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第5章
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しおりを挟む家出事件も落ち着き、貴臣さんと二人だけの生活に戻ってから数日が経った。あれから司くんや匠くんには会っていない。クローゼットには代わり映えのない上質な白シャツのみが並び、外に出る様の服は一枚も無くなっていた。
仕事は簡単な書類整理をリビングでさせてもらえる程度で、貴臣さんは一日に数回出社しては戻ってきてデスク作業をしている。大企業の社長がこんな引きこもりみたいな生活をしていて大丈夫なのだろうか。
沙也加は貴臣が仕事をしている間は邪魔をしないように読書をして過ごした。たまに頼まれる仕事には尻尾をちぎれんばかりに振って飛びつく程に、沙也加は自分の無力さを感じずにはいられなかった。
「そういえば気になっていたんですけど、以前私の事を”調べさせた”って言ってましたよね? あれってどうしてなんですか?」
「・・・」
「・・・? 新しい秘書を探しての審査とかですか?」
「___そうだ」
紅茶を飲みながら二人でソファに座っていた。一緒にいる時間が増えた分、会話は少しだけ増えてきていた。ただ疑問だった事を聞いただけなのに、口ごもる貴臣に違和感を覚えた。
「こんなにたくさんの社員がいて、有能な人はたくさんいるのに何故、私だったんですか?」
「・・・周りからの評判が良かったからだ。年齢も丁度良かった。ただそれだけだ」
「そうですか」
答えを貰ったのに、何故かしっくりとこない。本当にそんな事が理由で末端社員が、社長秘書に抜擢されることがあるのだろうか。
「___少し出る。遅くなるから寝ていていい」
もしかすると貴臣に不快感を与えたかもしれない。別に疑っているわけではないけれど、どこか腑に落ちないのだ。その感情が表に出ていたかもしれない。それを知ることは、彼が出て行ってしまった今ではわからない事だった。
静まり返った部屋で、呆けていた。何時も貴臣が居なくなると、こんな幸せな日々が夢だったのではないかと不安になる。
寂しくて広い部屋を出て廊下を進むと玄関につく。下駄箱を開けても貴臣の靴が並ぶだけで女性ものの履物は見つからない。言葉では言われないが、出ていく事を許さない貴臣の意思を感じる。それでも、恐怖を感じない自分も大概だと思った。
がちゃりとドアノブが鳴るが扉は開かない。下駄箱の上には、相変わらず理解できない絵が飾られている。オレンジと黄色の明るい色合いに覆いかぶさるように、黒と紺を混ぜた暗い色合いが下の方から侵食してきているように見える。闇が光を飲み込んでいくみたいで少し怖くなった。これが評価される絵なのか、自分のセンスを疑うべきかどうかわからなかった。
ピンポーン
間近で音が鳴り、肩を揺らして驚いてしまった。
リビングまで戻るのが億劫で、小さなドアスコープを覗こうとした時勢いよくドアが開いた。
・・・痛い。
鈍い音が鳴り頭にも振動が響いた。
「あら、ごめんなさい」
上から降ってくる高音に顔を上げると、黒い髪がさらりと揺れた。真っ赤なルージュは日本人形のように綺麗で、まつげエクステではない自然なまつげがこちらを見下ろしていた。
「___あの」
「お久しぶりね。・・・退いてくださる?」
「あ、あぁすみません」
入ってきた藤本は何もかも知り尽くしている様に部屋の中を進んでいく。沙也加は威圧感に何も言えず、ただ後ろを黙ってついていくしか出来ない。
リビングのデスクをいじる藤本をじっと監視するわけにもいかず、目線を落として一人ソファに座った。まるで上司に怒られているような、居た堪れない気分だった。
慣れた手つきで書類を集めている。___黒い気持ちが沸き上がり、身体がひんやりと冷える気がした。
リビングを出ていく藤本をそのまま見送った。規則正しい足音が室内を動き回っている。戻ってきた藤本の左腕には、ストライプのシャツとネクタイ、スーツ一式が抱えられていた。
「それは・・・?」
「着替えよ。今晩泊まるから」
「でも、たか___社長は遅くなるだけだと」
「今夜は戻らないわ。大人しく家畜の様に待つことね」
「・・・そんな」
何も言えなかった。衣食住を与えられた自分が、周りから見たらそう映るのは仕方のない事なのだと。こんな女が貴臣さんの彼女だと言っていてもいいなんて、到底思えなかった。
リビングのドアノブに手を掛けた藤本がこちらを振り返っていた。口元は自信ありげに弧を描き、こちらを見下していた。
「あのベッド、スプリングが柔らかすぎるわよね。体重差のある二人で寝ると、向こう側にへこんじゃうもの」
藤本の言葉の意味が、情景がありありと浮かんだ。
軋むスプリングに埋もれる長い黒髪も、覆いかぶさる綺麗な裸体も全て。
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