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第8章
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しおりを挟むざわざわと周りの音が耳に入ってくる。この人の声だけを聴いていたいのに。
「私はここだ」
沙也加の後ろにいた貴臣が声を張り上げると、一斉に数百の瞳がこちらを向く。ご丁寧に、ライトまでこちらを照らしている。
「行くぞ」
耳元で合図が聞こえると、貴臣さんの逞しい腕に引かれてそのままステージへと駆け上がった。カシャカシャとシャッター音が鳴りやまない。新種の生物を見る様に、会場にいる全員が好奇な目をしていた。
「あと一つ、重大なお知らせがあります。私はこの女性と結婚します。どうか私の愉快なご友人方、これ以上私にくだらない女を押し付ける様な真似は止して頂く様お願い申し上げます。では、我々はこれからハネムーンですので後はよろしく」
おじさんからマイクを奪った貴臣が、沙也加の腰を抱きながら言い放った言葉は全員が卒倒する程だった。楽しそうに笑う貴臣に手を引かれてステージ裏まで走る。
「ちょっ、貴臣さん! 一体どういうことですか?!」
「どうもこうも無い。お前が今日から私の花嫁になる、ただそれだけだ」
「そ、そんな事許されません。私たちは兄妹ですよ?」
「誰がそんな事を言った? お前は妹ではない」
「そんなっ」
二人で走りながら言い争っていた。裏口の様な通路を進んで外に出ると、そこには大谷家のみんなと、お母さん、藤本さんが待っていた。
もう、何が何やらわからない。
「え? なんでみんなここに?」
「おめでとう、沙也加さん」
司と藤本が肩を寄せながら微笑んでいる。
いつの間にかスーツに着替えた匠もいた。
「匠くん・・・」
「ごめんね、さや姉。僕の最後の悪あがきで寂しい思いをさせてしまって。これからはちゃんと弟として、さや姉のこと大好きでいるよ」
目の下が赤くなっているのに、無理して笑っているのが誰から見てもわかる。口を開こうとした時に、隣の影が動く気配に口を噤んだ。
「私の妻だ。誰にも触れさせん。___が、お前だけにはたまに弟として仲良くすることを許してやろう」
「貴兄・・・結婚してまで束縛するとか、そういう人をイタイ人って言うんだよ」
べーっと舌を出している匠くんがなんだか嬉しそうに見えた。貴臣さんを見上げると、くだらんと言いながらもまんざらじゃなさそうだった。
「沙也加・・・」
「お母さん・・・私どうしたらいいの?」
「なあに、泣きそうな顔してるのよ」
温かなお母さんの笑顔に思わず胸の中に飛び込んだ。
「だって、ダメだってわかってる。お母さんと真さんが結婚するのに、私たちが結婚なんて。___それでも、貴臣さんにプロポーズされて、私、凄く凄く嬉しいの」
「・・・沙也加さん。顔を上げてくれるかい?」
肩を優しく叩かれて顔を上げると、優しい微笑みをした真が見下ろしていた。
「たくさん悩ませてしまったね。安心して欲しい。私と百合さんは結婚しないよ」
「そんな・・・いけません。私の所為で「君の所為じゃないよ」
落ち着いた声色だった。その瞬間、沙也加の後ろから腰に手が回り貴臣の元へと引き寄せられる。愛しむ様に、二度と離れない決意を感じた。
*****
「父さん。・・・謝りに来た」
「呼び出したと思えば、急にそれかい? 一体どうしたんだい?」
「私は百合さんの娘を本気で愛してしまった。___再婚を反対して申し訳ありません。沙也加を育てた母親が悪い人間なはずがないこと、わかっていました。本当は再婚の事、賛成したい・・・でも「それ以上はいいよ」
「しかし「いいんだ」
「・・・」
「私たちはもう、結婚というカタチに縛られる年齢じゃないんだよ。これから長い人生を歩むお前たちこそ、幸せな選択をするべきだよ」
*****
「あれは、そうだね。私と沙也加さんが初めて会った日の話だよ。君になら貴臣を頼めると、そう確信したんだ」
「___お母さん」
「そうよ。だから、いいの。これからは貴臣さんと二人でハッピーな人生を送るの。泣かないで?」
嗚咽で何も答えられない沙也加の代わりに、貴臣が深く二人に頭を下げた。言葉などいらなかった。真と百合は寄り添って、貴臣と泣きじゃくる沙也加を困ったような笑顔で見つめた。これまで沢山の辛い思いをさせてきた子供たちにあげられる、最高のプレゼントとして。
「行くぞ」
一向に泣き止まない沙也加にため息をついてから、貴臣はひょいと沙也加をお姫様抱っこして車に向かった。
「あっ、わわっ、おろしてくださ「だめだ。時間がもったいない」
そう言って笑った貴臣の顔は、好きな子にちょっかいをかける悪戯っ子のような表情だった。
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