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第一章 ハロー、旦那様。
1-7
しおりを挟む人生でこれまでにない程のスピードで振り向いた、と思う。くすくすと片手で口元を抑えながらドアの前に立っているのは、もう二度と会う事は無い・・・はずだった匠くん。
「えっ、なんっ・・・え?」
「なあに?」
「いや、だって」
「だって?」
慌てているのは私だけで、匠くんはにこにこと無邪気に笑いながら歩み寄ってくる。
「だって・・・」
「だめだよ」
後退った場所にはソファがあって、膝カックンの要領で勢いよく尻もちをつく。年上の私には落ち着きも主導権も無い。二日酔いでボロボロな私の横に、見下ろす様に片膝を付いて匠くんが覆いかぶさってくる。
「僕じゃない人だったらどうするの。___これ」
静かにそう言って匠くんが引っ張ったのは、私のブラジャーの紐。
「・・・」
「いろんなもの、丸見えだよ」
ぱちんと定位置に戻ったブラ紐を見て、声にならない叫びを喉に詰まらせたまま慌ててバスローブを手繰り寄せる。
恥ずかしい、恥ずかし過ぎる、終わった。弛み切った身体に処理してないムダ毛、ちぐはぐで年季の入った下着。青年たちはグラビアアイドルを見て、それが女性の普通だと夢見ている年頃のはず。まだ現実も知らぬ青年に、この枯れ具合は毒でしかない。
「___忘れて、ください」
「それはお願い?」
「おね? あ、はい。お願いします」
視線を上げるのは怖いけれど、匠くんが今どんな表情をしているのか気になる。ちらっと、バレないように盗み見ると、匠くんは心底楽しそうに口角を上げた。だからといって返事はなく、ぼさぼさの私の髪をパスタのように指に巻き付けて遊んでいる。それは、一体どういう意味ですか?
「うん、わかった。可愛い奥さ「ありがとう! 綺麗さっぱり忘れてね! 何なら記憶無くなるように、そこの花瓶で殴ろうか?」
了承が聞こえた瞬間、喜びで匠くんを押しやりサイドテーブルに乗った花瓶を指差して見せる。割と本気だったけれど、冷静に断られてしまった。せっかく忘れて貰えるんだから再び見せてはいけないと、立ち上がってからきつくバスローブの紐を結ぶ。
さあ、帰ろうと思った。思った時、ふと。
「どうしてここにいるの?」
ぽろりと本音が口から転げ落ちた。本当に無意識で、自分で自分の言葉を聞いて「確かに」と思ったくらい。
「亜子ちゃん、僕の話聞いてくれないから」
「あっ、ごめん。なんだか緊張しているというか、落ち着きがなくなっちゃって。普段はこんなんじゃ「もう、振り回されっぱなし」___なぃ」
後ろから回された腕は、私の腰を締め付けている。背中には筋肉質な男の身体の感触があって、耳元には息が掛かるくらいに寄せられた綺麗な顔。私は匠くんに、後ろから抱き締められている。
「さっきのは忘れる。でも、昨夜のことは忘れないよ?」
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