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第十三話 『オオムカデ』

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 俺は小屋から静かに抜け出した。そして、近くに人の気配が無い事を確認すると、辺りに注意しながら走り出す。

 見張り番が一人だったのは好都合だ。これならすぐに追われる心配も一先ずは無いだろう。

『兄弟。そこを左だ』

 側を浮遊したままでついてくるマクガフィンに、道を聞きながら走る。

『っと。止まりな兄弟。こいつは面倒な奴に会っちまったな』

 目の前にいるのは、巨大なアリだった。触覚を揺らしながら気味の悪い複眼を此方に向けている。

 あれ?

「俺、こいつに会ったことがある気が……」

『ん? っと兄弟来るぞ』

 まるで弾丸の様に飛びかかってきたアリを横に転がって避ける。

 っぶねぇ! 少しでも筋トレしといてよかった!

 肩に地面の石が突き刺さるが、そんな事を気にしている余裕は無い。

『油断すんじゃねえぞ兄弟。オオアリは動きが速え』

「ど、どうすりゃいい!?」

『簡単さ。一発でも打ち込んでやればいい。本来はオオアリってのは臆病な生き物でな。少しでも抵抗できれば後は逃げられるさ』

「んなこと言われて、もっ!?」

 またもや後ろ足で地面を蹴って疾走してくる。俺は咄嗟に先ほど森人からくすねたナイフを構える。

 それを目の前に突き出す様にすると、運良くナイフは突進してきたアリの眼球にカウンターで突き刺さる。

「ピギギギギっ!」

 耳障りな鳴き声を上げながら、オオアリは緑色の血液を噴出する。

「っはぁ! はぁ!」

 俺は極度の緊張により心拍数がこれでもかという程に上昇するのを感じた。

『やるじゃねえか兄弟。ほれ見ろよ。奴さんら止まってるだろ?』

「あ、ああ」

『なんでか分かるか? 兄弟を狙うより、致命傷食らった仲間が死ぬのを待った方が確実に飯にありつけると思ってんだよ』

 笑いながら言い放つマクガフィンに、俺は背中に冷や汗が滴る。

 思いがけず知らされた魔虫たちの生存競争の苛烈さ。

「っんな話聞きたくなかったよ!」

『魔虫も生物だからな。生きる為に他者を襲う。それが顕著に出てるだけだぜ。死にたくなかったら喰らう。それが元々仲間だったとしても、な』

 俺はオオアリから目を逸らさない様に茂みに入っていく。

 草が揺れる音で、いちいち大袈裟に反応するオオアリにバクバクと心臓を鳴らしながら、俺はその場から逃げ出すことに成功した。

「っはぁ!」

 膝が震えている。夢に出てきそうだ、と場違いな感想を抱きながら、俺は先を急ぐ。

『とりあえずは注意しながら進まねえとなぁ』

「もう、さっきみてえなのは勘弁だ……もう一度やれって言われても無理。それで、縦穴ってのはあとどんくらいなんだ……?」

『ちと待ってろ。んん。ふむ。このまま真っ直ぐだな。あともう少しで着くぜ。どうやらあの小屋は縦穴とはそう遠くない場所に建てられたもんらしいなぁ』

 マクガフィンの案内に沿って、俺は森を進んでいく。途中、追手があるかとも思ったが、どうやらまだ森人の追撃は無いらしい。無事に目的の縦穴までたどり着く事が出来た。

 木々が抉り取られたみたいに、異様に開けている。目の前にはコンビニ程度の大きさを持った穴が存在していた。

 いや、デカすぎじゃね?

『ん、おお!』

 マクガフィンが声を上げる。

「いきなり叫んでどうした?」

『オオムカデの野郎がいねえ。つまり、チャンスだぜ兄弟。今ならあの中にある石をかっぱらう事ができる』

「まじでか!? じゃあとっとと済ませちまおうぜ!」

 二人してハイタッチする。乾いた音が辺りに木霊する。

 いや、何をやってるんだ。

 すぐに冷静になる。どうやら度重なるイベントで思ったよりも精神的に疲れているみたいだ。

 俺とマクガフィンは並んで縦穴に近づいていく。

「なぁ」

『どうした兄弟? さっさと行っちまおうぜ』

「いや、これさ」

 俺の言葉にマクガフィンが首を傾げる。

「──どうやって降りんの?」

 俺の言葉に、二人の間に沈黙が吹き荒れる。目の前に聳える大穴は暗く、深い。円柱状の縦穴は底が見えない程で、降りるための梯子などが親切に付けられている訳ではない。つまり、普通に降りようとしたら怪我では済まない。

 マクガフィンを見ながら、言葉を待っていると、

『それ忘れてたわ』

「ばっか──」

 やろう、と続けようとして、俺の耳は近くで地鳴りがしたのを聞き取った。

「な、んだこの音」

 音はどんどんと此方に近づいてくる。音が向かってくる方向に目を向けた。

 すると、

「影……?」

 縦穴の近くは大樹周辺よりも開けていた。そのお陰か、月明かりがよく通る場所だった。長い間暗闇で目が慣れていたのも作用して、辺りを窺えるほどの明るさはあった。

 だが、今はその明るさに陰りが見えた。突然月明かりを遮る何・か・が現れたからだ。

「……」

 恐る恐る、俺は目線を上げる。黒い外骨格に覆われた体から、朱色の脚が何本も連なって伸びている。

 高さは大体、四階建てのマンションくらいだろうか。

 俺は思考停止した。

『いやぁ壮観だなぁ兄弟。兄弟?』

 目の前の昆虫が、少し頭を仰け反らせた。

「ピギャァァァァァァァア」

 機械的な泣き声を発して、此方へと頭部を向けるオオムカデ。外に広がる様に伸びる二対の触覚が、興奮した様にくるくると動いている。

 あまりの迫力に、俺は咄嗟に後退る。

「あっ?」

 右足が接地している筈の地面が無い。ぐらりと身体が後方へと倒れ込んでいく。自らの体が重力に引かれて落ちていく様を、妙にスローモーションに感じていた。

『兄弟っ』

 マクガフィンの慌てた様な声が印象的だった。

「う、うぁぁあああああ!!」

 こんな所で死ぬわけにはいかない。

 俺の物語は始まったばかりだ。まだチートも貰ってなければ、冒険さえ始まっていない。した事と言えば、信頼していた人間に騙されて、骸骨の亡霊と深夜の森をピクニックした事くらいだ。

 これが俺の人生だと? ふざけるな。納得など出来る筈がない。

 ──まだ、まだ死ねない。

 だが、その思いも虚しく、体は重力に引かれて暗い縦穴の底に叩きつけられた。
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