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第2章

大冒険

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 スイちゃんと双子は、しばらく足取りも軽く山の麓を登った。山と言っても木が一本もなく、大きな砂山みたいだ。
「ふう。ちょっと疲れたなぁ。一休みしようよ」
 スイちゃんは、やる気まんまんだったが、すぐに音を上げた。
「ええ? もう疲れたの? まだ登り始めたばかりだよ」
 先頭を行くスピちゃんが呆れて言うと、スイちゃんの後ろのオポちゃんが大声で返した。
「あんた女の子に優しくないね。そんなふうじゃダメだよ。ちょっと休憩しようよ」
 おかげで岩に腰かけて一休みすることができたが、困ったことにお腹が空いてきた。とても喉が乾いていることも思い出した。
「ひょっとして、お腹が空いているのかい? だったら……」
 スピちゃんが、スイちゃんの着ている宇宙服のすごさを分かりやすく説明してくれた。
「左の腕についているパネルに、『ごはん』と入れてみて」
 言われた通りにスイちゃんが文字をタッチすると、宇宙服の内側から小さなパンダ型ロボットが出てきて、オニギリを口元に差し出してくれた。
「うわ! 何これ? 食べさせてくれるってことなの?」
 スイちゃんが慌てて、じたばたしているとオポちゃんが笑って言った。
「そうよ。口を拭いたり、背中をかいたり、大抵のことはロボットがやってくれるよ。試しに『水を飲ませて』と言ってみて」
「……喉が渇いたから、お水をちょうだい」
 スイちゃんが恐る恐る白黒ロボットに命令してみると、今度はスルスルとストローが口元に伸びてきたのだ。
「わあ、ありがとう。便利なロボットなのね」
「ドウイタシマシテ」
 パンダの満点な受け答えに、思わずスイちゃんは感心してしまった。そして今度は……。
「やばい。大変だよ、どうしよう」
「ええ? どうしたのさ、急に」
 スピちゃんが整った顔の眉を上げて心配してくれた。
「いや、あなたにはちょっと、言えないようなことでね」
 なおさらにスピちゃんが気にしてくれると、スイちゃんは青ざめてきた。
「こら、スピリット! これだから男の子はもう!」
 何かを察したのか、オポちゃんが助け船を出してくれた。スピちゃんを向こうにやって、女の子二人だけになり、ヒソヒソ小声で話し合う。
「おトイレに行きたくなったらね、心配いらないよ。宇宙服の中でやっちゃいな。ちゃんとできるようになっているから」
 にわかには信じられなかったが、着たまま全自動でやってくれるらしい。そう言われてみると、宇宙服でトイレに駆けこんで用を足すことなんて無理そうだ。
「ちぇ! 仲間外れにされちゃったよ」
 スピちゃんの悔しそうな顔に、思わず女の子達は笑ってしまった。

 すっかり元気を取り戻したスイちゃんは、再び山登りを開始した。火星修学旅行で山登りなんて、一体誰が言い出したのだろう。途方もない冒険だ。そんなの無理だと、あきらめてしまった人がいるかもしれない。

「気をつけて! スイちゃん」
 背中を押すオポちゃんの声に、はっとなり、はるか下の赤い岩と砂だらけの地面を見た。すると何か黒いつむじ風のような物が、坂を登って追いかけてくる。
「あれは火星の砂嵐よ。巻き込まれたら大変」
 先頭を行くスピちゃんも大声を上げた。
「吹き飛ばされたら危険だ。さあ、僕達に掴まって」
 砂嵐の竜巻は、まるで生きているようにジグザグに進み続けて三人を追いつめてくる。      
 巻き上げる砂ボコリとつむじ風で空は暗くなり、前も後ろも見えにくくなってきた。
 やがてパラパラと小石混じりの風がスイちゃんに襲いかかってきたが、スピちゃんとオポちゃんが覆い被さって必死に守ってくれる。
「がんばって! 前を向いて登り続けるんだ」
 双子の助けによって、何とかくじけずに進むことができた。
 でも何てことだろう。火星の空が砂嵐で真っ暗になるにつれ、だんだんと双子の元気がなくなってきたのだ。
「大丈夫なの? スピちゃん、オポちゃん」
 赤い砂にまみれた二人は、スイちゃんに心配かけまいと、無理をしているようにも思えた。
「何ともない、平気って言いたいところだけど……、僕達、暗くなったらダメなんだ」
「スピリットの言う通り、太陽の光を浴びないと私達は動けなくなっちゃうの」
 双子は、そう言い終わるかどうかの所でスイちゃんの目の前から煙のように消えてしまった。
「スピちゃん! オポちゃん! 二人とも、どこへ行っちゃったの?」
 スイちゃんが周りを見回して、どんなに叫んでも、不思議なことに双子は、かくれんぼをしたようにどこにも見当たらず、消えてしまったようだ。
「……スピちゃん、それにオポちゃん……」
 あまりの急な出来事に、とうとうスイちゃんはべそをかき始めた。
 でもそれは仕方のないことだろう。どんな強い子でも、こんな慣れない荒れた砂山に、ぽつんと残されたら、不安で心がつぶれてしまうにちがいない。
 しばらく双子を探しながら、登山を続けたスイちゃんだったが、困った時の赤いボタンのことを思い出したのだ。
「困った時は、今だよね。でもまだまだ登山は続きそうなのに、二番目のボタンを押しちゃっていいのかなあ?」
 スイちゃんが宇宙服に包まれた腕を組んで考えこんでいる時、目の前にある崖のひび割れた隙間に、何かが動いているような気がしたのだ。
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