桐の本棚

時雨桐

文字の大きさ
上 下
21 / 21

その思いはしんしんと…【2人用】

しおりを挟む
 
  とある昼下がりの喫茶店。外は雨が降っている。
  店内に客はおらず、カウンターの中で黙々と食器を磨いている店長
  と、暇そうにカウンター席に座っている店員の二人だけ。

旋花「…お客さん来ませんね~」

  頬杖をつきながら店長に話しかける旋花。

店長「そうですね」

  目線は手元のカップに向けたまま答える店長。

旋花「うちのお店って、今日みたいな雨の日は割とお客さん来てくれるんですけどね」

店長「駅がすぐ横なので、立地は良いですからね。
雨を凌ぐのに丁度いいからと来店も増えますが…生憎、今日は連休の中日です。
皆さん遠出しているのでしょうね」

旋花「あ~…そっかぁ。今連休中でしたね~」

店長「他のバイトの子達も実家に帰ったり、旅行に行ったりしているみたいですよ」

旋花「みたいですね~。店長はご実家とか帰らなくて良いんですか?」

店長「…お店を空けるわけにはいきませんからね。
旋花さんこそ、お出かけとかしなくて良かったんですか?」

旋花「あぁ、私はゲームのイベントが忙しいので!」

  満面の笑みで答える旋花。

店長「旋花さん、そんな調子で大学の方は大丈夫なんですか?」

  呆れつつも少し心配そうに聞く店長。

旋花「はい!もちろん大丈夫じゃないです!」

  全く悪びれる様子は無く、Vサインをする旋花。

店長「…シフト減らしましょうか」

  今度は完全に呆れ、カウンター奥のシフト表に目を向ける店長。

旋花「いやいやいやいや!冗談ですよ!」

店長「でも、先月レポートが間に合わない!って半泣きしてましたよね?ここのバイトが負担になるなら…」

旋花「あれは先生が悪いんですよ!レポートの作成期間は短いくせに、量はメチャクチャ多くって…それに!シフト減らされたら私の生活が…!」

  カウンターから少し身を乗り出し店長に詰め寄る旋花。

店長「そのレポート、作成に取り掛かったのは締め切り直前でしたよね?」

旋花「…です」

  バツが悪そうに座り直す旋花。

店長「そもそも旋花さんは実家暮らしですから、少しシフトを減らしても生活出来ない…なんて事はないでしょう?」

旋花「それは、そうなんですけど…」

  下を向きモゴモゴと言う旋花。

店長「…とは言え、この連休中シフトに入ってくれたのは旋花さんだけですし、僕としてはとても助かっていますが」

旋花「ほら!やっぱり私がいないと!なんて言ったって、このお店のバイト第一号ですからね!」

  明るさを取り戻し店長を見る旋花。

店長「…そう言えば、旋花さんが最初に店に来たのもこんな雨の日でしたね」

  磨いた食器を棚に戻しながら懐かしそうにする店長。

旋花「え?店長私が来た時のこと覚えてるんですか?」

店長「当然覚えていますよ。あの瞬間の事は忘れられません」

旋花「そ、それって…(もしかして見惚れて、みたいな…⁉︎)」

店長「半泣きでずぶ濡れの高校生が来店…インパクトが強いです」

旋花「違ったぁ!」
  
店長「はい?」

  突然の旋花の大きな声に少し驚きつつも、振り返る事はなく食器をしまい続ける店長。

旋花「あ、いえ!何でもないです!」

  気恥ずかしそうに店長の背中から目を逸らす旋花。

店長「…席に案内してもずっと下を向いたままでしたね」

旋花「…あの時は何にも上手く行かないし、突然の雨でびしょ濡れになるし…とりあえず、目についたこのお店に逃げるように入ったんですけど…
席に座った途端あれやこれやで頭が一杯になってしまって…そしたら店長がコーヒーを出してくれたんですよね」

店長「事情は分かりませんでしたが、まずは温まるものをと思いましてね」

旋花「…店長が出してくれたコーヒー、すごく温かくて美味しくて…悩みが何処かに飛んで行ったみたいで…あの時の事は一生忘れないです…」

  懐かしそうに少し目を細めながら『あの時』座ったテーブル席を見つめる旋花。すると、スッとコーヒーが差し出される。

旋花「え?」

  店長に顔を向けると、優しく微笑みながらも目は合わせず自分の分のコーヒーを淹れている店長。

旋花「…」

  暫く店長を見つめる旋花。

店長「どうぞ」

  店長の言葉に促される様にコーヒーに目を向け、旋花も微笑む。

旋花「…頂きます」


  夕方、雨はまだ降っており、店内には旋花と店長のみ。
  少し早い店仕舞いをしている。

旋花「…結局今日はほとんどお客さん来ませんでしたね~」

  相変わらず暇そうに、自在ほうきで床を掃除する旋花。

店長「そう言う日もあります」

  カウンター奥の冷蔵庫の中を整理しながら答える店長。

  すると、店の電話が鳴る。店長は作業を止め、電話に出る。

店長「はい。喫茶『雨宿り』です…
あぁ、会長さん。こんばんは…次の日曜日ですか?…ええ、大丈夫です。ご用意させて頂きます…いえいえ、こちらこそ有難うございます。では、いつものお時間にお届け致しますね…はい。ご注文有難うございました…失礼致します…」

  電話を切る店長。

  カウンター越しに話しかける旋花。

旋花「今のお電話って町内会長さんからですか?」

店長「ええ。町内会の集まりを次の日曜に開くそうで、いつもの軽食のご注文です」

  冷蔵庫横のカレンダーに書き込みながら答える店長。

旋花「店長のサンドイッチやトーストは絶品ですからね!」

店長「大した物ではないですが、有り難いですね…」

旋花「十分大した物ですよ!あ、掃除終わりました!」

店長「有難うございます。本当に仕事は完璧ですね」

  あえて『は』を強調する店長。

旋花「へ?えへへ…そんな事は、まぁ…ありますけど?」

  照れながらも嬉しそうに答える旋花。
  強調された『は』には気が付いていない。

店長「…少し皮肉を込めたんですが…
まぁ、良いです」

旋花「へ?」

  ニヤけたまま聞き返す旋花。

店長「いえ…それじゃあ、雨が強くなる前に帰りましょうか?」

旋花「はい!荷物取ってきますね!」
  
  元気よくバックヤードに荷物を取りに行く旋花。

  その様子を微笑ましく思いながら、自身もエプロンを外し帰り支度をしていると、ふと一つのテーブル席が目に留まる。

店長「(…君は知らないでしょうけど、実はあの時、まだこの店はオープン前でした。でもとても帰らせることは出来ず…
かと言って僕に出来る事はコーヒーを淹れる事だけ。
でも君は本当に美味しそうに飲んでくれましたね。
僕にとってもあの時の事は一生…)」

旋花「お待たせしました!」

店長「!」

  旋花の声に小さくビクッとし、身支度をしていた手が止まっていた事に気がつく店長。

旋花「どうかしましたか?」

店長「いえ。なんでもありません…」

  手早く身支度を済ませ、鞄を手に取る店長。

旋花「?…あ!」

  窓を見て何かに気がついた様に外に出る旋花。

店長「旋花さん!傘を…」

  傘を差さずに外に出た旋花を追いかける様に店長も外に出る。
  すると、雨は止んでいた。

旋花「雨、止んでますね!」

店長「…止んでますね」

  二人、空を見ている。

旋花「本当に名前の通り最高の雨宿りが出来るお店ですよね!」

店長「…雨が止むまで少しの休憩をとってもらい、新たに進み出すお手伝いをする…それがコンセプトですからね。
だから、そう言ってもらえると嬉しいです」

旋花「…じゃあ、雨が止んだら進まなきゃダメですか?」

  店長に目線を下ろす旋花。

店長「…そうですね。ここはあくまで休憩所ですからね」

  空を見上げたまま答える店長。

旋花「そう…ですか…」

  下を向く旋花。

店長「でも、進むタイミングも、進み方も、それは人それぞれです」

  店の鍵を閉める店長。
  少し顔を上げ店長に目を向ける旋花。

店長「…きっと進む方向も、ね」

  振り返り旋花の目を見て答える店長。

旋花「進む方向…」

店長「それが見つかるまでは、少しくらいゆっくりしても良いと思いますよ?」
  
旋花「店長…」

店長「レポートさえ出せばね」

旋花「うぐっ!」

店長「さぁ、帰りましょう」

旋花「…は~い!」

  二人はゆっくりと雨上がりの道を歩いて行く。


旋花「(私はまだ、その『一歩』を踏み出せないけど…きっと…いつかきっと、
この思いは新進と…)」


  【close】









設定

【本編前のあらすじ】

 高校三年生の旋花はある時から学業も部活も上手く行かず、ボロボロだった。
 帰り道で土砂降りに合い、偶々、オープン前の喫茶店『雨宿り』に入る。
(なお、ドアは店長が鍵をかけ忘れていた)
 そこで旋花は店長の優しさに救われると同時に心惹かれ、以後通い出し、店の端の席で勉強する事を許可され、その結果学力が伸びる。
 大学進学後、両親の許可も得て『雨宿り』でアルバイトを始める。











【店長】
・本名 新田 進
・年齢 不詳 (誰に聞かれても答えない)
・あまり人の目を見て喋らない。
・落ち着いた雰囲気。
・旋花の事は、名前呼びの方が落ち着くからと本人からの要望が
 あった為、名前で呼んでいる。
・コーヒーも評判だが、オリジナルの軽食も人気。

・名前の由来は、『新たに進みだす』












【旋花】
・本名 万場 旋花
・大学二年生。
・いつも明るい。
・レポートはサボりがちだが、喫茶店での仕事は何一つ手を抜かない。
・客がいないと途端に店長への甘えから、ダラける。
 (しかし、来店があると一瞬で切り替える為、客にダラけ癖はバレず『真面目な子』と評判)
・店長の作る新作レシピの味見担当。

・名前の由来は、万葉集の『万葉』の読みから+『ヒルガオ』という花
 の中国での呼び名である『旋花』から。
しおりを挟む
感想 2

この作品の感想を投稿する

みんなの感想(2件)

先生ですよ
2022.12.30 先生ですよ

下の『悪魔との契約』のレビューを書いた者です。
その他の作品も読みましたー!
どれも短いのに笑いが詰まっていて、読みやすくて、その上いつも小気味よい裏切りが用意されていて…、
読み終わるとまた頭から読み返したくなる、上質な台本集だと思います。
今後の作品にも期待しております。

時雨桐
2023.01.08 時雨桐

返信機能に今気がつきました…
ご感想頂きありがとうございます!
とてもとても励みになります!

まだまだ未熟者ですが、少しでもお楽しみいただける様これからも精進致します!

解除
先生ですよ
2022.11.16 先生ですよ

へっぽこ悪魔と契約者の可愛いコメディだなーと思っていたら、最後にやられました…!
いっぱい笑ってしっかり泣けて、作品全体に流れる優しい雰囲気に癒される。秀作です。

解除

あなたにおすすめの小説

フリー声劇台本〜BL台本まとめ〜

摩訶子
恋愛
ボイコネのみで公開していた声劇台本の中からBLカテゴリーのものをこちらにも随時上げていきます。 ご使用の際には必ず「シナリオのご使用について」をお読み頂ますようよろしくお願いいたしますm(*_ _)m

【Vtuberさん向け】1人用フリー台本置き場《ネタ系/5分以内》

小熊井つん
大衆娯楽
Vtuberさん向けフリー台本置き場です ◆使用報告等不要ですのでどなたでもご自由にどうぞ ◆コメントで利用報告していただけた場合は聞きに行きます! ◆クレジット表記は任意です ※クレジット表記しない場合はフリー台本であることを明記してください 【ご利用にあたっての注意事項】  ⭕️OK ・収益化済みのチャンネルまたは配信での使用 ※ファンボックスや有料会員限定配信等『金銭の支払いをしないと視聴できないコンテンツ』での使用は不可 ✖️禁止事項 ・二次配布 ・自作発言 ・大幅なセリフ改変 ・こちらの台本を使用したボイスデータの販売

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

フリー声劇台本〜1万文字以内短編〜

摩訶子
大衆娯楽
ボイコネのみで公開していた声劇台本をこちらにも随時上げていきます。 ご利用の際には必ず「シナリオのご利用について」をお読み頂ますようよろしくお願いいたしますm(*_ _)m

フリー台本と短編小説置き場

きなこ
ライト文芸
自作のフリー台本を思いつきで綴って行こうと思います。 短編小説としても楽しんで頂けたらと思います。 ご使用の際は、作品のどこかに"リンク"か、"作者きなこ"と入れていただけると幸いです。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

総受けルート確定のBLゲーの主人公に転生してしまったんだけど、ここからソロエンドを迎えるにはどうすればいい?

寺一(テライチ)
BL
──妹よ。にいちゃんは、これから五人の男に抱かれるかもしれません。 ユズイはシスコン気味なことを除けばごくふつうの男子高校生。 ある日、熱をだした妹にかわって彼女が予約したゲームを店まで取りにいくことに。 その帰り道、ユズイは階段から足を踏みはずして命を落としてしまう。 そこに現れた女神さまは「あなたはこんなにはやく死ぬはずではなかった、お詫びに好きな条件で転生させてあげます」と言う。 それに「チート転生がしてみたい」と答えるユズイ。 女神さまは喜んで願いを叶えてくれた……ただしBLゲーの世界で。 BLゲーでのチート。それはとにかく攻略対象の好感度がバグレベルで上がっていくということ。 このままではなにもしなくても総受けルートが確定してしまう! 男にモテても仕方ないとユズイはソロエンドを目指すが、チートを望んだ代償は大きくて……!? 溺愛&執着されまくりの学園ラブコメです。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。