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第三章 大谷匠、という男。

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 昨夜はあまり眠れなかった。それは匠くんの話を聞いてしまったからなのか、それとも・・・。

「おはよう、亜子ちゃん」

 太陽のような笑顔でこちらを見下ろしているのは、私の旦那様。

「この体勢は?」

「おはようのキスだよ」

 匠くんは未だにベッドに転がったままの私に覆いかぶさり、寝ぐせの付いた髪を嬉しそうに梳いている。

「一緒に寝てくれなかったから、寂しかった」

「そっ、そりゃあ当然です。未成年とは健全なお付き合いを「夫婦、だからお付き合いとかそんなの関係ないよ」

「いけません。親御さんに顔向け出来ません」

「ちぇ。亜子ちゃん、意外と鉄壁」

「お褒めに与り光栄です」

 顔の横に鎮座してる二の腕をプロレスの要領で二度タップすると、にっこりと甘いマスクで抱き起された。「私は介護がいるほど年寄りではありません」と毒づいてみても、匠くんは何処吹く風という表情だ。鼻歌でも歌いだしそうな背中を追いかけながらリビングへと向かう。

「コーヒーにしますか? それともティーですか? お姫様」

「良きに計らえ」

「はーい」

 まるでずっと一緒にいる友達のような、そんな空気だった。楽しそうにカップを準備する匠くんを横目に、広いベランダデッキに続く窓を開ける。勢いよく入ってきた秋風は少し肌寒いけれど、晴れて雲一つない空に心が躍った。そのままデッキに出れば、誰にも邪魔されない景色に感嘆のため息が漏れる。

「寒いよ」

 ふわりと肩に掛けられたのは、上質な着る毛布。ふかふかの感触に思わず頬を擦り付ければ、隣から降ってくる優しい笑みに少し恥ずかしくなる。また、匠くんに甘やかされている。私が彼に勝てる日はくるのだろうか。何年経っても無理そうで、恐ろしくなってぶるりと肩が揺れる。

「寒い?」

 それを勘違いしたのか、匠くんに後ろから抱き締められた。正直、べたべたに甘い。それでもなんとなく感じる、手本通りに演じているような違和感。これはシスコンの弟の行動としては行き過ぎているが、愛し合う二人の雰囲気には程遠い気がしてならない。もちろんこんな短期間で愛し合えというのは難しい話で、カタチから入ろうって言うのなら正しい行動なのかもしれない。そうなんだけど、なんだか・・・。

「お湯が沸いたよ。中入ろう?」

「うん」

 匠くんの猫なで声に、もう考えなくてもいいよと言われたみたいで。室内に入るとそのままダイニングへと促され、テーブルの上には朝食が準備されていた。綺麗な色の半熟スクランブルエッグにクロワッサン。ぱりっと美味しそうなウインナーにお腹がぐるると唸る。そこに漂ってくるコーヒーの香りに視線を向けると、金色のラインに鮮やかな花が申し訳程度に描かれた高そうなカップが置かれた。同じカップを手にしたまま、匠くんも向かいの席に座る。

「「いただきます」」

 向かい合って手を合わせた。どうして今日は猫のマグカップじゃないの、という疑問は胸に秘めたまま。


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