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何かに取り憑かれる
しおりを挟む次の日、中村が遅くに目覚めると、ベッドに2人の姿はなかった。
「香里! 真里! どこへ行ったんだ!」
焦ってドアに足をぶつけながら家中を捜し回る。すると一戸建ての玄関に近い和室に、白い服を着た妻と娘の両方がいた。
簡略的な仏壇の前にちょこんと並んで座っていたのだが、そこにはお供え物と一緒に自分達の位牌と遺影が飾られていたのだ。
「何だ、こんな所にいたのか、早起きだな。さあ、ダイニングに行こうか。パンでも焼いて食べるかい? 目玉焼きとカリカリベーコンも作っちゃおうかな」
「…………」
「香里……、真里……?」
妻も娘も無言で中村の方に振り向いた。無表情で、感情と言うか心の動きが見えてこない。飼い慣らされていない鳥獣めいた目だった。
「どうした? また喋れなくなったのか? 悪ふざけはよしてくれよ」
2人は何も答えずにその部屋を後にした。どうも空腹になったらしい。
ダイニングで油っぽい皿を舐めるように平らげた娘は、中村の腕を引っ張り、しきりに外出を促してくる。
「ははは、真里の方から誘ってくるなんて珍しいな。どこに行きたいんだい?」
「……お墓参り」
「え? お盆には、まだ早いけど」
今度は長い髪を結んだ妻の方が答えたのだ。
「いいから、車に乗って外出したいの。3人で行こうよ」
「う~ん、分かったよ。僕も療養のための休暇が、いつまで取れるのか分かんないから、気分転換に墓参りでも出かけるか」
✡ ✡ ✡
天気に恵まれた日のドライブは少し暑かったが、中村を満面の笑みに変えた。後席にはお気に入りの帽子を被った妻と娘の姿がある。夏に向かう風は爽快さと共に、生きとし生ける物を青々と火照らす力に満ちているようだ。
最近になって草引きがなされ、小綺麗に掃除された跡のある墓を目の当たりにすると、中村の顔から笑みが消え去った。
何かを思い出しそうで、心臓の鼓動がやけに頸椎を伝って耳小骨にまで届く。
「ねえ、あなた。ここに眠っているのは一体誰なの?」
花を供えた妻が帽子で目元を隠しながら訊いてきた。
「誰って……お前……」
「あはは……! うふふ……!」
カラスアゲハ蝶を追いかける娘の真里の笑い声が、誰も参る事のない墓場に響き渡った。
無縁仏として雑に集積された墓石に、黒い鳥が舞い降りると汚い声で鳴いた。
急に気分が悪くなった中村は、その場に崩れるように倒れる。
「ううう……、頭が……、頭が割れるように痛い」
走った勢いで真里の白い帽子が風に飛ばされた。急いで帽子を拾いに行った娘の頭には何かが2つ、風に逆らってピクピクとしている。よく見ると黒い毛に覆われた猫の耳が、長い黒髪の間から突き出ていた。
「僕は、僕は何か悪い夢でも見ているのか……」
妻の香里が帽子を脱いで、俯せに倒れている中村の頭部を暑い日差しから守った。
「香里……」
やはり娘の真里と同じように妻の頭にも、黒い猫のような耳が長い髪の間から生えていたのだ。
「頼むよ……、香里……、真里。僕の傍から離れないで欲しい。もうどこにも行かないでくれ」
妻も娘も無言で中村の両脇に座った。香里は困ったような、それでいて寂しげな表情だ。真里も切ない笑顔を、精一杯に見せかけている感じがした。
「お願いだから、僕を独りにしないでくれよ。ずっとこのまま、3人で一緒に暮らそう……」
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