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27. こんなはずでは
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ボーン!
不意に部屋の柱時計が鳴った。蒼太は電気が走ったかのようにビクリと体を強張らせ息を呑んだが、紗世は動じなかった。
この音が何か、私は知ってる。
第2ステージが本格的に始まった合図だ。
柱時計が鳴るまで、館はまだ明るい雰囲気を保っている。
外は明るく、庭に出ることが可能で、出てくる敵も強くない。
プレイヤーはこの隙に、洋館をくまなく探索する。館はあまり広くない。どこに何があるか、どの部屋がどこと繋がっているか、プレイヤーは大体を把握する。
そして柱時計が鳴り、館は様変わりするのだ。
不気味な廃墟へ。
「なんだ……?」
蒼太はぎこちなく動きながら紗世をそっと離し、立ち上がった。窓辺へ近寄り、外を見る。
窓の外は赤紫の空だ。さっきまでは真っ青な真昼の空だったのに。
「夕方……?」
混乱した声をあげ、蒼太は窓を開けようとした。開かない。当然だ。この窓だけじゃない、今頃外へつながるドアや窓のすべてが、根こそぎ開かなくなっているはずだ。
「窓ガラスを割れますか?」
紗世は静かに問いかけた。
前から思っていたのだ、窓が開かないなら割ればいいじゃない、と。
特に窓ガラス越しに登場人物たちが話すシーン。この窓は開かないから表のドアへ回れ、などと言われるたびにいつも思った。割れよ。割れ割れ。どうせ表のドアも開かないし、よしんば開いたとしたら、それは相手キャラの死亡フラグに他ならない。
生命の危険を感じているなら、窓を割るくらいなんでもないはずだ。
紗世の言葉に、蒼太は目を瞬かせる。
「割れる……と思うけど、風で吹っ飛ばせば」
「やってみてください」
蒼太は一瞬、「えぇ?」と笑ったが、紗世の表情を見て真面目な顔をした。本気だと悟ったのだろう。
紗世には勝算があった。蒼太はゲームの中で打撃に特化したキャラだ。朱莉や秀悟と違い、物を破壊する能力は高いはず。
現に物語の中では、朱莉編で邪魔をしていた岩を、蒼太が砕くシーンがある。
窓ガラスくらい、割れるはずだ。窓ガラスだけを。
「分かったよ……少し離れてくれ。破片が飛ぶかもしれない」
紗世の期待に満ちた目に幾分引きながら、蒼太は窓ガラスに掌を当てた。
ヒュッと部屋の中に風が吹き始める。蒼太の髪が揺れた。紗世はその光景を、なんとなく見慣れたもののように感じる。
覚えてはいないけど、その乱れた髪を好ましく思っていたような気がした。
風が強くなり、窓ガラスがミシミシと音を立てる。亀裂がいくつも入り始めた。
蒼太が素早く手を引き、一気にガラスへ叩きつける。ガシャン! と音が鳴り、窓ガラスが砕け落ちた。
(――――割れた! 割れるんだ!)
心の中で喝采する。窓を割って外へ出られるなら、行動範囲もかなり広がるかもしれない。
紗世は窓へ近づき、外へ身を乗り出そうとした。
「待て!」
背後から蒼太が紗世の腕を引く。それは強い力で、紗世はバランスを崩して尻餅をついた。
痛い、と文句を言おうとして気づく。窓枠に何かがポタポタと落ちている。
紅い雫。血だ。血が上から落ちてきている。
紗世は咄嗟に窓枠の上を見た。何もいない。何もいないけど――。
これは、もしかして。
生暖かい風が吹いた。空はいつの間にか紫色になっている。
紗世は部屋の柱時計を振り返った。もし自分の予想が当たっていたらたぶん、また……。
ボーン!
先ほどと同じように柱時計が鳴った。でもその音は少しひしゃげて、耳障りな音に変わっていた。
ボーン!ボーン!ボーン!
音は鳴りやまない、それどころかだんだん大きくなっていく。耳を塞ぎたくなるほどに。
そしてそれに重なるように響く、少女の笑い声。
――――これは、このステージのボスの声だ。
洋館のボスは少女の幽霊。序盤は姿が見えるだけ。可愛い声で「かくれんぼしましょう」などと言って朱莉を惑わす。
洋館が廃墟と化すと、今後は兄や母の姿をして現れ、朱莉を精神的に追い込んでいく。
彼女は一定のダメージを与えると笑いながら消える。中盤はその繰り返し。
そして終盤。朱莉たちが廃墟のギミックを解き、鍵を手に入れ館を脱出しようとドアを開けたその時。
金髪にドレス姿のかわいらしかった少女の姿は豹変する。
落ち窪んだ眼に、血と泥で汚れた服と髪。黒い目から血の涙を流しながら、少女は朱莉を逃がさないよう襲い掛かって来る。
襲い掛かって来る予兆は、落ちてくる血だ。
怪物と化した少女は常に血の涙を流しているから。
「蒼太さん、ごめんなさい」
紗世はゆっくりと立ち上がった。柱時計に気を取られていた蒼太が、唐突な謝罪に戸惑った顔をする。
「私が馬鹿だったわ。窓ガラスを割れば、外に出られるかと思ったの。まさかストーリーが進んじゃうなんて思わなかった」
「……なんの話してるんだ?」
「今からボス戦かもって話」
「ボス戦?」
蒼太がげげんそうな声で聞き返してきたが、紗世は返事をしなかった。そんな場合じゃなかった。
窓のすぐ外に、薄汚れた少女が立ち、食い入るようにこちらを見ていることに気づいていたから。
不意に部屋の柱時計が鳴った。蒼太は電気が走ったかのようにビクリと体を強張らせ息を呑んだが、紗世は動じなかった。
この音が何か、私は知ってる。
第2ステージが本格的に始まった合図だ。
柱時計が鳴るまで、館はまだ明るい雰囲気を保っている。
外は明るく、庭に出ることが可能で、出てくる敵も強くない。
プレイヤーはこの隙に、洋館をくまなく探索する。館はあまり広くない。どこに何があるか、どの部屋がどこと繋がっているか、プレイヤーは大体を把握する。
そして柱時計が鳴り、館は様変わりするのだ。
不気味な廃墟へ。
「なんだ……?」
蒼太はぎこちなく動きながら紗世をそっと離し、立ち上がった。窓辺へ近寄り、外を見る。
窓の外は赤紫の空だ。さっきまでは真っ青な真昼の空だったのに。
「夕方……?」
混乱した声をあげ、蒼太は窓を開けようとした。開かない。当然だ。この窓だけじゃない、今頃外へつながるドアや窓のすべてが、根こそぎ開かなくなっているはずだ。
「窓ガラスを割れますか?」
紗世は静かに問いかけた。
前から思っていたのだ、窓が開かないなら割ればいいじゃない、と。
特に窓ガラス越しに登場人物たちが話すシーン。この窓は開かないから表のドアへ回れ、などと言われるたびにいつも思った。割れよ。割れ割れ。どうせ表のドアも開かないし、よしんば開いたとしたら、それは相手キャラの死亡フラグに他ならない。
生命の危険を感じているなら、窓を割るくらいなんでもないはずだ。
紗世の言葉に、蒼太は目を瞬かせる。
「割れる……と思うけど、風で吹っ飛ばせば」
「やってみてください」
蒼太は一瞬、「えぇ?」と笑ったが、紗世の表情を見て真面目な顔をした。本気だと悟ったのだろう。
紗世には勝算があった。蒼太はゲームの中で打撃に特化したキャラだ。朱莉や秀悟と違い、物を破壊する能力は高いはず。
現に物語の中では、朱莉編で邪魔をしていた岩を、蒼太が砕くシーンがある。
窓ガラスくらい、割れるはずだ。窓ガラスだけを。
「分かったよ……少し離れてくれ。破片が飛ぶかもしれない」
紗世の期待に満ちた目に幾分引きながら、蒼太は窓ガラスに掌を当てた。
ヒュッと部屋の中に風が吹き始める。蒼太の髪が揺れた。紗世はその光景を、なんとなく見慣れたもののように感じる。
覚えてはいないけど、その乱れた髪を好ましく思っていたような気がした。
風が強くなり、窓ガラスがミシミシと音を立てる。亀裂がいくつも入り始めた。
蒼太が素早く手を引き、一気にガラスへ叩きつける。ガシャン! と音が鳴り、窓ガラスが砕け落ちた。
(――――割れた! 割れるんだ!)
心の中で喝采する。窓を割って外へ出られるなら、行動範囲もかなり広がるかもしれない。
紗世は窓へ近づき、外へ身を乗り出そうとした。
「待て!」
背後から蒼太が紗世の腕を引く。それは強い力で、紗世はバランスを崩して尻餅をついた。
痛い、と文句を言おうとして気づく。窓枠に何かがポタポタと落ちている。
紅い雫。血だ。血が上から落ちてきている。
紗世は咄嗟に窓枠の上を見た。何もいない。何もいないけど――。
これは、もしかして。
生暖かい風が吹いた。空はいつの間にか紫色になっている。
紗世は部屋の柱時計を振り返った。もし自分の予想が当たっていたらたぶん、また……。
ボーン!
先ほどと同じように柱時計が鳴った。でもその音は少しひしゃげて、耳障りな音に変わっていた。
ボーン!ボーン!ボーン!
音は鳴りやまない、それどころかだんだん大きくなっていく。耳を塞ぎたくなるほどに。
そしてそれに重なるように響く、少女の笑い声。
――――これは、このステージのボスの声だ。
洋館のボスは少女の幽霊。序盤は姿が見えるだけ。可愛い声で「かくれんぼしましょう」などと言って朱莉を惑わす。
洋館が廃墟と化すと、今後は兄や母の姿をして現れ、朱莉を精神的に追い込んでいく。
彼女は一定のダメージを与えると笑いながら消える。中盤はその繰り返し。
そして終盤。朱莉たちが廃墟のギミックを解き、鍵を手に入れ館を脱出しようとドアを開けたその時。
金髪にドレス姿のかわいらしかった少女の姿は豹変する。
落ち窪んだ眼に、血と泥で汚れた服と髪。黒い目から血の涙を流しながら、少女は朱莉を逃がさないよう襲い掛かって来る。
襲い掛かって来る予兆は、落ちてくる血だ。
怪物と化した少女は常に血の涙を流しているから。
「蒼太さん、ごめんなさい」
紗世はゆっくりと立ち上がった。柱時計に気を取られていた蒼太が、唐突な謝罪に戸惑った顔をする。
「私が馬鹿だったわ。窓ガラスを割れば、外に出られるかと思ったの。まさかストーリーが進んじゃうなんて思わなかった」
「……なんの話してるんだ?」
「今からボス戦かもって話」
「ボス戦?」
蒼太がげげんそうな声で聞き返してきたが、紗世は返事をしなかった。そんな場合じゃなかった。
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