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第四章 結果こそ、自信への最短ルートです。
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しおりを挟む帰りの車内で運転中の五十嵐社長を盗み見る。髪をセットしていない五十嵐社長は、ちょっと幼く見えて可愛い。もちろん身長も高いし、赤ちゃんを見て感じる可愛さとは違う感情だ。視線を感じてか、五十嵐社長が私を横目に「はっ」と小さく呆れたため息を漏らした。
「なんですか」
「いいや」
「そういえばどうしてティアラに来たんですか?」
「___通りかかっただけだ」
ぶっきらぼうに言われても私の心は乱れない。後部座席には投げられてシワになった白衣があるから、慌てて出てきたのは分かる。心配して・・・? とも思えないけれど、聞いたって答えてはくれないのは分かっている。それでも来てくれたという事実は変わらないのだから、と心の中で頷いておいた。
「何、食べたい?」
「え? 今ですか?」
「___明日、夜だ。新規契約を祝ってやる」
ロマンティックな誘いでもないのに私の心臓は跳ね上がる。でも悟られるわけにはいかない。努めて冷静に、なんでもない顔をする。
「魚が食べたいです」
指定された店の個室の前で胸を落ち着かせる。今日は五十嵐社長との二人きりのディナーデートだ。昨日はマッサージをいつもの三倍して、パックをして何を話そうか考えながら寝た。お陰で起きたのは昼過ぎだったけれど、そんなことはどうでもいいのだ。バッグには女性らしくハンカチとティッシュも入れてきた。抜かりないはず。寒くもない手を擦り合わせてから、個室ドアをスライドさせた。
「・・・」
そこには五十嵐社長がいた。そして、アラン・倉科さん・有村さん・斎藤さん。つまりは勢揃いだ。
「日和! 遅いデス」
アランに手招きされて、がっかりした心の内を知られぬように笑顔で席に着く。向かい側の真ん中には五十嵐社長が座っていて隣には倉科さんとアラン、私の両サイドには有村さんと斎藤さんが座っている。準備されていたシャンパンをお互いに注ぎ合い、グラスを手に乾杯の準備と皆が構えた。シンとした雰囲気の中、みんなの視線は私に集まっている。
「あ・・・、えっと、今日は素敵な席を設けていただきありがとうございます。今後も営業頑張りますので、よろしくお願いします」
「Oh日和! かたいですね」
「いや、皆がシンとするから・・・」
「じゃあ、美味しいお酒をかんぱーい!」
横から身を乗り出した有村さんが私の音頭を奪いシャンパングラスを掲げた。それに弾かれたように皆がグラスを持ち上げ、祝賀会の始まりだ。乾杯の声を聞いてから、店員さんたちが次々料理を運んでくるのを作り笑いで迎えた。私の昨日からのドキドキを返して欲しい。
私のリクエスト通りの魚料理は、煮魚から焼き魚、お刺身やお寿司まで揃っている。魚は魚でもこれだけ種類が違えば飽き知らず。目の前に置かれたカワハギのお造りに手を伸ばし、大好きな肝をちょぴっと摘まんでポン酢にくぐらせる。左手には日本酒の入ったおちょこを掴んだまま、ぱくりと食べれば肝の濃厚さが口に広がる。少し口内で堪能したら、そこに日本酒をくいっと。
「ん、んーっま! 最高!」
目を閉じて美味しい顔を表現すれば、隣で有村さんが「通ですねぇ」と笑っている。
「最高です! いつでも食べられるものではないですからね。季節のものを美味しくいただくのが日本人ですよ」
「僕は肝の類は少し苦手でしてね」
「そうなんですね。では私は有村さんの分まで美味しくいただきます。斎藤さんは?」
「あ、僕は食べたことないです」
肩を持ち上げて「てへ」っと感を出した斎藤さんに目を見開いて驚きを表現して見せる。そう。私は少々酔っている。それでも前のような失態は犯せないから、ちゃんと合間に水も飲んでいる。
「無理強いはしませんが、初めてのものに挑戦してみなければ素敵な出会いもありませんよ?」
肩肘を付いて「ふふん」と、人生の先輩ぶってみる。私の目を見つめ返した斎藤さんも少し酔っている様で、濡れた子犬のような瞳を返してくる。可愛い。斎藤さんは磨けば光る玉だろうが、それは彼の良さを分かる人間が知っていればいいことだ。ちょっとした独占欲は、近所の年下の男の子を取られたくないお姉さんのような気持ち。
「じゃあ、ちょっとだけ」
そう言って米三粒分くらいの量を食べた斎藤さんは、驚いたように「美味しい」と呟いた。私と有村さんは顔を合わせて笑い合う。きっと有村さんも斎藤さんが可愛い後輩なのだろう。
コトリ。私の前に小皿を差し出した手を辿れば、それは向かいに座る五十嵐社長だった。頬杖を付いて顎で食べろと訴えてくる。小皿にはカワハギの肝と醤油が入っていた。
「カワハギにはポン酢では?」
「肝醤油という選択肢もある」
「肝醤油・・・ですか?」
「ああ。肝を醤油に溶かして、カワハギの刺身をくぐらせて食べてみろ」
小皿と五十嵐社長を交互に見れば、食べないわけにはいかない雰囲気だ。言われた通りに肝を小さく溶かし、刺身をくぐらせて口に運ぶ。
「嘘・・・、とんでもなく美味しいです!」
ポン酢のさっぱりとは真逆に、こってり濃厚な味が最高に日本酒に合う。私の様子を見て五十嵐社長は得意げに口角を上げている。私の好みを何もかも知り尽くされている気分だ。確かにキスも私の好きなところを・・・って、何考えているんだ。ちらりと五十嵐社長を見れば、もう私を見てはいなくてアランと喋っている。
お酒の所為か分からないが、急激に五十嵐社長が恋しくなるのだから不思議だ。五十嵐社長に触れられたのは、あのキスが最後。そろりと足を伸ばす。やっていることは先日と土屋さんとまるで同じだ。それでも五十嵐社長は答えてくれる。そんな自惚れを抱いていた愚かな私。
探るように左右に揺らした足の先が固い物に当たり、目の前で五十嵐社長が視線を巡らせたのを確認する。私は卑しい女。ふくらはぎの辺りまで足を擦り当て、五十嵐社長を揺らぐ視線で見上げた。五十嵐社長のはっきりとした綺麗な目が私を見る。眉を寄せたその表情は喜んでいるようには見えない。
そこからの記憶はあまりなくて、ただ拒否するように足が避けられたことだけ覚えている。
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