4 / 145
一章 邂逅編
4
しおりを挟む
店員が注文したコーヒーをテーブルの上に置いたのを見て、一賀課長が私に質問した。
「町中さんは、休日出勤をした事はあるかな?」
「休日出勤……ですか?」
「明日もし空いていたらでいいんだけど、休日出勤をお願いしたいんだ」
一賀課長が申し訳無さそうに言う。
明日は土曜日だ。
私が所属する総務部は鍵の管理をしており、鍵を必要とする部屋を使用する際には、総務部の人間が記録の上、鍵の貸し出し管理を行う。
休日にそういった部屋の使用予定があれば、総務部の人間が誰か一人、休日出勤しなくてはならない事になっている。
社内で休日出勤するのは一賀課長がいる営業事業部くらいで、使用するのは大抵が会議室。そして会議室の鍵の管理は総務部だった。
休日に会議室を使う時は、いつもなら二、三日前には営業事業部より事前申請があり、それに合わせて総務部内で持ち回りで社員が休日出勤をしている。
今週の土曜日に鍵の使用の申請は無かったから、明日、総務部で出勤する人はいなはずだ。
一賀課長が総務部の私に休日出勤をしてほしい、という事は、急に会議室を使う事になったのかもしれない。
総務部の他の社員は今頃二次会だし、一賀課長が捕まえられたのが総務部の下っ端とはいえ私しかいなかったのだから……ここは出勤するしかなさそうだ。
「明日でしたら大丈夫です」
「そう、良かった」
一賀課長はそう言って、カバンから一通の封筒を取り出した。
その封筒の中に入っている二つ折りの紙を取り出し、私に見えるようにテーブルに置く。
それはまるで、兄宛てに届くパーティーの招待状と形状が似ているような……
「明日、取引先のパーティーなんだ。これに一緒に来てもらいたい。悪いけどよろしくね。急に行く事になったから他の社員が捕まらなくてね」
長い指がテーブルに置かれた紙ーーーすなわちパーティーの招待状をトントンと叩く。
「……あの、聞いてもいいですか?」
「なにかな?」
「明日は会議室を使うのでは?」
「使用しないし会社には出ないよ」
「休日出勤って、会社に出勤ではなくてパーティーに参加って事ですか?」
「パーティーは夕方からだけど、……ああ、もちろん休日出勤の手当てはつくよ」
「それはありがたいんですが、いえ、そうではなく……」
パーティーなら何度か出た事がある。
それも兄の篤のパートナーとして、だ。
正真正銘血の繋がった妹だけれど、円乗寺家の人間ではないので妹とは紹介出来ないし、するつもりも篤にはない。
なので、いつも私の素性を聞かれると、親戚の子です、で押し通している。嘘はついていない。
私をパーティーに連れて行く目的は、決して私の結婚相手を見つけるためでも社交界に入れたいとの思惑があるわけでもない。
女除けだ。
篤が恋人扱いのふりをするわけでもないけれど、一緒にいるだけでそういった誤解がされるのをわかっていて、あえて私を連れていく。
迷惑この上ないが、兄孝行のつもりで時々付き合ってあげている。
パーティーに誰かと出席する、という事は、そういう誤解を招く。
独身の優良物件なら特にだ。
……と、そこまで考えて、一賀課長にはパートナーとして来て欲しいとは言われていないと気がついた。
そうだ。皆が皆、篤のように妹を虫除けに使うような鬼畜じゃない。
それに仕事なのだ。
営業事業部の他の人間も一緒に行くだろうし。
「一賀課長と私以外に、他はどなたが行くんですか?」
「他は誰も行かないよ。なぜ?」
なぜ? って、なぜ。
聞きたいのはこっちだ。
確かに、急に行く事になって他の社員が捕まらない、とは言っていたけど、まさか二人だけで行くとは思わなかった。
仕事だから、パートナーというわけではなくて、アシスタント的なポジションになるのだろうか?
テーブルの上の招待状に記載されている場所は一流ホテルだ。小規模なパーティーであるはずがない。
取引先にいる女性たちだけでなくとも、課長狙いの女性なら沢山いそうだ。
一賀課長ならパーティーに参加するのは初めてではないだろう。そもそも営業事業部の課長なのだし。
だから、仕事とはいえ異性と二人だけでこの手のパーティーに出席する意味を知らないはずがない。
そう考えながら課長を見ると、目が合う。
他意はありませんよ、みたいな白々しい笑みが返ってきた。
……だから私は察した。
あ、これは女除けだ。鬼畜はここにもいました。
そもそも、他部署とはいえ上司に休日出勤を命じられて断れるはずがない。
綺麗な顔で申し訳なさそうに言われたからつい騙された。この野郎。
「あの……私でなくても良いのでは」
「そうなんだけど、うちの部署は女性がいないからね」
そうだった。
営業事業部は男性社員しかいないのだ。
確かに急に決まると困るのも納得した。今から他の部署の女性社員を捕まえるのは時間的にも難しい。
「二次会に参加出来れば他の人を探したんだけどね?」
なるほど、だから珍しく二次会参加しようとしていたのか……。
本当にスマホが壊れたタイミングが最悪だ。
「う……すみません」
「だから君が、パーティーに一緒に行ってくれるよね?」
後から考えるとほとんど言い掛かりだ。
けれど、これがイケメン補正というやつなのでしょうか? 課長が正しい事を言っているような気になってきていた。そもそも会話の中に、YES以外の選択肢がない。
「……わかりました……私でお役に立てれば」
ただの総務部のいち社員が、営業事業部の出世頭に勝てるはずが無かった。
「ありがとう、町中さん」
一賀課長は優しい笑みを浮かべて、そう礼を言った。
「町中さんは、休日出勤をした事はあるかな?」
「休日出勤……ですか?」
「明日もし空いていたらでいいんだけど、休日出勤をお願いしたいんだ」
一賀課長が申し訳無さそうに言う。
明日は土曜日だ。
私が所属する総務部は鍵の管理をしており、鍵を必要とする部屋を使用する際には、総務部の人間が記録の上、鍵の貸し出し管理を行う。
休日にそういった部屋の使用予定があれば、総務部の人間が誰か一人、休日出勤しなくてはならない事になっている。
社内で休日出勤するのは一賀課長がいる営業事業部くらいで、使用するのは大抵が会議室。そして会議室の鍵の管理は総務部だった。
休日に会議室を使う時は、いつもなら二、三日前には営業事業部より事前申請があり、それに合わせて総務部内で持ち回りで社員が休日出勤をしている。
今週の土曜日に鍵の使用の申請は無かったから、明日、総務部で出勤する人はいなはずだ。
一賀課長が総務部の私に休日出勤をしてほしい、という事は、急に会議室を使う事になったのかもしれない。
総務部の他の社員は今頃二次会だし、一賀課長が捕まえられたのが総務部の下っ端とはいえ私しかいなかったのだから……ここは出勤するしかなさそうだ。
「明日でしたら大丈夫です」
「そう、良かった」
一賀課長はそう言って、カバンから一通の封筒を取り出した。
その封筒の中に入っている二つ折りの紙を取り出し、私に見えるようにテーブルに置く。
それはまるで、兄宛てに届くパーティーの招待状と形状が似ているような……
「明日、取引先のパーティーなんだ。これに一緒に来てもらいたい。悪いけどよろしくね。急に行く事になったから他の社員が捕まらなくてね」
長い指がテーブルに置かれた紙ーーーすなわちパーティーの招待状をトントンと叩く。
「……あの、聞いてもいいですか?」
「なにかな?」
「明日は会議室を使うのでは?」
「使用しないし会社には出ないよ」
「休日出勤って、会社に出勤ではなくてパーティーに参加って事ですか?」
「パーティーは夕方からだけど、……ああ、もちろん休日出勤の手当てはつくよ」
「それはありがたいんですが、いえ、そうではなく……」
パーティーなら何度か出た事がある。
それも兄の篤のパートナーとして、だ。
正真正銘血の繋がった妹だけれど、円乗寺家の人間ではないので妹とは紹介出来ないし、するつもりも篤にはない。
なので、いつも私の素性を聞かれると、親戚の子です、で押し通している。嘘はついていない。
私をパーティーに連れて行く目的は、決して私の結婚相手を見つけるためでも社交界に入れたいとの思惑があるわけでもない。
女除けだ。
篤が恋人扱いのふりをするわけでもないけれど、一緒にいるだけでそういった誤解がされるのをわかっていて、あえて私を連れていく。
迷惑この上ないが、兄孝行のつもりで時々付き合ってあげている。
パーティーに誰かと出席する、という事は、そういう誤解を招く。
独身の優良物件なら特にだ。
……と、そこまで考えて、一賀課長にはパートナーとして来て欲しいとは言われていないと気がついた。
そうだ。皆が皆、篤のように妹を虫除けに使うような鬼畜じゃない。
それに仕事なのだ。
営業事業部の他の人間も一緒に行くだろうし。
「一賀課長と私以外に、他はどなたが行くんですか?」
「他は誰も行かないよ。なぜ?」
なぜ? って、なぜ。
聞きたいのはこっちだ。
確かに、急に行く事になって他の社員が捕まらない、とは言っていたけど、まさか二人だけで行くとは思わなかった。
仕事だから、パートナーというわけではなくて、アシスタント的なポジションになるのだろうか?
テーブルの上の招待状に記載されている場所は一流ホテルだ。小規模なパーティーであるはずがない。
取引先にいる女性たちだけでなくとも、課長狙いの女性なら沢山いそうだ。
一賀課長ならパーティーに参加するのは初めてではないだろう。そもそも営業事業部の課長なのだし。
だから、仕事とはいえ異性と二人だけでこの手のパーティーに出席する意味を知らないはずがない。
そう考えながら課長を見ると、目が合う。
他意はありませんよ、みたいな白々しい笑みが返ってきた。
……だから私は察した。
あ、これは女除けだ。鬼畜はここにもいました。
そもそも、他部署とはいえ上司に休日出勤を命じられて断れるはずがない。
綺麗な顔で申し訳なさそうに言われたからつい騙された。この野郎。
「あの……私でなくても良いのでは」
「そうなんだけど、うちの部署は女性がいないからね」
そうだった。
営業事業部は男性社員しかいないのだ。
確かに急に決まると困るのも納得した。今から他の部署の女性社員を捕まえるのは時間的にも難しい。
「二次会に参加出来れば他の人を探したんだけどね?」
なるほど、だから珍しく二次会参加しようとしていたのか……。
本当にスマホが壊れたタイミングが最悪だ。
「う……すみません」
「だから君が、パーティーに一緒に行ってくれるよね?」
後から考えるとほとんど言い掛かりだ。
けれど、これがイケメン補正というやつなのでしょうか? 課長が正しい事を言っているような気になってきていた。そもそも会話の中に、YES以外の選択肢がない。
「……わかりました……私でお役に立てれば」
ただの総務部のいち社員が、営業事業部の出世頭に勝てるはずが無かった。
「ありがとう、町中さん」
一賀課長は優しい笑みを浮かべて、そう礼を言った。
1
お気に入りに追加
954
あなたにおすすめの小説
王女、騎士と結婚させられイかされまくる
ぺこ
恋愛
髪の色と出自から差別されてきた騎士さまにベタ惚れされて愛されまくる王女のお話。
性描写激しめですが、甘々の溺愛です。
※原文(♡乱舞淫語まみれバージョン)はpixivの方で見られます。
異世界の学園で愛され姫として王子たちから(性的に)溺愛されました
空廻ロジカ
恋愛
「あぁ、イケメンたちに愛されて、蕩けるようなエッチがしたいよぉ……っ!」
――櫟《いちい》亜莉紗《ありさ》・18歳。TL《ティーンズラブ》コミックを愛好する彼女が好むのは、逆ハーレムと言われるジャンル。
今夜もTLコミックを読んではひとりエッチに励んでいた亜莉紗がイッた、その瞬間。窓の外で流星群が降り注ぎ、視界が真っ白に染まって……
気が付いたらイケメン王子と裸で同衾してるって、どういうこと? さらに三人のタイプの違うイケメンが現れて、亜莉紗を「姫」と呼び、愛を捧げてきて……!?
騎士団長の欲望に今日も犯される
シェルビビ
恋愛
ロレッタは小さい時から前世の記憶がある。元々伯爵令嬢だったが両親が投資話で大失敗し、没落してしまったため今は平民。前世の知識を使ってお金持ちになった結果、一家離散してしまったため前世の知識を使うことをしないと決意した。
就職先は騎士団内の治癒師でいい環境だったが、ルキウスが男に襲われそうになっている時に助けた結果纏わりつかれてうんざりする日々。
ある日、お地蔵様にお願いをした結果ルキウスが全裸に見えてしまった。
しかし、二日目にルキウスが分身して周囲から見えない分身にエッチな事をされる日々が始まった。
無視すればいつかは収まると思っていたが、分身は見えていないと分かると行動が大胆になっていく。
文章を付け足しています。すいません
女性の少ない異世界に生まれ変わったら
Azuki
恋愛
高校に登校している途中、道路に飛び出した子供を助ける形でトラックに轢かれてそのまま意識を失った私。
目を覚ますと、私はベッドに寝ていて、目の前にも周りにもイケメン、イケメン、イケメンだらけーーー!?
なんと私は幼女に生まれ変わっており、しかもお嬢様だった!!
ーーやった〜!勝ち組人生来た〜〜〜!!!
そう、心の中で思いっきり歓喜していた私だけど、この世界はとんでもない世界で・・・!?
これは、女性が圧倒的に少ない異世界に転生した私が、家族や周りから溺愛されながら様々な問題を解決して、更に溺愛されていく物語。
男友達を家に入れたら催眠術とおもちゃで責められ調教されちゃう話
mian
恋愛
気づいたら両手両足を固定されている。
クリトリスにはローター、膣には20センチ弱はある薄ピンクの鉤型が入っている。
友達だと思ってたのに、催眠術をかけられ体が敏感になって容赦なく何度もイかされる。気づけば彼なしではイけない体に作り変えられる。SM調教物語。
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる