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第四章 結果こそ、自信への最短ルートです。

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 IGバイオにきてから一か月と二日。少しだけついた自信は、全て五十嵐社長のお陰。

 今日のジムで量った体重は、夢の六十三キロ台になっていた。この一か月で五キロ落ちた。見るからに手入れのされていない髪はサラリと艶を帯びて、天使の輪が出来るほどに回復した。ザラついてくすんだ肌は、もっちりと息を吹き返した。鏡を見ることが、ほんの少しだけ好きになった。

 自室のテーブルに乗せた営業先リストを眺める。線で消された営業先は電話でアポイントが取れなかった営業先だ。私の力が足りないのだろう。「営業に関しては本社にお願いします」と言われて本社にかければ、ラヴィソンへの敬意を示すもそれだけだ。そうなんだ。私はラヴィソンという後ろ盾あってこそ、五十嵐社長の力あってこそ、だった。ひとりで戦えるだろうか。ヨワヨワなハートが早くも弱音を吐いている。

 トゥルルン。スマホが軽快な音を響かせて、びくりと肩を揺らしてから画面を覗き込む。

「はい」

『こんばんは。今、大丈夫ですか?』

「こんばんは。斎藤さん。どうしましたか?」

『今からメッセージ送るので見てみてください。少しでも力になれたらと思いまして』

「あ・・・、えぇ。ありがとうございます」

『じゃあ・・・、おやすみなさい』

「はい。おやすみなさい」

 一分にも満たない通話時間に暗くなった画面を前に首を傾げる。電話しなくてもメッセージひとつで済むことでは・・・? 掠れた低い声にちょっとときめいてしまったのは内緒にして欲しい。すぐにピコンと機械音が鳴って画面が明るくなると、表示されたのは斎藤さんからのメッセージだった。

 添付ファイルのURLを開けば”ドクタービューティサロン ティアラ”というエステサロンのホームページだった。屋号でドクターを名乗るだけあって、最先端の医療技術を駆使した次世代のエステティックサロンらしい。そこには再生医療の文字もある。普通のエステサロンよりも理解が深く、IGB-01の良さを分かってもらえるかもしれない。小さく頷きつつ、見えた希望を噛みしめる。

 メッセージにはファイルの他に短な言葉が添えられていた。

『ここは僕の知り合いでもなんでもありません』

 そのメッセージの奥にある優しさに気付けば心が温まる。無責任とも受け取れる言葉の裏には「ここの契約が取れても僕は関係ないですよ」というメッセージが込められている。「全て貴女の力ですよ」という斎藤さんの優しさだ。


 昨夜はティアラのことについて調べていて夜更かしをしてしまった。お陰で、昼間にジムに行った以外は気絶するように眠っていた。寝ていた身体をぐーっと伸ばしてから、風に当たるためにベランダに出る。薄暗くなったベランダの右側にある白い板。それは五十嵐社長が蹴り壊した仕切り板・・・が、新品へと変えられたものだ。福岡出張から帰ってきたら、すでに新品に取り換えられていた。それは五十嵐社長の心の壁を表しているのだろうか。

 五十嵐社長が後輩だと知って心底驚いた。私が三年生で五十嵐社長が一年生でしたって言われたって信じられない。五十嵐社長は始めから知っていたのだろうか。知っていて私を指名したのだろうか。過去の私を想像して指名したのなら、さぞ落胆しただろう。その心の内を聞きたくても、五十嵐社長からは聞けない雰囲気が漂っている。・・・いや、聞きたくないのは私か。五十嵐社長に嫌われるのが、怖い。厳しい言葉をかけてくるけれど、いつだって背中を押してくれたのは彼だ。自惚れだとしても、五十嵐社長の期待を裏切ることだけはしたくない。

 考えているうちに冷えてしまった手を擦り合わせながら室内に戻る。カーテンを閉めれば真っ暗になる室内で手探りに電気を点けた。眩しい光に目を細めてからゆっくりと開く。一番に目に入ったものは、私の部屋と五十嵐社長の自宅を繋ぐドア。警戒していたけれど、あの日以来ドアが開いたことはない。

 ゆっくりと近づいて、ドアに耳を当てる。一体何がしたいのかなんて、私だって分からない。向こう側に気配はなくて、初めてこの部屋に来た時以来にドアノブに触れてみる。鍵がかかっているのは分かっている。これは一種の願掛けのようなもので、花弁を一枚ずつ千切ってやる占いのようなものだから。・・・なんて自分に言い訳してもなんの意味もない。

 カチャン。ドアノブは呆気なく動き、すぅっとドアが軽くなるのを感じる。鍵は掛かっていなかった。一体いつからかなんて分からない。開けてあったのか、鍵を閉め忘れていたのかなんてもっと分からない。それでも溢れる欲求に身体が動いていた。五十嵐社長に会いたいと、私の全てが訴えているから。

 まるでこそ泥のようにこっそりとドアをくぐった。ここからは五十嵐社長の領域。壁を一枚隔てているだけなのに、漂う香りだって全然違うのだ。変態チックだけれど。廊下は人が通れば足元の間接照明が自然と点くようになっていて、私の存在を家主に伝えるように点灯した。廊下の突き当りの部屋から光が漏れている。その部屋の窓は縦に長い長方形のすりガラスがはめ込まれていて、中は伺えなくてもそこにいるのが分かるようになっていた。

 何をしに来たわけでもない。ただ、会いたくて来た。追い返されたら? 勝手に入ってきたことを怒られたら? それでも、私の心が焦がれている理由を確かめたくて。

 コンコン。ドアの木製部分を叩く。数秒返事がなくて、「そりゃ驚くよな」と自分に言い聞かせる。

「あ・・・、伊藤です」

「___どうぞ」

 一呼吸置いてから、ドアをゆっくりと開けた。眼鏡を掛けてパソコンに向かっていたのだろうが、そのくっきりとした瞳が今は私を見ている。

「えっと・・・」

 用事の無い私はなんと言えばいいかわからなくて口ごもる。急に恥ずかしくなって、胸の辺りからぐわーっと熱が上がってくるのを感じた。それを見ていた五十嵐社長が、かちゃと小さな音を立てて眼鏡をデスクに置く。

「コーヒーでも飲むか?」
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