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ドリスの経過視察
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冒険者は基本的に請けた依頼をこなして報酬を得る、何でも屋のような職業だ。
勿論種族、人数、性別、得意不得意でやれる仕事が変わる。
そういうのを上手く宛がうのが冒険者ギルドの仕事だ。
下界ではギルドと言えば冒険者ギルドを指し、商業ギルドは商会、職人ギルドは職人組合というように別の呼称になっているようだ。
ギルドとは人が集まるところにある依頼仲介所の事。
依頼人はギルドを通して冒険者に依頼をし、冒険者はギルドからの依頼をこなす事で報酬を得る。
別に依頼人から直接依頼を受けても問題ないが、場合によってはトラブルに発展する事がある。
ギルドはそういうトラブルを未然に防ぐために依頼の精査や人選をする重要な仲介業者と言える。
下界を見ていると人が集まるところには大概ギルド職員がいる。
草原の街やオアシスの街はもちろんのこと、森の村や穀倉集落、草原の街の北のダンジョン前にすら職員の姿が見える。
一応農業と同じようでそれぞれ管轄範囲があるようで、草原の街なら森の村、北のダンジョン、穀倉集落、漁村が草原の街のギルドの管轄にあるようだ。
そんな草原の街のギルドを今見ているが、広い管轄を持っているだけあって建物は大きいし、付属する施設も多く存在する。
ギルド本館には待合所、会議室、取引所の他にも簡易的な治療所、宿泊室、食事処などもあり、充実している。
それに加え、一見ギルドとは無関係のように見える酒場や宿、浴場、一部の商店なども実はギルドの管轄のものだったりする。
これはギルド本館では口にされない情報などを収集するためで、それは冒険者の能力判断や依頼者の評価に繋がり、場合によっては不穏、不正な動きの対応にも一役買っている。
うーむ、神だからこういうのが見て取れるけど、もし普通に下界で生活していたらこんな事分からないよなぁ。
今も路地裏で裏取引をしている現場をギルドから依頼を請けた冒険者に見つかって捕まっている様子が見える。
これの依頼者は街の自警団なのだが、報酬の大半はギルドから支払われている。
本来自警団が報酬を支払うべきなのだが、ギルドはそれを肩代わりしている。
ギルドはこのような自治依頼に対して報酬の肩代わりや増額をして治安維持に力を入れている事をアピールする。
すると冒険者達は報酬額の良いこのような依頼を快く請け、成功率も高まる。
冒険者達の活動によって治安が良くなればそれを行ったギルドや冒険者達に対して印象が良くなる。
そうなるとギルドへ依頼をしに来る人が増えるという好循環が発生する。
つまりギルドは出資する代わりに信頼を得ているわけだ。
なるほど、こうやって信頼を得て今の規模になっていったわけか。
凄いなぁ、勉強になる。
何か参考に出来そうなことがあったら取り入れていこう。
「さて、行くか」
「はい」
仕事を終えて片付けが終わるといつものようにサチが腕を組んでくる。
今日は移民の神竜、ドリスに会いに行く。
経過は順調という報告はもらっているが、実際様子を見に行くのは初めてだ。
移民補佐官とも初めて会うし、楽しみだ。
転移した先は普通の浮遊島。
大きなログハウスのような木造の家屋があるぐらいでうちの島と大差はない。
一つ違う事があるなら浮遊島の周りに薄い白い膜のようなものが張られている事か。
「なあ、サチ、あの膜みたいなのってなんだ?」
「どれですか?」
「ほら、島全体を覆ってるやつ」
「・・・?」
俺が指を指したところをサチは目を凝らしてみているがわかって貰えない。
「それは防護膜です」
二人で空を見上げていたらログハウスから人が出てきて教えてくれる。
「防護膜?」
「はい。移民者がもし何か害を及ぼそうとしても出られないようにするバリアのようなものと伺っています。それが見えるということは貴方様が神様で間違いないですね」
「うん。そうだ」
どうやら神の俺でしかこの膜は見えないようだ。
「申し遅れました、私、移民補佐官のイルと申します」
姿勢を正して挨拶するその人は女性型の天機人だった。
長身でスラリとした手足と短めの髪はどこか教師のような雰囲気を醸し出している。
「よろしく、イル。ソウと呼んでくれ」
「かしこまりました、ソウ様」
「それで、ドリスの様子はどうだ?ちゃんと大人しくしてるか?」
「それは実際見ていただいた方が早いかと」
「そうか。じゃあ案内を頼む」
「かしこまりました。では事前に諸注意があります」
「ん?」
「今回お二人の来訪は当人には伝えておらず、抜き打ちとなっています。また、私の相方のアルにも伝えておりません」
「え、どういうこと?」
「移民補佐官は私ともう一人、男性型の天機人のアルがいます。アルは私と違って人が良いのでお二人がいらっしゃる事を知ったら緊張してしまいますので、それならいっそ二人とも教えないほうが面白・・・おほん、良いかと思いまして」
今面白って言ったぞ。
天機人は基本表情が乏しいから何考えているかわかり辛いんだよな。
このイルという天機人、思ったよりお茶目なのかもしれない。
「とりあえずわかった。そう心構えしておくよ」
「よろしくお願いします」
さて、どうなるかな。
サチを見ると凄くわくわくしている。
相変わらずなサチをみて心構えするのが若干馬鹿らしく思えてきた。
「ぬおおおお!ソウ殿!何故ここに!?」
「え?え?なに!?」
部屋に入ると中の二人が慌てる。
机の上にはパネルが幾つも開いていたところを見ると座学でもしていたのだろう。
ドリスは立ち上がってあたふたし、もう一人いる天機人、アルはそれを見て困惑している。
「落ち着きなさい。ちゃんと練習したでしょう」
「そ、そうであった」
イルが言うと少し冷静を取り戻し、こちらにドリスがやってくる。
「ようこそおいでくださった。歓迎する、ちがう、歓迎します、ソウ殿」
「お、おぉ、ありがとう」
背筋を立てた姿から礼儀正しい一礼をする姿に少し戸惑ってしまった。
まだ言葉遣いは以前の名残を残しているものの、前のような横柄な態度や雰囲気を感じない。
「如何ですか、ソウ様」
「凄いな、この短期間でこうも変わるものかと驚いてる」
「ふふん、我にかかれば造作もないことよ」
「と、まだこのように褒めると直ぐに図に乗ってしまうところはありますが」
胸を張ったところをイルに指摘され、しまった、という表情をしている。
「ふふ、そのようだな。でもこれぐらいなら俺は気にしないぞ」
「そうですか。なるほど、噂通りの方のようですね」
「ん?どういうこと?」
「ソウ様のお噂は知り合いから聞いていましたので。良い方だと」
「そ、そうか。皆にそう思われてるなら嬉しいな」
面と向かってそういわれると照れる。
「ソウ殿は我を迎え入れる器の大きい方と再三そう言っただろうに。それにイル、いつまで立ち話させておるつもりだ。はよ席に案内せぬか」
「おっと。これは失礼しました。こちらへどうぞ」
イルは一瞬驚いたような、嬉しそうな感じの表情をした気がする。
なかなか良好な関係をしているようだ。
イルに案内され席に着く。
ドリスは茶の用意をしてくると言い、部屋を出て行った。
「改めて自己紹介を。私がイル。移民補佐官をしております。そしてこちらがアル。私と同じ移民補佐官で、私達は姉弟機の天機人です」
「アルです。よろしくお願いします」
「ソウだ。二人ともよろしく」
姉弟機というだけあって二人の見た目は似ている。
ただ、似ているのは見た目だけで、イルはどこか鋭い雰囲気をしており、アルは逆に柔らかな雰囲気を持っている。
そんな事を思っていたらアルが意外な事を聞いてきた。
「ソウ様、サチナリアさんはどうですか?主神補佐官としてちゃんと仕事出来ていますか?」
「うん、色々助けてもらってるよ。二人は知り合いなのか?」
「えぇ。アルは主神補佐官候補だったのです。私の先輩にあたりますね」
「そうなのか。じゃあなんでサチが補佐官になったんだ?」
「それはですね・・・」
サチが理由を話そうとしたところで部屋の外から声が聞こえてくる。
「アル!すまぬが手助けしてくれぬか?」
「はいはいー!すみません、呼ばれたので行ってきます」
「あぁ」
断りを入れてアルはドリスの呼び声に応えて部屋を出て行く。
「アルは能力こそ高いのですが、あのように人が良すぎるのです」
「なるほど」
主神補佐官には色々な事が求められる。
その中には時に厳しく他人に接しなければならない事もある。
実際何度かサチが俺の前に出て相手を見据えて言葉強く話すことがあった。
そのような立ち振る舞いが求められた時に相応の動きが出来なければならないのだ。
サチとイルはアルにはそれが難しいと思っているようだ。
この短時間でもサチやドリスの事を気遣える人物というのは分かった。
気遣いの出来る人は基本的に優しい人が多いからな。
「お待たせした」
ドリスがお盆にお茶を乗せて戻ってきた。
「お口に合えば良いが・・・」
出されたのは普通の緑茶だ。
「いただこう」
ドリスが見守る中、ゆっくりと茶を啜る。
うん・・・うん、とても美味い。
サチが出してくれるこの世界のお茶も美味しいが、これはどこか懐かしい、前の世界で味わった上品な緑茶の味だ。
「これ、凄く美味しいです」
「うん。これはドリスが淹れたのか?」
「うむ。アルに少し無理を言って探してもらった茶葉から淹れたものだ。我の好きな味でな」
「緑茶、好きなのか」
「うむ。こちらの世界に来てアルやイルに色々淹れてもらったが、二人には悪いが我はこれが一番だと思う」
「実際彼女の淹れたお茶は美味しいですからね。イルもそこは認めているようです」
アルが自分の事のように嬉しそうに話すとイルが少し悔しそうにしている。
さすが神竜の姫だけあって前の世界で色々と味覚が鍛えられていたのだろう。こればかりはしょうがないと思う。
ふむ、味覚か。
「サチ、ちょっと」
「なんでしょうか」
サチに頼んで空間収納からいくつか料理を出してもらう。
「おぉ。切り身か。いや、これは魚ではないな」
出して貰った料理に早速ドリスが興味深そうに食いつく。
「ちょっと味見してもらえるか?」
「良いのか?・・・ふむ、うーむ・・・」
ドリスは目を閉じて小さく頷きながら食べる。
「どうだ?」
「正直に申してよいか?」
「うん」
「味気ない」
「やっぱりか。どうすればいいと思う?」
「そりゃやっぱりこの味には醤油かの」
「醤油を知ってるのか」
「無論知っておる。前の世界では重宝しとったからな。・・・無いのか?こっちには」
「うん。実は・・・」
ドリスにこの世界の食事事情を説明する。
「なんと・・・。なるほど、こちらに来てから出されるものがやけに質素なのはそういうことであったか」
「俺もどうにかしたいと思って料理を教えたりしているんだが、作ったり教えたりしていくと色々力不足を感じてね」
「なるほどなるほど。して、ソウ殿は我に何を頼みたいのだ?」
目を閉じてうんうんと頷いたあとに片目だけあけてにやりとしながら聞いて来た。
「・・・ばれてたか」
「ふふ、我は元姫ぞ。そのようにして願いをする者を幾人と見てきたからの」
「ばれちゃしょうがないな。単刀直入に言うと醤油をはじめとした調味料の開発が出来る人材を探しているんだ」
今の状況を簡単に説明する。
「ほうほう。既に頼める者はおるが、味の良し悪しや管理ができる者がおらぬわけか」
「うん。そこで醤油を知っているならどうかなと」
「そうだのぅ。我としてはソウ殿の頼みとあらば無下に出来ぬのだがのぅ。移民補佐官殿がなんと言うか」
困ったような演技をしながらイルに視線を送っている。
「まだダメです。ダメですが、将来的にというのであれば、こちらとしてもやりたい事を見つける手間が省けるので反対は致しません」
「本当か!」
「よかったね、ドリス。あの、ソウ様、その事について少し進言しても宜しいでしょうか」
「なんだ?アル」
「将来ドリスが着手する予定の調味料作りですが、ドリス一人では厳しいと思われます」
「む、アルは我を信じられぬというのか?」
「そうじゃないよ。ドリス一人では負担が大きくなってしまうと心配してるだけだよ。そこで他にもドリスと共に作業する者を見つけた方が良いかと思うのですが」
「ふむ。確かに」
「むぅ。ソウ殿もアルに賛同されるか」
「賛同というか、一緒に作る仲間みたいなのが居た方が出来上がったときの喜びを分かち合えていいなと思ったかな」
「仲間・・・」
「もうドリスはお姫様じゃないからな。友達なり仲間なり同等の立場で相談しながら作ればより良い調味料が出来るんじゃないか?」
ルミナの農園を見ているとそんな風に思えてくる。
「ふぅむ・・・。我にそのような者が出来るだろうか」
「イルはその辺りがまだまだだから許可が出せないんだろ?」
「仰る通りです」
「むー」
イルに食い気味に言われてむくれている。
「そう難しく考えなくていいと思うぞ。今のドリスならいずれそういう人も出来ると思う」
「そうかの?ソウ殿にそう言われると不思議と大丈夫に思えてくる」
「ははは、その調子で頑張れ」
「うむっ」
「ソウ殿、またいらしてくだされ」
思いのほかドリスの日々の話が面白く、ついつい長居してしまった。
「うん。また来るよ。アル、イル、ドリスをよろしく頼む」
「はっ」
「かしこまりました」
ドリスもアルとイルがいれば大丈夫だろう。
「あぁ、そうだ、ドリス」
「ん?」
「移民申請ちゃんと受理されたから」
「それは本当か!?そんな大事な事をさらっと言うでない!」
「ははは、そんなわけだから、しっかりこっちに馴染めるよう頑張ってくれ」
「うむ!我は頑張るぞ!」
帰宅していつもの風呂の時間。
「お疲れ様でした」
「うん。思ったより安定してたな」
「さすが移民補佐官というだけありますね」
「だなぁ。口調はまだ勘違いされるかもしれないが、必要に応じて使い分けるように出来ればいいだろう。何より持ってる雰囲気が丸くなったのがいい」
「そうですね。先ほどイルから私達が帰った後のドリスの様子が事細かく記された報告が来ましたよ」
「ほー。なんだって?」
「喜んで、踊りまわって、自慢して、疲れて寝てしまったらしいです」
「まるで子供だな」
「子供ですよ、あれは」
「サチは手厳しいな」
サチは子供というが、どこか大人のような仕草をする事がある。
そのなんとも言えない入り乱れた感じが人の心を惹きつける魅力になっている気がする。
「彼女にはしっかりと成長して頂かないといけませんからね。調味料の製作にも携わることになるでしょうから」
「そうだな」
「それに、この世界に馴染んだ頃にここに来た時の話をイルと共にするという楽しみがありますので」
「なんだその歪んだ楽しみ方は」
「彼女はなかなかの逸材ですからね。イルとは先ほど立場とは別に情報交換の話をつけてきましたので、今後はもう少し細かい様子が分かると思います」
「そ、そうか。ほどほどにな」
俺ももしかするとこんな風に交流のネタにされてるかもしれない。
いや、間違いなくされてるだろうな。別に構わないが、ほどほどにしてもらいたい。なんか恥ずかしいし。
「あと、アルから茶葉を頂いたのでうちでもあの緑茶を楽しめますよ」
「お、本当か。じゃあ上がったら早速冷たくして頂くとしよう」
「良いですね。楽しみです」
勿論種族、人数、性別、得意不得意でやれる仕事が変わる。
そういうのを上手く宛がうのが冒険者ギルドの仕事だ。
下界ではギルドと言えば冒険者ギルドを指し、商業ギルドは商会、職人ギルドは職人組合というように別の呼称になっているようだ。
ギルドとは人が集まるところにある依頼仲介所の事。
依頼人はギルドを通して冒険者に依頼をし、冒険者はギルドからの依頼をこなす事で報酬を得る。
別に依頼人から直接依頼を受けても問題ないが、場合によってはトラブルに発展する事がある。
ギルドはそういうトラブルを未然に防ぐために依頼の精査や人選をする重要な仲介業者と言える。
下界を見ていると人が集まるところには大概ギルド職員がいる。
草原の街やオアシスの街はもちろんのこと、森の村や穀倉集落、草原の街の北のダンジョン前にすら職員の姿が見える。
一応農業と同じようでそれぞれ管轄範囲があるようで、草原の街なら森の村、北のダンジョン、穀倉集落、漁村が草原の街のギルドの管轄にあるようだ。
そんな草原の街のギルドを今見ているが、広い管轄を持っているだけあって建物は大きいし、付属する施設も多く存在する。
ギルド本館には待合所、会議室、取引所の他にも簡易的な治療所、宿泊室、食事処などもあり、充実している。
それに加え、一見ギルドとは無関係のように見える酒場や宿、浴場、一部の商店なども実はギルドの管轄のものだったりする。
これはギルド本館では口にされない情報などを収集するためで、それは冒険者の能力判断や依頼者の評価に繋がり、場合によっては不穏、不正な動きの対応にも一役買っている。
うーむ、神だからこういうのが見て取れるけど、もし普通に下界で生活していたらこんな事分からないよなぁ。
今も路地裏で裏取引をしている現場をギルドから依頼を請けた冒険者に見つかって捕まっている様子が見える。
これの依頼者は街の自警団なのだが、報酬の大半はギルドから支払われている。
本来自警団が報酬を支払うべきなのだが、ギルドはそれを肩代わりしている。
ギルドはこのような自治依頼に対して報酬の肩代わりや増額をして治安維持に力を入れている事をアピールする。
すると冒険者達は報酬額の良いこのような依頼を快く請け、成功率も高まる。
冒険者達の活動によって治安が良くなればそれを行ったギルドや冒険者達に対して印象が良くなる。
そうなるとギルドへ依頼をしに来る人が増えるという好循環が発生する。
つまりギルドは出資する代わりに信頼を得ているわけだ。
なるほど、こうやって信頼を得て今の規模になっていったわけか。
凄いなぁ、勉強になる。
何か参考に出来そうなことがあったら取り入れていこう。
「さて、行くか」
「はい」
仕事を終えて片付けが終わるといつものようにサチが腕を組んでくる。
今日は移民の神竜、ドリスに会いに行く。
経過は順調という報告はもらっているが、実際様子を見に行くのは初めてだ。
移民補佐官とも初めて会うし、楽しみだ。
転移した先は普通の浮遊島。
大きなログハウスのような木造の家屋があるぐらいでうちの島と大差はない。
一つ違う事があるなら浮遊島の周りに薄い白い膜のようなものが張られている事か。
「なあ、サチ、あの膜みたいなのってなんだ?」
「どれですか?」
「ほら、島全体を覆ってるやつ」
「・・・?」
俺が指を指したところをサチは目を凝らしてみているがわかって貰えない。
「それは防護膜です」
二人で空を見上げていたらログハウスから人が出てきて教えてくれる。
「防護膜?」
「はい。移民者がもし何か害を及ぼそうとしても出られないようにするバリアのようなものと伺っています。それが見えるということは貴方様が神様で間違いないですね」
「うん。そうだ」
どうやら神の俺でしかこの膜は見えないようだ。
「申し遅れました、私、移民補佐官のイルと申します」
姿勢を正して挨拶するその人は女性型の天機人だった。
長身でスラリとした手足と短めの髪はどこか教師のような雰囲気を醸し出している。
「よろしく、イル。ソウと呼んでくれ」
「かしこまりました、ソウ様」
「それで、ドリスの様子はどうだ?ちゃんと大人しくしてるか?」
「それは実際見ていただいた方が早いかと」
「そうか。じゃあ案内を頼む」
「かしこまりました。では事前に諸注意があります」
「ん?」
「今回お二人の来訪は当人には伝えておらず、抜き打ちとなっています。また、私の相方のアルにも伝えておりません」
「え、どういうこと?」
「移民補佐官は私ともう一人、男性型の天機人のアルがいます。アルは私と違って人が良いのでお二人がいらっしゃる事を知ったら緊張してしまいますので、それならいっそ二人とも教えないほうが面白・・・おほん、良いかと思いまして」
今面白って言ったぞ。
天機人は基本表情が乏しいから何考えているかわかり辛いんだよな。
このイルという天機人、思ったよりお茶目なのかもしれない。
「とりあえずわかった。そう心構えしておくよ」
「よろしくお願いします」
さて、どうなるかな。
サチを見ると凄くわくわくしている。
相変わらずなサチをみて心構えするのが若干馬鹿らしく思えてきた。
「ぬおおおお!ソウ殿!何故ここに!?」
「え?え?なに!?」
部屋に入ると中の二人が慌てる。
机の上にはパネルが幾つも開いていたところを見ると座学でもしていたのだろう。
ドリスは立ち上がってあたふたし、もう一人いる天機人、アルはそれを見て困惑している。
「落ち着きなさい。ちゃんと練習したでしょう」
「そ、そうであった」
イルが言うと少し冷静を取り戻し、こちらにドリスがやってくる。
「ようこそおいでくださった。歓迎する、ちがう、歓迎します、ソウ殿」
「お、おぉ、ありがとう」
背筋を立てた姿から礼儀正しい一礼をする姿に少し戸惑ってしまった。
まだ言葉遣いは以前の名残を残しているものの、前のような横柄な態度や雰囲気を感じない。
「如何ですか、ソウ様」
「凄いな、この短期間でこうも変わるものかと驚いてる」
「ふふん、我にかかれば造作もないことよ」
「と、まだこのように褒めると直ぐに図に乗ってしまうところはありますが」
胸を張ったところをイルに指摘され、しまった、という表情をしている。
「ふふ、そのようだな。でもこれぐらいなら俺は気にしないぞ」
「そうですか。なるほど、噂通りの方のようですね」
「ん?どういうこと?」
「ソウ様のお噂は知り合いから聞いていましたので。良い方だと」
「そ、そうか。皆にそう思われてるなら嬉しいな」
面と向かってそういわれると照れる。
「ソウ殿は我を迎え入れる器の大きい方と再三そう言っただろうに。それにイル、いつまで立ち話させておるつもりだ。はよ席に案内せぬか」
「おっと。これは失礼しました。こちらへどうぞ」
イルは一瞬驚いたような、嬉しそうな感じの表情をした気がする。
なかなか良好な関係をしているようだ。
イルに案内され席に着く。
ドリスは茶の用意をしてくると言い、部屋を出て行った。
「改めて自己紹介を。私がイル。移民補佐官をしております。そしてこちらがアル。私と同じ移民補佐官で、私達は姉弟機の天機人です」
「アルです。よろしくお願いします」
「ソウだ。二人ともよろしく」
姉弟機というだけあって二人の見た目は似ている。
ただ、似ているのは見た目だけで、イルはどこか鋭い雰囲気をしており、アルは逆に柔らかな雰囲気を持っている。
そんな事を思っていたらアルが意外な事を聞いてきた。
「ソウ様、サチナリアさんはどうですか?主神補佐官としてちゃんと仕事出来ていますか?」
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「そうなのか。じゃあなんでサチが補佐官になったんだ?」
「それはですね・・・」
サチが理由を話そうとしたところで部屋の外から声が聞こえてくる。
「アル!すまぬが手助けしてくれぬか?」
「はいはいー!すみません、呼ばれたので行ってきます」
「あぁ」
断りを入れてアルはドリスの呼び声に応えて部屋を出て行く。
「アルは能力こそ高いのですが、あのように人が良すぎるのです」
「なるほど」
主神補佐官には色々な事が求められる。
その中には時に厳しく他人に接しなければならない事もある。
実際何度かサチが俺の前に出て相手を見据えて言葉強く話すことがあった。
そのような立ち振る舞いが求められた時に相応の動きが出来なければならないのだ。
サチとイルはアルにはそれが難しいと思っているようだ。
この短時間でもサチやドリスの事を気遣える人物というのは分かった。
気遣いの出来る人は基本的に優しい人が多いからな。
「お待たせした」
ドリスがお盆にお茶を乗せて戻ってきた。
「お口に合えば良いが・・・」
出されたのは普通の緑茶だ。
「いただこう」
ドリスが見守る中、ゆっくりと茶を啜る。
うん・・・うん、とても美味い。
サチが出してくれるこの世界のお茶も美味しいが、これはどこか懐かしい、前の世界で味わった上品な緑茶の味だ。
「これ、凄く美味しいです」
「うん。これはドリスが淹れたのか?」
「うむ。アルに少し無理を言って探してもらった茶葉から淹れたものだ。我の好きな味でな」
「緑茶、好きなのか」
「うむ。こちらの世界に来てアルやイルに色々淹れてもらったが、二人には悪いが我はこれが一番だと思う」
「実際彼女の淹れたお茶は美味しいですからね。イルもそこは認めているようです」
アルが自分の事のように嬉しそうに話すとイルが少し悔しそうにしている。
さすが神竜の姫だけあって前の世界で色々と味覚が鍛えられていたのだろう。こればかりはしょうがないと思う。
ふむ、味覚か。
「サチ、ちょっと」
「なんでしょうか」
サチに頼んで空間収納からいくつか料理を出してもらう。
「おぉ。切り身か。いや、これは魚ではないな」
出して貰った料理に早速ドリスが興味深そうに食いつく。
「ちょっと味見してもらえるか?」
「良いのか?・・・ふむ、うーむ・・・」
ドリスは目を閉じて小さく頷きながら食べる。
「どうだ?」
「正直に申してよいか?」
「うん」
「味気ない」
「やっぱりか。どうすればいいと思う?」
「そりゃやっぱりこの味には醤油かの」
「醤油を知ってるのか」
「無論知っておる。前の世界では重宝しとったからな。・・・無いのか?こっちには」
「うん。実は・・・」
ドリスにこの世界の食事事情を説明する。
「なんと・・・。なるほど、こちらに来てから出されるものがやけに質素なのはそういうことであったか」
「俺もどうにかしたいと思って料理を教えたりしているんだが、作ったり教えたりしていくと色々力不足を感じてね」
「なるほどなるほど。して、ソウ殿は我に何を頼みたいのだ?」
目を閉じてうんうんと頷いたあとに片目だけあけてにやりとしながら聞いて来た。
「・・・ばれてたか」
「ふふ、我は元姫ぞ。そのようにして願いをする者を幾人と見てきたからの」
「ばれちゃしょうがないな。単刀直入に言うと醤油をはじめとした調味料の開発が出来る人材を探しているんだ」
今の状況を簡単に説明する。
「ほうほう。既に頼める者はおるが、味の良し悪しや管理ができる者がおらぬわけか」
「うん。そこで醤油を知っているならどうかなと」
「そうだのぅ。我としてはソウ殿の頼みとあらば無下に出来ぬのだがのぅ。移民補佐官殿がなんと言うか」
困ったような演技をしながらイルに視線を送っている。
「まだダメです。ダメですが、将来的にというのであれば、こちらとしてもやりたい事を見つける手間が省けるので反対は致しません」
「本当か!」
「よかったね、ドリス。あの、ソウ様、その事について少し進言しても宜しいでしょうか」
「なんだ?アル」
「将来ドリスが着手する予定の調味料作りですが、ドリス一人では厳しいと思われます」
「む、アルは我を信じられぬというのか?」
「そうじゃないよ。ドリス一人では負担が大きくなってしまうと心配してるだけだよ。そこで他にもドリスと共に作業する者を見つけた方が良いかと思うのですが」
「ふむ。確かに」
「むぅ。ソウ殿もアルに賛同されるか」
「賛同というか、一緒に作る仲間みたいなのが居た方が出来上がったときの喜びを分かち合えていいなと思ったかな」
「仲間・・・」
「もうドリスはお姫様じゃないからな。友達なり仲間なり同等の立場で相談しながら作ればより良い調味料が出来るんじゃないか?」
ルミナの農園を見ているとそんな風に思えてくる。
「ふぅむ・・・。我にそのような者が出来るだろうか」
「イルはその辺りがまだまだだから許可が出せないんだろ?」
「仰る通りです」
「むー」
イルに食い気味に言われてむくれている。
「そう難しく考えなくていいと思うぞ。今のドリスならいずれそういう人も出来ると思う」
「そうかの?ソウ殿にそう言われると不思議と大丈夫に思えてくる」
「ははは、その調子で頑張れ」
「うむっ」
「ソウ殿、またいらしてくだされ」
思いのほかドリスの日々の話が面白く、ついつい長居してしまった。
「うん。また来るよ。アル、イル、ドリスをよろしく頼む」
「はっ」
「かしこまりました」
ドリスもアルとイルがいれば大丈夫だろう。
「あぁ、そうだ、ドリス」
「ん?」
「移民申請ちゃんと受理されたから」
「それは本当か!?そんな大事な事をさらっと言うでない!」
「ははは、そんなわけだから、しっかりこっちに馴染めるよう頑張ってくれ」
「うむ!我は頑張るぞ!」
帰宅していつもの風呂の時間。
「お疲れ様でした」
「うん。思ったより安定してたな」
「さすが移民補佐官というだけありますね」
「だなぁ。口調はまだ勘違いされるかもしれないが、必要に応じて使い分けるように出来ればいいだろう。何より持ってる雰囲気が丸くなったのがいい」
「そうですね。先ほどイルから私達が帰った後のドリスの様子が事細かく記された報告が来ましたよ」
「ほー。なんだって?」
「喜んで、踊りまわって、自慢して、疲れて寝てしまったらしいです」
「まるで子供だな」
「子供ですよ、あれは」
「サチは手厳しいな」
サチは子供というが、どこか大人のような仕草をする事がある。
そのなんとも言えない入り乱れた感じが人の心を惹きつける魅力になっている気がする。
「彼女にはしっかりと成長して頂かないといけませんからね。調味料の製作にも携わることになるでしょうから」
「そうだな」
「それに、この世界に馴染んだ頃にここに来た時の話をイルと共にするという楽しみがありますので」
「なんだその歪んだ楽しみ方は」
「彼女はなかなかの逸材ですからね。イルとは先ほど立場とは別に情報交換の話をつけてきましたので、今後はもう少し細かい様子が分かると思います」
「そ、そうか。ほどほどにな」
俺ももしかするとこんな風に交流のネタにされてるかもしれない。
いや、間違いなくされてるだろうな。別に構わないが、ほどほどにしてもらいたい。なんか恥ずかしいし。
「あと、アルから茶葉を頂いたのでうちでもあの緑茶を楽しめますよ」
「お、本当か。じゃあ上がったら早速冷たくして頂くとしよう」
「良いですね。楽しみです」
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気が付くと何もない真っ白な空間にいた新は隣にもう1人、自分自身がいることに理解が追い付かないまま神を自称する女に問われる。
「どちらが元の世界に残り、どちらが異世界に転生しますか」
実質的に帰還不可能となった剣と魔術の異世界で、青年は何を思い、何を成すのか。
消し去りたい過去と向き合い、その上で彼はもう一度立ち上がることが出来るのか。
異世界人アラタ・チバは生きる、ただがむしゃらに、精一杯。
少なくとも始めのうちは主人公は強くないです。
強くなれる素養はありますが強くなるかどうかは別問題、無双が見たい人は主人公が強くなることを信じてその過程をお楽しみください、保証はしかねますが。
異世界は日本と比較して厳しい環境です。
日常的に人が死ぬことはありませんがそれに近いことはままありますし日本に比べればどうしても命の危険は大きいです。
主人公死亡で主人公交代! なんてこともあり得るかもしれません。
つまり主人公だから最強! 主人公だから死なない! そう言ったことは保証できません。
最初の主人公は普通の青年です。
大した学もなければ異世界で役立つ知識があるわけではありません。
神を自称する女に異世界に飛ばされますがすべてを無に帰すチートをもらえるわけではないです。
もしかしたらチートを手にすることなく物語を終える、そんな結末もあるかもです。
ここまで何も確定的なことを言っていませんが最後に、この物語は必ず「完結」します。
長くなるかもしれませんし大して話数は多くならないかもしれません。
ただ必ず完結しますので安心してお読みください。
ブックマーク、評価、感想などいつでもお待ちしています。
この小説は同じ題名、作者名で「小説家になろう」、「カクヨム」様にも掲載しています。
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なろうにも数話遅れてますが投稿しております。
誤字脱字など多いと思うので指摘してくれれば即直します。
自分でも見直しますが、ご協力お願いします。
感想の返信はあまりできませんが、しっかりと目を通してます。
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