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第五章 どうしようもなく、好きな人。

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 夜空はこんな日でも変わらず綺麗だった。
 あれから眠たいと嘘をついて自室に籠っている。と言っても、ここは私の部屋であり、そうではないのだ。綺麗に使われていたから気付かなかった、お下がり。きっとあの猫のマグカップも沙也加さんと匠くんのものなんだ。そして匠くんも、お下がり・・・か。

「アホらし・・・っ、ぐっ、うぅ」

 自室のベランダで、声を殺しながら涙を噛みしめる。

 お下がりが嫌なんじゃない。沙也加さんが憎いんじゃない。そうじゃなくて、・・・そうじゃなくて。沙也加さんを見つめる匠くんの瞳が、心がどれだけ傷ついているのか気付いてしまったから。匠くんの想いはまだ全然過去になんかなっていなくて、ぐずぐずの傷口に塩を塗るように出来た二人の子どもに想いを絶とうと必死なんだ。まだ生まれてひと月ちょっとのはず。だって司くんと藤本さんの会話を思い出せば繋がるから。そうすると自暴自棄になって私と結婚した時期とちょうど合う。
 そして、私は沙也加さんの代わりに選ばれた女。そう呼んでしまえば、自分が酷く陳腐な存在だと思い知る。匠くんの空虚な「好き」が信じられなかった理由が、今ならばよくわかる。それは私に向けられたものではなかったのだから。私というシルエットを通して送られた、義姉への愛の言葉。

 なんだか、空っぽになってしまった。それでも心のグラスに注がれていく、匠くんを愛おしいと思う気持ちが溢れてしまう。もう後戻りなんて出来ない程、年下の旦那様に恋い焦がれている。匠くんは、いつだって私を思いやってくれていた。雑な扱いなど一度も無い。大切にありたっけの優しさをくれていた。無かったのは、私への気持ちだけ。
 伝い落ちる涙は熱いのに、頬を撫でる風は冷たい。ぶるりと震える身体が、優しく温めてくれた体温を覚えている。いつもどこか後ろめたそうで、あんなに素敵なのに自分に自信がなくて。それは私への罪悪感と、失恋の傷の所為だったんだ。

 どうしようか、私。これから。本気で離婚したいと言えば、匠くんは止めないだろう。つまり逆を言えば、一緒にいたいと願うなら匠くんは傍にいてくれる。

 悪足掻きをしてみようか。なんたって、全て私の推測でしかなんだもの。沙也加さんとは本当になんでもなくて、私に一目惚れして結婚してくれたのかもしれない。匠くんが私を選んで・・・、なんてね。ポジティブな方だと思っていたのに、匠くんに愛されている自信などイチパーセントも無い。

 それでも好きになってしまったから。

 私の身体をどこで輪切りにしたって、匠くんへの想いでいっぱいだから。

 だから、代わりでもいい。

 傍にいられるのなら。



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