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17. 和風ホラーは、男女が良い感じになってるとお化けが出てこないんだよ

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「蓮、そこにいる?」
「いるよ……」
「どこにも行かないでね」

 パシャンとお湯の跳ねる音がする。
 蓮は脱衣所にいた。紗世がお風呂に入っている間、そこにいるよう頼まれたからだ。
 風呂場へと続く磨りガラスの戸に背をつけて、蓮は座り込んでいた。
 背後の風呂場から、紗世が湯舟に浸かっている音がする。ぱちゃんと、たまに湯の跳ねる音がした。

(勘弁してくれ)

 いや、確かに離れるなと言った。認める。片時も傍から離れないでと願ったのは自分だ。
 武家屋敷が消えた時は、本当にゾッとした。手を引いて一緒に外に出たから良かったけれど、もし自分一人で庭に下りていたらどうなってた?
 もしあそこではぐれてたら? どうやったらあの屋敷へ戻れるか分からない。自分がいなくなって、今の紗世が一人であそこに取り残されたら。

 それは。それだけは本当に。

「蓮、そこにいる?」
「いるよ」
「何か話してよ。静かだと不安になるよ」
「そんなこと言われてもなぁ……」
「ねえ、私ってどんな人だった?」

 紗世の問いに、蓮は一瞬黙る。

「アンタは無口な人だったよ。大人しくて」
「あぁ、そんな感じはするね」

 するのかよ。今のアンタはやたら喋るのに。

「だから何考えてるのか、よく分からない人だった」
「ミステリアスな美少女だったんだね」

 自分で言うんだ。

「ねえ、彼氏とかは、いなかったのかな?」
「……さぁ、僕は知らない」

 蓮の脳裏に、今日会ったばかりの夏樹の顔が浮かぶ。
 ――これで朱莉が心配しなくて済むわ。
 ――妹さん、心配してたでしょう。

 朱雀山で会ってから新島宅へ帰るまで、夏樹は一度も家族の話なんてしなかった。妹がいるなんて、一言も言っていなかった。
 なのに。
 なんで知ってたの、姉さん。あいつと会ったことあるの。
 いつ、どこで?

 蓮は微かに苛立ちを覚える。自分は紗世のことなど何も知らないのだと、そう思い知らされているようで腹が立った。

 ――背が高くて眼鏡をかけてて、刀を使う人なんですが。

 あれは秀悟のことだ。
 姉さんは、兄さんのことなら思い出すのに。

「姉さん、僕のこと、何か思い出した?」
「ううん、ごめん、今は何も」

 そう。呟いて蓮は天井を仰ぎ見た。後頭部が磨りガラスにこすれる。
 兄さんは仕方ない。あれは別格だ。でも、夏樹と自分の差はなんだろう。
 いっそ聞いてしまえたら。

 その時、バシャン!とひときわ大きな水音がした。
 え、と思う間もなく、ガラス戸が開く。蓮は驚いて身を起こした。

「のぼせちゃった」
「なんで! なんで出てくんの! 僕がここにいるんだよ! 声かけてよ!」
「ごめん、ちょっとどいて……」
「もう! 僕、廊下にいるからね!」
「だめだよ、そっち向いてそこにいてよ」
「なんで!!」
「お化けが出たら困るもん」

 そう言われては何も反論できない。蓮はグッと黙り、昨夜と同じように洗面所のドアにゴン!と額を付けた。

「そこまでドアにくっ付かなくてもいいよ」
「うるさいな、理性と戦ってんだよ今、ほっといてよ」
「姉弟でそんな気にしなくてもいいのに。蓮は紳士なのね」

 姉の無防備で無神経な言葉が、蓮の精神をひどく消耗させる。
 仕方ない、紗世は村の仕組みを覚えていないのだから。本当の姉弟ではないと知らないのだから。

「わー、見て。新島さんが買ってきてくれたパジャマ可愛いね」
「なんでもいいから、早く着て。お願いだから」
「蓮は照れ屋だね」

 紗世の呑気な言葉に蓮は、いよいよげっそりしてくる。
 これ記憶が戻ったら、激震が走るんだろうな。耐えられないじゃないだろうか。
 その日が少し楽しみでもあり、怖くもある。

「蓮、髪の毛乾かしてよ」
「なんで!?」
「鏡見るの怖いんだもん」
「……僕が乾かしても、鏡には映っちゃうんじゃないの? 位置的にさ」
「異性に髪を乾かしてもらってる最中に襲われる可能性は、限りなく低いと思うの」
 
 だから、やって。
 紗世がニコニコしながらドライヤーを差し出すのを、蓮は絶望的な気持ちになりながら受け取った。


◇◆◇


 ベットに横になって、紗世は今日起きたことを考えていた。

 マヨヒガである武家屋敷へ入った。朱雀の御守りを手に入れた。蓮が蛇天斬を使えるようになった。
 そして朱莉の兄である夏樹に出会った。

 初動としては上出来なはずだ。
 しかし肝心なことは分かっていない。
 自分のことも、蓮のことも、何も分からなかった。

 紗世は暗闇の中で、自分の手を見つめた。細くて長い、華奢な指。中指に光る、蛇をかたどった指輪。
 たぶん、蓮に詳しく聞いてしまえばいいのだ。玄野紗世がどういう人間で、どういう立場だったのか。
 けれども。

 ゲームの自分は死んでいた。
 その理由を聞くのは、なんだか怖い気もした。

 紗世は、隣で眠る蓮を見る。彼が本当に寝ているかは分からない。確認するような野暮な真似はしない。ホラーゲームで、狸寝入りはよくあることだ。
 蓮は今、少なくとも目を閉じて、静かにしている。

 その時、一階からカタンと音がした。
 きた。

 紗世は身を固くして音を探る。人の歩く音がする。ドアを開け、さらに歩く。玄関へ向かっている。
 きた、きたぞ、と紗世は、はやる気持ちを抑えて、ゆっくりと起き上がった。
 そのままそっとベットを抜け出し、一階へ降りる。

 そこには、今まさに玄関の扉を開けようとしている夏樹がいた。
 夏樹は二階から降りてきた紗世に気付き、ばつが悪そうに黙り込む。
 紗世はゆっくりと微笑んだ。

「何してるんです、夏樹さん」
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