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3話 勇者、はじめての魔法体験!

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「楓、あたりスキルじゃん」と俺は言う。

 確かに、回復術士といえば派手な戦いもできず落胆する気持ちもわかる。でも。魂の蘇生、だなんて。よくわからないけれど最強にかっこいい。俺はもう慰めなんて意味ではなく、純粋な羨望のまなざしを楓へ向ける。しかし、楓は首を横に振り眉を顰めた。

「これ、魂だけやねん。体に致命傷とかあったらそっちは治せへんから、結局意味ないねん」
「じゃあ、なんのためのスキル?」と俺は問う。
「ゴースト系の相手に直接魂への攻撃をされたとき……」

 なるほど。こいつは使いにくい。どうフォローしようかと眉を下げ、顎へ指を添える。そんな中いおは、さっきまで輝かせていた目を瞬いて言った。

「使いにくいね」

 シン、と場が静まり返る。龍は俯く楓にどうしたらいいかわからず、おろおろと目を泳がす。ここは地獄か。

「いお、楓が可哀想だろ」といおの背を叩く。
「可哀想が一番きついわい」と楓はふいと顔を背けた。

 確かに一理あるが何はともあれ。せっかくの異世界なんだ。ずっとクモの死骸に囲まれているのももったいない。

「とりあえずさ」と俺は話を変えて切り出した。「街とか目指さね?」
「確かに。風呂にも入りたいし」

 龍はそう、いおの木の実攻撃の影響でベタベタになった紙へ触れた。

「汁、避ければよかったのに」と、いおが涼しい顔でサラサラの髪をなびかせながら笑う。
「いおじゃないんだからできへんて」と、龍はふふと笑った。

 ふと。楓がすごい勢いで顔を上げる。さっきまでに拗ねていたくせに、その瞳はイキイキと輝いていた。

「楓、やっと笑った」と龍が微笑む。

 楓は、龍へ両掌を向けふふんと鼻を鳴らした。

「大海原の加護へ、我が命ずる。彼の者の清麗、回天させたまえ」

 龍へ向く手を、青白い光が包む。次の瞬間、楓のメッシュ髪がふわりと風に揺れた龍の体からパッと水滴が弾けた。なんだなんだ、と龍はキョロキョロと見まわし呆けた顔で水滴の弾けた肌へ触れる。彼が動くたび、サラサラと髪が揺れていた。

「おぉすごい! ベタベタとれとる! 楓すごいやん!」

 龍はそう言って、ドヤ顔をする楓の肩を叩く。楓はニヤリと笑って俺らへ目を向けた。

「お前らもやってほしいかぁ?」
「「うん!」」

 意外にもいおと声が被る。大きく頷くいおを見ると、楓はニヒと嫌な笑みを浮かべて顎を擦った。

「ほならぁ、回復術士も役に立つって認めてくれるかぁ?」
「うん、回復術士も役に立つよ」

 いおは間髪入れずに楓の言葉をリピートし、大げさに何度も大きく頷いた。これは嘘だな、と俺は思う。でも。

「せやろせやろぉ」

 楓が上機嫌に俺へ向けて手をかざすものだから、まぁ楓がいいならこれでいいかと口をつぐむのだった。
 先ほどの詠唱が再び囁かれる。楓の手が光り髪が揺れると、ピシャッと体から水滴が跳ねた。

「おぉ」

 つい感嘆の声を上げ、自分の茶色い髪へ触れる。それはすっかりきれいになっており、サラサラと手櫛が通った。

「ついでに、髪質改善とかできたりしない?」と俺は言う。
「俺の魔法、美容室代わりに使うな」と楓はハッと笑った。

 しかし、なるほど。こうやって魔法は使うのか。俺は両手を伸ばし、楓へと向けた。

「大海原の加護へ、我が命ずる。彼の者の清麗……」
「待て歩夢あかん……!」

 俺の詠唱を聞き、楓が慌てて俺の腕を掴む。しかし、楓の静止が入るなんて思いもしなかった俺は、止まり切れずに最後まで詠唱を口にした。

「回天したまえ!」

 ザパァ、と大量の水が楓の頭上から降り注ぐ。

「わ~」と、いおはひょこひょこと後ずさりし、その場に広がる水から楽しそうに逃げた。

「楓、大丈夫!?」龍が駆け寄り、水が滴る楓の頬へ触れる。
「大海原の加護へ、我が命ずる」と、楓は小さく囁き顔を上げた。

 その顔は笑っているのに目だけ笑っていなくて。やばぇ、と悟った俺は慌ててその場へ背を向け走り出した。

「ごめんなさぁあい!」
「彼の者の水遊び、力を尽くして共同してさしあげたまえ!」

 ブォ、と強い風の音が背後から聞こえる。まずいとその場で振り向くと、楓はニヤリと笑って天へ向かい突き上げた手を俺へ振りかざした。

 ドゴォ、とものすごい音と共にまるで滝にでも打たれているかのような水圧が頭を叩く。

「ひやぁ!」

 俺は水に足をすくわれその場に崩れ落ち、力なく地へ転がった。

「楓やりすぎ~」

 ピシャピシャと水音を立てながら、いおがケラケラと駆け寄ってくる。しかし、間違えて濡らしてしまったとはいえこの場が水浸しになるほどの仕返しをされたのが面白くて。俺はぷっと噴き出した。

「お前、髪セットしたの崩されたのが嫌だったんだろ」と俺が笑う。
「そらそうやろ! こっちヘアアイロンとかないんやぞ!」と、楓もぷっと笑いながら言った。
「ごめんごめん」

 そう言葉では謝るものの過剰に気にする楓が面白くて、慌てて笑いをこらえようと上下する肩を深呼吸にて抑える。

「セットしてなくても楓はかっこええで?」

 龍がそう言うと楓は頬を染めて顔を背けるもんだから余計に面白くて。

「よかったな楓」と俺は笑って茶化すのだった。

「ところで」と、ひとしきり笑った後に話を変える。「なんで俺の魔法は、楓みたいに上手くいかなかったの?」
「あぁ……その前に」と、楓は拗ねたように呟いて、手のひらを天へ突き上げた。「風神の加護に、我が命ずる。我らの身に滴る雫、涸れさせさせたまえ」

 楓の髪が風に揺れると同時に、俺らの体を風が包む。その間物の数秒。しかし、風が止む頃にはすっかり髪も体は乾いていた。

「便利~」といおはハハと笑って乾いた俺の髪へ触れた。

「んでなぁ、魔法がうまくいかないのは、お前が勇者だからやろ」

 なるほど、と俺は口角を上げる。

「あぁ、俺の魔法が強すぎたのか」納得してふんふんと数度頷くが、彼は無慈悲に首を振った。

「ちゃうで。勇者とその他では、魔法の使い方がそもそもちゃうねん」
「使い方?」俺が首を傾げると、楓は右手を出し、手のひらを上へ向けて詠唱した。

「水の加護へ、我が命ずる。我の手に、球となって現れたまえ」

 ふわりと楓の髪揺れ、右手のひらに水の球が現れる。いおも龍もそれを覗き込み、瞳を輝かせた。

「俺はな、詠唱の通り世界の加護にお願いして魔法を使ってんねん。その具現化に必要なのがMPな?」

 うんうん、と3人で頷き説明の続きを促す。楓は、俺の左手をとり具現化させた水の球を俺の手へ乗せると、その手を離して一歩離れた。水の球は、相変わらず形を保って俺の手の上でぐるぐるとまわる。

「やねんけど歩夢は勇者やから、自然の加護やなくて勇者への加護で魔法を具現化すんねん。せやから、わざわざ詠唱として口に出す必要がなくてな? 詠唱すると勇者の加護と世界の加護、両方に届いてまうから、さっきみたいに暴走すんねん」
「なるほど、勇者ってやっぱ特殊能力強いんやなぁ」と、龍は頷く。
「加護の種類がちゃうだけやで? 龍も自然の加護に頼れば歩夢と同じ魔法使えるし。龍やとMP少ないから、攻撃魔法よりバフ魔法の方が向いてるけどなぁ」

 楓が説明すると、龍はほぉ、と頷いた。

「勇者様の加護、かっこいぃ」いおがぱちぱちと手を叩いて目を丸める。

 正直、よくわからない。加護にお願いするとかなんとか。しかし、とりあえず俺は詠唱をするのはやめた方がいいということが分かった。

「じゃ、俺が魔法を使うにはどうすればいいんだ?」と、手のひらの水の球を見つめる。
「イメージやで」と楓は言った。

 よくわからないことを言うものだ。俺は水の球を反対の手で突いて首を傾げる。

「その水が、手の上で形を変えるイメージしてみぃ?」

 楓はそう言って、水の球を指さした。やっぱりよくわからない。けれど、とりあえず目を瞑り、水を剣の形へ変えて戦う自分を想像する。すると、手の上の感覚が横へ広がり重量感を増した。もしや、と目を開ける。そこには、水しぶきを上げながら存在する青い剣があった。

「「「おぉ!」」」

 喜ぶ俺の声に加えて、龍といおの声が周りで上がる。しかし、楓はぷっと笑って手で口元を隠して肩を揺らした。

「初めて作るんが水の剣とか。中二病か」
「うるせー」

 楓の言葉を退け、試しに手にした剣を振る。それは水しぶきを上げながらも、シュパッと空気を切り裂く音を立てた。なるほど。もしかしたら俺は、最強になってしまうのかもしれない。

「そういえば」と、俺は剣先を地へ付け楓の方へ振り返る。「お前、なんでそんなにいろいろ知ってんだよ」
「あー……俺、結構転生前ゲーマーしてて……」
「へぇ」

 楓の意外な一面に力ない声を返す。

「えー、誘ってくれればよかったのに」

 龍はそう言って目を丸めた。

「やなぁ」

 楓はそう笑って、俺の剣なんかには興味もなさそうに青い空を見上げた。
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