17 / 59
第三章 大谷匠、という男。
3-1
しおりを挟む昨夜はあまり眠れなかった。それは匠くんの話を聞いてしまったからなのか、それとも・・・。
「おはよう、亜子ちゃん」
太陽のような笑顔でこちらを見下ろしているのは、私の旦那様。
「この体勢は?」
「おはようのキスだよ」
匠くんは未だにベッドに転がったままの私に覆いかぶさり、寝ぐせの付いた髪を嬉しそうに梳いている。
「一緒に寝てくれなかったから、寂しかった」
「そっ、そりゃあ当然です。未成年とは健全なお付き合いを「夫婦、だからお付き合いとかそんなの関係ないよ」
「いけません。親御さんに顔向け出来ません」
「ちぇ。亜子ちゃん、意外と鉄壁」
「お褒めに与り光栄です」
顔の横に鎮座してる二の腕をプロレスの要領で二度タップすると、にっこりと甘いマスクで抱き起された。「私は介護がいるほど年寄りではありません」と毒づいてみても、匠くんは何処吹く風という表情だ。鼻歌でも歌いだしそうな背中を追いかけながらリビングへと向かう。
「コーヒーにしますか? それともティーですか? お姫様」
「良きに計らえ」
「はーい」
まるでずっと一緒にいる友達のような、そんな空気だった。楽しそうにカップを準備する匠くんを横目に、広いベランダデッキに続く窓を開ける。勢いよく入ってきた秋風は少し肌寒いけれど、晴れて雲一つない空に心が躍った。そのままデッキに出れば、誰にも邪魔されない景色に感嘆のため息が漏れる。
「寒いよ」
ふわりと肩に掛けられたのは、上質な着る毛布。ふかふかの感触に思わず頬を擦り付ければ、隣から降ってくる優しい笑みに少し恥ずかしくなる。また、匠くんに甘やかされている。私が彼に勝てる日はくるのだろうか。何年経っても無理そうで、恐ろしくなってぶるりと肩が揺れる。
「寒い?」
それを勘違いしたのか、匠くんに後ろから抱き締められた。正直、べたべたに甘い。それでもなんとなく感じる、手本通りに演じているような違和感。これはシスコンの弟の行動としては行き過ぎているが、愛し合う二人の雰囲気には程遠い気がしてならない。もちろんこんな短期間で愛し合えというのは難しい話で、カタチから入ろうって言うのなら正しい行動なのかもしれない。そうなんだけど、なんだか・・・。
「お湯が沸いたよ。中入ろう?」
「うん」
匠くんの猫なで声に、もう考えなくてもいいよと言われたみたいで。室内に入るとそのままダイニングへと促され、テーブルの上には朝食が準備されていた。綺麗な色の半熟スクランブルエッグにクロワッサン。ぱりっと美味しそうなウインナーにお腹がぐるると唸る。そこに漂ってくるコーヒーの香りに視線を向けると、金色のラインに鮮やかな花が申し訳程度に描かれた高そうなカップが置かれた。同じカップを手にしたまま、匠くんも向かいの席に座る。
「「いただきます」」
向かい合って手を合わせた。どうして今日は猫のマグカップじゃないの、という疑問は胸に秘めたまま。
0
お気に入りに追加
167
あなたにおすすめの小説
溺婚
明日葉
恋愛
香月絢佳、37歳、独身。晩婚化が進んでいるとはいえ、さすがにもう、無理かなぁ、と残念には思うが焦る気にもならず。まあ、恋愛体質じゃないし、と。
以前階段落ちから助けてくれたイケメンに、馴染みの店で再会するものの、この状況では向こうの印象がよろしいはずもないしと期待もしなかったのだが。
イケメン、天羽疾矢はどうやら絢佳に惹かれてしまったようで。
「歳も歳だし、とりあえず試してみたら?こわいの?」と、挑発されればつい、売り言葉に買い言葉。
何がどうしてこうなった?
平凡に生きたい、でもま、老後に1人は嫌だなぁ、くらいに構えた恋愛偏差値最底辺の絢佳と、こう見えて仕事人間のイケメン疾矢。振り回しているのは果たしてどっちで、振り回されてるのは、果たしてどっち?
世界くんの想うツボ〜年下御曹司との甘い恋の攻防戦〜
遊野煌
恋愛
衛生陶器を扱うTONTON株式会社で見積課課長として勤務している今年35歳の源梅子(みなもとうめこ)は、五年前のトラウマから恋愛に臆病になっていた。そんなある日、梅子は新入社員として見積課に配属されたTONTON株式会社の御曹司、御堂世界(みどうせかい)と出会い、ひょんなことから三ヶ月間の契約交際をすることに。
キラキラネームにキラキラとした見た目で更に会社の御曹司である世界は、自由奔放な性格と振る舞いで完璧主義の梅子のペースを乱していく。
──あ、それツボっすね。
甘くて、ちょっぴり意地悪な年下男子に振り回されて噛みつかれて恋に落ちちゃう物語。
恋に臆病なバリキャリvsキラキラ年下御曹司
恋の軍配はどちらに?
※画像はフリー素材です。
【完結】育てた後輩を送り出したらハイスペになって戻ってきました
藤浪保
恋愛
大手IT会社に勤める早苗は会社の歓迎会でかつての後輩の桜木と再会した。酔っ払った桜木を家に送った早苗は押し倒され、キスに翻弄されてそのまま関係を持ってしまう。
次の朝目覚めた早苗は前夜の記憶をなくし、関係を持った事しか覚えていなかった。
イケメン御曹司、地味子へのストーカー始めました 〜マイナス余命1日〜
和泉杏咲
恋愛
表紙イラストは「帳カオル」様に描いていただきました……!眼福です(´ω`)
https://twitter.com/tobari_kaoru
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
私は間も無く死ぬ。だから、彼に別れを告げたいのだ。それなのに……
なぜ、私だけがこんな目に遭うのか。
なぜ、私だけにこんなに執着するのか。
私は間も無く死んでしまう。
どうか、私のことは忘れて……。
だから私は、あえて言うの。
バイバイって。
死を覚悟した少女と、彼女を一途(?)に追いかけた少年の追いかけっこの終わりの始まりのお話。
<登場人物>
矢部雪穂:ガリ勉してエリート中学校に入学した努力少女。小説家志望
悠木 清:雪穂のクラスメイト。金持ち&ギフテッドと呼ばれるほどの天才奇人イケメン御曹司
山田:清に仕えるスーパー執事
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる