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第五章 引き裂くのは運命か、それとも定めか。

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 自宅にいるのに感じる圧力の正体は、テーブルに乗せられたたった一枚の名刺である。ご飯を作っているときも、お風呂に入るときもテレビを見ながらも気になってしまう。あえて見ないようにと思っているからなのか、はたまた何かの呪いなのかも分からない。気になってしまうのだ。電話を掛けるべきか否か。初めの挨拶は何と言えばいい? 嫌そうにされたら? 後ろで女の声がしたら? 捨てたはずのおもちゃが帰ってきても迷惑なだけじゃない? 想像すればするほどネガティブなことばかりが浮かんできて、わくわくと番号を押せるはずもない。

 ソファに体育すわりをしながら小さな紙を両手で持ち上げる。綺麗に書かれた番号とは反対に走り書きのメッセージ。まず番号を書いて、このメッセージは書こうか迷っていたら急ぎで呼び出されて慌てて書いて倉科さんに渡した。なんと私は名探偵かもしれない。まあ、真実は聞いたって教えてもらえないのだから答え合わせのしようがないもの。

 スマホを手に取って番号を打ち込む。通話ボタンは押せない。視線をメッセージに向ける。「二度目に聞いたのは貴女のほうだったな」って、以前にも連絡先を聞いたことが・・・? 酔っぱらって? でもこの書き方だと、「一度目は俺だったけど」って意味にとれるのだけれど。記憶にないことを言われても何も分からない。お手上げだと背中をソファの背もたれにボスンと倒した拍子にスマホを床に落としてしまった。名刺をテーブルに置いてからスマホを拾い上げようとした時だった。

『はい』

 裏返しになったスマホから聞こえた微かな声に、嫌な予感が全身を駆け巡り鳥肌が立つ。拾い上げたスマホ画面には通話中の文字と、通話開始から三十秒以上経っていることが表示されていた。嘘、嘘。まだ心の準備出来ていないのに。それでもこのまま切るわけにはいかなくて。

「あ・・・えっと」

『日和?』

 慌てた声しか聴いていないはずなのに、どうして私だと分かってしまうのか。きっと五十嵐社長の周りにはエリートしかいないから、ドジ狸イコール私だと分かってしまうのかもしれない。

「はい。お、お元気ですか?」

『あぁ』

「えっと・・・」

『・・・』

 初めての電話だし、最後に会ったのも三週間前だし、なんならまともに会話したのはひと月くらい前だ。憧れのアイドルを前にしたときのように、溢れる想いに言葉が詰まって出てこない。それでも短い返事の声が落ち着いた五十嵐社長の声で、なんだか涙も込み上げてくる。

『日和?』

「はい。すみません。お忙しいですよね」

『___どうした?』

「私のこと要らなくなりましたか?」

『は? 何を「___ずっと聞きたかったことがあります。聞いてもいいですか?」

『___あぁ』

「どうして私を選んだのですか?」

『・・・』

「どうして私だけに厳しく当たるのですか? どうして私に・・・キスしたのですか?」

『・・・・・・』

「知りたいことは何も教えてくれないのですね。私が面倒になりましたか?」

 畳みかけるように口にしてしまって、私は嫌な女だ。私は何も拒否していない。だから流れでそうなったと言われれば、そうですかとしか言いようがない。今後は取引先としてよろしくと言われたら・・・。

『ひ「や! っぱり・・・いいです。答えなくて。あの・・・私、酔っているみたいで」

『お酒を?』

「はい。ビールとハイボールとチューハイと、あとあと・・・ワインも飲みました! だから、あの、失礼をしても忘れているかもしれなくて、あの『日和』

 落ち着けと言うように名前を呼ばれて、飼い主に従う犬のように口を噤む。お酒なんて飲んでいないのに、言っていることがめちゃくちゃで私が一番混乱している。

『今どこにいる?』

「え?」

『自宅か?』

「はい・・・」

『そこから動かないように』

「え?」

 私の言葉に返事はなくて、スマホを耳から離してみれば通話終了画面になっていた。呆然としながらスマホを見つめる。まさか、まさかね。そんな言い方、うちに来るみたいな・・・。嘘でしょ?

 弾かれたように立ち上がり部屋を見渡す。洗濯物は畳まずに床に投げたままだし、今日の食器も洗えていない。玄関は靴が乱雑なままで、まずはそこに駆け寄って綺麗に正す。嘘だよね。そんなはずないよね。と自問自答しながら、回らぬ思考のまま目についたものを片付けて回った。

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