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第二十二話 『持つ者、持たざる者』
しおりを挟む森人の集落まであと少し、という段階で俺は横目にシグルスを見た。
ここに来るまでの間、何度か魔虫や獣と遭遇した。オオアリや、樹木蜘蛛と呼ばれる虫、あとは何匹かで行動する狼や、大きな猪だ。
そのどれもが、俺が認識する間もなくシグルスの手によって葬られてきた。気がついた時には、まるで獣の様に飛びかかったシグルスがバイデントを急所に突き立てているのだ。
敵対した生物の命を容赦なく奪うその様は、まるで森における絶対強者である。シグルスの戦闘能力の高さが窺える。
それに伴って、前記した問題の殆どが解消された事も理解した。それもひとえにシグルスという強力な味方をつけた事に起因している。一時的な協力関係だが、とりあえず長老の話を聞く事が確約されたも同然だ。心強い。
今は少し刺々しい雰囲気を発しているシグルスの後を追っている。
肩に背負った二又の槍、その穂先が朝日を反射するのを見て、俺は強い憧れの感情を持った。
──シグルスは正しく俺の理想でもある。
整った容姿に、鍛え上げられた肉体。そして、それが繰り出す圧倒的な暴力。
「なに見てんだ?」
シグルスがジロリと睨みつけるように鋭い視線をくれる。多分睨んでいるのではない。デフォルトで目つきが悪いだけだ。
「いや、お前って強いんだな、と思ってさ」
「弱えとでも思ってたのか?」
剣呑な様子のシグルスに慌てて首を振る。
「思っていた以上に、って事だよ。あんまり邪推すんな」
そう。思っていた以上にシグルスは使える。
「けっ。そういやお前に聞きたかったんだけどよ。前に他の世界がどうだ、とか言ってたよな?」
「ん? ああそうだな。俺はこの世界の人間じゃない」
どうして今、そんな事を聞くのだろうか。
「そりゃどういう意味だ? 見た感じ嘘をついてるようには見えねえが」
単純な興味からだろうか。これまで特別、隠していた訳でもない事情だ。俺はこの森に来るまでの経緯を掻い摘んで説明した。
「はっ。そりゃ災難だったな」
「え? 信じるの?」
シグルスは俺を信用してはいない筈だ。なのにやけにあっさりとした態度に逆に肩透かしを喰らう。
「信用するも何も。てめえの話が嘘でも真実でも、俺にとっちゃどうでもいい事なんだよ。その突拍子のねえ話の真偽を問いただしても俺に何か得がある訳でもねえだろ」
「嘘はついてねえよ……」
はなから信用してないから話半分に聞いている、と言われれば俺も良い気分にはならない。当然である。
「そうかよ。じゃあもっと詳しく聞かせろよ」
好奇心をこれでもかと言わんばかりに押し出したシグルスに、俺はため息をついた。
現地人に異世界のことを認識させる簡単な方法があればいいのだが。
最初にディアナに説明した時は切り捨てられた。俺自身の説明の仕方も悪かったのだと思うが、そもそもの話、信用するのも、させるのも難しい話だ。
頭を捻る。
そこで俺は思いついた。もしかしたら知識関係のことならシグルスも知らない事を説明できるかもしれない。シグルスは物作りを生業にしているとも言っていたから、現代の知識には多少なりとも衝撃を受ける筈だ。
この世界に無い知識を説明できたら、出自にも信憑性は生まれるだろう。
「よし。じゃあ心して聞けよ」
「おう」
とっつきやすくて、シグルスが好きそうな物の話と言えば何だろうか。
「じゃあそうだな……銃について説明しよう」
思いついたのは武器についてだ。シグルスの住んでいる小屋には、物騒な物が多かった。矢じりや剣も多かった。日々、狩猟に明け暮れる彼にとっては多少なりとも興味を覚える筈だ。
銃については俺もそこまで詳しく知っている訳ではなかったが、一時期、西部劇にはまって簡単な構造については説明できるくらいの知識はあった。
「銃?」
「ああ。まず、火薬っていうのがあってな。衝撃を与えると爆発をする粉なんだが──」
それから、二人並んで歩きながら銃について手振りも踏まえながら説明する。
シグルスは度々相槌を打ったり、驚いたり、疑ったりしながら俺の話を聞いていた。
現代では話す友達がいなかったコアな知識。妹の優香はこういうものには興味はなかったし、両親に話すのも躊躇われた。
俺は割と真剣に話を聞いてくれるシグルスに気をよくして他にも色々な事を話した。銃にまつわる歴史や、銃が産んだ事件。
話を聞いてくれるシグルスに対して、自分も楽しんでいるのが理解できた。友達と喋るってこういう感じなのかもしれないな、と場違いな感想を抱きつつだが。
*
*
*
それから数分後。
「ハッハッハ。凄えな銃ってのは。お前がいたとこって危なすぎねえか?」
「まあ俺の住んでいた場所では、危険だから持つのも禁止されてたしな」
「それで言うこと聞くやつがいるのか?」
「まあ、言うこと聞かねえ奴もいたけど……」
シグルスは大層ご機嫌だった。どうやら思っていたよりも楽しんでくれたようだ。
「色々と参考になったぜ。てめえ、思ったより頭がいいんだな」
「俺が考えた訳じゃないけどな」
シグルスは首を振った。
「説明できるって事は理解してるって事だろう? 少してめえの事を誤解してたみてえだな。喚き散らすだけのクソ餓鬼かと思ってたが、面白え話も出来るじゃねえか。最近、ある鉱石を手に入れたのはいいが、使い道に関してはちと手詰まりだったからな。助かったぜ」
「ふーん。まあ役に立ったならよかった、のか?」
「おうよ。っと、そろそろ集落に着くぜ」
シグルスは耳を動かした。
「やっとか……疲れた」
「てめえはもっと体を鍛えた方がいいな。そんな細っちい体じゃこの先、生きていけねえぞ」
この脳筋め。
「余計なお世話だ。いいんだよこれで。てか、俺だって人並みに鍛えてんだぞ?」
冗談だろ? と言わんばかりに鼻を鳴らすシグルスにイラッとする。
いや、相手にしても無駄だ。俺は文明人、やつは原始人。おけ?
「とりあえず……長老と話がしたいんだけど、いきなり訪ねて話してくれっかな……」
俺はひとりごちる。一応、立場としては相手は森人の長である。つまり最高権力者と言っても過言ではないだろう。
集落を眼前に頭を悩ませていると、隣にいるシグルスは気にせず先へと歩いていく。
「ちょ、待ってくれよ」
「心配すんなよクソ餓鬼。爺は文字通り俺の爺だからよ。俺が話聞きてえって言えば問題ねえよ」
俺は首を傾げる。
どういう意味だろうか。いや、言葉の通りならば長老がシグルスの祖父に当たるという事だが。
「待て待て。そもそもお前も一緒に話聞く気か!?」
俺は慌てて彼の背中に問いかける。
シグルスには長老の元へと連れて行って欲しい、と言った。
「あん? お前が言ったんだろ? 爺の話を聞いてみたくねえかってよ」
確かに言った。だが、それは一緒にという意味では無い。
「言ったけど……いや、問題ないのか?」
長老との話し合いにシグルスが参加してくれるなら確かに心強い。が、シグルスは聞きたくない話を聞くことになる筈だ。
何せ森人の集落に付き纏う慣習と、オオムカデ、そして呪縛石のことについて聞くのだ。
当然、ミラが生贄になるべく育てられた事も聞くだろう。
その時、シグルスはどう思うのだろうか。
俺はいつの間にか、彼の精神面について心配してる事に気づく。
特別仲がいい訳でもないのにだ。
俺は頭を振った。どちらにせよ最終的にシグルスには説明をする約束をしていた。ならば早いか遅いかと、誰から聞くかだけだろう。
「わかった……だけど一つ約束してくれ」
「あん?」
「何を言われても、動かないでくれ。頼めるか?」
長老の話を最後まで聞かずに、会話が終わるのは避けたい。シグルスは直情的な性格であるとは思っているために発した言葉だった。
「安心しろよ。これはてめえと、爺の話し合いだろ? 流石に部外者の俺が首を突っ込む様な事はしねえよ」
シグルスの言葉が蘇る。前に言っていた、お前は無関係、という言葉だ。そこには彼なりの矜持があるのだろう。なら信じてみるのも悪くはないと感じた。
俺は深く息を吸って口を開く。
「わかった。じゃあ参加してくれ」
「おうよ。じゃあとっとと爺に会いに行こうぜ」
俺は重い足取りで、二回目の集落へと赴いた。
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