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ヨルハネキシの風呂

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「これはこれはソウ様。お待たせしてしまって申し訳ない」

肌が少し赤く上気してホカホカとした熱気を放ちながらヨルハネキシが丁寧に両手で手を握って挨拶をしてくる。

「風呂を作ったんだって?」

「そうなのです!いやはやアレはいいものですな!」

湯上りのせいもあるのかもしれないが、興奮気味に風呂の良さを饒舌に語っている。

そんなヨルハネキシの言葉にサチがうんうんと頷いている。

それを見ると湯に浸かるという文化が無い天界でも受け入れられたようで俺も嬉しい。

「早速どんな風呂を作ったか見せて欲しいんだが」

「ほっほ、さすが風呂の伝道師のソウ様ですな。ご案内します」

謎の称号を貰ったが気にせずサチに抱えられてヨルハネキシと共に塔の上へ飛ぶ。

実際この塔を上るのは初めてだが、よくよく見ると浮いてる石材に装飾が施されていたり、何かしらの加工が施された形跡があったりする。

他にも未加工の木材や粘土がまとめて置かれてたり、逆に何か作った物が無造作に山積みになってたりとかなりこの塔で何かをしているのが分かる。

ふーむ、もしかするとこの塔は造島師達の研究場なのかもしれないな。

塔の最上階、浮遊石材が無くなるところまで来るとそこには底が透明な湖があり、ヨルハネキシはその湖畔に着地したので続く。

「ここが新しく作ったところです」

綺麗な円形の人工湖で湖畔が石材、底は透明なガラスのような素材で作られている。

ここに来た時に既に以前には無かったこれを確認しており、塔の上に丸い輪があって天使の輪のような印象だった。

そういえばここの天使は頭に輪が無いな。

普段は羽も出してないし、あると逆に違和感持つから無いほうが自然に感じるし、気にしないでおこう。

人工湖の水深は俺の身長の半分ほどかな。

緩やかに波打つ水面から下が見えるのがなかなか面白い。

「これ全部が風呂・・・ってわけではなさそうだな」

湖に手を入れると普通の水だった。

「風呂はあそこの中です」

ヨルハネキシが指した先には木造の建物が湖の上に浮いている。

フワッとヨルハネキシが飛ぶと中央の建物の戸の横に着地するので追ってもらう。すまんね、サチ。

「この中にございます。ささ、どうぞどうぞ」

戸を開けると暖かい湿った空気が漏れて出てくる。

そういえばさっきまで入ってたんだっけ。

中は比較的こじんまりとした木造の個室。

前の世界で言えば大き目のサウナルームのような作りをしている。

そして木製の浴槽と木製の蛇腹開閉による窓が側面と屋根にあって湖面上をゆらゆらと漂ってる様子が見える。

浴槽の近くには小型化した追い炊き用の精霊石や飲み物を置いておく台といった小物も充実している。

「・・・いいなここ」

完全に一人で楽しむための風呂という感じがいい。

「気に入ってもらえたようでなによりですわ」

「ちょっと狭くないですか?」

「そうですな。これは一人用の風呂ですからな」

確かにうちの風呂と比べると相当狭い、それこそ脱衣場より狭いぐらいだ。

しかし、逆にそれがいい。

この狭い空間にあれこれ詰め込むという職人のこだわりをここには感じる。

「これは長風呂してしまうな」

「そうなのです!見てください」

ヨルハネキシは窓を閉めて浴室内を真っ暗にする。

「この状態ですと声が良く響くでしょう」

確かに真っ暗の中に声が反響している。

「実はですな、風呂に入ってて気付いた事があったんです」

「気付いたこと?」

何やらごそごそ漁るとぼんやりと白い光が部屋の中を照らす。

これも精霊石なのかな。淡い光がいい。

そして一呼吸置いてから。

「風呂に入ると歌ってしまうんですわ!」

うるせっ、大きな声が浴室内に反響してうるさい。

「わかります!」

うるさっ、サチが激しく同意している声も反響してうるさい。

そういえばサチも風呂でふんふん鼻歌歌ってたね。二人ともそういうタイプか。

「おぉ、嬢ちゃんもわかるかい!それで窓を閉めると声が中に響くようにしたらこれがもう最高で最高で!」

「いいですよね!」

お、おう。しまった、何かが入った気がする。

とりあえず反響してうるさいので窓を少し開けさせてもらおう。

サチ、何故開けようとする俺の手を止める?

「それでですな・・・」

それからしばらくの間ヨルハネキシの浴室内のこだわりを聞くことになった。

サチもヨルハネキシの勢いに感化されたのかリアクション大きめに反応するものだから更に熱が入ってなかなか終わらなかった。

あー耳がぐわんぐわんする。



「おかえりなさい。どうでしたか?」

上から降りてくるとレオニーナが迎えてくれた。

「あぁ、凄かった。匠を感じたよ」

「そう言っていただけると嬉しいですな」

「ソウ様聞いてくださいよ。このジジイ、のぼせて何度か外の湖に落ちてるんですよ」

「そうなのか?」

「のほほ、お恥ずかしい限りです」

「気をつけてくれよー」

心臓発作とかになったら大変だからな。こっちで起こるのかわからないけど気をつけてほしい。

「ところでソウ様、今回のを見て何か助言などありませんかな?」

「いや、俺は本職じゃないから」

「そこをなんとか」

うーん、この前にぼんやり話したことが随分気に入られてしまったようだ。

だからといって何も無いというのも悪い気がするので無い知識を絞り出してみる。

「うーん・・・あの風呂場は今浮いてて風で適当にたゆたうだけだよねぇ」

「そうですな」

「水車とか舵をつければもう少し自由に動かせるのかなーと思ったけど、気ままに動く方が楽しいか」

一瞬フェリーのようなものを想像したが、むしろ自由に動かないのを楽しむという方が趣があるかもしれない。

「水車とはなんですかな?」

水車という単語を聞いてヨルハネキシが真面目な職人顔になった。

そういえば小島の造詣にも水車は無かったな。必要ないから知らないのか。

「水車ってのは、お、ありがとね。こんな丸いやつで、板で水を受けてまわるんだよ」

何か描いて説明しようと思ったらサチがさっとパネルと書く物を出してくれる。さすがだ。

俺の下手な絵で水車っぽいものを書いて口頭で説明する。

「ここで水を受けるとまわるんだけど、あそこに取り付けるならこんな感じで、上の水の重みで動いて下の水に浸かってる部分の水を掻いて前に進む感じ」

「ほほーなるほど。中央からずらして水を注ぐことでまわるのですな」

「うんうん」

描いた図に矢印などを書き加えながら説明するから既に図がひどい事になってるが、それでもヨルハネキシは理解してくれてる。ありがたい。

「でも念で動かせるからいらないでしょ」

「いや、そうでもありませんな。水車ですか・・・なるほどなるほど・・・」

図を見ながら既に頭の中で構想が出来上がって行ってるようだ。

他にも水車を利用した動力の伝達、伝達の際のギアの話、ついでに車輪についても知らなさそうだったので話しておいた。

その都度何か新たに思いついたような反応をしてくれるので説明する側もいい気分になる。

ホントこの人は聞き上手だなぁ。

「はー・・・ソウ様は色々な事を知ってるんですな」

「いや、そんな事はないよ。全部他の人の知恵だし、こっちじゃそんな役に立つ事じゃないだろうし」

空が飛べる、空間収納がある、念が使えるといったことで俺の持ってる知識の大半は解決可能なんだよね。

「謙遜なさることはありません。知らない人にそれを教えることが大事なんですぞ」

「そういうもんかな?」

「えぇ、おかげさまでまた新たな創作意欲が湧いてきました」

「そっか、それなら良かった」

既に何か思いついたようで目が爛々としている。

話が一段落したのを見計らって途中でレオニーナのところに行ってたサチがこっちに戻ってきた。

「ソウ、話は終わりましたか?」

「あぁ、悪いね待たせて」

「いえいえ、レオニーナと秘密の話してたので問題ありません」

秘密の話ねぇ。

レオニーナの方を見ると真っ赤になってるところを見るとまたレオニーナを弄って遊んでたんだろう。悪い子だ。

「それじゃ俺達は帰るよ。また来る」

「お待ちしております」

深々と礼をする二人に見送られて造島師の塔を後にした。



「さ、お風呂に入りましょうか」

家に帰ると開口一番サチがそんな事を言い出して俺を風呂に連れて行く。

「いいけど、どうしたのさ」

「ヨルハネキシさんに風呂の良さを語られたので」

あぁ、入りたくなったのね。

「それに、ソウならもっと色々風呂の楽しみ方を知っていると思うので」

「うーん、そうかなぁ」

「伝道師さん、ご教授よろしくお願いします」

「えぇ・・・」

それ勝手に付けられただけなんだけど、もしかして気に入った?

「うーん、そうだなぁ・・・」

湯を張りながらどうするか考える。

何か柑橘系の果物を浮かべるとか絞って色を変えるとか思いついたけど、ちょっと勿体無い気もするんだよな。

後は薬効成分のある物を入れて薬湯にするとかか。

んー・・・あ、あれがいいか。

「ちょっと待ってて」

一度家に戻ってキッチンに置いてある実をザルに入れて持ってくる。

「これを搾って桶に入れてくれる?」

「わかりました」

実を絞る作業も念を利用すると数分と掛からず終わるのが便利だな。

桶一杯になった液体を湯が満ちた湯船の中に流し込む。

「え、何してるんですか?」

液体が広がって湯全体が乳白色になる。

「何って牛乳風呂だけど」

「牛乳風呂?」

「牛乳を入れると肌に優しい風呂になるんだよ。風呂は色々足すことで成分を変化する事ができるからな」

「はー、なるほど・・・」

「余り効果は無いだろうが、一応美肌とかそういう効果が望めるらしい」

そう言った瞬間サチが即座にバスタオル姿に着替えて掛かり湯をし始めた。

念で常に体が綺麗になるんだからそんな効果無いと思うんだけどなぁ。

それでも体が動いてしまうのは女性の性というものなんだろうか。うーん。

「ソウ、はやく」

「はいはい」

服を脱いで俺も入る。

うーん、少し牛乳臭いのが難点だな。

この風呂に入れた牛乳の実は若干熟れすぎてしまって飲料用には向かないものを持ってきた。

そのうちヨーグルトとか作るために取っておいたのだが、先日の大収穫際でまた大量に貰ってしまいどう処理しようか悩んでたところだったので丁度よかった。

今度同じような柑橘系のとか色々持ってきてみようかな。

「これも前の世界の知識というものですか?」

サチが手足を伸ばして水面から出したり沈めたりして堪能しながら聞いて来る。

「うん、そうだね」

「毎回思いますが凄いところに居たのですね」

「まぁねぇ」

ちなみにこれを思いついたのは今日の仕事場で見た光景が頭に残ってたせいだと思う。

もし牛人達が風呂に入るような文化を持ってたら毎回お湯が真っ白になってるんじゃないかなぁ。

それはそれでちょっと見て見たい気もするが、基本下界の人達は風呂には入らないから見ることはないだろうな。

ぼんやりサチの挙動を眺めながらそんな事を考えていたらサチが俺の前に移動してきて背中を預けてきた。

「はい、どうぞ」

そして俺の両手を取って自分の胸に持っていく。

「どうした?」

この感触は好きなのでそのまま堪能する。

「何か視線を感じましたので。まだ私は出ませんけのでこれで我慢してください」

「お、おう」

たまにだが最近サチは俺の思考を見抜くときがあるんだよな。

俺がちょっと男らしい思考をしている時が多い気がするが、おかしいな、顔に出してるつもりは無いんだが。

あと、まだ出ないとかいずれ出るみたいな言い方するなよ。

むぅ、完全に思考がそっち方面になってしまったではないか。

これは責任を取ってもらわねばなるまいな。



「はー・・・お風呂に入ると凄く疲れます・・・」

テーブルに突っ伏してサチがぐったりしてる。

長く入ってるとそれだけで疲れるからなぁ。

それ以外の理由の方が大きい気もするけど。

普段ならこのまま布団にバタンして寝るところだが、牛乳風呂である物を思い出したので今それを作ってる。

「ほれ、できたぞ」

「へー、これがフルーツ牛乳というものですか」

俺の勘で色々混ぜたオリジナル果汁のフルーツ牛乳だ。

味見しながら作ったので不味くはないはず。うん、悪くない。

もう少しオレンジ系を入れてもいいかもな、今度作る時はそうしよう。

「ソウ、おかわりください」

「早いな」

「すみません、一気に飲んでしまいました」

「いいぞ。風呂上りに牛乳を飲むというのも風呂の醍醐味の一つだからな」

おかわりを持って渡すと今度は普通に味わって飲んでるようだ。

今回はフルーツ牛乳だったが、ただの牛乳もいいし、砂糖入り牛乳も捨てがたい。いちご牛乳とか混ぜない果実牛乳系もあったな。

出来ればコーヒー牛乳という選択肢も作りたいが、コーヒーがまだ作れないからなぁ。まだまだ食べ物の課題が多い現状。

ま、ゆっくりやっていけばいいか。

さて、胃に物が入ったおかげで落ち着いてきたし、サチに綺麗にしてもらって寝るとするかな。
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