2 / 4
▽
しおりを挟む
雨の日はやはり客が少ない。やってきたフラッグの中もいつもより静かで、緩い空気が流れていた。相変わらずいい匂いがする。今日はブラウン、デミグラスソースの香りだ。
この前と同じ席に座って注文を告げて待つ。彼が動く靴音や包丁の音もはっきりと聞こえる。心地いい音だ。
ニンジン色をしたバターライス、ごろごろと大きめのミートボールと森キノコの煮込み、タット菜のビネガーサラダの添えられた一皿に、今日のスープは塩味のエビ。メインは作り置きなので、野菜を切ってサラダをあえるだけですぐに出てきた。彼の手さばきをあまり見られないのは残念だ。丸く盛られたライスに刺さっていた旗も、三角形に星印の可愛らしいものだった。雨だからなんとなく、期待したんだが。
「いただきます」
でもそんな残念さや思考も食事が始まれば吹き飛んでしまう。彼の料理にはそういう力がある。
一口で頬張ったミートボールは纏っているソースに出てきた肉汁が混じって素晴らしいうまさだ。勿論、優しい味付けのライスともよく合う。
「相変わらず大きい口だね。熱くない?」
いただきます、が過ぎてスプーンが動いても前から去らない気配。楽しそうな彼の声が言う。今日は暇だから、話し相手をしてくれるらしい。
「あっついけどうまい」
口を押さえながら急いで答えると、へらと笑った。そうすると太い眉が下がるのを、俺は知ってる。今は帽子で見えないが。
「それはなにより」
「なかになんか入ってる?」
「中にもキノコを少し。出汁が出て旨味や風味が強く感じられる。あとふやかしたパンを入れるとそれがまた水分を保ってくれて味も食感もよくなるんだ」
褒めても普通に喜ぶが、質問したほうが楽しそうだ。彼は料理の話を振ると饒舌になる。
改めて聞くと、そもそもミートボールがどう作られているのか、俺はよく知らないことに気がついた。普通は肉だけ丸めるものなんだろうか。何にしてもパンを――そのまま食える物をこれに入れてしまうというのは本当に、手間がかかっている。料理店だからだといえばそうなんだろうが。うまい料理を作れる人は素敵な人だ。素晴らしいことだ。
「うまい」
彼の料理はとっても素晴らしいが、料理に夢中になるあまり俺の口からはあんまり褒める言葉が出てこない。それでも彼は嬉しそうだった。うまくて、かわいくて、俺は忙しい。
「よかったよかった。多めに盛ったかいがある」
盛りがいいと思ったら大盛りなのか。丁度サラダで口が塞がってしまったので聞き返すように見上げると、ウインクが返ってきた。
「客足が悪くて余りそうだからね、本日はサービスです」
俺に? と思ったが、きっと皆にだろう。向こう端のミートグラタンとパンのセットもたっぷりに見えるから。ああやっぱり、あれも美味そうだ。
皿を洗い始めた彼の背を眺めつつ、横目に、俺は他の奴の旗も確認してしまう。俺と同じ星印の旗だった。それに安心する。
真っ白な旗が刺さっているときは、今晩家にこないか? の合図。
了解の返事は旗を持ちかえること。
彼とは前に、そんな約束をした。そういう界隈に出入りしてるときに男と宿に入る彼を見かけて、後日こっそりと、俺じゃダメだろうかと持ちかけてみた。閉店後に彼の家で彼を抱いた。見た目が好みなだけじゃなく体の相性もよくて、すぐ夢中になった。彼も悪くなかったみたいで、また、と言ったら頷いて旗の提案をしてきた。
以来俺は、昼夜と店に訪れては、白い旗のピックを待っている。
もしかしたら、他の男とも約束をしてるのかも。前見た奴とか――どんなだったか覚えてないのが惜しい。ここの客に居るのかもしれないのに。そう思うと顔なじみの面々以外は皆ライバルに見える。今のところ、他に白い旗をもらっている奴は見たことがないが。
でも真っ白というのも俺がそうなだけで、他の奴とは違う旗だったりして。青も、赤も黄色も怪しく思える。
この前と同じ席に座って注文を告げて待つ。彼が動く靴音や包丁の音もはっきりと聞こえる。心地いい音だ。
ニンジン色をしたバターライス、ごろごろと大きめのミートボールと森キノコの煮込み、タット菜のビネガーサラダの添えられた一皿に、今日のスープは塩味のエビ。メインは作り置きなので、野菜を切ってサラダをあえるだけですぐに出てきた。彼の手さばきをあまり見られないのは残念だ。丸く盛られたライスに刺さっていた旗も、三角形に星印の可愛らしいものだった。雨だからなんとなく、期待したんだが。
「いただきます」
でもそんな残念さや思考も食事が始まれば吹き飛んでしまう。彼の料理にはそういう力がある。
一口で頬張ったミートボールは纏っているソースに出てきた肉汁が混じって素晴らしいうまさだ。勿論、優しい味付けのライスともよく合う。
「相変わらず大きい口だね。熱くない?」
いただきます、が過ぎてスプーンが動いても前から去らない気配。楽しそうな彼の声が言う。今日は暇だから、話し相手をしてくれるらしい。
「あっついけどうまい」
口を押さえながら急いで答えると、へらと笑った。そうすると太い眉が下がるのを、俺は知ってる。今は帽子で見えないが。
「それはなにより」
「なかになんか入ってる?」
「中にもキノコを少し。出汁が出て旨味や風味が強く感じられる。あとふやかしたパンを入れるとそれがまた水分を保ってくれて味も食感もよくなるんだ」
褒めても普通に喜ぶが、質問したほうが楽しそうだ。彼は料理の話を振ると饒舌になる。
改めて聞くと、そもそもミートボールがどう作られているのか、俺はよく知らないことに気がついた。普通は肉だけ丸めるものなんだろうか。何にしてもパンを――そのまま食える物をこれに入れてしまうというのは本当に、手間がかかっている。料理店だからだといえばそうなんだろうが。うまい料理を作れる人は素敵な人だ。素晴らしいことだ。
「うまい」
彼の料理はとっても素晴らしいが、料理に夢中になるあまり俺の口からはあんまり褒める言葉が出てこない。それでも彼は嬉しそうだった。うまくて、かわいくて、俺は忙しい。
「よかったよかった。多めに盛ったかいがある」
盛りがいいと思ったら大盛りなのか。丁度サラダで口が塞がってしまったので聞き返すように見上げると、ウインクが返ってきた。
「客足が悪くて余りそうだからね、本日はサービスです」
俺に? と思ったが、きっと皆にだろう。向こう端のミートグラタンとパンのセットもたっぷりに見えるから。ああやっぱり、あれも美味そうだ。
皿を洗い始めた彼の背を眺めつつ、横目に、俺は他の奴の旗も確認してしまう。俺と同じ星印の旗だった。それに安心する。
真っ白な旗が刺さっているときは、今晩家にこないか? の合図。
了解の返事は旗を持ちかえること。
彼とは前に、そんな約束をした。そういう界隈に出入りしてるときに男と宿に入る彼を見かけて、後日こっそりと、俺じゃダメだろうかと持ちかけてみた。閉店後に彼の家で彼を抱いた。見た目が好みなだけじゃなく体の相性もよくて、すぐ夢中になった。彼も悪くなかったみたいで、また、と言ったら頷いて旗の提案をしてきた。
以来俺は、昼夜と店に訪れては、白い旗のピックを待っている。
もしかしたら、他の男とも約束をしてるのかも。前見た奴とか――どんなだったか覚えてないのが惜しい。ここの客に居るのかもしれないのに。そう思うと顔なじみの面々以外は皆ライバルに見える。今のところ、他に白い旗をもらっている奴は見たことがないが。
でも真っ白というのも俺がそうなだけで、他の奴とは違う旗だったりして。青も、赤も黄色も怪しく思える。
0
お気に入りに追加
3
あなたにおすすめの小説
【短編】乙女ゲームの攻略対象者に転生した俺の、意外な結末。
桜月夜
BL
前世で妹がハマってた乙女ゲームに転生したイリウスは、自分が前世の記憶を思い出したことを幼馴染みで専属騎士のディールに打ち明けた。そこから、なぜか婚約者に対する恋愛感情の有無を聞かれ……。
思い付いた話を一気に書いたので、不自然な箇所があるかもしれませんが、広い心でお読みください。

【完結】ぎゅって抱っこして
かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。
でも、頼れる者は誰もいない。
自分で頑張らなきゃ。
本気なら何でもできるはず。
でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

ポンコツアルファを拾いました。
おもちDX
BL
オメガのほうが優秀な世界。会社を立ち上げたばかりの渚は、しくしく泣いているアルファを拾った。すぐにラットを起こす梨杜は、社員に馬鹿にされながらも渚のそばで一生懸命働く。渚はそんな梨杜が可愛くなってきて……
ポンコツアルファをエリートオメガがヨシヨシする話です。
オメガバースのアルファが『優秀』という部分を、オメガにあげたい!と思いついた世界観。
※特殊設定の現代オメガバースです
執着攻めと平凡受けの短編集
松本いさ
BL
執着攻めが平凡受けに執着し溺愛する、似たり寄ったりな話ばかり。
疲れたときに、さくっと読める安心安全のハッピーエンド設計です。
基本的に一話完結で、しばらくは毎週金曜の夜または土曜の朝に更新を予定しています(全20作)
2度目の恋 ~忘れられない1度目の恋~
青ムギ
BL
「俺は、生涯お前しか愛さない。」
その言葉を言われたのが社会人2年目の春。
あの時は、確かに俺達には愛が存在していた。
だが、今はー
「仕事が忙しいから先に寝ててくれ。」
「今忙しいんだ。お前に構ってられない。」
冷たく突き放すような言葉ばかりを言って家を空ける日が多くなる。
貴方の視界に、俺は映らないー。
2人の記念日もずっと1人で祝っている。
あの人を想う一方通行の「愛」は苦しく、俺の心を蝕んでいく。
そんなある日、体の不調で病院を受診した際医者から余命宣告を受ける。
あの人の電話はいつも着信拒否。診断結果を伝えようにも伝えられない。
ーもういっそ秘密にしたまま、過ごそうかな。ー
※主人公が悲しい目にあいます。素敵な人に出会わせたいです。
表紙のイラストは、Picrew様の[君の世界メーカー]マサキ様からお借りしました。


侯爵令息セドリックの憂鬱な日
めちゅう
BL
第二王子の婚約者候補侯爵令息セドリック・グランツはある日王子の婚約者が決定した事を聞いてしまう。しかし先に王子からお呼びがかかったのはもう一人の候補だった。候補落ちを確信し泣き腫らした次の日は憂鬱な気分で幕を開ける———
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
初投稿で拙い文章ですが楽しんでいただけますと幸いです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる