不死の俺が死ぬ気で生き抜く異世界ファンタジー

吾妻新

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第一話 『昼蜘蛛は縁起がいいのでは?』

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 目を覚ました時、俺は大の字で仰向けに転がっていた。

「うへ、え、あ?」

 飛び起きて、自分の体を確認する。両手で腹部や、胸部を弄ってみるが何も異常はない。

 つまり怪我をしていない。

 だが、着ていたTシャツとデニムが異様にズタボロになっている。

「う、おえ!」

 辺りを見回すと、まるで血液の池の様な物が出来上がっていた。その血溜まりから鼻をつく様な生臭い香りが漂っている。

 思わずえずいた俺は地面の血溜まりに両手をついて嘔吐した。だが、胃に内容物が入っていないのか、粘っこい唾液だけが吐き出される。

「う、はぁはぁ」

 慌ててその場から離れる。

 さっきのアレはなんだったんだろう。

 俺は間違いなくB級映画さながらのどデカイ昆虫共に生きたまま喰われた筈だ。

「夢……?」

 自分で口に出してから疑問が浮かび上がる。

 ──ならどっからどこまでが夢で、どっからが現実だ?

「この森にいるって事はここが異世界なのは間違いないよな……」

 公園の入り口に走っていて、視界を開けたら真っ昼間の森の中。

 立ち上がって辺りを見回しても、やはりついさっきいた森の中で間違いない。

 そこまで考えて嫌な光景が頭によぎった。喰われる前に視界に映っていた化物の顔がフラッシュバックする。

 複眼を機械的に揺らしながら咀嚼するアリの姿。それを思い返して体が否応なく恐怖に震える。

「とりあえず離れねえと……」

 ここに留まるのは危険だと思い、とりあえずは森を抜けるために歩き出す。

 だが、随分と先が見えない。背の高い木々が立ち並んでおり、先程の開けた場所とは違い進むにつれてどんどんと薄暗くなっていく。

「はぁ、はぁ」

 三十分くらいは歩いただろうか。依然として辺りには目立つ物も無ければ人の気配もない。

「異世界召喚っていうと、こういう時に誰かの悲鳴とかが聞こえてきたりするんだけどな……」

 多分これは一種の願望の様な物だ。

 先程の恐怖体験のせいで、随分と独り言が多くなった気がする。孤独感で押しつぶされそうだ。

「てか、さっきのあれはなんだったんだ。未来予知とか、そういうのか?」

 手のひらで地面をついた時に付着した血液。それを見やる。

「でも未来予知とかだったら、あれだよな。あの血痕はなんだって話になるし……」

 腕を組んで思案する。少しでも冷静に振る舞わないと気が触れてしまいそうだった。

「こうなりゃ最後の手段。誰かー! 誰かいませんかー!」

 森の中で大声を上げる。

 もうこの際だ。体裁とか、テンプレートとか度外視だ。ひとまず他の人間と出会わない事には何も始まらない。

 そのまま長い間叫び続けていたが、一向に声は返ってこない。帰ってくるのは痛ましい沈黙のみだ。

「……いってえ」

 スニーカーはボロボロで履けた物ではなかった。今は靴下のみだ。それでも歩みを進めるごとに、鋭い小石や、尖った木の枝が足の裏に突き刺さる。

「はぁ、なんだってんだよ。ナビゲーターっぽい奴とかいねえのか?」

 また独り言を繰り返してしまうが、そこである事に気がついた。

「……そういえば、こういう時ってスマホに何か特殊な機能が備わってたりするよな? あれ? もしかしてそれ系のやつ!?」

 すぐにポケットを弄る。スマホが入っていた右側のポケットはどうやら無事だった様で、寧ろ今まで気づかなかった事が奇跡な程に、その物質は重みと期待感を俺の手にもたらした。

「やったっ……! これで、これでやっと進展が!」

 とりあえずは先程のスプラッタ現場からある程度は離れる事ができた。

 俺は近くにあった木の根本に腰を下ろす。

「頼むぜ……」

 そしてボタンを押してスマホを起動する。

「特に変化はねえな……」

 何度押しても変わりはない。いつもと同じだ。起動しなくなったまま放置されている膨大なアプリケーションがあるだけで、変化は見られない。

 いや、一つだけ変化はあった。

「圏外……」

 携帯料金の未払いをした事はない。それに他に端末の機能におかしな所は見当たらない。

「いや、まあ、な。わかってたけどな。 異世界なんだから圏外なのは理解してたけど……え? 何にもないの!? これで終わり!?」

 俺は携帯をスクロールさせて、何か変な所は無いかと事細かに観察する。

「……やってられっかこんなの! ふざけんな! チートの一つや二つ貰わなきゃ割に合わねえってんだよ!」

 苛立ちと焦燥感で、寄りかかっていた木を蹴飛ばす。

「あ?」

 すると何かが頭上から降ってきた。それは高い所にある枝からブラブラと紐の様な物でぶら下がっており、バレーボール大の毛玉の様な物だった。

「?」

 近づいて何なのかを確認しようとした。

 そして理解する。

 毛玉の様だと思っていたそれは、木の枝から糸でぶら下がっている巨大な蜘蛛だった。脚を丸めた姿は、図鑑で見たタランチュラによく似た姿をしている。

 もっとも、サイズは桁違いだが。

「え? ちょ」

 その蜘蛛が、木に脚をつけると此方に表情を向ける。

 二つの水晶の様に大きな目がこちらを捉える。それに連なる様に斜めに幾つもの小さな目が並んでいる。

 まるで時間が止まった様な感覚だった。

 昔テレビで見たヤシガニを彷彿とさせるサイズ。鋭く尖った口元の牙。毛むくじゃらの体。連なる目。表情の無い顔。

 ──声を上げてはいけない。

 俺は緊張感からぎこちない動きで木から離れる様に後退する。

 だが、その蜘蛛は木をスルスルと軽快に降りて地面に着地すると、こちらが動いた分だけ距離を詰めてくる。

 頬を汗が伝う。

 蜘蛛の足元がぴくり、と動いた瞬間、俺は脱兎の如く駆け出した。

「うわぁぁぁあ!! 助けてえぇ!!」

 もはや恥も外聞もない。そもそもこの森には人がいるのかも定かではないが、叫ばずにはいられなかった。

 駆け出した俺の肩に、僅かに重みを感じた。

 蜘蛛が乗っている。

「ひいい!」

 俺は手でそれを振り払う。そして、蜘蛛が体から離れると同時に肩に刺す様な痛みが走った。

 引っかかった蜘蛛の牙によって、肩口に盛大に裂傷が出来ていた。

 だらだらと腕を伝って流れ落ちる血液。

「……いてぇ」

 今もなお、走る自分の後方より捕食者が迫ってきているのがわかる。

 もちろん振り向く余裕など無いが。

「いい加減に、あきらめろやっ……」

 短くない逃走劇で足に疲れが溜まってきているのがわかる。靴下のまま走った足の裏は、見るのが怖くなるくらいに痛みと痺れを訴えている。

 ──こういう定番物だと身体能力が上がってたりするもんじゃないのか。

 納得の行かない状況に頭の中を支配するのは混乱だった。

「うう、うぷっ」

 不意に視界が揺れた。疲れ、とはまた別の違和感を覚えた。何故か踏み出した足の感覚が随分と薄くなっている。

 麻痺毒、という単語が頭に浮かび、ぞっとする。

 無我夢中で走っていたせいか、大きい木の根っこに足が引っかかった。

 転倒した俺は立ち上がろうと地面に手をついた。だが、ジワジワと感覚が無くなっていく手足には思うように力が入らない。

 後方からパタパタと地面を走る音が聞こえてくる。

「あう、あ」

 喉が閉じてしまった様に声が出ない。僅かに残る体力で後ろを覗き見ると、あの蜘蛛がこちらを見つめている。食事の前に食器を舐める様に、自らの牙を長い脚で撫で付けている。

 どうやら毒が回るのを待っている様だ。一定の距離を保ったまま観察している蜘蛛から逃げるために、身体を地面に擦り付けながら動く。

 恐怖と苦しさで涙が溢れてきた。

 ──なんで俺がこんな目に。

 意識が遠のいていく。体全体の感覚はとっくのとうになくなっている。

 ──誰か。誰でもいい。助けてくれ。

 意識を失う前に霧がかる視界に映ったのは、蔦で編まれた様な靴を履いた真っ白な足だった。
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