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第4章 お前と共にあるために。
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しおりを挟む「天野さん、貴方に頼みたい事があるんです」
『ええ、なんでしょうか?』
ただ天野と電話をしているだけなのに、酷く緊張するのは間違っている事だ。ただ、このようなことを私がするなんて思ってもいなかったから。
「___指輪を、準備して欲しいんです」
『・・・』
携帯の向こう側でがたりと物音が聞こえる。
『左様ですか。貴臣様・・・、左様でございますか』
少し震えた声が聞こえる。普段取り乱したりしないこの男が乱れるのならば、私が多少震えてしまう事は仕方のない事だ。仕事の出来る通話相手は多くを語らずとも理解しているようだった。
「出来れば早急に欲しいのですが、大振りな『いえ、貴臣様』___?」
普段口を挟まぬ男の落ち着いた口振りに貴臣は口を噤んだ。
『もっとシンプルに、小さくてもいいかと思います。あのお方は、大きさや金額で想いを測る人ではないかと存じます』
ただ大きければ、価値のある物であればと思っていた。そんな簡単な基準で選ぼうと思っていた私が間違いなのは直ぐに理解した。同時に私だけではなく、こんな短期間で周りに愛される存在になっている沙也加に胸が熱くなった。
「ああ、そうか。では、候補をいくつか届けていただけますか?」
『ええ、もちろんです。少しお時間を頂戴してもよろしいですか?』
「ええ。では、連絡お願いします」
電話を切った貴臣の心は清々しかった。これまでたくさんの嘘を重ねてきた事、傷つけてしまった事が平気だったわけではない。収集の付かない想いに振り回し振り回されていたのは自分自身も同じだった。
帰路につく車内で貴臣はぼんやりと空を見上げた。ネイビーの夜空には星は出ていない。雲に覆われた月が時折顔を出すたびに、小さな胸騒ぎを覚えた。なにもかも上手くいったはずなのに、なんだか黒いモヤが胸を覆っていく。不安な気持ちとは幼い頃に置いてきた感情かと思っていた。しかし、言いようのない不安に貴臣は唇を噛みしめた。司に沙也加を任せるのではなかった。もっと話が長引くと想定しての事だったが・・・、きっと父も私と沙也加の事を勘づいていたのであろう。帰っても暗い室内は久方ぶりになる。少し離れるだけで寂しそうな顔をするあいつが私に依存していると思っていたのに、それは逆だったのかもしれない。
短な溜息は運転手にも届かなかった。
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