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思考の広さ

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砂の島に行った影響か、今日は下界の砂漠に注目している。

下界の砂漠はこっちと違って過酷な環境だ。

暑いのはもちろんのこと、この環境で生きる生物が存在する。

そしてそういう生き物は人に対しても獰猛な事が多い。

実際一覧を見ても人に対して赤表示、敵対と表示されてる。

地中を動き回り、奇襲をかけるサンドワームや猛毒の尻尾を持ったレッドスコーピオンなど砂漠ならではの生き物が多く存在している。

そんな危険な生物が多いので草原の街とオアシスの街の行き来は困難であるかといえば、そうでもない。

石材で作られた街道であれば比較的安全に移動が可能になっているからだ。

これは双方の街から冒険者が出ては定期的に街道に現れる敵対生物を撃退しているおかげだ。

特定の場所を集中的に、それ以外はそこそこにと緩急つけて駆除すると生き物はテリトリーを意識するようになり、次第に近付かなくなる。

冒険者達もそのあたりを理解しているのか、命を奪うまでの事はあまりしない。その方が効果が高いからだ。

しかし、世の中どうやっても飛び出したがる輩が少なからず居る。

今画面には自慢の尻尾を切り飛ばされたレッドスコーピオンが映っている。

それでも逃げずに相手に突撃し、結局一刀両断されてしまった。

レッドスコーピオンはそれなりに硬い甲殻を持っているので、なかなかこういうような倒され方はしないのだが、相手が悪かったようだ。

倒したのは末裔の夫婦。

依頼を受けて街道付近で暴れる敵対生物の撃退をしに来たようだ。

普通ならレッドスコーピオンの討伐となるともっと人数が必要で、前衛が攻撃を防いでいる間に魔法や鈍器を駆使するものだが、末裔は夫婦は二人で倒してしまった。

やはりあの木剣が彼らの強さの鍵になっている。

鍵と言っても木剣自体は壊れない丈夫な木製の剣程度しか勇者の武器としての効力は発揮していない。

だが、この末裔はその特性というのを上手く利用して戦ってここまで強くなった。

まず木剣は金属武器と比べて軽い。

それを利用して素早い攻撃を繰り出し、同時に回避に重点を置いた立ち回りをする。

このような暑い環境だと金属鎧を利用するにも厳しい環境だが、そのような装備も素早く動くには不要というこの地域で戦うにはうってつけな戦い方だ。

また、彼の強さを更に上げたのが妻になったヒーラーにある。

回復はもちろんのこと、支援魔法が大きな強さを与えていた。

武器に付与する魔法の一つに武器を強化するというものがある。

これは武器を丈夫にするほか、切れ味なども増加させる。

一般的にこの魔法は初歩的な強化魔法なのでそこまで重要視されたりはしない。

だが、これを木剣にかけることで鈍器に近かった剣が軽く丈夫な鋭い剣に変わるのだ。

二人はその事にいち早く気付き、この支援魔法で切れ味をとにかく高めるという改良を行った。

その結果がこのレッドスコーピオンの一刀両断である。

「すごいな」

「そうですね。二人で倒してしまうとは」

「それもだが、俺が凄いと思うのは思考の柔軟さかな」

「柔軟さ、ですか」

「うん。確かに珍しい武器を持っているというのはあるかもしれないが、それだけでは他の冒険者より抜き出た強さにはならないと思う」

彼らの真の強さはその思考の柔軟さと向上心だと俺は思っている。

如何に自分のおかれた状況を上手く利用するか、どうやって高めるか、そういったことを考える力が彼らを強くしていっているのだと思う。

また、こういう事を考えるのを二人で楽しくやっているというのもいい効果を生み出している気がする。

今も何やら話し合いながら事後処理をしている。

こういうのが大事じゃないかと俺は思う。

俺も見習わなければな。がんばろう。



仕事が終わった後、ルミナの農園に来て今は料理教室の打ち合わせをユキ達としている。

「一応茹でる事まではみんな出来るようになりました。あと、箸も特訓してみんな使えるようになりました」

「おーがんばってるね」

ちなみにサチはここにはいない。

どうやら先日ルミナに初勝利した事で自信をつけたようで、今日は一人で何とかすると豪語していたのでルミナのところに置いてきた。

「とりあえず今日は基本的な焼く、炒める辺りかな」

「はい」

「あと調味料についても少し触れておいた方がいいな」

「あ、それは以前ソウ様が料理する際に味を加えていたものですよね」

「そうそう。多分調理方法より調味料の方が奥が深いよ」

「そうなんですか?」

「俺が知ってるのなんて僅かなぐらいね」

「そ、そんなにですか・・・」

調味料の可能性は無限大だと思う。

ある程度確立された組み合わせは知ってるが、それ以外にも沢山ある事も知っている。

実際サチに資料を見せてもらったが、大半が理解できなかったし。

そのうち技術が上がったユキ達に見てもらおう。俺よりわかるかもしれない。

「とりあえず今日はそんな感じでよろしく」

「はい、お願いします」

事前の打ち合わせはこれで終わり、後はみんなが揃うのを待つだけだな。

待ってる間の時間はユキ達料理上手組の質疑応答になった。

うーん、上達が早い。本当に抜かれるのが時間の問題な気がする。

そうこうしている間に次第に人が集まり、最後にツヤツヤしたルミナと髪をボサボサにしたサチが来た。

やっぱりそうなると思ったよ。



「このように焼くという調理にも様々あり、直に火に当てる方法、火に当てずに熱を伝わせる方法、フライパンなど金属を熱した熱を利用した方法など様々あります」

料理教室は実習の前に座学をするのがいつもの事になっている。

サチが日々俺がやっているのを上手くまとめて説明してくれている。

俺じゃこんな上手く説明できないからな。助かる。

今日から本格的に火を使った調理を行う。

これまで教えた冷やしたりする方法より危険を伴う可能性がある。十分に注意したい。

多分最初だから焦がす奴も出るだろうな。特にルミナ辺りがやらかしそうだ。

そう思って今日は食材を多めに用意してある。

おかげで俺の皮むき作業は大忙しだ。

これもみんなでやればいいのかもしれないが、座学の最中は暇なので俺がやっている。

そんな俺の作業を真横で見ている奴が一人いる。

手を止めてそいつの方を見る。

「気にせず続けて」

「気にするっつの。ちゃんとサチの話聞いとけよ」

「大丈夫。聞いてる。姉さんが」

お前なぁ・・・。

俺の隣に居るのはモミジ。

ワカバとモミジの二人は俺の料理教室に参加するのは今日が初めてだ。

ユキやリミから聞くには非常に料理に対して意欲的で、日々あれやこれやと質問攻めにあうそうだ。

今もワカバの方はサチの説明を最前列で食い入るように聞いている。

その一方で妹のモミジはというと俺の方に張り付いて作業を凝視している。

うーん、どうもこのモミジという天機人は自由人気質で行動が読めない節があるな。

まぁいいか、二人で分担してると考えよう。

そう思って作業を再開する。

作物を持って包丁に当てて皮を剥く。その作業の繰り返し。

その様子をモミジは目を輝かせて食い入るように見ている。

あ、俺の作業を道具を持たずに手の動きだけ真似しはじめた。

そうじゃない、作物の方をまわすんだよ。

しょうがないな。もう少し見やすくやってやるか。



コンロの火力を強めにする。

「この火に直接当てて焼くのが直火焼きだ。串に刺した物を火に当てて焼いたり、網を置いてその上に載せて焼いたりする」

串に刺した牛肉の実に軽く塩をふって火に当てる。

「直火焼きの注意するところは。焦げ付きだな」

肉の色が次第に変わりいい匂いが漂ってくる。

本来直火焼きでは生焼けも注意するべきなのかもしれないが、この世界の実の大半は生でも食えるので言わない事にした。

「ソウ様、端の方が黒くなってきました」

「うん、もういいね。この黒いのが焦げ付き。この程度なら食べても味に問題はないかな」

串から外して更に小さく切って皿に並べて前にだすと各々自分の箸で摘んで口に運ぶ。

そしてそれぞれ食べた感想を言う。これが今回の実習だ。

ユキから自分達で実際調理するのは俺が帰った後に自主的にやるので、料理教室では出来るだけ多くの技術を見せて欲しいといわれてこのような形式になった。

「直火焼きのいいところはやはり香ばしい匂いかな。逆に難しいところは火力調整だな」

「火力調整ですか?」

「うん。弱ければなかなか焼けない、強ければあっという間に真っ黒に焦げてしまう」

「真っ黒じゃダメなの?」

ルミナが面白い事を言う。

よし、ちょっと待ってろ。

再び串に肉を刺して今度は真っ黒になるまで焼く。

「ほれ、ちょっと食ってみな」

ルミナと同じ考えを持つ者が数名取って口にする。

「・・・うえぇ・・・苦い・・・」

吐かなかっただけ偉いと思う。

「こんな感じで焦げすぎると苦くなり食感も悪い。この辺りの感覚は回数こなすとわかってくると思う」

真面目に聞く農園の子たちの横でサチが渋い顔したルミナを見て声を殺して笑っている。

相変わらず仲良いね君ら。



直火焼きの説明が終わったら応用の炙りを軽く見せる。

それが終わると火を当てない遠火焼き、フライパンを使った鉄板焼きと炒め、ついでに蒸し焼きも実践してみせる。

そして最後に簡単に調味料で色々な味になるという話をして実習は終わる。

「今日はこんなとこかな。何か質問ある?・・・無さそうだね、じゃあ今日はここまでで」

「ありがとうございました!」

料理教室が終わると農園の子達は今日やった事を早速話し合う。

特にユキやリミをはじめとした料理の上手い子を中心に輪が出来上がる。

うーん、何か聞きたければ直接聞いてくれてもいいのに。ちょっと寂しいぞ。

「おつかれさまでした」

「ん、ありがと」

サチがお茶を出してくれる。うん、寂しく無くなった。

「ソウ、アレやりましょうアレ」

サチのいうアレとは団子でやる運試しだ。

えー・・・あんまり乗り気しないんだけど・・・。

あれは何か催しとかの席でやる方が盛り上がると思うんだ。

「では逆でやるのはどうですか?」

「どういうこと?」

「あたりを入れるのです。例えば普通は餡なし、当たりは餡入りとか」

「なるほど、それならいいかもね」

よし、作ってみよう。



俺が団子を作っていると気付いた子達がこっちに来る。

そして興味深そうに俺の作業を見ている。

今回使う餡は普通の餡子、果物系、肉系、ピリ辛系。

作った餡を団子に入れて、沸かした鍋の湯に一度に全部入れる。

「あの、ソウ様」

「なんだ?」

「これ、どれがどれだかわからなくなりませんか?」

「そうだね。俺もわからん」

「いいのですか?」

「うん。これは中身がわからないのを食べる遊びみたいなものだから」

「なるほど」

「大丈夫。どれもちゃんと食えるから」

辛いのも入っているが激辛にはしていないから大丈夫。

中身を当てるのはそう難しくないはず。難易度は初心者向けという感じだな。

味の好みもあるだろうから、好みの味に当たれば当たり、そうでなければハズレ、そんな風に各々感じてくれればいい。

「よし、こんなもんかな。どうぞ」

完成した中身不明の団子をみんなの前に出す。

とはいえさすがに中身がわからないと人は躊躇うものだ。

「もーらい」

その躊躇いを一番に崩したのはルミナ。

それに続いてモミジ、ワカバと団子を取る。

するとそれを見た他の子達も次々取っていく。

そして最後に残ったのをユキが取っていった。

こういう時性格がでるもんだなぁ。面白い発見だ。

各々手に取った団子を口にして感想を言い合ってる。

中身を見てから食べる子もいるし、分け合う子もいるな。

一口で行って欲しかったけど特に食べ方を指定したわけでもないし、楽しく食べてるようなのでこれはこれでいいかな。

ユキはリミと相談しながら少しずつ食べてる。

ワカバは団子の感触とモミジの頬を比べてる。

ルミナは既に食べ終えてサチのを狙ってるな。横取りはダメだぞー。

うん、たまにはこういう食べ方をみんなでするのもいいな。

後は誰があの運試しの方法に気付くかだ。

今回こうやったのは思考の幅を広げるという意味もあったりする。

調味料が無限大にあるならそれを使う料理も無限大だ。

その可能性に気付いてもらえればいいなと思う。
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