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第二話 『エルフの女性』

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「起きろ」

「ぶあぷぺ!?」

 突然頬に衝撃を受けて飛び起きる。

「うえ? な、え? 蜘蛛は?」

 ついさっきまで蜘蛛の怪物に追いかけられていた筈だ。体に毒牙を刺され、意識も朦朧として一人で死んでいった。いや、死んだのか?

「おい」

「うわっ!」

 飛び起きた俺の後ろから声がかけられた。少しハスキーな印象のある声だった

「え? だれ?」

 後ろを振り向くと、目の前にいたのはまるでアルビノかと見間違う程に真っ白な肌の女性だった。

「それは此方の台詞だ。お前ここで何をしてる?」

「何をって」

 そこで漸く気がついた。目の前にいる人物がとんでもない美形である事に。真っ白な肌に、翡翠の様な瞳。白金の髪の毛に線が細くも、しなやかな体つき。

 生きてきた中で、これ程の美女と対面した事がなかったために、気恥ずかしさから目を逸らしてしまった。

「む。お前いま視線を逸らしたな? やはり密猟者の類か?」

 密猟者と言われ、俺は慌てて手を振る。

「密猟者って違う違う! 善良な一般市民です!」

 慌てて手を振って否定する。

 未だに何が起こっているのか掴みかねているが、俺の中には確かな確信があった。

 ──ついに序盤のお助けキャラがやってきたのだ。この機会を逃す手はない。俺は出来るだけ友好的に接するために、いつもよりややハキハキした声で質問する。

「いや、本当に助かった。でかい蜘蛛に追われてたんだけど、あんたが助けてくれたんだよな?」

 期待の篭った眼差しで目の前の美女の目を見る。それにしても、見れば見るほど整った顔立ちだ。

「助けた? 何がだ」

「え? 俺のこと助けてくれたんだよね?」

 首を傾げる目の前の人物に、こちらも焦る。

「なぜ、私が見ず知らずのお前を助けるんだ?」

「へ?」

「私は話が聞きたいと思ったからお前が起きるのを待っていただけだ。麻痺毒は解毒したがな。お前、自分の脚が見えてないのか?」

 そう言われ、俺は自分の脚を見る。

「は?」

 さっきの蜘蛛が張り付いて、鋭利な牙を突き立てていた。

「うぎい!!」

 声にならない悲鳴を上げてその蜘蛛を払い落とそうと手で押し除ける。だが、脚にがっちりと噛み付いた蜘蛛の牙は全く離れる様子がない。

「おい」

「うぁぁあ! 俺の脚がっ……!!」

「おいお前」

「うげっ!?」

 脚の痛みに涙を流して悶絶していると、突然頭に衝撃が走った。

「話を聞け。いいか? 森人は真実を尊ぶ。お前が助かりたいなら、これからする質問に嘘偽りなく答えることだ。わかったか?」

「わかったっ! わかったから! 何でも答えるから! 早く助けてくれっ」

「まず一つ目。お前は何者だ」

「ま、槙島千秋まきしまちあきっ!」

「二つ目。ここで何してた?」

「なあっ! な、なにも! 気がついたらここにいただけで! いってぇ!」

 質問に答えている間も、蜘蛛はその牙を奥へ奥へと突き立てている。

「三つ目の質問だ。お前は密猟者か?」

「密猟者ってなんのだよっ……! こちとら現代ゆとり高校生だっつーの! ってかさっきから違うって言ってるだろ! 頼むから早く助けてくれっ!」

 脚を襲う激痛に耐え忍びながら目の前の人物に助けを乞う。あまりの痛みに意思とは無関係に涙が溢れてくる。

「嘘はついてないみたいだな」

 女はそう言うと、自分の腰に刺してある剣を抜き放った。そして、それを逆手に持って蜘蛛に突き刺す。

 貫かれた蜘蛛の腹部から緑色の液体が噴出し、それが脚にかかる。カビた食パンの様な匂いが辺りに充満し、俺は思わず鼻を摘んだ。

「魔虫からは助けてやった。これで満足か?」

 俺は自分の脚を恐る恐る見る。アドレナリンが出ているのか先ほどよりも痛みはそれ程強くはないが、そこには目を背けたくなる様な惨状が広がっていた。

 履いていたデニムにポッカリと空いた二つの穴から、止め処なく血液が流れ出している。

 ズボンの内側を見るのが恐ろしい程の出血量だ。

「助けてくれてありがとよ……それであんたは一体?」

「森人のディアナだ。お前はチアキといったか?」

 女は剣にこびりついた液体を布で拭った。此方を一瞥することなく質問に答える。

「森人って?」

 聞き慣れない単語に疑問を口にすると、ディアナは胡散臭い物を見るかの様に目を薄くした。

「この英霊の森で暮らすのが私たち森人だ。あとは賊の類もいるが、この耳とイヤリングが森人の証だ」

 そう言って髪をかきあげるディアナに、俺は妙に色気を感じて狼狽る。

「エメラルド? てか、随分とお耳が長いのですね」

 ディアナの耳についていたのは瞳と同じ翡翠色の宝石だった。

「宝石の類ではない。これは魔石だ。耳が長いのは当たり前だろう? お前、まさかエルフもわからないのか?」

 エルフ。その言葉を聞いて、俺はその場で小踊りしそうになった。ファンタジー世界における代名詞でもあるエルフ。それが今、現実となって目の前にいるのだ。

「いや、エルフはわかるよ。あれだろう? 自然と共に生き、音楽や狩猟をしながら生活する種族! 全員が美男美女で! 人間よりも長寿!」

「概ね合っているが、なんでそんなに声を張り上げるんだ?」

「それは浪漫だからだっ!」

 俺は立ち上がろうとして、バランスを崩す。足に力が入らない。

「いてて……なあ、もしよかったらなんだけど、怪我の治療とかしてくれたりとかしない?」

「図々しい奴だな。魔虫から助けてやっただけでもありがたいと思え」

 腕を組んで鼻を鳴らすディアナに俺は慌てる。

「こ、この通り! なんでもしますから!」

「お前みたいなひょろひょろの奴に何が出来るんだ……? ……まあ、一度助けた縁だ。寝覚めが悪いし、しょうがない」

 深くため息をついたディアナは、俺の肩に腕を回す。

「おふ……」

「気持ち悪い声を出すな。全く」

 ぶつくさと文句を言いながらも、脚の怪我に気を使ってくれるディアナに俺は涙ぐむ。

「いやぁ。それにしても助かった。俺以外には人間なんていないんじゃないかと思ってさ」

「あれだけ大声を上げていれば誰でも気がつく。それに私はではない。いいか? 怪我の治療まではしてやるが恩知らずな真似はするなよ?」

「恩知らずな真似って?」

「言葉の通りだ。恩を受けたら恩を返す。当たり前の事だろう?」

 にやり、と口角を吊り上げるディアナにぶるりと背筋が震える。

 ──もしかしたら俺はとんでもない事をさせられるのではないか。

 それにしても見れば見るほど美人だ。鼻筋が通っていて、くっきりとした二重瞼にシミひとつ無い肌。おまけにスタイルがいい。細く引き締まった体をしているのに出てる所は出てる。

 要するに、やばい惚れそう、である。

「おい」

「ふぁい!」

 横目で覗き見ていたのがバレたのだろうか。飛び跳ねる様に肩を揺らした俺に、ディアナは怪訝な顔をして言った。

「落ち着きの無い奴だな……着いたぞ」

「着いたって、これが家か?」

 目の前に聳えるのは樹齢何百年だ、と言わんばかりに周りよりも一際大きい樹木だった。

 ──貴方、木の上で生活してらっしゃるの?

「ああうん。いや。安定感が凄そうな家だね……」

「何を言ってるんだ?」

 ディアナは首から下げていた一つのペンダントを手に取ると、それを木に向けた。

「目が!! めがぁあ!」

 突如発生した膨大な光量に俺は定番のギャグで目を覆った。

 光が止むのを待ち、ゆっくりと瞼を開く。

 すると、

「すげえな……」

「何がだ?」

 ただ大きい木が生えていたと思っていた景色に、建造物が発生した。大きな樹木の枝に乗っかる様にして姿を現したログハウス。

 何が起きたのか詳しく聞きたかったが、とりあえずは歩き出したディアナに肩を貸してもらいながら家に続く木の階段を登っていく。

 下に見える景色がどんどんと高くなっていくのに内心では冷や汗をかきながらも、平静を装い気になった事を尋ねる。

「なあ。ここにはディアナしか住んでいないのか?」

「そうだ」

「そういえばディアナって今幾つなんだ? なんか随分と大人びている印象だけど」

「次で百二十だ」

「百二十歳ねえ……ふーんって百二十っ!?」

「喧しい。耳元で騒ぐな」

「いやいや。え? 年齢三桁!? ちょ、嘘だろ!?」

「森人は嘘をつかない。そもそも、何をそんなに驚いている? ……そういえばエルフについては詳しくは知らないんだったな」

「ファンタジーって凄い」

 家の中に入ると、随分と質素な雰囲気だった。

 寝台があり、囲炉裏や箪笥の様な物があり、剣があり弓があり槍がありナイフがありって武器多すぎるだろ……。

「なんていうか……刺激の多い部屋だね。主に物理的な面で」

「そこに座れ」

 地べたの敷物を指差すディアナに従って腰を下ろす。

「いだだだだ!!」

「暴れるな」

 デニムを遠慮なくナイフで切り裂いて、傷口を見るディアナ。そして躊躇なく触れるディアナに鼻水を垂らしながら俺は抗議しようとする。

 だが、それはその後すぐに訪れた現象によって飲み込む事を余儀なくされた。

「え?」

 ディアナの手から緑色の光が発生すると、それが傷口に溶け込んでいく。

「すっげえ……」

 傷が塞がっていく。ぽっかりと穴が空いていた傷口が、赤々とした新しい皮膚で覆われている。

「ふぅ」

「本物の……魔法」

「完治した訳では無いがな。次は肩を見せろ」

「すげえ! すげえよ! これぞファンタジー! ビバファンタジー!」

 立ち上がってガッツポーズを取る。

 だが、勢いよく立ち上がった所為で傷口から血が噴出する。

「いってぇぇえッ!」

「完治はしてないと言ったはずだ。話を聞かない奴だな」

 忠告を聞かなかったせいで、俺は痛みにのたうち回る事になった。

 だが、漸く異世界に来てから初めて人との交流を果たすことが出来たのだ。

 しかもそれがとんでもない美人で銀髪エルフで魔法使い。

 俺は痛みに顔を歪めながらも、これからの生活に胸が踊っていた。




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