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第三章 掴んだ手を放すことは、許されないでしょう。
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しおりを挟む昨日は散々だった。何度も嘔吐して、吐くものもないのに胃が痙攣を繰り返すから「ケコ」ってなる感じ。おそらく二日酔いを経験した人になら分かるはずだ。メイクもそのままで寝たお陰で、肌はザラついて脂っぽくなっていた。歩く広告塔にならねばいけないのに、こんなままじゃいられないとジムに行ってきた帰りだ。
別に理由があるわけじゃなくて、ただなんとなく。なんとなく、エレベーターの四階ボタンを押していた。到着したエレベーターからは、暗い受付が見える。人気はないけれど、それは誰もいないっていう証拠ではない。誘われるように足が動き、社員専用口に身体を滑り込ませた。シンとした受付ホールは暖房も入っていないからか少し肌寒い。
ガチャ。CPFのドアノブが動いたのを見て慌てたってもう遅い。そこから出てきた人物と目が合い、固まってしまってしまう。
「大丈夫ですか?」
それは同じく驚いた顔をした斎藤さんだった。傷みのない黒髪はセットされていない・・・のは先日もそうだった。違うのはスーツの上から白衣を着ていることだった。
「あ、ええ。今日は日曜日ですけれど、お仕事ですか?」
「はい。なんだかいてもたってもいられなくて、五十嵐社長に許可を頂いて出勤したんです」
そう言って笑った斎藤さんはふにゃりと優しいススキのようだった。ススキとは十五夜の団子とセットにされている、アレだ。分かりづらい表現だったら申し訳ない。それでもそう感じたのだから、許して欲しい。
「そうなんですね。昨日は二日酔い大丈夫でしたか?」
「はい。僕は割とお酒は強いので。伊藤さんこそ、大丈夫でしたか?」
「あー・・・、実は記憶があまりなくて。失礼なことをしていたら謝ります」
「いえ、僕は全然。寧ろ楽しい時間を頂きました。あの後怒られなかったかだけ心配で」
「あのあと・・・?」
「はい。五十嵐社長に抱えられて帰ったので・・・」
「かっ?! 抱えるとは?」
米俵を肩に背負うような身振りをして見せれば、斎藤さんは首を振ってお姫様抱っこのポーズをした。
「こう、です」
「・・・」
「周りの女性客の悲鳴がすごかったです。五十嵐社長は男から見てもイケメンですからね。嫉妬の悲鳴が暫く止みませんでしたよ」
「あ・・・ははは」
苦笑いをしながらも、その光景を想像すれば・・・恐ろしい。私の体重をひとりで持ち上げるなんて、腕が痺れたどころの話ではないだろう。腰もやってしまっているかもしれない。ああ、会いたくない。
「伊藤さんと五十嵐社長は長い付き合いですか?」
「いえ。知り合ってまだ一か月も経っていません」
「そうですか。それなのに親しくなれるのはさすがですね。僕は一年経っても五十嵐社長とあんな掛け合いは出来そうにありません」
「も、もう勘弁してください」
笑いながら言う斎藤さんは、初めて会ったときよりも柔らかな表情をしている。これは親睦会のお陰かと思えば、悪い事ばかりではなかったのだろう。とにかく、親睦会の記憶がみんなの頭から消え去りますように。
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