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三章 地獄編
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「君たちはいつも一緒にいるね」
七緒さんはそう言いながら部屋に入ってきて私に近寄る。
七緒さんは今日も朝から素敵な着物姿だ。
いつも着ているスーツよりも暗い色のせいか裏ボス感増し増しに見える。そしてなぜか堅気には見えない。着物のせいじゃなく、彼の纏うヤバげな雰囲気のせいだろうか?
けれどそんな怖さがある七緒さんだけど、めちゃくちゃ良い匂いはするし、着物だと手首とか首筋の美しさが強調されていて、チラリズムのようなものを感じる。上から下まで眼球を素早く動かしチェックすると脳内で姿を反芻した。
(……着物……最高……!)
「おはよう、佐保」
静かに脳内の映像で悶えていた私を見下ろして、七緒さんは言う。
八重の身体は成長期の途中なので、佐保よりも背が低かった。そのせいで、いつもの場所に七緒さんの顔がなく、それよりも少し上に視線をずらさなくてはいけなかった───それで私がまだ八重なのだと思い知ってしまう。
「おはようございます……あの、今日もいい天気ですね」
「曇ってるよ」
「……」
間髪入れずに言われて、そうだっけ……と目が泳ぐ。泳いでる途中で道雄が「アホか」みたいな顔で私を呆れながら見ているのを見た。
だって朝から畑に出ていたけど寝不足だし考える事が多すぎて、空が晴れているか曇っているのかどうかなんて把握するどころじゃなかったのだから、しょうがない。
「天気はともかく、君は朝から元気なのはわかったよ」
「ご、誤解です。そう見えただけでそんなに元気は無いです……!」
七緒さんに、道雄と朝からギャーギャー騒いでいたことを指摘されたのだと思って恥ずかしくなる。
「道雄にはちょっと聞きたい事があってここに来ただけで。遊びにきたとかじゃなくて。ここの上空にあるやつは何かって聞きたくて」
「ああ、あれか───俺に聞けばいいのに」
ちらりと天井を見て七緒さんが答える。
ただしその表情は上空のやつに1ミリも興味がなさそうだった。
「俺もそう言ったんだけどさ───まあほら、あんたに合わせる顔がないから聞きにくいんじゃねーの」
余計な事を道雄が言う。
「合わせる顔?」
「こいつ、昨日の夜あんたの力を勝手に使って一人で暴れたんだろ? 篠に聞いたら雷清で車を吹っ飛ばしたらしいって言うし、ありえねーだろ。しかも中学生の姿になったまま元に戻れないみたいだし、これ俺だったらしばらく布団から出られねーわ。色々気まずくて」
「道雄……!」
七緒さんに顔を合わせにくい理由を勝手にバラされてしまった。弟の予想は概ね正しい。おのれ道雄、覚えてろ。
言い訳するとそもそも八重は子供なので基本後先考えない。そして子供なので悪意が無い。気まぐれで、気分ひとつで七緒さんの力を使ってしまう事をまずい事だなんて考えもしない。
これは子供がしたことだ。
そして私はその子供がしたことに振り回されてる。佐保には解決する術などないのだから当然だ。八重が使う術式の知識もない。だから自分自身にかけられた術式さえ解けない。八重の記憶が多少あるだけで何もわからない、ただのポンコツなのだ。
だからといって七緒さんと距離をとったところで事態が変わることはないのはわかっていた。わかっていたけれど……何もかもすべてを七緒さんに言うもいかないわけで、今は頭の中で整理をしなくていけないわけで。
「ところで、佐保。まだ元の姿には戻れない?」
「……戻れないどころか、何をどうしたらいいのかさえさっぱり……」
思わず涙目で返事をすると、七緒さんが私の頭を撫でる。
「今生存している術者でも、君の姿違えの術式を把握出来る者はいない。ただ普通は術式は24時間で解けるものだよ。心配しなくていい」
「24時間?」
「基本的には、だけどね。我々の術式は基本的に生命を削らないように出来ている。だから術式も24時間以内だけ効力を発揮するという制約で組み立てられているものなんだよ。三国のような新人でない限りはだいたい皆知ってる事だ」
ちらりと七緒さんは道雄を見る。
……そしてなぜか道雄はすごく驚いたような顔で七緒さんを見ていた。
「なんだ……24時間で元に戻れるなら気にしなくても良かったんだ……」
「気にしてた?」
「……それは、その、だってずっと中学生姿なんじゃ、色々良くないし……」
「そう?」
笑みを浮かべて私の頭を撫でる。完全に子供扱いだった。やはり八重の姿ではいられないな、と強く思う。
そこへ丁度、台所から瑠璃の「佐保~朝ごはんよ~」という声が聞こえた。
「三国、そろそろ朝食だそうだ。準備を」
廊下からの声を受けて、七緒さんが道雄に向かって言う。
「───、……あ、ああ……」
道雄はハッとしたような顔をして答えた。さっきから弟の様子がおかしい。
どうしたのかと七緒さんの顔を見ても、こちらはいつも通りで───そう、いつも通りの綺麗な顔に浮かべる表情は悪そうで、道雄が怪訝に思うような要素はなにもない。
私はその様子に若干の違和感を感じながらも、今朝自分が収穫した野菜を食べる事に思いを馳せていた。
七緒さんはそう言いながら部屋に入ってきて私に近寄る。
七緒さんは今日も朝から素敵な着物姿だ。
いつも着ているスーツよりも暗い色のせいか裏ボス感増し増しに見える。そしてなぜか堅気には見えない。着物のせいじゃなく、彼の纏うヤバげな雰囲気のせいだろうか?
けれどそんな怖さがある七緒さんだけど、めちゃくちゃ良い匂いはするし、着物だと手首とか首筋の美しさが強調されていて、チラリズムのようなものを感じる。上から下まで眼球を素早く動かしチェックすると脳内で姿を反芻した。
(……着物……最高……!)
「おはよう、佐保」
静かに脳内の映像で悶えていた私を見下ろして、七緒さんは言う。
八重の身体は成長期の途中なので、佐保よりも背が低かった。そのせいで、いつもの場所に七緒さんの顔がなく、それよりも少し上に視線をずらさなくてはいけなかった───それで私がまだ八重なのだと思い知ってしまう。
「おはようございます……あの、今日もいい天気ですね」
「曇ってるよ」
「……」
間髪入れずに言われて、そうだっけ……と目が泳ぐ。泳いでる途中で道雄が「アホか」みたいな顔で私を呆れながら見ているのを見た。
だって朝から畑に出ていたけど寝不足だし考える事が多すぎて、空が晴れているか曇っているのかどうかなんて把握するどころじゃなかったのだから、しょうがない。
「天気はともかく、君は朝から元気なのはわかったよ」
「ご、誤解です。そう見えただけでそんなに元気は無いです……!」
七緒さんに、道雄と朝からギャーギャー騒いでいたことを指摘されたのだと思って恥ずかしくなる。
「道雄にはちょっと聞きたい事があってここに来ただけで。遊びにきたとかじゃなくて。ここの上空にあるやつは何かって聞きたくて」
「ああ、あれか───俺に聞けばいいのに」
ちらりと天井を見て七緒さんが答える。
ただしその表情は上空のやつに1ミリも興味がなさそうだった。
「俺もそう言ったんだけどさ───まあほら、あんたに合わせる顔がないから聞きにくいんじゃねーの」
余計な事を道雄が言う。
「合わせる顔?」
「こいつ、昨日の夜あんたの力を勝手に使って一人で暴れたんだろ? 篠に聞いたら雷清で車を吹っ飛ばしたらしいって言うし、ありえねーだろ。しかも中学生の姿になったまま元に戻れないみたいだし、これ俺だったらしばらく布団から出られねーわ。色々気まずくて」
「道雄……!」
七緒さんに顔を合わせにくい理由を勝手にバラされてしまった。弟の予想は概ね正しい。おのれ道雄、覚えてろ。
言い訳するとそもそも八重は子供なので基本後先考えない。そして子供なので悪意が無い。気まぐれで、気分ひとつで七緒さんの力を使ってしまう事をまずい事だなんて考えもしない。
これは子供がしたことだ。
そして私はその子供がしたことに振り回されてる。佐保には解決する術などないのだから当然だ。八重が使う術式の知識もない。だから自分自身にかけられた術式さえ解けない。八重の記憶が多少あるだけで何もわからない、ただのポンコツなのだ。
だからといって七緒さんと距離をとったところで事態が変わることはないのはわかっていた。わかっていたけれど……何もかもすべてを七緒さんに言うもいかないわけで、今は頭の中で整理をしなくていけないわけで。
「ところで、佐保。まだ元の姿には戻れない?」
「……戻れないどころか、何をどうしたらいいのかさえさっぱり……」
思わず涙目で返事をすると、七緒さんが私の頭を撫でる。
「今生存している術者でも、君の姿違えの術式を把握出来る者はいない。ただ普通は術式は24時間で解けるものだよ。心配しなくていい」
「24時間?」
「基本的には、だけどね。我々の術式は基本的に生命を削らないように出来ている。だから術式も24時間以内だけ効力を発揮するという制約で組み立てられているものなんだよ。三国のような新人でない限りはだいたい皆知ってる事だ」
ちらりと七緒さんは道雄を見る。
……そしてなぜか道雄はすごく驚いたような顔で七緒さんを見ていた。
「なんだ……24時間で元に戻れるなら気にしなくても良かったんだ……」
「気にしてた?」
「……それは、その、だってずっと中学生姿なんじゃ、色々良くないし……」
「そう?」
笑みを浮かべて私の頭を撫でる。完全に子供扱いだった。やはり八重の姿ではいられないな、と強く思う。
そこへ丁度、台所から瑠璃の「佐保~朝ごはんよ~」という声が聞こえた。
「三国、そろそろ朝食だそうだ。準備を」
廊下からの声を受けて、七緒さんが道雄に向かって言う。
「───、……あ、ああ……」
道雄はハッとしたような顔をして答えた。さっきから弟の様子がおかしい。
どうしたのかと七緒さんの顔を見ても、こちらはいつも通りで───そう、いつも通りの綺麗な顔に浮かべる表情は悪そうで、道雄が怪訝に思うような要素はなにもない。
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