んでしまう。彼の料理にはそういう力がある。
 一口で頬張ったミートボールは纏っているソースに出てきた肉汁が混じって素晴らしいうまさだ。勿論、優しい味付けのライスともよく合う。
「相変わらず大きい口だね。熱くない?」
 いただきます、が過ぎてスプーンが動いても前から去らない気配。楽しそうな彼の声が言う。今日は暇だから、話し相手をしてくれるらしい。
「あっついけどうまい」
 口を押さえながら急いで答えると、へらと笑った。そうすると太い眉が下がるのを、俺は知ってる。今は帽子で見えないが。
「それはなにより」
「なかになんか入ってる?」
「中にもキノコを少し。出汁が出て旨味や風味が強く感じられる。あとふやかしたパンを入れるとそれがまた水分を保ってくれて味も食感もよくなるんだ」
 褒めても普通に喜ぶが、質問したほうが楽しそうだ。彼は料理の話を振ると饒舌になる。
 改めて聞くと、そもそもミートボールがどう作られているのか、俺はよく知らないことに気がついた。普通は肉だけ丸めるものなんだろうか。何にしてもパンを――そのまま食える物をこれに入れてしまうというのは本当に、手間がかかっている。料理店だからだといえばそうなんだろうが。うまい料理を作れる人は素敵な人だ。素晴らしいことだ。
「うまい」
 彼の料理はとっても素晴らしいが、料理に夢中になるあまり俺の口からはあんまり褒める言葉が出てこない。それでも彼は嬉しそうだった。うまくて、かわいくて、俺は忙しい。
「よかったよかった。多めに盛ったかいがある」
 盛りがいいと思ったら大盛りなのか。丁度サラダで口が塞がってしまったので聞き返すように見上げると、ウインクが返ってきた。
「客足が悪くて余りそうだからね、本日はサービスです」
 俺に? と思ったが、きっと皆にだろう。向こう端のミートグラタンとパンのセットもたっぷりに見えるから。ああやっぱり、あれも美味そうだ。
 皿を洗い始めた彼の背を眺めつつ、横目に、俺は他の奴の旗も確認してしまう。俺と同じ星印の旗だった。それに安心する。

 真っ白な旗が刺さっているときは、今晩家にこないか? の合図。
 了解の返事は旗を持ちかえること。

 彼とは前に、そんな約束をした。そういう界隈に出入りしてるときに男と宿に入る彼を見かけて、後日こっそりと、俺じゃダメだろうかと持ちかけてみた。閉店後に彼の家で彼を抱いた。見た目が好みなだけじゃなく体の相性もよくて、すぐ夢中になった。彼も悪くなかったみたいで、また、と言ったら頷いて旗の提案をしてきた。
 以来俺は、昼夜と店に訪れては、白い旗のピックを待っている。
 もしかしたら、他の男とも約束をしてるのかも。前見た奴とか――どんなだったか覚えてないのが惜しい。ここの客に居るのかもしれないのに。そう思うと顔なじみの面々以外は皆ライバルに見える。今のところ、他に白い旗をもらっている奴は見たことがないが。
 でも真っ白というのも俺がそうなだけで、他の奴とは違う旗だったりして。青も、赤も黄色も怪しく思える。
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