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第4章 お前と共にあるために。
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しおりを挟む「いらっしゃいませ」
薄暗い店内を進むと、重厚感のあるカウンターが貴臣を迎えてくれた。寡黙なマスターに向かい合って座るのは昔よりも少し小さくなった背中。
「先に来て一杯飲もうと思っていたのに、貴臣は時間に正確だなあ。ははは」
「お呼び立てしてすみません」
皺の入った手の平がぽんぽんと隣の椅子を叩くのを見て、鼓動を落ち着かせるよう短く息を吐いてから座った。父と会うのは沙也加の母親を紹介された時以来である。あれから状況が色々と変わってしまった。
自分の心のままに沙也加を欲しいと願い、押し付け・・・受け入れてもらった。当初の目的は再婚の阻止だったはずなのに、今ではただの恋する男になってしまっている。小野にも調べさせたが、愛する者の母親が悪い人だとは思っていない。再婚に反対する理由は無くなったはずだった。
「父さん。・・・謝りに来た」
「呼び出したと思えば、急にそれかい? 一体どうしたんだい?」
「私は百合さんの娘を本気で愛してしまった。___再婚を反対して申し訳ありません。沙也加を育てた母親が悪い人間なはずがないこと、わかっていました。本当は再婚の事、賛成したい・・・でも「それ以上はいいよ」
「しかし「いいんだ」
「・・・」
「私たちはもう、結婚というカタチに縛られる年齢じゃないんだよ。これから長い人生を歩むお前たちこそ、幸せな選択をするべきだよ」
そう言ってウイスキーをちびりと飲む父は、悲しげで嬉しそうな複雑な表情をしていた。予想外だった。私が人を愛するなんて。本来ならば父の結婚を祝う事が”正”で、私のこの想いが”誤”なのはわかっている。しかし既に止められる想いではなくなっていて、この出会いをもたらしてくれた父に感謝すらしている私は息子失格なのであろう。
「貴臣が愛している女性が、僕の愛する女性の娘さんだなんて」
不意に置かれた手は肩の上で揺れている。やはり憤っているのだろう。背筋を伸ばしたまま、右隣の父へとゆっくり視線を向けた。
「流石だな」
「・・・」
あまり表情に出ない貴臣でも驚いてしまった。父のあまりにも嬉しそうな表情に。
「さすが見る目がある。このまま一人で生きていくのかと思っていた。貴臣が素晴らしい相手と出会えて、本当に・・・嬉しく思うよ」
久方ぶりにみる父の”父親”な表情に息をのんだ。
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