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第1章 この出会いに感謝する。

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 貴臣は個室の料亭にいた。見慣れた男が目の前に座り、にやにやと気持ち悪い笑みをこぼしている。

「大谷さん。大変お待たせ致しました。これが資料です」

 無言で受け取り、数枚の紙が入った封筒の中身をちらりと確認した。逸る気持ちを抑えて封筒を隣に置くと、目の前に置かれた日本酒の入ったおちょこをくいっと飲み干した。

「__はははは。僕の事は気にせずに中身を検めて頂いても構いませんよ」

「・・・」

 目の前で貴臣に怖気づく事も無く、にやりと汚い笑みを浮かべている小野という男とは長い付き合いになる。初めは義母の調査を依頼した時だった。部下に家族の醜態をさらすわけにはいかずに、自分で調べて雇った探偵である。頼りがいのない見た目とは真逆に、しっかりと仕事をこなすこの男が貴臣の裏の顔の相棒となっていた。


「__掴めん男だ」

「それはお互い様ですよ。ははははは」



 目の前の男を無視して封筒から紙を取り出すと、自分の手が震えている事に気付いた。何を恐れているというのだろうか。得体のしれない感情がぐるぐると胸の奥の方で渦を巻いていた。







――――――――

水谷沙也加 調査報告書

・十歳の頃に両親が離婚。その後は母方に引き取られて祖父母と母親との四人暮らし。

・高校を出てファーストフード店とスナックのアルバイトを掛け持ち。後に大谷家具入社。

・配偶者無し。恋人も無し。

・店舗近くで一人暮らし。

・休日は特に出かける事も無く、家事に精を出している。

・仲の良い友人は特にいない。(強いて言えば、同僚の主婦たち)

・仕事態度は・・・etc

―――――――――




「すいませんねえ。何とも平凡な女性でしてね。特に書く事が無くてね」

 はははと後頭部を掻く小野に悪びれた様子は無い。貴臣は小さなため息をもらすと、座椅子に深く腰掛け直した。



 水谷沙也加という人物を知ってから三週間が経過していた。じとりとした嫌な汗が書類を握る手の平に湧いていた。こんな平凡な女を使って、どう再婚を阻止する材料に出来るだろうか。いっその事、母親を脅迫してやろうか。

 ぐるぐると思考を巡らしていると、視界の向こう側でチラつく小野の顔にイラつきを覚えた。

「そんな顔しないでくださいよ。調査はどうしますか?」






「__続行だ」

 
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