おかえり、シンデレラ。ー 五十嵐社長は許してくれやしない ー

キミノ

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最終章 おかえり、シンデレラ。

last-8 五十嵐啓太

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 教室が二階にあって良かった。向こうの校舎にいる人たちとの接点は無いに等しくて、中庭にあるトイレや自動販売機が共用なくらいだ。だから、何時だって中庭を見つめる。一目でいいから、一日一度でいいから見たい。そのくらいの願い叶えて欲しい。

 何も出来ず、ただ膨れ上がっていく恋心を秘めたまま夏休みを迎えようとしている。あれから日和さんと話したことはないし、目が合ったこともない。彼女の記憶の片隅にも俺という存在は残っていないのだろう。蒸し暑い夏空はむかつくくらいに澄んだ青色で、自分もあれくらいスッキリと気持ちが伝えられたらいいのにと呵責かしゃくしたって変われないのだけれど。


「あ! 日和さん」

 自動販売機のスポーツ飲料缶を取り出し口から拾い上げるところだった。無駄に大きな声を出したのは言わずもがな土屋で、呼んだ名に視線を彷徨わせてからゆっくりと頭を上げる。土屋の背中越しにちらりと見えた日和さんは、屈託のない笑顔を土屋に向けていた。

「えーっと・・・」

「俺、日和さんと同中だった土屋って言います」

「そうなんだ。私、人の名前や顔を覚えるのが苦手で」

 近くで声を聴きながら、話しかける勇気なんてこれっぽっちもなくて。土屋の背中に隠れるように一歩移動した。

「いいっす。話したこともないので」

「あ、なら私も同中だよ!」

 声がして初めて日和さんの隣に立った友人の存在に気付く。それでも俺の視線は彼女に釘付けで、それを気付かれないように時折手の中のスポーツ飲料に視線を落とす演技をしておいた。土屋は日和さんの友人とも仲良く話しているし、俺は蚊帳の外だけれどここを離れたくなかった。二メートル。二歩踏み出せば触れられる距離に想い人がいる。それだけで心臓が喜んでリズムを刻む。

「日和さん。連絡先教えてくださいよ」

 土屋の爆弾発言に素早く日和さんの反応を覗き見れば、困ったように「あー」と呟いた。経験がなくたって分かる。断られる雰囲気だ。

「だめよ。日和、彼氏いるから」

 友人の放った言葉に全身の血の気が引いていく。そうかもしれないけれど、そうじゃないかもしれない。そうやって自分を慰めてきたのに、あっさりと告げられた”彼氏”の存在に目頭の奥が熱くなる感覚がした。気付かれないように背を向けて、スポーツ飲料缶の汗を指で拭う。

「え?! 福一工の人ですか?」

「そうそう。先輩で今は大学行っているの。将来は消防士になる有望株! 君じゃひょろいし勝てないなぁ」

「ああぁ。今世紀最大の悲報です」

 得意げに話す友人の声に土屋が大きなリアクションを取りながら俺の肩に手を置いて、皆の方へぐるりと振り返らされてしまう。予想外な出来事に持っていたスポーツ飲料の缶が切ない音を立てながらコンクリート廊下に落ちた。驚いた表情の日和さんと目が合い、動揺して口元を隠すようにしつつ顔を背ける。

「大丈夫? これ」

 一瞬の沈黙の後に差し出されたのは、へこんだスポーツ飲料。視線を上げることが出来ずに、小さく会釈して白い手から受け取る。目の前に立った日和さんはそれ以上何も言わず、井戸端会議はチャイムの音で強制的に解散することになった。


 日和さんは誰かのものだった。

 その事実は俺の心を蝕んでいく。どこまでしたのかだとか、どんな表情をするのだろうだとかくだらないことを考えては心が沈む。あの唇が愛を呟いている相手は、一体どれほどの男なのだろう。彼女を手に入れることが出来た喜びを、ちゃんと理解しているのだろうか。


 失恋の痛みは季節を超えても癒えることなく、寧ろ化膿して大きな痛みをもたらしている。運動会も文化祭もクリスマスもバレンタインも、彼女の思い出の中に俺はいない。忘れたくても忘れられない。何時だって日和さんは人々の中心にいて、俺の心があそこにいるぞって警報を鳴らすから。そして心はふてくされたまま、日和さんが卒業する日を迎えた。

 この一年で身長は一七五センチまで伸びて、今では土屋と肩を並べている。部活のお陰で筋肉も付き、青年と言える体型になった。それでも心は幼いままで、想い人に話しかける勇気なんてない。遠くに見える姿を目に焼き付ける。きっとこれが最後になるから。俺の青春の恋心を独り占めしたひとは、そんなことも露知らず眩しい笑顔を皆に振りまいている。眩しくて、眩しくて、近付くと熱いくらいに心を燃やさせる憎いひと

 なぁ。二度とこんな想いをしない為に、俺はそこまで登ろうと思う。何時か愛する人が出来たときに手の届く距離にいけるように、努力を惜しまないから。さよなら。大好きだった。一生分の後悔は、墓まで持って行くよ。どこかで輝き続ける貴女に、俺の光が・・・どうか、ほんの少しだけ届きますように。


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感想 4

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みんなの感想(4件)

えむ3
2021.03.18 えむ3

続けての更新ありがとうございます🙌やっと?やっと?えーっとプロポーズじゃないの!!もう公開プロポーズでしょ💘じれじれから救ってーー😫

解除
えむ3
2021.03.14 えむ3

続き気になってますー!!どうなっちゃうの??ハピエンですよねーーエブからずっと大好きで応援してます🤗更新お待ちしてます🤩🤩🤩

2021.03.17 キミノ

えむさん、コメントありがとうございます。
もちろん存じ上げております。
残り少しですが、楽しんで頂ければと思います。
キミノジユウ

解除
パンジー
2021.02.10 パンジー

キミノジユウさんこんばんは😃🌃おかえり、シンデレラ…いいですね、最高です❤️物語の中に溢れる優しさ、厳しさうっとりです。これからも頑張って下さい。🙏💦💦何度もごめんなさい😅

解除

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