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一章 邂逅編

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 店員が注文したコーヒーをテーブルの上に置いたのを見て、一賀いつが課長が私に質問した。

「町中さんは、休日出勤をした事はあるかな?」
「休日出勤……ですか?」
「明日もし空いていたらでいいんだけど、休日出勤をお願いしたいんだ」

 一賀課長が申し訳無さそうに言う。

 明日は土曜日だ。

 私が所属する総務部は鍵の管理をしており、鍵を必要とする部屋を使用する際には、総務部の人間が記録の上、鍵の貸し出し管理を行う。
 休日にそういった部屋の使用予定があれば、総務部の人間が誰か一人、休日出勤しなくてはならない事になっている。

 社内で休日出勤するのは一賀課長がいる営業事業部くらいで、使用するのは大抵が会議室。そして会議室の鍵の管理は総務部だった。

 休日に会議室を使う時は、いつもなら二、三日前には営業事業部より事前申請があり、それに合わせて総務部内で持ち回りで社員が休日出勤をしている。

 今週の土曜日に鍵の使用の申請は無かったから、明日、総務部で出勤する人はいなはずだ。

 一賀課長が総務部の私に休日出勤をしてほしい、という事は、急に会議室を使う事になったのかもしれない。

 総務部の他の社員は今頃二次会だし、一賀課長が捕まえられたのが総務部の下っ端とはいえ私しかいなかったのだから……ここは出勤するしかなさそうだ。

「明日でしたら大丈夫です」
「そう、良かった」

 一賀課長はそう言って、カバンから一通の封筒を取り出した。
 その封筒の中に入っている二つ折りの紙を取り出し、私に見えるようにテーブルに置く。

 それはまるで、兄宛てに届くパーティーの招待状と形状が似ているような……

「明日、取引先のパーティーなんだ。これに一緒に来てもらいたい。悪いけどよろしくね。急に行く事になったから他の社員が捕まらなくてね」

 長い指がテーブルに置かれた紙ーーーすなわちパーティーの招待状をトントンと叩く。

「……あの、聞いてもいいですか?」
「なにかな?」
「明日は会議室を使うのでは?」
「使用しないし会社には出ないよ」
「休日出勤って、会社に出勤ではなくてパーティーに参加って事ですか?」
「パーティーは夕方からだけど、……ああ、もちろん休日出勤の手当てはつくよ」
「それはありがたいんですが、いえ、そうではなく……」

 パーティーなら何度か出た事がある。
 それも兄の篤のパートナーとして、だ。
 正真正銘血の繋がった妹だけれど、円乗寺家の人間ではないので妹とは紹介出来ないし、するつもりも篤にはない。
 なので、いつも私の素性を聞かれると、親戚の子です、で押し通している。嘘はついていない。

 私をパーティーに連れて行く目的は、決して私の結婚相手を見つけるためでも社交界に入れたいとの思惑があるわけでもない。
 女除けだ。
 篤が恋人扱いのふりをするわけでもないけれど、一緒にいるだけでそういった誤解がされるのをわかっていて、あえて私を連れていく。
 迷惑この上ないが、兄孝行のつもりで時々付き合ってあげている。

 パーティーに誰かと出席する、という事は、そういう誤解を招く。
 独身の優良物件なら特にだ。
 ……と、そこまで考えて、一賀課長にはパートナーとして来て欲しいとは言われていないと気がついた。
 そうだ。皆が皆、篤のように妹を虫除けに使うような鬼畜じゃない。

 それに仕事なのだ。
 営業事業部の他の人間も一緒に行くだろうし。

「一賀課長と私以外に、他はどなたが行くんですか?」
「他は誰も行かないよ。なぜ?」

 なぜ? って、なぜ。
 聞きたいのはこっちだ。

 確かに、急に行く事になって他の社員が捕まらない、とは言っていたけど、まさか二人だけで行くとは思わなかった。

 仕事だから、パートナーというわけではなくて、アシスタント的なポジションになるのだろうか?

 テーブルの上の招待状に記載されている場所は一流ホテルだ。小規模なパーティーであるはずがない。
 取引先にいる女性たちだけでなくとも、課長狙いの女性なら沢山いそうだ。

 一賀課長ならパーティーに参加するのは初めてではないだろう。そもそも営業事業部の課長なのだし。
 だから、仕事とはいえ異性と二人だけでこの手のパーティーに出席する意味を知らないはずがない。

 そう考えながら課長を見ると、目が合う。
 他意はありませんよ、みたいな白々しい笑みが返ってきた。

 ……だから私は察した。
 あ、これは女除けだ。鬼畜はここにもいました。

 そもそも、他部署とはいえ上司に休日出勤を命じられて断れるはずがない。
 綺麗な顔で申し訳なさそうに言われたからつい騙された。この野郎。

「あの……私でなくても良いのでは」
「そうなんだけど、うちの部署は女性がいないからね」

 そうだった。
 営業事業部は男性社員しかいないのだ。
 確かに急に決まると困るのも納得した。今から他の部署の女性社員を捕まえるのは時間的にも難しい。

「二次会に参加出来れば他の人を探したんだけどね?」

 なるほど、だから珍しく二次会参加しようとしていたのか……。
 本当にスマホが壊れたタイミングが最悪だ。

「う……すみません」
「だから君が、パーティーに一緒に行ってくれるよね?」

 後から考えるとほとんど言い掛かりだ。
けれど、これがイケメン補正というやつなのでしょうか? 課長が正しい事を言っているような気になってきていた。そもそも会話の中に、YES以外の選択肢がない。

「……わかりました……私でお役に立てれば」

 ただの総務部のいち社員が、営業事業部の出世頭に勝てるはずが無かった。

「ありがとう、町中さん」

 一賀課長は優しい笑みを浮かべて、そう礼を言った。
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